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第4殿 迷宮の向こう側へ
第69洞 届け、あの空に
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翌朝。
若干霧が立ち込める中、俺とベル、マイナさん、ミサオさん、イレーナさんにラスキーさんといういつもの『迷宮たらし』に加えてミルさん、ケミーさんにオラムさん(教授を除くとほぼ初の男性メンバー)が宿の玄関ホールに集まった。
「大所帯ねぇ。これもディグくんのジンボーかしら」
「――ディグちゃんはすごいよ。昨日も」
「よしみんな揃ったね! じゃあ出発しよう!」
またしてもぶっ飛ばしそうだったマイナさんを遮って、早々に俺たちは出発した。
戦闘は男性二人。真ん中に中後衛の魔導士メンバーを収めて後衛を女性前衛組に着いてもらう。
「じゃあイレーナさん、ミルさんとミサオさんよろしく」
「まかしときー!」
「ケミーは前衛でなくていいのか?」
「同じ道を進んでもらうならあらかじめ危ない部分を除いて、速度重視でいこうと思います」
本来重戦士は最前線で索敵しながら進むのが普通だが、一度通った道だ。再度注意を払うのは当たり前だけど、今は速度もほしい。
「わかった。僕は戦闘向きじゃないから何かあったらすぐ引っ込むよ」
しかし、そこからは妙に足が進んだ。
というよりもその違和感は俺より先行隊だったベル達がより強く感じたようで「最初に向かった時より敵が少ない」とまで言うほどだ。
「モンスターが少ないのは助かるよ」
「オラムさんはそれでいいですけど、環境がいきなり変わると迷宮にも影響が出ますから」
「それはこっちにも関係あるよ。けど、僕の職場からは距離もあるし」
「結構ドライ…… なんですね」
「自分の世界の外で何かが起こってても、基本みんな無関心だよ」
言葉の意味はなんとなくわかる。
自分に関係のあることなら、物理的にどれだけ離れててもそれは「自分のこと」だし、どれだけ近くても関わりのないことならそれは「我関せず」となる。
むしろ俺たちは探索者として世界の異変を身近に感じすぎている。オラムさんの感覚が普通なんだ。
「けどまあ、世界そのものがなくなるのは嫌だね。僕だってまだやりたいことはあるんだ」
「ええ、その通りです」
「実験、うまくいくといいな」
途中街道に出て宿を取りながらフジタカ山脈を目指す。しかしこの山にあったはずの多くの迷宮はもうこの時点で目に見えるほど失われ、そこは大きなクレーターが広がっていた。
「っ、ひどい……」
迷宮を母代わりに育ったミルさんはあからさまな嫌悪感を示す。それには俺も同意見だが、今から行う俺たちの行動次第で、この惨劇が大陸全土に広がっていく。
避けなければならない。なんとしても。
「ここからでもそろそろ見えると思う。あの色の違う平野部の中ほどに清められた空間がある。そこだよ」
オラムさんは遥か遠くを指さす。その先は既にジッポン領を超えたロレンシナ領にあたる地域なのだが、俺の記憶ではその景色の中にはとある施設が視界に入ったはずだった。
「マイボッツが、消えて、る……??」
「なくなっとるな。きれいさっぱり」
他の人は知らないが、俺とイレーナさんはしっかりと覚えている。まあ出会ったときはお互いに素っ裸だったからな。
「ここを発ったときに比べると、上空の浮遊物は少し大きくなってるかもしれないよ」
オラムさんは、かつてマイボッツ分校があった上空に目を向ける。太陽の位置から気が付かなかったが、雲の切れ目から灰色の建造物がちらりと見えた。
魔王城…… とでも言えばいいのだろうか。
「……あそこに、ランビルドはいるのか?」
「ランビルド? 確か『無限の大地』に一時期だけど籍を置いてた人だよね?」
珍しくオラムさんが話題に乗ってきた。
いや、「無限の大地」といえば少し前まで新進気鋭の最強パーティだから、知らない俺が稀なだけだ。
「流石ですね。そうなんですよ」
「ってことは、遠からずもあの迷宮の建造には人が関わってるってことかい?」
「そうなんですよ。なんなら空の迷宮も関係してますよ」
俺がそう言うと、オラムさんはチラリとケミーさんに視線を移した。当の彼女はキラキラした目で空を見上げているが。
「……人が作ったなら、僕も作れるかな」
「人間やめないと作れませんよ」
やっぱ変態だなこの人も。
「じゃあ進みましょう」
みんなに声をかけつつ、開けた獣道を避けながら今度は山脈を下っていく。ここまで来れば空からは丸見えだろうし身を隠す必要などないのだが、万が一見逃されてる可能性もある。
「……静かすぎる」
「? ケミーさん?」
「前回来たときは、あの迷宮から漏れ出る未確認のマナに当てられたモンスターが近づいてきたりしたのよ。けど今はそれすらいない」
「待ち伏せされてるで、それ。間違いないわ」
俺は目を凝らす。しかし視覚から得られる情報では待ち伏せの様子はうかがえない。巧妙に隠されているのか、あるいはそれすら必要ないほど少数なのか。
「――待ってても無意味。それなら一気に目的地まで近づけばいい」
「お姉ちゃんに賛成」
「某も、遅らせれば思うつぼでござる」
「悪い未来は見えておらぬぞ」
案外みんな前のめりなんだよな。
……嫌いじゃないけど。
「よし、じゃあ一気に行こう」
「先輩本気ですか!?」
「みんなの意見が一致した時はだいたいうまくいくんだよ」
というより、それを覆す意見や作戦がないともいえる。
まあ、逆に戦闘になったって何とかなりそうとも考えてるのもあるかな。
意見も出揃ったので俺たちは山と平地の境目ギリギリまで近づく。見える範囲には結局何も見えなかったが、完全に目的の場所はダッシュで飛び込める距離まで来た。もう一気に決めた方が早い。
「よし、じゃあ…… 走れ!」
先頭をケミーさん、次に俺とミルさんが追いかける。作戦のキモは俺とミルさんが空の迷宮直下に潜り込む事。そして、迷宮を定着させ、開花させること。
その間のマナ供給を阻害させず、また巨大な迷宮を空に穿つまでの時間稼ぎを他のメンバーでやってもらう。
「来たっ!」
オラムさんが大声を上げる。が、俺の視界である目的地に至る道筋には変化がない。ということは……
「せせ先輩!?」
「ミル、走り続けろっ!!」
必然的に残りのメンバーが危険にさらされているが、今やるべきはベルたちを助けることじゃない。一番の問題は「俺とミルさんが作戦に失敗すること」だ。
なんとかなる。ベルたちならなんとかできる。
――今は、自分の中のベルたちを信用するしかないのだ。
『ぎゃうううおおおおおぅぅぅぅんっ!!!!!』
「!?!? 今の声!」
「ミルっ! 足を止めるなっ!」
その咆哮には聞き覚えがあった。いや、正確には『忘れていたかった咆哮』だ。
「でも、いまのは」
「…… きっとあれは『記憶』だ! ただの情報だ!!」
「――数多の衝撃より守る盾を持て!!」
マイナさんの詠唱が空間を切り取って不可視の壁を生成する。直後、空気が爆発する衝撃音が鳴り響き、背後でとてつもない攻撃が行われたのを振動を通じて理解した。
「みんな、後ろは頼む!」
「早く行って!」
「ぜええあああぁぁぁっっ!!!」
俺たちの会話に被せるようにイレーナさんが大声を上げながら突撃していったようだ。その声が響くと同時に足元が仄かに光り出す。オラムさんがあらかじめ設置していた目印の範囲に入った証だ。
「よし、じゃあミルさん!」
「はい!」
「お腹だして!」
彼女はためらいなくそのつるんとした下腹部を俺に晒す。これは必要な行為。彼女の体内に収めた「原初の欠片」を取り出して、俺の種を捧げる。そうすることで種は胚になり、あらかじめ記憶させた迷宮の自動生成が始まり、天に届くドラゴンが姿を現すはずだ。
「どうぞ!」
「ごめん!」
躊躇はない。必要な行為だから。
そして、俺は手に大量の回復魔法を纏わせながら一気に皮膚を貫く。
「うぐっ!?」
「大丈夫、傷はすぐ塞がるから!」
皮膚と筋肉を裂いて奥へねじ込み、ぷにぷにする小腸をかき分けると、ひときわ大きな内臓…… 若干膨らんだ子宮に到達する。他の臓器を傷つけないように小さな裂け目を入れると、中から乳白色の卵…… 調整された『原初の欠片』が顔を出した。
「あったっ!」
俺はその卵を慎重に握りしめ、ゆっくりと腕を引きぬいた。赤黒い液体と白い肉片が腕にこびりついてはいるが、彼女の腹部にはそれほど目立つ傷もなく塞がった。
「よし、ミルさん! 最後の一押しだ!」
『ぐうああああぉぉぉぉんっ!!』
再び重い方向が響く。俺は構わず続ける…… が、不覚にもミルさんが敵のほうへと目を向けてしまう。
「黒い…… 竜?」
「ミルさんっ!!!」
なんとなく予感はあった。だけど、考えうる最悪の事態。
試練型の迷宮がもつ最悪の障壁。それは『経験上遭遇した最悪最強の敵』に『再び相まみえる事』だ。
もしもこの迷宮のシステムをトラップとして設置できれば、簡単に俺たち程度足止めできる。
けどそれには、この場所が簡易的にでも迷宮として機能していないといけない。
かつて目にして、その強さ・その厳かさを焼き付けた、最強の敵。
――クリスタルドラゴン。その影だ。
「竜が相手であっても、剣を納める理由にはならぬ!」
だが、それは強さが桁外れと言う理由でやっかいなのではない。
「そんな、ママ……」
「ミルさん!!!!」
再三の呼びかけに、ようやくミルさんは俺を見る。
彼女にとって竜は特別な存在。特別な間柄。大事な人が、仲間に攻撃される恐怖。再び失う恐怖。自分はそれに関わることなく、しかし見届けなくてはならない。
「落ち着いて。あれは君のお母さんじゃない! 敵なんだ!」
「……わかって、ます」
手が震えている。肩から力が消え、膝が笑い始めている。
「想像して! 強いお母さんを! 雄大で、誰にも負けなかった真っ白な竜を!」
「でも…… でも……!」
トラウマが目の前で暴走している。無理もない。母さんを失った時の俺にそっくりだ。状況が色々違っているが、心の中の死者が蹂躙されていることに大きな違いはない。
「なんなら、もっと違うものでもいい。ミルさんが大きくて、強くて、あの空に届く大きなものを想像するんだ!」
「大きくて、強い……?」
「ああ。あんな卑劣な罠を仕掛けてくる奴を吹き飛ばすほどの、ミルさんが考えうる、憧れる、最もすごいものを!!」
背後から肉の裂ける音が耳に入る。ガリガリと何かをひっかく音や、焦げ臭い音、足元の気温が下がり、冷たい空気が足を登ってくる。
けど、俺は振り返らない。振り返るのは今じゃない。
「……先輩、力を貸してください」
「任せろ!」
俺はミルさんの手を取って、俺の手にある欠片を一緒に掴ませる。彼女は大きく息を吸うと、瞑っていた目を開けてまっすぐ俺の目を見てきた。
迷いは、もうなかった。
「失礼します!」
「んぶっ!?」
突然柔らかいものが俺の唇に触れる。
迫る彼女の顔から視線を逃がすのに目を瞑ったのがいけなかったのか、その一瞬で彼女は俺の唇を強引に奪ってきたのだ。
「ん、ん、んっ!???」
その瞬間、俺の体内にある種がマナに変換されて欠片へと流れ込み、その種を一瞬にして開花させた。
バックパックに入れてあったエーメルが飛び出して瞬時に粉々に砕け散る。内包されていた高純度のマナが俺たちを包み込むと、それらは爆発するような勢いでまばゆい光を放ち始めた。
『ぐうぉぉぉるるるうううううううぅぅぅぅぅ!!!??』
「なに、光!?」
「――うまく、いった?」
ちょうど俺たちを背に戦っていたベルたちはその閃光をまともに受けることなく耐え、逆に黒い竜には直撃した。
「今ぞ! 討て!」
「うああらあああぁぁぁぁぁ!!!」
ごす、と鈍い音がここまで届いた。だが、その瞬間はもう俺の視界は彼女の真っ赤な顔でいっぱいになっていた。
そういう迷いのなさは…… まあ、いいか。
気が付くと手に握っていた欠片はすっかりその形を失い、足元にすべて流れ出してしまっていた。
どすん。
「う、あ、あ、ああああ???!!!???」
「じ、地震か!!?」
足元の地面がひっくり返るような巨大な地震。
思わず俺たちはお互いを支えにしっかりと抱き合い、戦闘中のメンバーも前衛職を除いてみな地面に座り込んでしまった。
ごすん。
「わ、な、な、んだ、あ、あ、あ、あ、???」
俺たちを中心にいくつもの岩が地面から隆起する。それらはまるで土から生まれた腕のように、掌状の空間に座り込む俺たちを中心に、はるか空へと伸びていった。
「よ、よし! 方向性はあってる! 成功だ!!!」
「や、やったぁ!!」
「っとぉ、危ないっ!」
「っきゃ!」
ぐんぐんと上空の迷宮へ距離が縮まっていく。
それに伴って俺たちに多重の重力が襲い掛かり、立っていられなくなる。ふらつく彼女を支えながらしゃがみこむと、周囲の爪が徐々にせり上がって、完全に俺たちをドームの中へと納めてしまった。
「落ちる心配はなくなったけど、なんの形だろ? ドラゴンの頭にしてはまん丸だし……」
「さ、さあ。なんでしょう」
地上の戦闘は彼女たちが止めを刺すところが見えたから恐らく大丈夫だと思うが、完全に見えなくなってしまった。
……ず、ず、ずん。
「止まっ、た……?」
迷宮の生成は、恐らく大成功だ。
となれば、次は地上に残してきた「迷宮たらし」のメンバーだ。
「よし、急いで戻ろう!」
「え、えっと……」
「どうしたの? ほら!」
俺はうまくいった事で半ばハイになっていたので、彼女をがしっと抱き上げて落下制御魔法を使い一気に降り切った。
「あ、ディグ…… うまく、いった?」
「何言ってんだよ、完璧だろ!」
「――うん。すごくかっこいいのができたね」
「これはなかなか、馴染みあるたくましい姿でござるな」
「へえ、こうなるんだ。ディグくんのって」
「俺の?」
俺は何故か背後を向かせたがらないミルさんを押さえて後ろを振り向くと、ここ最近毎晩目にする見慣れたものが空高くそそり立っていた。
若干霧が立ち込める中、俺とベル、マイナさん、ミサオさん、イレーナさんにラスキーさんといういつもの『迷宮たらし』に加えてミルさん、ケミーさんにオラムさん(教授を除くとほぼ初の男性メンバー)が宿の玄関ホールに集まった。
「大所帯ねぇ。これもディグくんのジンボーかしら」
「――ディグちゃんはすごいよ。昨日も」
「よしみんな揃ったね! じゃあ出発しよう!」
またしてもぶっ飛ばしそうだったマイナさんを遮って、早々に俺たちは出発した。
戦闘は男性二人。真ん中に中後衛の魔導士メンバーを収めて後衛を女性前衛組に着いてもらう。
「じゃあイレーナさん、ミルさんとミサオさんよろしく」
「まかしときー!」
「ケミーは前衛でなくていいのか?」
「同じ道を進んでもらうならあらかじめ危ない部分を除いて、速度重視でいこうと思います」
本来重戦士は最前線で索敵しながら進むのが普通だが、一度通った道だ。再度注意を払うのは当たり前だけど、今は速度もほしい。
「わかった。僕は戦闘向きじゃないから何かあったらすぐ引っ込むよ」
しかし、そこからは妙に足が進んだ。
というよりもその違和感は俺より先行隊だったベル達がより強く感じたようで「最初に向かった時より敵が少ない」とまで言うほどだ。
「モンスターが少ないのは助かるよ」
「オラムさんはそれでいいですけど、環境がいきなり変わると迷宮にも影響が出ますから」
「それはこっちにも関係あるよ。けど、僕の職場からは距離もあるし」
「結構ドライ…… なんですね」
「自分の世界の外で何かが起こってても、基本みんな無関心だよ」
言葉の意味はなんとなくわかる。
自分に関係のあることなら、物理的にどれだけ離れててもそれは「自分のこと」だし、どれだけ近くても関わりのないことならそれは「我関せず」となる。
むしろ俺たちは探索者として世界の異変を身近に感じすぎている。オラムさんの感覚が普通なんだ。
「けどまあ、世界そのものがなくなるのは嫌だね。僕だってまだやりたいことはあるんだ」
「ええ、その通りです」
「実験、うまくいくといいな」
途中街道に出て宿を取りながらフジタカ山脈を目指す。しかしこの山にあったはずの多くの迷宮はもうこの時点で目に見えるほど失われ、そこは大きなクレーターが広がっていた。
「っ、ひどい……」
迷宮を母代わりに育ったミルさんはあからさまな嫌悪感を示す。それには俺も同意見だが、今から行う俺たちの行動次第で、この惨劇が大陸全土に広がっていく。
避けなければならない。なんとしても。
「ここからでもそろそろ見えると思う。あの色の違う平野部の中ほどに清められた空間がある。そこだよ」
オラムさんは遥か遠くを指さす。その先は既にジッポン領を超えたロレンシナ領にあたる地域なのだが、俺の記憶ではその景色の中にはとある施設が視界に入ったはずだった。
「マイボッツが、消えて、る……??」
「なくなっとるな。きれいさっぱり」
他の人は知らないが、俺とイレーナさんはしっかりと覚えている。まあ出会ったときはお互いに素っ裸だったからな。
「ここを発ったときに比べると、上空の浮遊物は少し大きくなってるかもしれないよ」
オラムさんは、かつてマイボッツ分校があった上空に目を向ける。太陽の位置から気が付かなかったが、雲の切れ目から灰色の建造物がちらりと見えた。
魔王城…… とでも言えばいいのだろうか。
「……あそこに、ランビルドはいるのか?」
「ランビルド? 確か『無限の大地』に一時期だけど籍を置いてた人だよね?」
珍しくオラムさんが話題に乗ってきた。
いや、「無限の大地」といえば少し前まで新進気鋭の最強パーティだから、知らない俺が稀なだけだ。
「流石ですね。そうなんですよ」
「ってことは、遠からずもあの迷宮の建造には人が関わってるってことかい?」
「そうなんですよ。なんなら空の迷宮も関係してますよ」
俺がそう言うと、オラムさんはチラリとケミーさんに視線を移した。当の彼女はキラキラした目で空を見上げているが。
「……人が作ったなら、僕も作れるかな」
「人間やめないと作れませんよ」
やっぱ変態だなこの人も。
「じゃあ進みましょう」
みんなに声をかけつつ、開けた獣道を避けながら今度は山脈を下っていく。ここまで来れば空からは丸見えだろうし身を隠す必要などないのだが、万が一見逃されてる可能性もある。
「……静かすぎる」
「? ケミーさん?」
「前回来たときは、あの迷宮から漏れ出る未確認のマナに当てられたモンスターが近づいてきたりしたのよ。けど今はそれすらいない」
「待ち伏せされてるで、それ。間違いないわ」
俺は目を凝らす。しかし視覚から得られる情報では待ち伏せの様子はうかがえない。巧妙に隠されているのか、あるいはそれすら必要ないほど少数なのか。
「――待ってても無意味。それなら一気に目的地まで近づけばいい」
「お姉ちゃんに賛成」
「某も、遅らせれば思うつぼでござる」
「悪い未来は見えておらぬぞ」
案外みんな前のめりなんだよな。
……嫌いじゃないけど。
「よし、じゃあ一気に行こう」
「先輩本気ですか!?」
「みんなの意見が一致した時はだいたいうまくいくんだよ」
というより、それを覆す意見や作戦がないともいえる。
まあ、逆に戦闘になったって何とかなりそうとも考えてるのもあるかな。
意見も出揃ったので俺たちは山と平地の境目ギリギリまで近づく。見える範囲には結局何も見えなかったが、完全に目的の場所はダッシュで飛び込める距離まで来た。もう一気に決めた方が早い。
「よし、じゃあ…… 走れ!」
先頭をケミーさん、次に俺とミルさんが追いかける。作戦のキモは俺とミルさんが空の迷宮直下に潜り込む事。そして、迷宮を定着させ、開花させること。
その間のマナ供給を阻害させず、また巨大な迷宮を空に穿つまでの時間稼ぎを他のメンバーでやってもらう。
「来たっ!」
オラムさんが大声を上げる。が、俺の視界である目的地に至る道筋には変化がない。ということは……
「せせ先輩!?」
「ミル、走り続けろっ!!」
必然的に残りのメンバーが危険にさらされているが、今やるべきはベルたちを助けることじゃない。一番の問題は「俺とミルさんが作戦に失敗すること」だ。
なんとかなる。ベルたちならなんとかできる。
――今は、自分の中のベルたちを信用するしかないのだ。
『ぎゃうううおおおおおぅぅぅぅんっ!!!!!』
「!?!? 今の声!」
「ミルっ! 足を止めるなっ!」
その咆哮には聞き覚えがあった。いや、正確には『忘れていたかった咆哮』だ。
「でも、いまのは」
「…… きっとあれは『記憶』だ! ただの情報だ!!」
「――数多の衝撃より守る盾を持て!!」
マイナさんの詠唱が空間を切り取って不可視の壁を生成する。直後、空気が爆発する衝撃音が鳴り響き、背後でとてつもない攻撃が行われたのを振動を通じて理解した。
「みんな、後ろは頼む!」
「早く行って!」
「ぜええあああぁぁぁっっ!!!」
俺たちの会話に被せるようにイレーナさんが大声を上げながら突撃していったようだ。その声が響くと同時に足元が仄かに光り出す。オラムさんがあらかじめ設置していた目印の範囲に入った証だ。
「よし、じゃあミルさん!」
「はい!」
「お腹だして!」
彼女はためらいなくそのつるんとした下腹部を俺に晒す。これは必要な行為。彼女の体内に収めた「原初の欠片」を取り出して、俺の種を捧げる。そうすることで種は胚になり、あらかじめ記憶させた迷宮の自動生成が始まり、天に届くドラゴンが姿を現すはずだ。
「どうぞ!」
「ごめん!」
躊躇はない。必要な行為だから。
そして、俺は手に大量の回復魔法を纏わせながら一気に皮膚を貫く。
「うぐっ!?」
「大丈夫、傷はすぐ塞がるから!」
皮膚と筋肉を裂いて奥へねじ込み、ぷにぷにする小腸をかき分けると、ひときわ大きな内臓…… 若干膨らんだ子宮に到達する。他の臓器を傷つけないように小さな裂け目を入れると、中から乳白色の卵…… 調整された『原初の欠片』が顔を出した。
「あったっ!」
俺はその卵を慎重に握りしめ、ゆっくりと腕を引きぬいた。赤黒い液体と白い肉片が腕にこびりついてはいるが、彼女の腹部にはそれほど目立つ傷もなく塞がった。
「よし、ミルさん! 最後の一押しだ!」
『ぐうああああぉぉぉぉんっ!!』
再び重い方向が響く。俺は構わず続ける…… が、不覚にもミルさんが敵のほうへと目を向けてしまう。
「黒い…… 竜?」
「ミルさんっ!!!」
なんとなく予感はあった。だけど、考えうる最悪の事態。
試練型の迷宮がもつ最悪の障壁。それは『経験上遭遇した最悪最強の敵』に『再び相まみえる事』だ。
もしもこの迷宮のシステムをトラップとして設置できれば、簡単に俺たち程度足止めできる。
けどそれには、この場所が簡易的にでも迷宮として機能していないといけない。
かつて目にして、その強さ・その厳かさを焼き付けた、最強の敵。
――クリスタルドラゴン。その影だ。
「竜が相手であっても、剣を納める理由にはならぬ!」
だが、それは強さが桁外れと言う理由でやっかいなのではない。
「そんな、ママ……」
「ミルさん!!!!」
再三の呼びかけに、ようやくミルさんは俺を見る。
彼女にとって竜は特別な存在。特別な間柄。大事な人が、仲間に攻撃される恐怖。再び失う恐怖。自分はそれに関わることなく、しかし見届けなくてはならない。
「落ち着いて。あれは君のお母さんじゃない! 敵なんだ!」
「……わかって、ます」
手が震えている。肩から力が消え、膝が笑い始めている。
「想像して! 強いお母さんを! 雄大で、誰にも負けなかった真っ白な竜を!」
「でも…… でも……!」
トラウマが目の前で暴走している。無理もない。母さんを失った時の俺にそっくりだ。状況が色々違っているが、心の中の死者が蹂躙されていることに大きな違いはない。
「なんなら、もっと違うものでもいい。ミルさんが大きくて、強くて、あの空に届く大きなものを想像するんだ!」
「大きくて、強い……?」
「ああ。あんな卑劣な罠を仕掛けてくる奴を吹き飛ばすほどの、ミルさんが考えうる、憧れる、最もすごいものを!!」
背後から肉の裂ける音が耳に入る。ガリガリと何かをひっかく音や、焦げ臭い音、足元の気温が下がり、冷たい空気が足を登ってくる。
けど、俺は振り返らない。振り返るのは今じゃない。
「……先輩、力を貸してください」
「任せろ!」
俺はミルさんの手を取って、俺の手にある欠片を一緒に掴ませる。彼女は大きく息を吸うと、瞑っていた目を開けてまっすぐ俺の目を見てきた。
迷いは、もうなかった。
「失礼します!」
「んぶっ!?」
突然柔らかいものが俺の唇に触れる。
迫る彼女の顔から視線を逃がすのに目を瞑ったのがいけなかったのか、その一瞬で彼女は俺の唇を強引に奪ってきたのだ。
「ん、ん、んっ!???」
その瞬間、俺の体内にある種がマナに変換されて欠片へと流れ込み、その種を一瞬にして開花させた。
バックパックに入れてあったエーメルが飛び出して瞬時に粉々に砕け散る。内包されていた高純度のマナが俺たちを包み込むと、それらは爆発するような勢いでまばゆい光を放ち始めた。
『ぐうぉぉぉるるるうううううううぅぅぅぅぅ!!!??』
「なに、光!?」
「――うまく、いった?」
ちょうど俺たちを背に戦っていたベルたちはその閃光をまともに受けることなく耐え、逆に黒い竜には直撃した。
「今ぞ! 討て!」
「うああらあああぁぁぁぁぁ!!!」
ごす、と鈍い音がここまで届いた。だが、その瞬間はもう俺の視界は彼女の真っ赤な顔でいっぱいになっていた。
そういう迷いのなさは…… まあ、いいか。
気が付くと手に握っていた欠片はすっかりその形を失い、足元にすべて流れ出してしまっていた。
どすん。
「う、あ、あ、ああああ???!!!???」
「じ、地震か!!?」
足元の地面がひっくり返るような巨大な地震。
思わず俺たちはお互いを支えにしっかりと抱き合い、戦闘中のメンバーも前衛職を除いてみな地面に座り込んでしまった。
ごすん。
「わ、な、な、んだ、あ、あ、あ、あ、???」
俺たちを中心にいくつもの岩が地面から隆起する。それらはまるで土から生まれた腕のように、掌状の空間に座り込む俺たちを中心に、はるか空へと伸びていった。
「よ、よし! 方向性はあってる! 成功だ!!!」
「や、やったぁ!!」
「っとぉ、危ないっ!」
「っきゃ!」
ぐんぐんと上空の迷宮へ距離が縮まっていく。
それに伴って俺たちに多重の重力が襲い掛かり、立っていられなくなる。ふらつく彼女を支えながらしゃがみこむと、周囲の爪が徐々にせり上がって、完全に俺たちをドームの中へと納めてしまった。
「落ちる心配はなくなったけど、なんの形だろ? ドラゴンの頭にしてはまん丸だし……」
「さ、さあ。なんでしょう」
地上の戦闘は彼女たちが止めを刺すところが見えたから恐らく大丈夫だと思うが、完全に見えなくなってしまった。
……ず、ず、ずん。
「止まっ、た……?」
迷宮の生成は、恐らく大成功だ。
となれば、次は地上に残してきた「迷宮たらし」のメンバーだ。
「よし、急いで戻ろう!」
「え、えっと……」
「どうしたの? ほら!」
俺はうまくいった事で半ばハイになっていたので、彼女をがしっと抱き上げて落下制御魔法を使い一気に降り切った。
「あ、ディグ…… うまく、いった?」
「何言ってんだよ、完璧だろ!」
「――うん。すごくかっこいいのができたね」
「これはなかなか、馴染みあるたくましい姿でござるな」
「へえ、こうなるんだ。ディグくんのって」
「俺の?」
俺は何故か背後を向かせたがらないミルさんを押さえて後ろを振り向くと、ここ最近毎晩目にする見慣れたものが空高くそそり立っていた。
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