94 / 157
92 隔離。その後
しおりを挟む窓の向こうの陽の色が次第に変わっていくのを漫然と見つめると、ダンジァははぁっと長く息をついた。
もう何度目かのため息だ。数える気も失せるほどの、数え切れないほどの。
待機場所を出てこの部屋に移されてから、どのくらい経っただろうか。
尋ねる相手もいないし、時を計るものも置かれていないから、外の気配から窺うしかないが、それなりに時間は過ぎているはずだ。
大会ももう終盤……もしかしたら、もう閉会してしまっているかもしれない。
自分が出るはずだった本選も、既に終わってしまっているだろう。
自分とシィンが出るはずだった——彼を背にして、彼のために駆けるつもりだった競走も。
出走すら叶わなかった……。
それを思うと無念さが込み上げてくる。優勝して、シィンの期待に応えるために今日まで頑張ってきたのに……。
——残念だ。
(いや……)
しかしそう思った直後、ダンジァは頭を振った。
残念さは確かにある。
けれど、それはシィンの無事に比べれば取るに足らないことだ。彼とともに出走したかった気持ちは本当だが、今はそれよりも彼に少しでも早く回復してほしい気持ちの方が大きい。大きく、そして強い。
大会への出走は、取り返そうと思ば取り返せるものだ。だがシィンは……。
(あの方の代わりになる者などいない)
自分にとっては。
ダンジァは部屋の長椅子に腰を下ろしたまま、両拳をぎゅっと握りしめた。
連れてこられた部屋は、城の中でも一際静かな一角にある、離れの一つのような建物の一室だった。
疑われている身で連れて行かれるのだから、一体どんな所へ……と警戒していたのだが(もしかしたら牢ではないかと内心ドキドキしていた)、静かすぎる事を除けば居心地のいい部屋だった。もしかしたら、この静けさを好む者もいるかもしれない、と思うぐらいに。
部屋の調度も落ち着いた味わいのある趣味の良いものばかりで、ひょっとしたら、忍んでやってきた客人をもてなすような場所なのでは、とすら思ってしまうほどだ。
他に人の気配はなく、当然大会の様子なども伺えず(なにしろ歓声すら聞こえないのだ)、今、何がどうなっているのかさっぱりわからない状況であることは不安だったけれど、食べ物も飲み物も十分にあり、軟禁は軟禁だが不自由さはなかった。
おそらく、ダンジァたちが移されてくるまでに準備されたのだろう。
疑われていることは悲しいが、騏驥に対してこの扱いは、相当に配慮してくれていることには間違いない。
部屋の扉の外には監視のためか数人の衛士がいるようだが、彼らは本当に「ダンジァが外に出ないように見張っているだけ」のようで、彼らから何か問い詰められたりもされていない。
ツェンリェンは、ダンジァやユェン以外からも、より詳しく話を聞くつもりだと言っていた。
それに、彼らが撒いたという監視用の魔法石の回収や、そこに記録された映像の精査もあるだろうから、改めて問いただされるとすればその後、という事なのだろう。
部屋の環境は悪くないとはいえ、そんなふうにジリジリと真綿で首を絞められているような時間を過ごすしかないと言うのは、なんとも居心地が悪い。
ユェンのことも気になる。彼だけ酷く問い詰められたりしていないだろうか。
ことが薬となれば、「使った」「使おうとした」騏驥が責められるのはもちろんだが、時にはそれ以上に調教師が責めを受けることもある。
管理不行届——。
なにしろ調教師の方が楽に薬を手に入れられるから、その分責任を問われることになってしまうのだ。
(もしかしたら……サイ師にもご迷惑が……?)
ダンジァの出走を見守ってくれた後は、またスタンドでの観戦に戻っていった師。だからこの件では無関係のはずだが、果たしてウェンライやツェンリェンはそう考えて見逃してくれているだろうか。
考えると、また長いため息が溢れる。
おとなしくしているしかないとはいえ、待っているだけなのはもどかしい。
風の流れを描くかのように切り取られた窓からは、陽が落ちる寸前の、さらに赤くなった光が射し込んで来ている。
ひょっとして、このまま夜を迎えるのだろうか……それともまさか、一晩ここに留め置かれるのだろうか……。
(今日は、大変なことがあり過ぎた……)
いいことも——とても悪いことも。
翻弄された一日だった。
今になって改めて心身の疲労を感じながら、ダンジァは思う。
⭐︎ ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎
そうして、またどのくらい過ぎただろうか。
何もできない身ながら、せめて……とダンジァがシィンの回復を願っているうち、あたりはもう暗くなり、夜と言っていい時刻になった頃。
不意に、外から、パタパタパタパタ……と誰かが軽く走ってくるような音が聞こえる。
直後、
「……ダンジァ! ダンジァ!」
扉が叩かれ、その向こうからユェンの声が届く。
驚いて立ち上がり、扉を開く。
次の瞬間、ダンジァが「どうして」と尋ねるより早く、安堵の表情を浮かべたユェンが飛び込むようにして部屋へ転がり込んできた。
よほど急いでいたからか、何もないところで躓き、「うわっ」と声をあげて転びそうになった身体を支えてやると、彼は「ごめんごめん」と謝りつつも、満面の笑みでダンジァを見上げて言った。
「出られるよ、ダンジァ! 厩舎に戻ろう!」
「!?」
いつもより早口で、そして一言聞いてわかるほど声が弾んでいるのは、彼も辛い軟禁から解放されたためだろうと言うことはわかる。
わかる、が……。
なぜ、こんなに急に?
色々な疑問が一気に押し寄せ、戸惑うダンジァに、ユェンは笑顔で説明してくれた。
「どうやら、別に疑わしい者が見つかったとか、見つかりそうとからしいんだよ。それで、僕たちはひとまず解放、って事みたいだ」
「…………」
「残念ながら、まだ完全に自由の身、ってわけにはいかないみたいだけど、厩舎には帰れるってさ。サイ先生が交渉してくれたようなんだ。『自分が責任を持って見張るから、二人は厩舎に戻してもらいたい』——って。あ、『見張る』って言っても、もちろん先生は僕たちのことを信じてくれてるよ。ただ、言葉の綾っていうか……」
「サイ先生が……」
ユェンの言葉に、やはり師に迷惑をかけてしまった、とダンジァは顔を顰める。
他の調教師たちのみならず、騎士たちからも尊敬されている師だから、交渉に乗り出してくれたならウェンライたちも応じずにはいられなかったのだろう。
けれどこのことで、師の経歴に傷がつくようなことがなければいいけれど……。
それを心配すると、手放しで喜べない。
それに——。
「別に疑わしい……」
ユェンの話は全て聞いていたものの、気になったのはその部分だ。ダンジァが尋ねると、ユェンは「うん」と頷いた。
「まあ、詳しくは教えてもらえてないんだけど……。部屋にきた伝令が教えてくれたんだ。あ……きみの部屋も綺麗だね。よかった。僕が連れていかれてた部屋も、割と静かな綺麗なところで——」
話すべき事を話すと、ダンジァの状況を確認してくれるようにしながらユェンは言う。ダンジァが彼を心配していたように、彼も気にかけてくれていたのだろう。
やはりいい人だ、とダンジァは改めて思う。
だが。
そんなユェンの気遣いは、ダンジァの耳にはろくに入ってこなかった。
それよりも何よりも、「別に疑わしい者がいるらしい」という、さっきの言葉でいっぱいになっている。
誰が。
一体誰があんなことを?
0
あなたにおすすめの小説
追放された『呪物鑑定』持ちの公爵令息、魔王の呪いを解いたら執着溺愛ルートに入りました
水凪しおん
BL
「お前のそのスキルは不吉だ」
身に覚えのない罪を着せられ、聖女リリアンナによって国を追放された公爵令息カイル。
死を覚悟して彷徨い込んだ魔の森で、彼は呪いに蝕まれ孤独に生きる魔王レイルと出会う。
カイルの持つ『呪物鑑定』スキル――それは、魔王を救う唯一の鍵だった。
「カイル、お前は我の光だ。もう二度と離さない」
献身的に尽くすカイルに、冷徹だった魔王の心は溶かされ、やがて執着にも似た溺愛へと変わっていく。
これは、全てを奪われた青年が魔王を救い、世界一幸せになる逆転と愛の物語。
捨てられた生贄オメガ、魔王城で極上の『巣作り』始めます!~不眠症の魔王様、私のクッションで爆睡して溺愛モードに突入~
水凪しおん
BL
「役立たずのオメガ」として冷遇され、血も涙もない魔王への生贄として捨てられたリノ。
死を覚悟して連れてこられた魔王城は、寒くて硬くて、居住性最悪のブラック環境だった!?
「こんなところで寝られるか!」
極限状態で発動したオメガ特有の『巣作り本能』と、神業レベルの裁縫スキルが火を噴く!
ゴミ同然の布切れをフカフカのクッションに、冷たい石床を極上のラグマットにリフォーム。
すると、不眠症で常にイライラしていた魔王ザルドリスが、リノの作った「巣」のあまりの快適さに陥落してしまい……?
「……貴様、私を堕落させる気か」
(※いいえ、ただ快適に寝たいだけです)
殺されるどころか、魔王様に気に入られ、気付けば城中がリノの虜に。
捨てられた生贄オメガが、裁縫一つで魔王城を「世界一のマイホーム」に変える、ほのぼの逆転溺愛ファンタジー!
【本編完結済】神子は二度、姿を現す
江多之折(エタノール)
BL
1/7外伝含め完結
ファンタジー世界で成人し、就職しに王城を訪れたところ異世界に転移した少年が転移先の世界で神子となり、壮絶な日々の末、自ら命を絶った前世を思い出した主人公。
死んでも戻りたかった元の世界には戻ることなく異世界で生まれ変わっていた事に絶望したが
神子が亡くなった後に取り残された王子の苦しみを知り、向き合う事を決めた。
戻れなかった事を恨み、死んだことを後悔し、傷付いた王子を助けたいと願う少年の葛藤。
王子様×元神子が転生した侍従の過去の苦しみに向き合い、悩みながら乗り越えるための物語。
※小説家になろうに掲載していた作品を改修して投稿しています。
描写はキスまでの全年齢BL
【完結】僕の大事な魔王様
綾雅(りょうが)要らない悪役令嬢
BL
母竜と眠っていた幼いドラゴンは、なぜか人間が住む都市へ召喚された。意味が分からず本能のままに隠れたが発見され、引きずり出されて兵士に殺されそうになる。
「お母さん、お父さん、助けて! 魔王様!!」
魔族の守護者であった魔王様がいない世界で、神様に縋る人間のように叫ぶ。必死の嘆願は幼ドラゴンの魔力を得て、遠くまで響いた。そう、隣接する別の世界から魔王を召喚するほどに……。
俺様魔王×いたいけな幼ドラゴン――成長するまで見守ると決めた魔王は、徐々に真剣な想いを抱くようになる。彼の想いは幼過ぎる竜に届くのか。ハッピーエンド確定
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/11……完結
2023/09/28……カクヨム、週間恋愛 57位
2023/09/23……エブリスタ、トレンドBL 5位
2023/09/23……小説家になろう、日間ファンタジー 39位
2023/09/21……連載開始
イケメン俳優は万年モブ役者の鬼門です
はねビト
BL
演技力には自信があるけれど、地味な役者の羽月眞也は、2年前に共演して以来、大人気イケメン俳優になった東城湊斗に懐かれていた。
自分にはない『華』のある東城に対するコンプレックスを抱えるものの、どうにも東城からのお願いには弱くて……。
ワンコ系年下イケメン俳優×地味顔モブ俳優の芸能人BL。
外伝完結、続編連載中です。
前世が教師だった少年は辺境で愛される
結衣可
BL
雪深い帝国北端の地で、傷つき行き倒れていた少年ミカを拾ったのは、寡黙な辺境伯ダリウスだった。妻を亡くし、幼い息子リアムと静かに暮らしていた彼は、ミカの知識と優しさに驚きつつも、次第にその穏やかな笑顔に心を癒されていく。
ミカは実は異世界からの転生者。前世の記憶を抱え、この世界でどう生きるべきか迷っていたが、リアムの教育係として過ごすうちに、“誰かに必要とされる”温もりを思い出していく。
雪の館で共に過ごす日々は、やがてお互いにとってかけがえのない時間となり、新しい日々へと続いていく――。
ヒールオメガは敵騎士の腕の中~平民上がりの癒し手は、王の器に密かに溺愛される
七角@書籍化進行中!
BL
君とどうにかなるつもりはない。わたしはソコロフ家の、君はアナトリエ家の近衛騎士なのだから。
ここは二大貴族が百年にわたり王位争いを繰り広げる国。
平民のオメガにして近衛騎士に登用されたスフェンは、敬愛するアルファの公子レクスに忠誠を誓っている。
しかしレクスから賜った密令により、敵方の騎士でアルファのエリセイと行動を共にする破目になってしまう。
エリセイは腹が立つほど呑気でのらくら。だが密令を果たすため仕方なく一緒に過ごすうち、彼への印象が変わっていく。
さらに、蔑まれるオメガが実は、この百年の戦いに終止符を打てる存在だと判明するも――やはり、剣を向け合う運命だった。
特別な「ヒールオメガ」が鍵を握る、ロミジュリオメガバース。
異世界の遊郭に拾われたオメガは、ただ一人に愛される
雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
オメガであることでさんざんな目に遭ってきたオメガちゃん。
オメガである自分が大嫌い!
ある日事故に遭い、目が覚めたらそこは異世界。
何故か遊郭に拾われますが、そこはオメガだけが働くお店で戸惑う
ことばかり。
しかも、お客であるアルファ氏には毎日からかわれて?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる