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第4殿 迷宮の向こう側へ
第68洞 つり橋の上で
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俺たちが見守る中、大きかった卵は少しずつ小さくなる。
ミルさんのサイズより小さくなると、彼女の体の中に入り込んでしまった。が、これは想定内。
「……あれ? あの白い塊は?」
「今、ミルさんの体の中に大きなイメージとなって保存されました。ていうか、ここでドラゴンになっても困るんで、目的の場所まで来てもらうことになりますが…… イメージどうです?」
「あっ、はい! バッチリです」
ニコっと笑うミルさんに俺はホッと息をついた。
「なぁなぁディーやん、それはどうやったら迷宮になるん?」
「えっと、今ミルさんにやってもらったのは、迷宮の種が『どんな姿になろうか』っていう環境構築の段階なんですよ。周囲の環境によって迷宮がその形を変えるっていうのはよくあることじゃないですか」
俺はジェスチャーを通して種がどういうふうに迷宮へと進化するかを説明する。割と何度か説明してるつもりなので、あくまでざっくりな説明だが。
「んー、でも、そのカケラっちゅーんはまた違うんやろ? 直接現場ではあかんの?」
「この『原初の欠片』は、そもそも未完成の種、なんです。触っててわかったんですけど」
というより「まだ迷宮そのもの」って感じだ。
ゼツリンや魔王の玉座とも違う、未完成で未熟な大人に色々教えるって感じに近いかも知れない。
「ふーん、調教みたいなもんやろか」
「ま、まあそんな感じです。俺自身も巨大な生き物や迷宮のイメージがないんで、一番身近にいたミルさんの記憶に助けてもらった、ってことです」
「わっちはこっちの方が巨大でカッコええと思うけどな」
「ちょ、どこ触ってるんですか!」
「え…… 先輩ってやっぱり大きいんですか?」
「ミルさん!?」
イレーナさん話題の振り方ァ!
そんで、どうしてミルさんも乗ってくるの!?
「あっ! 違うんですよ! 学園で結構噂があって…… ディグ先輩はパーティメンバーの女性に手を出す『女たらし』だって」
「あーちゃうちゃう。わっちらはみんな自分から手ぇ出した方やし。それに女だけやなくて迷宮もディーやんにかかればコロリや!」
「そ、それで『迷宮たらし』……」
「いやそのね、勇者の力の受け渡しが肉体の繋がりを通して行うとかで、俺も半分無理矢理……」
好奇心と責任感と、僅かな欲望が前面に出ただけで決してスケベ心が勝ったわけじゃあない。
……ってことにしておこう。聞かれたら。
「ちなみに、さっきの欠片は私のどこに入ってるんですか?」
「えっと、人間でいうなら子供になる前段階だから……」
俺は彼女のお腹を指差しそうになったが、その動きが卑猥なことに気がついて慌てて手を開いた。若干不自然だがそのまま自分のお腹をさすってごまかす。
「こ、このへんかな?」
「子宮のあたりですか?」
「うーん、そうかも!」
「そんならディーやんの『種』を受け取るにはセックスせんとあかんのちゃうん?」
「え!? そうなんですか!?」
「イレーナさん! 大丈夫、そこまでしないよ!」
俺は慌てて否定する。
そういうことをするためにミルさんを呼んだんじゃないし、ただ単にドラゴンを詳細に思い出せる人が身近に彼女しかいなかっただけなんだ。
「……本当ですか?」
けど、ミルさんがものすごい上目遣いで残念そうな顔をする。
「まだ学生で未成年じゃないですか! 俺にだって理性はあります!」
「それは嘘や」
「信じてくださいよ!」
「それはそれで残念ですけど、信用はしてますよ」
くそお、何故かその笑顔、攻撃力高いんだけど!
◇
宿に戻ると、既にベルたちが戻ってきていた。
「おかえり。どうだった?」
「たぶん行けると思う。初めての試みだから予想の範囲だけど」
「……ねえ、ミルちゃんがずっとこっちに視線を合わさないんだけど」
「ああ、俺もなんだ」
「まさかと思うけど道中なにかした?」
「お前に誓って、おさわりすらしてない!」
「ふーん」
ベルが疑心暗鬼になるのは無理がない。
だって、ほぼミルさんとベルは面識がないうえ、突然俺になついた後輩がいるなんて聞かされたらそうなるのは分かってたからだ。
下半身の信用がないのもまあ仕方がない事だけど、流石にイレーナさんもいる場所で他の女性に手を出すなんて、……って、そもそもベルがいる時点で考えることじゃないけどな。
「そっちはどうだった? いい場所は見つかりそう?」
「ケミーさんと、彼女の紹介でオラムさんって言う人と合流したけど、結構いい人だったわ」
「いい人?」
確かテリンマールで知り合った人だったな。俺も知らない人じゃないけど、ベルが俺以外の男と一緒に居たという話を聞くとちょっと気持ちがざわつく。
「あの人もダンジョンマイスター関係者なんでしょ?」
「ああそうそう。方向性はベルのお父さんの方に近いけど」
「いい迷宮が根付く場所とか、もうなくなった迷宮跡地の説明とか、いろいろいい話を聞けたわ」
多分ベル自身は本当にそう思ってるだけなのかもしれないが、どことなく他の同性を褒める彼女を見たくない。
「……俺って自分勝手だな」
「どうしたの?」
「いや、なんでもな、くはない」
「え?」
俺はベルの手をそっと握る。
「ディグ……?」
ゆっくり握り返してくるベルに、何故か安堵を覚えた。お互いそこそこ離れて行動するのは別に今に始まったことではないのだが、俺たちがそれぞれ異性と行動しあっていたということに、若干の違いがあるのかもしれない。
「ケミー……」
「へ?」
その時不意にケミーさんを呼ぶ男性の声が聞こえてきた。
「ディグ、今ケミーって」
「言ってない! 俺じゃないって!」
「分かってるわよ。でもケミーさんを呼ぶ声しなかった?」
「ああ、した。こっちの方」
大浴場へと通じる通路を越えた先、個別の浴室があるコーナーへ繋がる休憩所に、ケミーさんとオラムさんが向かい合っていた。
いわゆる、壁ドン状態で。
「お、オラム……」
「まだアレルギーあるのか?」
「う、うん。色々訓練してるから良くはなってきてるわ」
「……みたいだな。以前より近くにいても症状が出なくて」
「だからって、いきなり迫って来ないでよ。びっくりするじゃない」
「俺も、あれから少し体質改善してみたんだ」
「え、ほんと?」
オラムさんはそっと彼女の頬に触れる。少しびくっと反応したケミーさんは、しかし別の意味で驚いた。
「いたく、ない?」
「まだ違和感はあると思うけど、お前が感じるほどのアレルギー要素は抑えられてるはずだ」
「どうして?」
「もう一度、お前を抱きたい」
半歩、オラムさんが近寄る。
俺たちは慌てて少し角度を変えて、しかしゆっくりと近づいた。
「ま、待って、ここには知り合いも泊ってる、かぅんっ……」
不意にオラムさんがケミーさんを黙らせる。
ただ荒い息遣いが俺たちまで響いて来る。慌てて俺たちは周囲を見回すが、幸いなことに俺たち以外は誰もいないようだ。ホッとしてベルと一緒に近くのベンチに腰掛け、そっと目だけを向こうへ向ける。
「……強引じゃない?」
「お前が、突然『別れろ』って言うからだろ?」
「わたくしは、オラムが思ってるほどまともな人間じゃないのよ」
「俺だってまともじゃない。こんな女を好きになるくらいだからな」
さらにお互いの髪が絡むほどに二人の距離が接近する。オラムさんは片足を彼女の足の間にねじ込み、そっと腰を抱えようと腕を絡める。
「お、オラムっ!」
オラムさんを跳ね除けようとケミーさんが腕を押し出す。だがそれは、彼によって背中に回され、ケミーさんの浴衣が緩くほどけた。
「ここはまずい」
「ここはまずい」
たまたま俺の小声とオラムさんの声がダブった。
聞こえてはないと思うけど、多分同じことを考えている。
「……ベル、離れよう」
「え、いいの?」
「違う、俺がもたない」
「あー。はいはい」
俺たちは手を繋いだままその場から離れた。
「二人、うまくいくかしら」
「もともと付き合ってたらしいし、モトサヤってやつじゃない?」
「ねえ、私たちは付き合ってるのかな?」
突然ベルがとんでもないことをぶち込んできた。あまりの言葉に俺は心臓が飛び出そうになる。いや、きっと地面から少し飛び上がったかもしれない。
「え、違うの?」
「ちょっと、冗談よ。そんな小動物みたいな声出さないでよ」
「……びっくりさせるなよ」
ちょっと元気だった気持ちが突然急落下してしまう。
「そんなに好きなんだ、あたしのこと」
「……好きだよ」
「ちゃんと目を見ていってよ」
廊下の真ん中で、俺は手を繋いだまま立ち止まる。つられてベルも止まり、不意に俺たちは向かい合った。
「俺は、ちゃんと小さい時からベルの事、好きだよ」
「どれくらい好き?」
小さな声を聞かせるように、ベルは一歩俺に近づく。僅かに低い身長差が近づくことでより際立ち、僅かに見下ろす彼女の顔にそっと囁いた。
「今は、比べられない」
「お姉ちゃんと? それともミサオさんたちと?」
「……その、ごめん」
「ん!」
ベルはぐいっと引き寄せて俺を抱きしめ、目をつぶってキスをねだる。
俺に拒否権はない。でもやらされるつもりもない。素直な、好きという気持ちを示すための口づけ。
「んっ」
にはならない。ベルの方から唇をかき分けて舌がねじ込まれる。首元を腕で押さえつけられて唾を取られるかの如く吸い付くような舌使いに一瞬驚くが、それでも俺は応えるため必死に縋りついた。
「っ…… ん」
「んふっ、ぉっ、……ぁっ」
既にお互いを貪り合ったからこそ、これがどれだけもどかしい行為か分かっている。もっと触れたい。もっと肌を感じたい。
「……浮気はしてない?」
「ベルに誓って、イレーナさんともしてない」
「ふうん」
ぐに、とベルが股の間に手を差し込んで、その重さを確認する。
「ちょ! ……いや、むしろ確認してもらってもいいぞ」
「じゃあ、ちょっとそこの個別露天風呂行こうか」
「へ、部屋に帰ってからの方が」
「そこだと他に人いるでしょ?」
そこまで言われて俺もノーとは言えない。垂れる雫もそのままに俺たちはひと汗流すためそっと「入浴中」の札を立てた。
◇
「恐らく、あの場所に新たな迷宮を建てるには残留マナが足りない」
オラムさんは自分の迷宮で採れたエーメルを机に並べながら続けた。
「過去に迷宮探しをしてる時にも訪れたことはあったけど、地形がかなり変わってしまってるから安定した迷宮を作るのは難しいと思う」
「魔導晶石では足りないんですか?」
「クリスタルでは一気にマナが溢れるから出力の調整が難しい。錬金術師がサポートに入ってたとしてもあの高さを求めるならエーメルを複数本誘導体として使う方が亜安定するはず」
「あたしもサポートに入る」
「――私も」
錬金術師なら一級品レベルの術師が二人いる。けど出力の安定供給となると手持ちのクリスタルだけでは少々心もとないか。
「わっちもクリスタル代わりに使おてもらって構わへんよ」
「すいません、力借ります」
「任しとき!」
「今回ばかりは某も役に立たぬ…… 口惜しい」
「其方だけでないわ、流石の妾も門外漢よ」
根っからの前衛職と後衛職は、戦闘以外ではあまり目立つことはないからな。
「いつ実行します?」
「早い方がいい。我々が現地調査していたことは向こうにも筒抜けだろう」
「なら、明日にでも出発しましょう。みんなはそれでいい?」
オラムさんの質問に俺は即断する。ある程度の決定権も持たせてもらってるので、なるべく早く行く方がいいだろう。
そこについては特に異論はないようで、全員納得してくれた。最終打ち合わせもほどほどに俺たちはそれぞれの部屋へと戻る。
「――ケミーさん、そっちは」
「ああ、マイナさん! いいの」
「でもあっちはオラムさんの――」
「だったら尚更大丈夫だから」
「ディグラッド、其方何か知っておるのか?」
「ほら! 二人は元々恋人同士だから……」
いくら他人に無関心なラスキーさんでも、この言葉を言われれば察してくれる。
「それは…… 無粋なことよ」
「最近増えてるそうですよ。縁りを戻したり恋人を作って二人の時間を過ごす人たち」
ミルさんがぽつりとつぶやく。
「そうなんだ? 何かブームでも来てるのかな?」
「ご存知じゃないんですか? 最近の迷宮関連で色んな事件が増えてるから『世界終末説』が出てるって。先輩たちが追ってるあの空の物体も、関係あるんじゃないんですか?」
……そうか、俺たちは当事者だから気が付いてなかったけど、部外者からするとそんな風に映ってるわけか。
「学園の授業も少し減ってきてるし、ギルドの下級依頼は軒並み消えるし、上級依頼は変なの増えるし!」
「め、迷宮の繫忙期かな?」
「……詳しく言えないほど大変なんですね?」
「俺たち自身も詳しく知らない、って言うのが本音だよ」
だから調べに行かなきゃいけないし、いろんなところを巻き込まなきゃいけない。
「いいです。先輩のすることだから、一応は信用してます」
「あ、ありがとう」
「それでは明日。おやすみなさい」
ミルさんが部屋を出ると同時に、俺は左右の腕をそれぞれラスキーさんとミサオさんに捕まれた。
「やけに慣れ慣れしいのう。まさか浮気か?」
「違う! そんなんじゃないですよ! 第一、彼女はまだ未成年ですよ!」
「誰彼構わず接吻して回るお主が申したところで、某としては信用に欠けるでござるが?」
あれ、なんだかどこかで聞いたセリフが。
「どれ、浮気の否定が事実であるかはここに聞くのが一番よのう」
「あっ、ラスキーさんっ!」
「某も調査に参加するでござる」
「待って待ってミサオさん! ちょっ、ベル! 助けてくれ!」
しかし何かを察したベルは、早々に部屋から消えていた。最後の防衛ラインはやすやすと突破され、潔白を証明すべく俺はその日もよく眠ることはできなかった……
ミルさんのサイズより小さくなると、彼女の体の中に入り込んでしまった。が、これは想定内。
「……あれ? あの白い塊は?」
「今、ミルさんの体の中に大きなイメージとなって保存されました。ていうか、ここでドラゴンになっても困るんで、目的の場所まで来てもらうことになりますが…… イメージどうです?」
「あっ、はい! バッチリです」
ニコっと笑うミルさんに俺はホッと息をついた。
「なぁなぁディーやん、それはどうやったら迷宮になるん?」
「えっと、今ミルさんにやってもらったのは、迷宮の種が『どんな姿になろうか』っていう環境構築の段階なんですよ。周囲の環境によって迷宮がその形を変えるっていうのはよくあることじゃないですか」
俺はジェスチャーを通して種がどういうふうに迷宮へと進化するかを説明する。割と何度か説明してるつもりなので、あくまでざっくりな説明だが。
「んー、でも、そのカケラっちゅーんはまた違うんやろ? 直接現場ではあかんの?」
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「ふーん、調教みたいなもんやろか」
「ま、まあそんな感じです。俺自身も巨大な生き物や迷宮のイメージがないんで、一番身近にいたミルさんの記憶に助けてもらった、ってことです」
「わっちはこっちの方が巨大でカッコええと思うけどな」
「ちょ、どこ触ってるんですか!」
「え…… 先輩ってやっぱり大きいんですか?」
「ミルさん!?」
イレーナさん話題の振り方ァ!
そんで、どうしてミルさんも乗ってくるの!?
「あっ! 違うんですよ! 学園で結構噂があって…… ディグ先輩はパーティメンバーの女性に手を出す『女たらし』だって」
「あーちゃうちゃう。わっちらはみんな自分から手ぇ出した方やし。それに女だけやなくて迷宮もディーやんにかかればコロリや!」
「そ、それで『迷宮たらし』……」
「いやそのね、勇者の力の受け渡しが肉体の繋がりを通して行うとかで、俺も半分無理矢理……」
好奇心と責任感と、僅かな欲望が前面に出ただけで決してスケベ心が勝ったわけじゃあない。
……ってことにしておこう。聞かれたら。
「ちなみに、さっきの欠片は私のどこに入ってるんですか?」
「えっと、人間でいうなら子供になる前段階だから……」
俺は彼女のお腹を指差しそうになったが、その動きが卑猥なことに気がついて慌てて手を開いた。若干不自然だがそのまま自分のお腹をさすってごまかす。
「こ、このへんかな?」
「子宮のあたりですか?」
「うーん、そうかも!」
「そんならディーやんの『種』を受け取るにはセックスせんとあかんのちゃうん?」
「え!? そうなんですか!?」
「イレーナさん! 大丈夫、そこまでしないよ!」
俺は慌てて否定する。
そういうことをするためにミルさんを呼んだんじゃないし、ただ単にドラゴンを詳細に思い出せる人が身近に彼女しかいなかっただけなんだ。
「……本当ですか?」
けど、ミルさんがものすごい上目遣いで残念そうな顔をする。
「まだ学生で未成年じゃないですか! 俺にだって理性はあります!」
「それは嘘や」
「信じてくださいよ!」
「それはそれで残念ですけど、信用はしてますよ」
くそお、何故かその笑顔、攻撃力高いんだけど!
◇
宿に戻ると、既にベルたちが戻ってきていた。
「おかえり。どうだった?」
「たぶん行けると思う。初めての試みだから予想の範囲だけど」
「……ねえ、ミルちゃんがずっとこっちに視線を合わさないんだけど」
「ああ、俺もなんだ」
「まさかと思うけど道中なにかした?」
「お前に誓って、おさわりすらしてない!」
「ふーん」
ベルが疑心暗鬼になるのは無理がない。
だって、ほぼミルさんとベルは面識がないうえ、突然俺になついた後輩がいるなんて聞かされたらそうなるのは分かってたからだ。
下半身の信用がないのもまあ仕方がない事だけど、流石にイレーナさんもいる場所で他の女性に手を出すなんて、……って、そもそもベルがいる時点で考えることじゃないけどな。
「そっちはどうだった? いい場所は見つかりそう?」
「ケミーさんと、彼女の紹介でオラムさんって言う人と合流したけど、結構いい人だったわ」
「いい人?」
確かテリンマールで知り合った人だったな。俺も知らない人じゃないけど、ベルが俺以外の男と一緒に居たという話を聞くとちょっと気持ちがざわつく。
「あの人もダンジョンマイスター関係者なんでしょ?」
「ああそうそう。方向性はベルのお父さんの方に近いけど」
「いい迷宮が根付く場所とか、もうなくなった迷宮跡地の説明とか、いろいろいい話を聞けたわ」
多分ベル自身は本当にそう思ってるだけなのかもしれないが、どことなく他の同性を褒める彼女を見たくない。
「……俺って自分勝手だな」
「どうしたの?」
「いや、なんでもな、くはない」
「え?」
俺はベルの手をそっと握る。
「ディグ……?」
ゆっくり握り返してくるベルに、何故か安堵を覚えた。お互いそこそこ離れて行動するのは別に今に始まったことではないのだが、俺たちがそれぞれ異性と行動しあっていたということに、若干の違いがあるのかもしれない。
「ケミー……」
「へ?」
その時不意にケミーさんを呼ぶ男性の声が聞こえてきた。
「ディグ、今ケミーって」
「言ってない! 俺じゃないって!」
「分かってるわよ。でもケミーさんを呼ぶ声しなかった?」
「ああ、した。こっちの方」
大浴場へと通じる通路を越えた先、個別の浴室があるコーナーへ繋がる休憩所に、ケミーさんとオラムさんが向かい合っていた。
いわゆる、壁ドン状態で。
「お、オラム……」
「まだアレルギーあるのか?」
「う、うん。色々訓練してるから良くはなってきてるわ」
「……みたいだな。以前より近くにいても症状が出なくて」
「だからって、いきなり迫って来ないでよ。びっくりするじゃない」
「俺も、あれから少し体質改善してみたんだ」
「え、ほんと?」
オラムさんはそっと彼女の頬に触れる。少しびくっと反応したケミーさんは、しかし別の意味で驚いた。
「いたく、ない?」
「まだ違和感はあると思うけど、お前が感じるほどのアレルギー要素は抑えられてるはずだ」
「どうして?」
「もう一度、お前を抱きたい」
半歩、オラムさんが近寄る。
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「ま、待って、ここには知り合いも泊ってる、かぅんっ……」
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「……強引じゃない?」
「お前が、突然『別れろ』って言うからだろ?」
「わたくしは、オラムが思ってるほどまともな人間じゃないのよ」
「俺だってまともじゃない。こんな女を好きになるくらいだからな」
さらにお互いの髪が絡むほどに二人の距離が接近する。オラムさんは片足を彼女の足の間にねじ込み、そっと腰を抱えようと腕を絡める。
「お、オラムっ!」
オラムさんを跳ね除けようとケミーさんが腕を押し出す。だがそれは、彼によって背中に回され、ケミーさんの浴衣が緩くほどけた。
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「ここはまずい」
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聞こえてはないと思うけど、多分同じことを考えている。
「……ベル、離れよう」
「え、いいの?」
「違う、俺がもたない」
「あー。はいはい」
俺たちは手を繋いだままその場から離れた。
「二人、うまくいくかしら」
「もともと付き合ってたらしいし、モトサヤってやつじゃない?」
「ねえ、私たちは付き合ってるのかな?」
突然ベルがとんでもないことをぶち込んできた。あまりの言葉に俺は心臓が飛び出そうになる。いや、きっと地面から少し飛び上がったかもしれない。
「え、違うの?」
「ちょっと、冗談よ。そんな小動物みたいな声出さないでよ」
「……びっくりさせるなよ」
ちょっと元気だった気持ちが突然急落下してしまう。
「そんなに好きなんだ、あたしのこと」
「……好きだよ」
「ちゃんと目を見ていってよ」
廊下の真ん中で、俺は手を繋いだまま立ち止まる。つられてベルも止まり、不意に俺たちは向かい合った。
「俺は、ちゃんと小さい時からベルの事、好きだよ」
「どれくらい好き?」
小さな声を聞かせるように、ベルは一歩俺に近づく。僅かに低い身長差が近づくことでより際立ち、僅かに見下ろす彼女の顔にそっと囁いた。
「今は、比べられない」
「お姉ちゃんと? それともミサオさんたちと?」
「……その、ごめん」
「ん!」
ベルはぐいっと引き寄せて俺を抱きしめ、目をつぶってキスをねだる。
俺に拒否権はない。でもやらされるつもりもない。素直な、好きという気持ちを示すための口づけ。
「んっ」
にはならない。ベルの方から唇をかき分けて舌がねじ込まれる。首元を腕で押さえつけられて唾を取られるかの如く吸い付くような舌使いに一瞬驚くが、それでも俺は応えるため必死に縋りついた。
「っ…… ん」
「んふっ、ぉっ、……ぁっ」
既にお互いを貪り合ったからこそ、これがどれだけもどかしい行為か分かっている。もっと触れたい。もっと肌を感じたい。
「……浮気はしてない?」
「ベルに誓って、イレーナさんともしてない」
「ふうん」
ぐに、とベルが股の間に手を差し込んで、その重さを確認する。
「ちょ! ……いや、むしろ確認してもらってもいいぞ」
「じゃあ、ちょっとそこの個別露天風呂行こうか」
「へ、部屋に帰ってからの方が」
「そこだと他に人いるでしょ?」
そこまで言われて俺もノーとは言えない。垂れる雫もそのままに俺たちはひと汗流すためそっと「入浴中」の札を立てた。
◇
「恐らく、あの場所に新たな迷宮を建てるには残留マナが足りない」
オラムさんは自分の迷宮で採れたエーメルを机に並べながら続けた。
「過去に迷宮探しをしてる時にも訪れたことはあったけど、地形がかなり変わってしまってるから安定した迷宮を作るのは難しいと思う」
「魔導晶石では足りないんですか?」
「クリスタルでは一気にマナが溢れるから出力の調整が難しい。錬金術師がサポートに入ってたとしてもあの高さを求めるならエーメルを複数本誘導体として使う方が亜安定するはず」
「あたしもサポートに入る」
「――私も」
錬金術師なら一級品レベルの術師が二人いる。けど出力の安定供給となると手持ちのクリスタルだけでは少々心もとないか。
「わっちもクリスタル代わりに使おてもらって構わへんよ」
「すいません、力借ります」
「任しとき!」
「今回ばかりは某も役に立たぬ…… 口惜しい」
「其方だけでないわ、流石の妾も門外漢よ」
根っからの前衛職と後衛職は、戦闘以外ではあまり目立つことはないからな。
「いつ実行します?」
「早い方がいい。我々が現地調査していたことは向こうにも筒抜けだろう」
「なら、明日にでも出発しましょう。みんなはそれでいい?」
オラムさんの質問に俺は即断する。ある程度の決定権も持たせてもらってるので、なるべく早く行く方がいいだろう。
そこについては特に異論はないようで、全員納得してくれた。最終打ち合わせもほどほどに俺たちはそれぞれの部屋へと戻る。
「――ケミーさん、そっちは」
「ああ、マイナさん! いいの」
「でもあっちはオラムさんの――」
「だったら尚更大丈夫だから」
「ディグラッド、其方何か知っておるのか?」
「ほら! 二人は元々恋人同士だから……」
いくら他人に無関心なラスキーさんでも、この言葉を言われれば察してくれる。
「それは…… 無粋なことよ」
「最近増えてるそうですよ。縁りを戻したり恋人を作って二人の時間を過ごす人たち」
ミルさんがぽつりとつぶやく。
「そうなんだ? 何かブームでも来てるのかな?」
「ご存知じゃないんですか? 最近の迷宮関連で色んな事件が増えてるから『世界終末説』が出てるって。先輩たちが追ってるあの空の物体も、関係あるんじゃないんですか?」
……そうか、俺たちは当事者だから気が付いてなかったけど、部外者からするとそんな風に映ってるわけか。
「学園の授業も少し減ってきてるし、ギルドの下級依頼は軒並み消えるし、上級依頼は変なの増えるし!」
「め、迷宮の繫忙期かな?」
「……詳しく言えないほど大変なんですね?」
「俺たち自身も詳しく知らない、って言うのが本音だよ」
だから調べに行かなきゃいけないし、いろんなところを巻き込まなきゃいけない。
「いいです。先輩のすることだから、一応は信用してます」
「あ、ありがとう」
「それでは明日。おやすみなさい」
ミルさんが部屋を出ると同時に、俺は左右の腕をそれぞれラスキーさんとミサオさんに捕まれた。
「やけに慣れ慣れしいのう。まさか浮気か?」
「違う! そんなんじゃないですよ! 第一、彼女はまだ未成年ですよ!」
「誰彼構わず接吻して回るお主が申したところで、某としては信用に欠けるでござるが?」
あれ、なんだかどこかで聞いたセリフが。
「どれ、浮気の否定が事実であるかはここに聞くのが一番よのう」
「あっ、ラスキーさんっ!」
「某も調査に参加するでござる」
「待って待ってミサオさん! ちょっ、ベル! 助けてくれ!」
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しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
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