まるで生まれる前から決まっていたかのように【本編完結・12/21番外完結】

桜以和果

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18 王城にて(3)

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 とはいえ、仲がいいだけに忌憚のない——つまり、側から見ていて結構ハラハラするようなやり取りもあったりした。
 たとえば、シィンがダンジァと共にどの競技に出場するかという話になったときだ。

「やはり鞍上試合には出るべきだろう。出たい。ダンなら競走だけでなく試合でも貢献してくれるはずだ。出場しないのは勿体無い」

 弾む声でシィンが言えば、

「試合は危のうございます。お出にならない方が無難かと」

 すかさず、ピシャリとウェンライが言う。

 その容赦のなさにダンジァは目を丸くしたが、この二人は、どうやらいつもこんな感じのようだった。同席しているツェンリェンとツォ師は慣れた様子で苦笑しながらやり取りを見守っていた。

 眉を寄せてシィンが続ける。

「騏驥は実戦あってこそだ」

「騏驥はよろしゅうございますが……」

「なんだウェンライ、もしかしてわたしの騎乗や剣の腕に文句があるのか」

 シィンはますます眉を寄せる。
 その様子に、ウェンライは「困り果てた」といった顔で、はーっと息をついた。

 ダンジァにとっては初対面のウェンライだが、なんだか不思議な雰囲気を持っている人だと思えた。
 立ち居振る舞いに隙がないから、騎士か騎兵——つまり武官なのだろうと思いきや、なんと文官で、それもシィンの補佐官として政務全般を取り扱っているという。つまりは東宮の実質上のトップだ。
 後からやはり騎士だと教えてもらったものの、そういう人が書類の仕事をしているのは意外だと思っていたが……。いざ話し合いが始まると、なるほどシィンが彼を片腕として取り立てている理由がわかる気がした。
 とにかく手際がいいのだ。

 自然に話し合いの進行役を務めると、要点を抑えた簡潔な報告しては決め事を解決していく。

 王子であるシィンが急な参加を決めたことへの賛否に対しての応対。
 シィンとダンジァが勝利した場合、褒賞はどうするのか、他の騎士や騏驥が優勝した時は?
 当日の警備、出場騎士や騏驥、調教師たちの待機所について。
 遠方からやってくものたちへの対応。
 ……などなど。

 今回の大会は一部の競走を籤として売り出すようにしているらしいのだが、その売り方や払い戻しの方法、倍率といった難しい問題についても、国の財政係や大会の審判担当や裁決担当、さらには王都の顔役たちと密に連携を取り合い、ほぼ問題なく進めているようだ。

 ダンジァにはわからない話も多くあったものの、側から見ていても彼の有能さは伝わってきた。
 そして何より。
 彼は弁がたった。

 とにかくしゃべるのだ。
 しかも相手がシィンでも臆さずに言い返す。本当に親しい間柄なのだろう。
 そんなウェンライは、ため息をついた後、改めて口を開く。
  
「万が一を案じて申し上げているのです。そもそも『文句』もなにも、恐れながら殿下はツェンリェンにも負け越しているはずでは?」

「ツェンリェンのような特別強い騎士の名を挙げて比べることになんの意味があると言うのだ!?  お前相手なら百度やろうが千度やろうが全て勝つぞ」

「ツェンリェンが特に優秀な騎士であることに異論はございません。が、名簿を確認したところ、鞍上試合に出場登録している騎士たちもみな、わたしなどとは比べ物にならないほど強い騎士たちばかりでございました。つまり、わたしに勝てるからといって、試合で勝てるということにはなりません」

 言いながら、ウェンライは円卓の上にいくつも広げられていた薄い本のようなものの一つを、隣のシィンの前にスイと差し出す。おそらく、その名簿だろう。

 シィンがチラリとそれを見て——黙る。口をへの字に曲げている。
 子供のようだ。
 なんだか可愛らしいな、と思わずくすりと笑いかけ、ダンジァは慌てて表情を引き締める。
 そんなダンジァの視線の先で、他の二人もその名簿を覗き込む。
 数秒後、彼らは「ああ……」という顔になった。
 ウェンライの言葉通りだったのだろう。

 となれば……。

 ダンジァは次の展開を予想した。
 こうなれば、流石にシィンも引くだろう。嫌々ながらも「仕方がない」と希望を取り下げて……。

 しかし。

「ダン、見ろ」

(えっ!?)

 事態は思っていなかった方向に転び、ダンジァは絶句した。
 なんとシィンは、突然その名簿を掴むと、傍に控えて立つダンジァに向けてズイと突き出してきたのだ。登録騎士や騏驥の名が見えるように。

「見ろ。そして正直に言え。ここに登録されている騏驥でお前に勝るものはいるか」

「殿——」

「黙れ。私はダンに訊いているのだ」

 遮りかけたウェンライの声をかき消すようにしてシィンは言うと、振り返ってダンジァを見る。
 その目は真剣だ。少なくともダンジァにはそう思えた。単に、彼自身の我儘さや身勝手さから、「出たい」と主張しているわけではないような——そんな気配。

 今、お前は自分自身をどう判断しているのだ、と問いかけてきているような。

 そう——。
 騎士に仕える騏驥は、礼儀正しくあることを求められるのと同様に、自身の技量や状況を正しく判断し、伝えることもまた強く求められる。
 
 実戦になれば、やる気の有無や「頑張る」かどうかという、精神論だけではどうしようもない場面に出くわすからだ。
 極端な話、どれほどやる気があって頑張るつもりでも、脚を痛めていては充分に駆けることはできない。騎士のために働くことはできない。当然だ。
 だからその時は無理をせず、隠さず、きちんと騎士に報告することこそが大切なのだ。でなければ、騎士を危険に晒すことになる。
 もちろん、騎士も騏驥の体調に気は配るが、「疲れ」のように具体的な症状が目に見えにくいものについては、騏驥がきちんと自分の体調を把握し、申告することが大事だった。
 
 それは、自らの力量についても同じだった。
 
 自分は、現在どのくらいの能力を持っているか。それを発揮できるか。
 どの程度の相手なら、ほぼ間違いなく優位に戦えるか。
 もしくは、多少時間はかかるが勝てるか。
 もしくは、状況によっては勝てない可能性がある、か。
 この相手とは戦えないと判断する、か。
 
 自分の技量を正しく判断できなければ、これまた騎士を危険に晒すことになるからだ。
 
 そして今、ダンジァがシィンに求められているのは、まさにその判断だった。

 だからダンジァも、戸惑いながらもその名簿をしっかりと見つめた。
 大会の出場登録名簿なんて、本来なら、騏驥が見られるようなものではないことは承知している。
 ウェンライがじっと見つめてきていることもわかっている。気にならないと言えば嘘だ。
 けれど、今ダンジァはシィンの騏驥だ。「見ろ」というのが主の命なら、それに従う。

 ダンジァはその名簿を素早く、しかしじっくりと見る。
 一瞬——ほんの一瞬だけ「あの騏驥」の名を探したが、なかった。考えてみれば当然だ。彼はいまさら大会に出る必要などない。名を売る必要も、大勢の前で強さを誇示する必要もないのだから。

 ダンジァは一通り名簿を見ると、シィンに視線を戻す。
 彼が頷いたのを確認して、口を開いた。
 他の三人からの視線をひしひし感じる。それでも臆さず言った。

「まずはじめに申し上げておきたいことは、そこに登録されている騏驥のうち、西の三騎と王都外からの一騎、王の騏驥の一騎とは全く面識がないということです。ですから、残りの十三騎との比較になります。また、その十三騎につきましても、『親しい』と申し上げられるほどのものはおりません。調教の際に見かけた程度です。それでもよろしいでしょうか」

 ダンジァの言葉に、シィンは「構わぬ」と再び頷く。
 それならば、とダンジァは続けた。

「であれば——自分に勝る騏驥はおりません」

「——!」

 一瞬、辺りが静まり返った。息を呑んだ音が聞こえた。空気がぴんと張る気配があった。
 だがそんな中。ただ一人シィンは当然のように——満足そうに目を細めると、両の口の端を上げる。
 ダンジァを見つめ、深く頷いた。

「わかった。では、この件についてはダンの意見を踏まえて後ほど改めて検討しよう」

 そして彼は、ツェンリェンとツォ、ウェンライを改めて見つめる。

「他の騏驥たちについては、ツェンリェンとツォの意見を参考にするとしよう。それでいいな、ウェンライ。改めて検討、だ」

 そして彼は、まだ不満そうに顔を顰めているウェンライに笑ってみせる。

「お前の気遣いはわかっている。お前は、わたしの身を案じてくれるだけでなく、わたしが出場することで起こる影響も危惧しているのだろう? もしかしたら他の騎士たちが遠慮してしまうのではないか……そうした類のことを」

 シィンの言葉にも、ウェンライは特に反応することはない。だがその表情は心持ち和らいだようにも見える。
 そしてダンジァは、ウェンライの思慮深さに感心していた。そこまで考えてのことだったとは……。

 シィンが続ける。

「だがな、そう頭ごなしに『出るな』と言うな。楽しくないじゃないか」
 
 その口調は、わざとのように大仰な、子供が拗ねたようなそれだ。
 その様子にウェンライもとうとう耐えられなくなったのか、さっきまでの厳しかった表情を崩して微笑む。
 そしてやれやれというように息をつくと、

「かしこまりました」

 と苦笑した。

「では改めて夜にでも。ただし時間がありませんから、そこでは確実に決めるようにいたしましょう。そして明日には告知を。——ツェンリェン、ツォ、申し訳ありませんが今夜、今一度城で話し合いを」

「わかった」
「承知した」

 二人の声が重なる。
 と。続けて、ツェンリェンが言った。

「では、わたしはそれまでに西の騏驥について少し調べておこう。一騎は乗ったことがあるが、あとの二騎はわたしも知らないからな」

「——ほう?」

 そこに食いついたのはシィンだ。
 彼は瞳を輝かせると、隣のツェンリェンに身体ごと向いた。

「乗ったことのある騏驥がいるのか。ではそれはダンと比べてどうだ。夜にと言わず、今聞かせろ」

「……殿下……」

 そんなシィンの様子に、ウェンライが呆れたように零す。

「殿下、今そんな話をしていたら時間がいくらあっても足りません。今話すべきは殿下が出場なさる種目についてです。鞍上試合については夜決めるとして、それに出る場合・出ない場合の両方を今のうちに決めて——」

 ウェンライは言うが、シィンの耳には聞こえていないようだ。
 彼はツェンリェンを向いたまま、彼の言葉を待っている。そんなシィンに、ツェンリェンが苦笑した。

「殿下。わたしは西の騏驥については知っておりますが、殿下の騏驥については存じません。それゆえ、残念ながら比べようがございません」

「……」

 その言葉に、シィンが軽く唇を尖らせる。不満なのだろう。
 と、ツェンリェンが小さく笑った。

「それとも、今から殿下の騏驥に乗せていただけますか? そうすれば比べられましょう。少しだけでも跨がれば——」

「駄目だ」

 途端、シィンはツェンリェンの言葉を遮りキッパリと言った。

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