まるで生まれる前から決まっていたかのように【本編完結・12/21番外完結】

桜以和果

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69 出走直前(3)

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 ダンジァがソワソワしてしまうと、それにシィンも気づいたのだろう。

「……すまない。なんでもないのだ」

 言いながら、ダンジァの鬣を撫でた。だがどう考えても「なんでもない」ようには思えない。
 人の姿ならもっとちゃんと顔を見て話せるかもしれないのに……とダンジァは焦燥感に駆られるが、少し待ってもシィンからの声はない。仕方なく、別の話を向けてみた。

<あ——あの、殿下。では、その、今回の作戦は……>

「作戦……」

<はい。少し見たところ、向こう正面に大きな障害物のようなものがありましたが……>

「ああ、そういえばそのようなものがあったな」

 うん、うん、とシィンは頷く。しかし、

「——ダンジァ」

 そう呼んだシィンに<はい>と応えたダンジァの耳に聞こえてきた次の言葉は、彼が全く想像もしていなかったものだった。

「『殿下』はやめろ」

<……は?>

 一瞬、虚をつかれたように動きが止まってしまう。
 目を瞬かせていると、シィンが続ける。

「? そんなに難しいことを言ったか? わたしのことを『殿下』と呼ぶのはやめろと言ったのだ」

<…………>

 ?
 ????????

<あ、あの、殿……シィン、さま…………>

 もうスタート直前だ。
 騏驥は順にゲートに誘導されている。
 なのにどうして今、そんな話に?

<あの……>

「今のように名前を呼べばいいだろう。わたしにも名前はある」

<…………>

「お前はそう呼んでいい。ずっとそう呼んでいい。……ではなく、呼べ」

<は……>

 畏まりました……と応えたものの、ダンジァは混乱していた。
 
 名前。
 ——名前。

 名前。

 別に、彼を名前で呼ぶこと自体は初めてのことではない。
 けれど改めて「呼べ」と言われるとは思わなかった。

 そんなふうに言われると、なんだかドキドキしてしまう。
 なぜだろう。
 手綱から伝わってくシィンの様子も、なんだかいつもと違っているからかもしれない。

(っレ、レース前だ)

 慌てて、ダンジァは表情を引き締めて集中する。
 係員に誘導され、ゆっくりゲートに入る。隣は、さっき話しかけてきたあの騎士と騏驥だ。
 彼らも集中を取り戻した様子で、ビリビリと張り詰めている。

 あと数頭のゲート入りを大人しく待っていると
 
「好きに走れ」

 それまでの声とは違う凛とした声で、シィンが言った。
 その声に、ダンジァの胸が鳴る。シィンは続けた。

「作戦は、それだ。お前の好きなように走ってみよ。わたしはそれが見たい」

<……>

「どんな結果になっても構わぬ。最初から早いペースで走って最後に疲れてしまったとしても、逆に体力を温存したつもりで最後のスパートが叶わなかったとしても……。万が一にもないとは思うが、仮にこの予選を通過できない結果になったとしても……それはそれで、いい」

<シィン……さま……>

「今日までやれることはやった。あとは、わたしはお前が精一杯駆けるのを感じたいのだ。一人の騎士として」

<はい……>

 ダンジァは深く頷く。
 これほど信じてもらえたなら、あとはその喜びを結果で示すだけだ。

(予選が通過できないのは嫌だけど……)

 だってそれでは、これがシィンに乗ってもらう最後になってしまうかもしれない。
 この予選は絶対に通過する。
 好きに走って——走って走って走って——絶対に。
 絶対にもう一度シィンに乗ってもらう。そして本戦でも勝つのだ。

 しかし、ダンジァがそう気持ちを高めた直後。

「あぁ……だが一つ命令がある」

 シィンが言葉を継いだ。

<なんでしょうか>

「あの青い騎士服の騎士には勝つぞ。絶対に先着しろ。いいな」

<……>

「いいな」

<は、はい>

 なにがなんだかよくわからない。
 けれど彼の命令なら——シィンの命令なら全力で応えるまでだ。
 この身で彼の望みを叶えられるなら、これほど嬉しいことはない。

 ダンジァの脳裏を、彼と出会ってからのことが、今日までのことが次々よぎっていく。思い出す。
 自然と笑みが溢れた。

 息をつめて正面を見つめる。
 次の瞬間、ゲートが開いた。
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