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19 王城にて(4)
しおりを挟むそのあまりにキッパリとした口調に、一瞬、そこにいた全員の動きが止まる。
そんな中、シィンは噛み締めるように続けた。
「駄目だ。それは許さぬ。…………ならばもうよい。お前の知る騏驥のことを、夜にまとめて聞かせよ。……それで良い」
シィンはつまらなそうに、しかしはっきりとそう言うと、ツェンリェンに向けていた身体を渋々といった様子で戻す。
ツェンリェンが小さく苦笑した。
「畏まりました。ご無礼を」
「……別に無礼ではない。お前の言い分はもっともだ。比べるには乗らなければな……。だが……」
ダンは駄目だ。
シィンは繰り返すと、気分を変えるかのように卓の上の茶杯を取り上げ、注がれて少し経っている茶をゆっくりと飲む。
(殿下は猫舌なのか……)
ダンジァはそんなシィンを見つめながら、彼について新しく知れたことがあることに嬉しさを覚える。と同時に、自分の耳がやけに熱いのを感じていた。
『駄目だ』
『駄目だ、それは許さぬ』
『ダンは駄目だ』
それらの言葉を聞くたび、そこはじわじわと熱を持っていった。
そして今や、燃えるように熱くなっている。
騎士同士の話に遭遇することになってしまった騏驥は、「聞いていない素振り」をすることが礼儀になっている。騏驥は耳がいいからよほど離れていない限り騎士同士の話は全て聴こえてしまうのだが、「聞こえていません」という態度でいるのが礼儀だったし、また、聞こえたところでその話には絶対に反応しないことが原則だった。
今のダンジァのように、傍に控えた形とはいえ騎士たちの——それも王子に近い者たちの話に参加することなど、まず考えられないことだ。おそらく例外中の例外だろう。(そう、シィンのわがままによって)
だからこそダンジァは、皆の邪魔にならないよう、万が一にもシィンの迷惑にならないよう普段以上に気を遣っていた。
話し合いには加えられているから、皆の話を聞く。けれど、やり過ぎないように、と。
意見を求められたとき以外は口を開かなかったし、皆の話も全て聞いてはいたが、その内容については敢えて反応を表に出さないようにしていた——のだが。
のだが。
(…………)
彼の言葉を聞くたび、彼が誰の前でも構わず自分を愛称で呼ぶたび、耳が熱くなっていくのが、止められない。
冷めてほしいのに自分ではどうしようもなく、仕方なく、ダンジァは微かに顔を伏せた。これで対処できているとは思わなかったが、もう頬まで熱くなっているだろうその顔を見られたくなかったのだ。
誰にどんなに褒められた時でもこんなふうにはならなかったのに、一体どうしたことだろう?
今までは、褒め言葉はありがたく、嬉しく思いつつも、これほど動揺はしなかった。
誰に褒められても、むしろもっと褒められても、こんなに恥ずかしくなるような、擽ったくなるような、嬉しくなるような、狼狽えてしまうような、混乱するような状態になったことはなかったのに……。
なぜか、シィンの言葉を聞くと全身がムズムズするような感覚になってしまう。
落ち着かないような湧き立ってしまうような。
戸惑うダンジァの耳に、ツェンリェンが笑いながら言う声が届く。
「殿下は、その騏驥が随分とお気に入りのご様子ですね。城でも評判ですよ。調教も手ずからおつけになって、一切他の者を乗せようとしないとか。ですから機会があればぜひ一度乗ってみたかったのですが……」
「ならぬ。ダンとわたしは、今は大会に向けて調整の最中なのだ。他の者が跨がっては、彼も混乱するだろう」
と、シィンのその言葉にすかさずウェンライが言い返す。
「それほど阿呆な騏驥ではないでしょう。要はご自分が独占したいのでございましょう?」
「それがどうした。悪いか。騎士なら誰しもいい騏驥は手放したくないものだ」
「……そうした愛騏は、王の騏驥からお選びなさいませ。ツォ、きみも言いたいことがあるんじゃないのか、王室の調教師としては」
そしてウェンライは、それまで黙っていたツォ師に話題を投げる。
ダンジァがそっと顔を上げて見ると、師は苦笑していた。
「確かに、せっかく殿下が出場なさるなら、王の騏驥たちどれかに乗っていただければと思わぬことはありません。どの騏驥もみな、陛下や殿下に騎乗していただくことを励みに日々頑張っていますからね。ですが今回は順番が逆のご様子。殿下がお出になりたいというよりは、あの騏驥を出したいということのようでしたので……致し方ありません」
「……きみは控えめだなあ。自分が日々調教している騏驥をもっと売り込むべきだろう。実際、大会には王の騏驥たちも何頭か登録しているのだし……」
ツォ師のその言葉にウェンライがため息をつくように言う。ツェンリェンが「まあまあ」というように軽く手を挙げた。
「それだけ彼が良い騏驥だということだろう。いい騏驥が増えるのは悪いことじゃない。——調教師の立場から見ても、彼はやっぱりいいのかい?」
と、ツェンリェンはツォ師に問いつつチラリとダンジァに目を向けてくる。
目が合うと、彼は微笑んで見せる。ダンジァは戸惑いつつも黙礼を返した。
(耳や顔が赤くなっていなければいいが……)
気になってしまうのは、どうしてもそこだ。
とはいえ、ツェンリェンからは少し離れているから、赤くなったままでも気づかれないかもしれないが。
今が初対面の彼だが、その印象はといえば意外なほど親しみやすい、ということだった。とはいえその「親しみやすさ」は「気さく」という意味とは少し違い(むしろ「さすが近衛の騎士」と思わざるをえない威厳と近寄りがたさがある)、「初めて会ったような気がしない」という意味での親しみやすさだ。
つまり、ある意味とても「騎士らしい騎士」なのだ。
だから初対面なのになんだか「どこかで会ったような」気がする。
しかしそれは「平凡」という意味ではなく、逆だ。
彼は、騏驥が描く理想の騎士の姿なのだと思う。逞しく、姿形が美しく、毅然としていて、しかし無闇に威張り散らさず騏驥に対してはあくまで穏やかで……。それでいて威厳があり堂々としていて、指示は的確で安心して乗せていられるような……そんな騎士。
非凡な、素晴らしい、理想の騎士。
実際に背に乗ってもらったわけではないから、彼がどんな騎乗をするのかはわからないが、雰囲気はそういう「理想の騎士」のそれなのだ。
動作一つ一つが洗練されていて、優雅でありながら隙がなくて。
比較してはいけないのかもしれないが、なんとなくシィンに似ている——とも言えるだろう。同じような高雅さ、そして同じような「正統」な雰囲気なのだ。
近衛として仕えているから似た雰囲気になっているのか……それとももしかしたら、騎士の師が同じなのかもしれない。
いずれにせよ、シィンと親しいのがわかるような気がしたし、彼が信頼しているのもわかる気がする人だ。
そんなツェンリェンに尋ねられたツォは、これまたチラリとダンジァを見て、口を開いた。
「いい騏驥だよ。わたしも以前からたびたび噂は聞いていたから、この機会に見られて嬉しく思ってる」
ツォ師の言葉はツェンリェンに向けられたものだ。だがそれを聞いたシィンの方が満足そうに「ん」と頷く。
その声と貌に、ダンジァはまた自分の顔が熱くなるのがわかった。
ああもう——。一体どうしたことだろう。
今など、ただ頷いただけだというのに、彼が——シィンが自分を気にかけてくれていると思うと恥ずかしいような嬉しさに赤面してしまう。
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