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6 王子、なぜか騏驥を調査する
しおりを挟む「どう思う」
王城内のシィンの私室。
シィンは、はやる気持ちを抑えつつ、彼の乳兄弟であり現在は良き相談相手でもあるウェンライに尋ねる。
向かいに座るウェンライの手元には紙束があった。
シィンが密かに、そして大至急調べさせた、とある騏驥ついての詳細だ。
仕事の途中で届いたそれを、待ちきれず彼自身がすぐさま目を通した後、ウェンライに見せてみたのだ。
彼の意見も聞いてみたくて。
だがウェンライはすぐには答えない。
いつもならうるさいほど喋る男にしては珍しいなと思っていると、彼は手元の紙から目を上げ、意味深に見つめてきた。
一つ上の彼は、一見すると全く目立たない容姿をしている。
平凡な目鼻立ちに、中肉中背。声も取りたてて特徴がなく、王子の腹心とも思われる立場でありながら、陰では「何度会っても印象に残らない」とまで言われているようだ。
だが実のところ、彼は達者な騎士で武芸にも通じ、魔術についても面識が深い。また、非凡な賢さを持っている。目立たないのは、単に彼が「その方が都合がいい」と考えているからであり、故に現状はウェイインの思惑通りになっているのであった。
そして今。
そんな、王子の最も信頼できる相談相手の男は、含みのある目でシィンを見つめ返してくる。
「なんだ」
その視線に些か不満を感じてシィンが眉を寄せると、ウェンライは「いいえ」と苦笑した。
「なんでもありません。ただ、珍しいこともあるものだ、と」
「……別に、そんなこともないだろう」
「左様ですか? これまでの殿下なら、騏驥でもなんでも、一番かそうでないかだけを気になさっていたのでは?」
「……」
「にもかかわらず、この騏驥についてはそれ以外のこともお調べになっていらっしゃる」
「別にいいだろう、たまには。わたしだって、たまにはこうしたことをする。なんだ、文句があるのか」
微かに唇を尖らせてシィンが言うと、ウェンライは小さく笑う。
「文句など。ただ珍しいことだと思っただけです」
「そうか。だがそんなことはいい、それを見てどう思うか答えろ」
シィンは改めて言うと、ウェンライの手元にある紙の束に向けて顎をしゃくる。
その調査結果は他でもない。
三日ほど前にたまたま知り合った、ダンジァのことが記されたものだった。
あの日。あの後。シィンは、王都の厩舎地区までダンジァに乗って帰ると、すぐに城へ戻り部下に彼の調査を命じた。
自分の質問に対して、彼があんなふうにそれまでと違う態度を見せる理由が知りたかったのだ。頑なに拒む理由を知りたかったからだ。
それにはまず、彼のことをもう少し知らなければ、と思って。
そして同時に、シィンは自分のことはダンジァには伏せるようにと関係者に命じた。小鳥に符をつけて離し、既にダンジァの調教師であるサイに事情は伝えたが、それ以外の者たちにも自分のことは口外しないようにと命じたのだ。
シィンがみたところ、あの騏驥は真面目だ。
真面目が過ぎるほど真面目だ。
確かに騏驥は騎士に従うように調教されてはいるが、一度「やる」と渡したものを「良いものなので返します」とは。
無欲過ぎるし真面目過ぎるというものだ。
思い出すと、つい頬が綻んでしまう。
だが、そんなダンジァのことだ。シィンが王子だと知ればきっとこの間にも増して恐縮するだろう。となれば、こちらが発する言葉の一つ一つが、必要以上の強制力を持ってしまいかねない。
本当は異を唱えたくても、もう言い返してくることもなくなってしまうかもしれない。
それは寂しかった。
彼は賢く、そして礼儀正しい。
彼は自身のことを「一番」ではないと言っていたし、他に思うこともあるようだが、それでも彼とはいい距離感だったように思えた。
だからそんな彼とは、もう少し——もう少しだけ一人の騎士として話をしてみたかった。
見つめるシィンの視線の先で、ウェンライがゆっくりと口を開く。
「率直に申し上げれば、彼は十分に良い騏驥なのだな、という感想です。この調査結果だけではわからない点もいくつかありますが、育成時代から相当に期待されていたようですね。審査のほとんどを好成績でクリアしていますし、同時期に育成を始めた騏驥の中では間違いなくトップクラスでしょう。サイ師も目をかけているようですし。ただ……」
ウェンライは一旦言葉を切る。そしてチラリとシィンを見て続けた。
「数ヶ月前の件が……」
その言葉に、シィンは頷く。
「遠征の件だな。初遠征だったようだが、そこで怪我をしたという……」
「はい。この遠征は例の遠征のようですね」
ウェンライの言葉に、シィンは微かに眉を顰める。
数ヶ月前に行われた、那椅国への遠征。あれは、経緯が不明な点が多かった。
しかも結果として遠征は失敗だったらしく、その後はなんとなく騎士会とギクシャクした雰囲気だ。
これだけじゃない。父である王は、どうも最近迂闊な判断が多いような気がする。
まだ国を治める立場ではない自分にはわからないこともあるのかもしれないが、周囲の者たちの様々な思惑に振り回されているような気がするのだ。
もしくは——つけ込まれているように。
シィンの父である現王は、先代王の弟だ。
先代の王は身体が弱く、子を残せずに死んだ。そこで、数名いた弟の一人である父が王になったようなのだが……。
その流れは、誰を王に擁立するかという要らぬ諍いを生んだし、ややこしい貸し借りを幾重にも作った。
そのせいで、王と議会と塔、そして騎士たちとの関係が微妙なものになりはじめている——気がするのだ。
まだ王子の身のシィンでは政治の核心部分に触れることはできないとはいえ、そうした気配はなんとなく感じられる。同時に、自分の立場は決して盤石ではない、とも。
父の兄たち、そしてその親族。彼らの中には不審な死を遂げたものもいる。つまりそれは、いまは王子である自分も、これからどうなるかはわからないということなのだ。そして自分は、父に好かれているとは言えない……。
「一番」に拘り始めたのも、その辺りが原因なのではないか、とシィンは自分を分析している。
解りやすい価値を求めているのだ。
世情や周囲の思惑という移ろいやすいものの中に身を置かざるを得ない立場であるが故に。
しかし今回は、確かに自分でも不思議な行動をとっている。
今までなら、ウェンライが言っていた通り、それが一番かどうかだけを気にしていた。そこにしか興味はなかった。
一番なら欲しい。でなければ欲しくない。
そんなふうに、簡単に割り切れていた。
それなのに。
ダンジァに関しては、順番よりも「なぜ」と、思う気持ちの方が強い。
彼はどうして自分の質問に答えないのか。
その理由はなんなのか。
なぜその理由を抱くに至ったのか。
彼はどんな騏驥なのか。
——そんな、諸々のことが気になってしまうのだ。
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