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99 攻防(2)
しおりを挟む「なんだよ……なんだよ、それ……。剣を使うまでもないって……? 僕相手にはそんな必要もないって!? どこまで僕を……っ!!」
怒りのままに突っ込んでくるシュウインの切先を紙一重で交わしながら、ダンジァは反撃の機会を伺う。
少なくとも、これで剣でシュウインを殺してしまう心配はしなくて良くなった。
その分、こちらの危険度は当然増したわけだが……あの美しく完璧な剣に疵がつくことの方が嫌だ。
シィンの想いには、ひと筋ほどの汚れも付けたくはない。
「ふざけるな……ふざけるなふざけるな——ッ!!」
完全に激昂した様子で、シュウインは矢継ぎ早に斬りかかってくる。だが興奮し過ぎているからか、突くも斬るも剣筋は荒い。
(これなら……)
制圧できる、とダンジァが反撃に出ようとした刹那。
「!?」
不意にくらりと眩暈がした。踏み出しかけていた足が止まる。
(? 何が……)
何が起こってる?
どうなってる?
——どうして。
混乱するダンジァの視界が不自然に揺れる。見たことのない光が目の奥で瞬き、頭の中では、うねるようなわんわんとした不快な音が高く低く響き続ける。
「っ——」
頭の芯が——身体の奥が無理に捻られ掻き混ぜられるような得体の知れない不快な感覚。
堪えようとしても堪えられないそれに耐えられず、ダンジァはとうとうその場に膝をついた。
心臓の音が怖いほど大きく速い。
馬の姿で全力で走った後だって、こんな風になったことはない。
人の姿ではあり得ない状況に「どうして」とぐるぐる考えるダンジァに、シュウインがゆっくりと近づいてくる。
その貌は、抑えようとして失敗している歪な悦びに満ちていた。
まさか……とダンジァが思ったのとほぼ同時に、シュウインはにっこりと笑った。
「そう——。薬。なかなか効かないからハラハラしたよ」
「……」
ダンジァは長く息をついた。シュウインの卑怯さに罵る言葉も出ない。
彼は、短剣の刃に薬を塗布していたに違いない。切りつけてきた刃の、そのほとんどは避けられたが、いく筋かは肌を掠めた。
この身体の異常さは、そのせいだろう。
身体の内側が好き勝手に暴れているような感覚と、頭がグラグラするせいで纏まらない思考。けれどそれらをなんとか掻き集めて、ダンジァは対策を考える。
騏驥としての力量ではダンジァの方が優っているとはいえ、心身がこれではろくな応戦できないのは明らかだ。しかもこちらは剣を使えない——使いたくない。
となればなんとかして逃げるしかないだろう。
逃げ果せればなんとかなる——だろう。なるはずだ。
シュウインは上手く言い訳しようとするだろうが……生きていれば——なんとかなる。
ダンジァは、ここへきた時にはもう生きてはいなかった騏驥をチラリと見つめて目を伏せると、膝をついたまま立てないダンジァのすぐ前に、ゆらりとシュウインが佇んでいた。
乱れる息を堪えながらダンジァが見上げると、彼の周りだけを照らすように灯された発光石の灯りの中、シュウインはこれ以上ないほど嬉しそうに目を細めていた。
「きみを見下ろすのは——気分がいい。とてもとても——気分がいい」
「……」
「命乞いはしないの? 聞くだけは聞いてあげてもいいよ。それとも舌まで動かない?」
熱に浮かされたように——もしくは何かに取り憑かれたようにシュウインは捲し立てる。
それでもダンジァが無言で彼を睨み上げたままでいると、ややあって、だらしなく緩んでいたシュウインの頬がピクリと震える。
次の瞬間、彼はふん、と鼻を鳴らすと、ゆっくりと片足をあげ、ガツッ! とダンジァの肩を蹴り付けてきた。
「頭を下げろよ。地面に擦りつけて命乞いしろよ! 『せめて痛くないように殺してください』ってさ」
……それは命乞いじゃないだろう……。
そう思ったダンジァの肩が、再び蹴りつけられる。
そしてそのまま無理矢理額突かせようとするかのように、シュウインはダンジァの肩を踏みつけてきた。
ジリジリと力を込められ、左肩が鈍い痛みを覚える。
しかしダンジァがびくともせず顔を上げ、睨んだままいると、それに苛立ったのだろう。
「頭を下げろ!」
シュウインは叫ぶように声を荒らげ、二度、三度、四度とダンジァの肩を蹴り付けてくる。それでもダンジァが動かずにいると、
「下げろよ!!」
シュウインはみるみる顔を歪め、ダンジァの肩を踏む足になお一層力を込めてきた。
勢いこんで体重をかけ、グイと踏み下ろそうとした、その瞬間。
「——」
ダンジァは奥歯を噛み締めると、思うようにならない自身の身体を、全身の力を込めて無理やり引き剥がすようにして動かす。
肩を踏むシュウインの足を掴み上げ、強引に振り払った。
「うァ——!」
ダンジァが反撃してくると思っていなかったのだろう。
片足を掬われた格好になったシュウインは狼狽えた大声を上げ、バランスを崩して大きく仰反る。
だが、ダンジァの反撃はそこまでだった。
力を込めたつもりで込められていなかったためか、シュウインを地に叩き伏せるより早く、足を掴んでいた指が解け、転びかけていたシュウインは寸でのところで踏みとどまる。
ダンジァが顔を顰めた瞬間。その顔めがけて蹴りが飛んできた。
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