まるで生まれる前から決まっていたかのように【本編完結・12/21番外完結】

桜以和果

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91 師と騏驥。そして騎士は夢に漂う。

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 沸き起こってきた嫌な想像に、一瞬、胸が冷える。
 しかし直後、ダンジァは強く頭を振り、その考えを追い出した。
 彼は——ユェンはそんなことをする人じゃない。出会って日は浅いけれど、サイ師が信頼して厩舎で修行する事を認め、大会でもこうして自分の世話をしてくれている人だ。
 初大会でナーバスになっていた自分を支えてくれていた人だ。それも、一番近くで見てくれていた人だ。自分がどんな気持ちでこの大会に臨んでいたかも察しているだろうし、ただ「勝てばいい」と思って薬を使ったとは思いたくない。
 知らないうちに自分に薬を飲ませようとしていたなんて……思いたくない。思えない。思わない。

「ユェン……師も、絶対にやっていません」
 
 ダンジァはツェンリェンを見つめたまま、敢えて彼を「師」と呼びながらそう言った。今は厩務員として自分の世話をしてくれているユェンだけれど、彼は調教師なのだ。試験に合格した立派な、そして合格後もまだ修行してより良い調教師になろうとしている人だ。
 すると、ツェンリェンはややあって同意するかのように小さく頷いた。

「一応は……そのつもりでいよう。先入観を持って話を聞いては、真実を見落としかねないからな」

 そして彼は一旦その場を離れると、ウェンライや衛士たちと話し始める。今後のことについてだろう。
 ダンジァはふうっと長く息をついた。
 この様子では、この後すんなり解放されることはまずないようだ。
 ツェンリェンが言っていたように、どこかへ移され、そこで改めて問い質されることになるに違いない。
 そんなことでは、とてもではないがシィンの元へ駆けつけることはできないだろう。
 調べられて、きっちりと嫌疑が晴れない限りは。

「…………」

 ダンジァは大きくため息をついた。
 もどかしい。
 できるものなら、今すぐにでもシィンの元に行きたい。自分ではなんの役にも立てないと分かっていても。少しでも近くにいたい。
 さっきだって本当は離れたくなかった。無理だと分かっていても。

 だがこうなってしまったからには、強引なこともできはしない。
 ここで無理に「側にいたい」と言い張れば、逆に拘束されるだろう。
 自分にできることはとにかく無実を訴えること。そしてツェンリェンやウェンライがなるべく早く別の犯人を見つけてくれるよう、願うことだけだ。

(他人任せ、か……)

 そう思うといっそう不安になるが、今はそれに縋るしかない。
  
 と。
 気づけばユェンが不安そうにこちらを見ている。だが、目が合うと、彼はダンジァを励ましてくれるかのようにはっと表情を引き締め、強く、大きく頷く。
 その様子に、ダンジァは胸が熱くなった。
 絶対に、彼は違う——。彼はやっていない。
 そんな思いを強くする。
 信じている気持ちを伝えるように、ダンジァも大きく頷き返すと、ユェンも安心したように微笑む。


 それからほどなく。
 二人は目立たぬように別々に——しかしそれぞれ衛士に囲まれながら、別室に移された。




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 夢を見ていた。
 シィンは夢を見ていた。

 夢の中で夢とわかる夢だ。なぜなら、これは過去にあった事だから。
 
 過去にあった忘れたい悲しいことが、無かったことにしたい辛いことが目の前で繰り返されている。
 これから何が起こるかわかっているのに止められず、声も出せない。出ない。指一本動かない。夢だからだ。
 ただ見ているしかない。

 ルゥイ。可愛らしい弟。いつもわたしの後をついて回って、跳ねるように駆けて、くるくるとよく表情が変わって。
 薔薇色の頬。ぴょこぴょことした巻毛。少し舌足らずな甘えた声。大きな澄んだ瞳。
 
 今もほとんどは変わっていない。
 背は伸びたけれど、少し大人びた口をきくようになったけれど、今も甘えん坊で、素直で愛らしい。大きな子犬のような、可愛い弟。
 変わらない。
 
 その目が光を失った事以外は。

 彼をそんな目に遭わせた毒が飲み物に混入されていたのか、食べ物に混入されていたのか。それは今も「わからない」ままだ。
 調べたのは父の息のかかったものたちで——いや、今にして思えばそもそも、その証拠もきちんと残されていたのか調べられたのか怪しいものだ。

 わかっているのはわたしが口にするはずだったものに毒が含まれ、けれどわたしの代わりに弟がその被害に遭ったこと。そしてその犯人とされる侍女はあっという間に処分されたということだけだ。


 庭の石畳に倒れ、苦しんでいる弟。その小さな身体を抱えて叫んでいる自分をどこか遠くから見つめ——しかし見ていられず、シィンはぎゅっと目を閉じた。
 なのにまだ、瞼の裏にその続きが浮かび上がる。
 どうせ夢ならもっといいものを見せてくれればいいのに。全身が重苦しいせいだろうか。


 視力だけですんで幸いでした、と言った医師を殴りつけなかったのは、王子という立場のためでも、ましてや落ち着いていたからでもなく、ルゥイは自分の代わりになってしまったのだと分かっていたためだ。
 
 あの日までは、あの時までは父から疎まれていることもさほど気にしてしなかった。違う。気にしないようにしていた。何かの間違いだろうと思っていたし「そんなはずはない」と思っていた。
 御身お気をつけください、という周囲からの助言も、気にしすぎだと思っていた。
 愚かだった。
 だから代わりに、弟が犠牲になった。
 
 命は取り留めた。彼もまた加護の魔術を受けていた。
 だが。
 ルゥイはもう、騎士にはなれない。


 あれ以降、母は弟を連れて離宮へ引き籠るようになった。仕方がない。当然だ。弟はまだ小さい。守らなければならない存在だ。
 そしてわたしは城に一人残され、身を守らなければならなくなった。父から。実の父から。
 ごくごく僅かでも、心を許せる者が側にいてくれたのは幸いだったと言えるだろう。
 
 ……思えば「一番」のものにこだわり始めたのもあの頃からだったかもしれない。確かなものが欲しかったのだ。間違いのない、紛れのないものを手に入れ、それを側におけば安心できる気がして。
 肉親に——父に——間違いのない紛れのないものに拒絶される、そのかわりを求めるように。

 なかでも騏驥は、最も手に入れたいものだった。
 騎士である自分が、命を預けるものだから。


(…………ダンジァ)


 ふつり、と前触れなく途切れた夢の中——ふわふわと頼りなく漂う意識の中、シィンは一頭の騏驥の名前を呼んだ。
 今や胸の中を満たし、他のどんな騏驥とも換えがきかないと思える一頭の騏驥の名を。

 相変わらず身体は重く、息は苦しい。
 多分、自分の身に何かあったのだ。意識が浮き上がりかけては沈み、暗いところへ引き込まれそうになっては辛うじてまた浮き上がる。
  
 毒。

 ——そうだ。
 夢と現の狭間を漂いながら、シィンは「ああ」と思い出す。
 この記憶は、多分夢じゃない。
 自分は、また毒を盛られたのだ。
 
 ——誰かに。
 自分がいては都合の悪い、誰かに。

 けれど、そんなことよりも。
 シィンは思う。

 彼が無事でよかった。

 シィンは強く思う。

 もし——もしも。
 彼もまた弟と同じように傷ついていたなら——。
 そんなことになってしまったなら、自分はどれだけ後悔してもし足りなかっただろう。
 悲しくて苦しくて自分を責めて。

(——よかった……)

 だからよかった。
 彼に——あの騏驥に何もなくてよかった。毒に侵されたのが自分でよかった。
 彼が無事でよかった。

 ああ、でも。
 彼は怪我をしていた。腕に、身体のあちこちに。
 自分に毒を盛ったのだと疑われて。
 彼がそんなことをするはずがないのに。

(……ダンジァ……)

 ダン。
 無事だろうか、わたしの騏驥は。
 また彼と——彼の背に乗って、また…………。


 しかし、その幸せな希望を最後まで思い描くことはできなかった。
 夢の中で夢を見ているような感覚に襲われ、シィンの意識は再び深く沈む。
 痺れたように動かない手足。そして何より身体の奥が混沌として想いも考えもまとまらない。

 まるで、重たい水の中に沈められていくようだ——と思った。
 
 
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