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102 王の騏驥——退場
しおりを挟む彼がダンジァに抱いている恨みも、ダンジァにしてみれば「ただの逆恨み」だ。けれど彼の中では、小さな一つ一つが結びつき、妄想と騒動を餌にして膨らみ、いつしか大きな物語となってしまったのだろう。
恨みを果たさなければハッピーエンドにならない、そんな物語に。
そんな風にしか生きてこられなかったのだとしたら、彼らは哀れなのかもしれない。
だが——だからといって、こちらが謂れのない罪を被るつもりはないし、黙って陥れられる気もない。
ダンジァが頭を下げたまま、改めてそれを決心していると、
「——なるほど」
シュウインの話を聞き終えたウェンライが短く言った。
納得しているようにもいないようにも聞こえる、つかみどころのない声だ。ダンジァにはそう思えた。
だが、チラリと盗み見たシュウインは、満足そうな表情を浮かべている。言いたいだけのことを言ったためだろう。
と——。
「ダンジァ、そちらに言い分は?」
ウェンライに改めて尋ねられる。
ダンジァは顔を上げると「ございます」とはっきりと言った。
そしてウェンライを見上げたまま、速やかに続ける。
「今のシュウインさんの話は、全て嘘です。自分はそこに横たわる王の騏驥と揉めてもいませんし、殺してもいません。自分がここへきたとき、彼はすでに死んでいました。そして自分がここへきたのは、シュウインさんに誘われてのことです」
「……な——」
シュウインは声を上げかけたが、ウェンライに視線で制されたのか、すぐに黙る。
ダンジァは続けた。
「その後のことも全て嘘です。むしろ自分の方が彼に命を狙われておりました。たまたま、自分が反撃に成功したところに二人がやってきただけです」
ユーファと少年に視線を向けながらダンジァは言う。
そして小さく息を継ぐと、決定的な真実を告げるべく口を開く。
「加えて申し上げれば、殿下を害すべく薬を混入させた計画の、その首謀はシュウインさんです」
言った途端、シュウインはギョッとしたように瞠目した。
「なっ……」
「元は自分への恨みが原因とのことですが、既に死んでいるそこの騏驥を唆して待機場所の飲み物に薬を混入させるよう企んだのは——」
「ち、ちがいます!! わたしはそんな——!」
彼は声を荒らげ、ダンジァの言葉を遮ろうとする。だが構わずに続けた。
「彼は、その薬が騏驥にとっての禁止薬物であることを知っていたと同時に、騏驥ではない者が口にすれば毒にもなることを承知していました。その上で、そこの遺体となった——仲間の王の騏驥を使って——」
「違いますっ!!!!」
シュウインが叫び声を上げた。彼はウェンライに向け、周囲に向け、「違います」「違います」と繰り返すと、
「どうしてそんな嘘を!?」
と、ダンジァに詰め寄ってくる。
ダンジァは彼の無事な方の手をそっと掴むと、間近から言った。
「この後に及んでこちらを『嘘つき』扱いですか。……誤魔化し続けるよりも、潔く罪を認めれば、もしかしたら償う機会も——」
「やっ、やってもいないことをどうして——証拠もないそんなでっち上げで——」
「あなた自身が説明しました」
ダンジァが静かに——しかしはっきりとした口調で言うと、シュウインはしばし黙り、目を瞬かせる。
ややあって、「まさか」という顔を見せる。
血の気の失せたその顔を見つめながら、ダンジァは「はい」と頷いた。
「……あなたに案内されてここに来て……あの王の騏驥の遺体を抱きとめて……改めて横たわらせたときです。そのときに……。……石を」
言い終えた瞬間、シュウインの口から「ヒッ」と上擦った慄きのような声が上がる。
と同時に、ツェンリェンに目配せされた従者の少年が、王の騏驥の遺体に近づきその付近を探る。程なく、彼は「ありました」と声を上げると、拾い上げた魔術石を——音や映像を吸収できる——中に閉じ込め記録できる石を、ツェンリェンに渡す。
それは、元はと言えば彼が持っていたものだ。ウェンライと共に撒いていた石の余り。
あの待機場所を出て、余所へ移されることが決まったとき。
部屋から出て行くときに、「持っているといい」と渡されたのだ。
『撒き余った物だが、もしかしたら役に立つかもしれない。使うようなことにならないのが一番だが——どうも今回は万が一が起きているようだから』——と。
だがまさか、本当に使うことになってしまうとは。
しかも、シュウインを相手に。
騏驥の首につけられている「輪」よりも客観性の高い証拠になる石だ。
記録されている内容を確かめれば、どちらの言い分が正しいのかはすぐにわかるだろう。
握っているシュウインの手から力が抜けていく。
やがてそれは、小さく音を立てて地面に落ちる。数秒後、俯いていた彼がゆっくりと顔を上げた。
血と泥に塗れた顔。だらりと下がる片腕。胸の骨も何本か折れているはずだ。
青白い顔は、今は他の王の騏驥と同じように見える。
身近から見つめられ、ダンジァも黙って見つめ返すと、しばらく後、
「きみは……本当に……」
彼は諦めたような自嘲の笑みを浮かべてそう口にしかけ——皆まで言わずに静かに視線を逸らす。
唇は、全ての物語を紡ぎ終えたかのように——或いは最初から語る物語などなかったかのように、重く閉じられている。
衛士たちに捕縛され、連れていかれる間も、彼は何も言わなかった。
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