まるで生まれる前から決まっていたかのように【本編完結・12/21番外完結】

桜以和果

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7 王子、なぜか騏驥をもっと知りたいと思う

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 出会い方が普段と違っていたからだろうか?

 シィンは想像する。
 今まで騏驥と会う時は、誰かの勧めであったり自身が調べてからのことだった。
 つまり、調教師が連れてきた「わたしが思う一番の騏驥でございます」という騏驥だったり、騎士たちの評判を調べて、よく名前の挙がる騏驥だったりに会っていたのだ。
 そういう騏驥に会い、乗り、そして「なんだか違う」とがっかりする。
 その繰り返し。
 ここのところのシィンと騏驥との関係といえば、そんなものばかりだったのだ。
 
 それらが間違っていたとは思わない。王子としての職務もあるし、まさか一頭一頭全てに乗って確かめるわけにもいかなかったから。
 騏驥の数は決して多くはないとはいえ、東西の厩舎に王城所属のもの、他にも地方に配属されているものたちもいるし、それらとまだ育成の施設にいるものも合わせれば、結構な数だ。
 ならばそれなりに騏驥を見る目を持つ者の推薦を参考にするか、普段から騏驥に跨っている者たちの評価を参考にするのは効率的なやり方だろう。

 しかし。
 そのやり方では彼に会えなかったこともまた事実だ。
 あんなに素晴らしい騏驥なのに、今まで誰の口にも登らなかったとは。
 敢えて隠されていたのでなければ……。

(その初遠征での怪我が原因か……)

 とはいえ、騏驥に怪我はつきものだ。
 もちろん怪我しない方がいいに決まってるが、復帰しているなら問題ないはずだし、あれだけの走りぶりなら完治しているだろう。

(となれば……)

 怪我以外の何かが彼の良さを隠している、ということだろうか。

「……あの遠征については、いまだに撤退時の詳細が明らかにされていないままだったな……」

 シィンが問うと、ウェンライは「はい」と頷いた。

「一応最終報告書に目は通しましたが、雑というかいい加減というか……ひどいものでした。詳しく調べようにも、騎士や騎兵の主だったものたちは、みな一様に口を噤んでおりまして……。埒が明きません。まあ、失敗に終わった遠征のことなど語りたくないという気持ちは分かるのですか……」

「……」

 それにしても、報告の義務はあるはずだ。
 にもかかわらず、雑でいいかげんで曖昧なままというのは、「曖昧なままにしておきたい」という意思が働いているからだろう。あの遠征が行われたこと自体を有耶無耶にしたい勢力があるのだ。

(まったく……)

 強引に遠征を決定した上、その失敗の責任の所在や原因を明らかにしないままというのは……。

 考えれば考えるほど、もやもやとした想いが募るが、残念ながら今の自分にはそれをどうこうできるほどの力はない。
 それに、目下の問題はあの騏驥だ。
 
「あの騏驥が遠征に参加した時の騎士はわかるか?」

 シィンが尋ねると、ウェンライは「もちろんです」と頷く。

「薄っぺらい報告書でしたので、何度も読んで覚えてしまいました。——リィ殿下です」
 
「!?」

 眉を寄せたシィンに、ウェンライは同じ言葉を繰り返す。

「リィ殿下、です」

「……古千国の、あの騎士か? 父親が……」

「ええ、そうです」

「だが彼は愛騏がいただろう。確か緑の……」

 シィンは、今は亡き国の、しかし敬称だけは今も残り続けている王子の貌を思う。騎士として非常に優秀で、五変騎の一頭である、稀有な緑の毛色を持つ騏驥に乗り、いくつも手柄をあげ、しかし父親の起こした不名誉な事件のために、周囲からは避けられ続けている男の貌を。
 そう何度も会ったことはないが、覚えている。美しいが冷たい表情の騎士だった。

 するとウェンライは小さく頷いて続けた。

「どうも、その時期は緑の騏驥が体調を崩していたようですね。それで、何度か調教に乗っていたダンジァと共に遠征に出たようです」

「初遠征に、か」

 普段は五変騎の一頭に騎乗している騎士と、初遠征の騏驥。
 そしてその初めての遠征で、彼は怪我をして……。

(何があった?) 

 考え込んでしまうと、

「あと……これは噂なのですが」

 そんなシィンに、ウェンライの声がした。
 即座に目を向ける。ウェンライがこういう言い方をするときは、何かしら掴んでいるものがあるときだ。
 視線で「続けろ」と促すと、彼は声を落として続ける。

「リィ殿下は、当初は遠征に参加していなかったようなのです。撤退にあたり、その援護として向かった模様で」

「……予定外だった、ということか」

「はい。それともう一つ。こちらの方はいっそう信憑性の低いことなのですが……ちょっと聞き逃せないことでしたので」

「なんだ」

「リィ殿下は、騏驥を放した——と。そういう噂なのです。遠征と同時期に、とある村に傷だらけの騏驥が現れたらしいのですが……。その騏驥は騎士の鞭を持っていたらしく」

「!?」

 シィンは息を呑む。
 騏驥を放した? 逃したということか。鞭を持たせて。それは騎士にとっても騏驥にとっても最終手段だ。
 そんなことがあの遠征で?

「待て。本当にそんなことが!?   しかもダンジァがその騏驥だというのか?」

「事実かどうかは確認がとれておりません。ですから信憑性は薄い、と申し上げました。ただ、あの遠征後——遠征からの撤退後、なぜか騎士会が数名の騎士を動かしているのです。撤退は終了したにもかかわらず、改めて数名の騎士を動かしております」

「どこに。何をするためにだ?」

「わかりません。何もないはずのところに、騎士を数名遣わせたのです。考えられるとすれば、何か、もしくは誰かの捜索でしょう。騏驥を逃して孤立した騎士の捜索と考えれば……ま、辻褄は合います。現実味は薄くなりますが」

「……」

 いつの間にか前のめりになり、腰を浮かしていたシィンは、ようやく椅子に腰を戻す。だが頭の中は落ち着かず、混乱したままだった。
 遠征が上手くいかなかったことは知っていた。
 隣国二国への、ほぼ同時期の遠征。しかしそのどちらも、思いがけないことが連続し、引き上げざるをえなくなった——そのことだけは。
 けれどその詳細までは知らなかった。

 まさかそんなことが起こっていたとは。
 しかもそんな混乱に、事件に、あの騏驥が巻き込まれていた——かもしれないとは。

「……確認、する必要があるな」

「え」

 ぽつりとシィンが言うと、ウェンライは驚いたように一言溢す。
 シィンはじろりと向かいを見た。

「確かめる必要がある。あるだろう?」

「ありますでしょうか?」

「ある。その件があの騏驥の現在に関わっていない訳がない」

「……」

「ならば確かめよう。確かめる。急ぎ、リィ殿下に使者を。話がしたいと伝えてくれ。礼儀には則れよ。ただし命令だ。来いと伝えろ」

 早口に一気に言うと、ウェンライはまだ驚いたような顔を見せていたものの、ほどなく、「かしこまりました」と応じる。
 言い出したらきかないシィンの性格を熟知しているからか、その表情は苦笑混じりだったが、一歩進めた気がしてシィンは大いに満足だった。
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