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勇者祭編
その75 気づく者達☆
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オスカーの剣の構えには、一切の無駄がなかった。
剣術の境地に一度は辿り着いた桐生でさえ、彼の研ぎ澄まされた究極の型に感嘆の声を漏らす。
「どこまで進化するんだ、君の剣は」
静寂を打ち破り、剣の打ち合いが始まった。
緊張から解き放たれた二人の剣が、驚異的な速さで交差する。
しかし、これはあくまで基礎だ。
オスカーが今回使用する型はルーテン派と呼ばれる、技術系統のもの。
小柄な体格を活かし、手首のスナップで相手の剣を正確に弾く。
お互い、動き自体は複雑ではない。
桐生はロペス派の型で応戦していた。
ロペス派は攻撃と守備のバランスを保った、穴のない型である。体力の消耗はルーテン派より激しいものの、安定した体勢を維持して攻防戦を演じることができる。
『所詮はこの程度か』
『確かに型は綺麗だけど、それだけよね』
『平凡を極めた、まさに模範的な手本だよ、まったく』
一部の生徒が口々にこの模擬戦を評価する。
オスカーの剣術は確かに美しかった。
それは誰もが認めるところである。しかし、ただ基本に忠実というだけで、そこに独自性を出せていない。
剣術の猛者というのは、基礎の動きの中にも独自の剣を映し出すことができるのだ、と。
一部の愚者達は思った。
(この剣術の凄さがまるでわかってない)
グレイソンが他の生徒達に失望したかのような表情を見せる。
セレナはオスカーの剣術を平凡だと評価する生徒を殴りたそうな勢いだった。怒りに任せて足を踏み出そうとするも、それをミクリンに阻まれる。
「まだオスカー君の剣術は終わってませんよ」
落ち着いた、聖女のような笑みを浮かべる青髪の美少女。
ハッとしたセレナが、オスカーと桐生の模擬戦に再び目を向ける。
正確な剣を打ち合う二人。
しかし、桐生の本来の目的はこれからだった。
(オスカー、すまない。今から応用編に入らせてもらうよ)
「――ッ」
急に攻撃の速度と動きが変わる。
(なるほど。これが狙いか)
オスカーは表情を変えないまま、後ろに下がって距離を取った。
一方的に上げられたペースに対し、冷静に調整する時間を稼ぐためだ。オスカーといえども、剣聖の急な積極攻撃に対して瞬時に対応できるわけではない。
これは剣術の勝負。
この真剣勝負に神能を使うなど、オスカーにとってあり得ないことだ。正々堂々、己の剣技だけで戦わなくてはならない。
闘技場の空気も変化した。
つまらない基本の打ち合いに飽きていた生徒にも、興奮の色が見え始める。
桐生はロペス派の真骨頂である安定感で、オスカーを少しずつ後退させていった。圧倒的に桐生の方が優勢である。
オスカーの剣捌きは巧みであるが、鋭い一撃を防ぎきれずにかすり傷をもらってしまう。
「オスカー!!」
セレナが叫んだ。
見たことがない。
(オスカーが、追い詰められてる? 魔王セトにも引けを取らない、圧倒的な力があるのに?)
オスカーの最大の武器である神能を使わない、という勝負ではあるものの、彼女の中ではすっかり英雄的存在となっているオスカーが一方的に蹂躙されようとしている光景を前に、言葉を失う。
しかし――。
「オスカー様、てかげんしてるです」
「――えっ?」
頬をぷくっと膨らませながら、拗ねたようにクルリンが言った。
「オスカーは右利きだよ」
そこに加えられるグレイソンの補足説明。
説明にしては大雑把だが、この一言で全てが伝わった。
オスカーは今、左手で剣を握っている。どうしても剣の動きにばかり目が行くものなので、セレナは見落としていた。
それに、元剣聖との勝負で利き手を使わずに戦闘するなど、誰が想像したか。
当然、多くの生徒はオスカーとさほど関わり合いがあるわけでもなく、普段の生活で彼に注目しているわけでもない。オスカーの利き手が右手であることなど知るわけがない。
しかし、セレナはずっと彼の隣にいた。彼女が最もオスカーと近い生徒であることは疑いようのない事実だ。
セレナは悔しさのあまり唇を噛み締めた。
(クルリンと……グレイソン君に……負けた?)
拳を震わせながら顔をミクリンに向ける。
その表情は、神に縋るようなものだった。
「ミクリンは……気づかなかったでしょ?」
「最初から気づいていましたよ」
「――ッ……そんな……」
ガクッと。
膝から崩れる絶世の美少女。
気づけなかった自分を責めるように、頭を抱える。
「むぅ。セレナっちもまだまだなのです。オスカー様はあたちたちと戦うときは必ず左手で戦うのです」
顎をくいっと上げ、腰に手を当てて勝ち誇った笑みを浮かべるクルリン。
今回だけは、地面に膝をつくセレナを見下ろす形となった。
「ちなみに、オスカーが後退しているのも意図的なことだよ。相手からの攻撃を流す技術があるのに、わざと正面から受けて、自然に追い詰められている演出をしてるんだ。勿論、マスター・桐生の剣術も圧巻だけどね」
セレナの心臓に、何かが刺さっていく。
杭を次々と打ち込まれているかのような、悪夢のような感覚を味わっていた。
特にグレイソンは強力な好敵手だ。
以前から注目していたとはいえ、こんなところで負けてしまったことに、不覚を取ったと対抗心を燃やす。
「どうしたんだい?」
「いや、別に何も気にしてないけど?」
――絶対に何か気にしてる。
そうグレイソンは思ったが、今はそれどころではない。オスカーが目の前で戦っているのだ。
一瞬一瞬を見逃さないよう、灰色の瞳に焼きつけていく。
「オスカー君のことは心配しなくても大丈夫ですよ」
「別に心配してないし、むしろ優勢だって見抜いてたし……」
「むぅ、今嘘ついた!」
慈悲深いミクリンからの声掛けに対し、唇を尖らせながら強がるセレナだが、そこにクルリンの純粋な指摘が刺さる。
「三人とも! オスカーが動くよ」
グレイソンの注目はずっとオスカーにあった。
美少女三人の揉め合いなど、どうでもいいのだ。
そして彼は気づいた。
オスカーの黄金色に輝く瞳がより一層光を増し、見世物の準備を始めたことに。
「ほんの少しだけ、オスカーの本気が見れるかもしれないね」
***
オスカーの友人らが各々この模擬戦を見守る中。
一見桐生が優勢に見えてしまう場面で、オスカーの実力に気づいた者が彼ら以外に五人いた。
(あの戦い方は確実に利き手のものではないな。まさか、剣聖との戦闘で自分にハンデを負わせるとは)
ひとりは銀縁の眼鏡をかけた少年、葉加瀬オラケル。
知恵の女神アーテを信仰する彼が得た神能、〈分析眼〉により、戦闘の際の動きを分析することができるのだ。
剣術にさほど詳しくない彼がオスカーの動きを見抜けたのも、その神能があるおかげだった。
(西園寺オスカー、ちょっと気になるかも)
そして二人目は桃色の巻き髪が印象的な少女、杠葉リィ。
あまり友人と関わることがなく、常にマイペースに学園生活を送っているが、その目は節穴ではなかったようだ。
(勇者祭でその力が見られる、というわけか)
誰よりも遠い位置からオスカーの戦いを見物していた長髪の少年、神道ビズミも、愚者でない生徒の中のひとりだ。
授業中にも関わらず、彼はオスカーの思惑を考察すると、満足したかのように〈闘技場ネオ〉を後にした。
これに気づく生徒はいなかった。
(……ッ……)
五人の中で、唯一絶句していたのは、東雲ルビー。
剣術に秀でている彼女だからこそわかる。
あの少年の剣術の実力は、自分よりも遥かに高い、ということが。
構えを見ただけでわかった。
今までは実力がバレないようにしていたのか、ちらっと目にしたところで何とも思わなかった構えだ。
しかし、今回の構えはまさに理想だった。
剣術を極めんと志す者は、まずあそこの領域に到達しなくてはならない。彼と同じルーテン派を使うルビーにとっては、尚更だ。
そして、桐生が一気に実力を引き出したことも、オスカーがあえて力を分散せず、受け止めていることも、ルビーはその栗色の瞳ではっきりと確認した。
(あれだ……あれが、兄上に勝つための、強い剣!)
瞠目し、自分の剣を握り締め、肩を震わせる少年。
他の四人と違い、彼は素直だった。
オスカーの剣術の美しさに惚れ、そこにある可能性を見出した。
(彼に――西園寺くんに教われば、おれは――ッ!)
その少年とは、天王寺エイダンの弟、天王寺テオだった。
剣術の境地に一度は辿り着いた桐生でさえ、彼の研ぎ澄まされた究極の型に感嘆の声を漏らす。
「どこまで進化するんだ、君の剣は」
静寂を打ち破り、剣の打ち合いが始まった。
緊張から解き放たれた二人の剣が、驚異的な速さで交差する。
しかし、これはあくまで基礎だ。
オスカーが今回使用する型はルーテン派と呼ばれる、技術系統のもの。
小柄な体格を活かし、手首のスナップで相手の剣を正確に弾く。
お互い、動き自体は複雑ではない。
桐生はロペス派の型で応戦していた。
ロペス派は攻撃と守備のバランスを保った、穴のない型である。体力の消耗はルーテン派より激しいものの、安定した体勢を維持して攻防戦を演じることができる。
『所詮はこの程度か』
『確かに型は綺麗だけど、それだけよね』
『平凡を極めた、まさに模範的な手本だよ、まったく』
一部の生徒が口々にこの模擬戦を評価する。
オスカーの剣術は確かに美しかった。
それは誰もが認めるところである。しかし、ただ基本に忠実というだけで、そこに独自性を出せていない。
剣術の猛者というのは、基礎の動きの中にも独自の剣を映し出すことができるのだ、と。
一部の愚者達は思った。
(この剣術の凄さがまるでわかってない)
グレイソンが他の生徒達に失望したかのような表情を見せる。
セレナはオスカーの剣術を平凡だと評価する生徒を殴りたそうな勢いだった。怒りに任せて足を踏み出そうとするも、それをミクリンに阻まれる。
「まだオスカー君の剣術は終わってませんよ」
落ち着いた、聖女のような笑みを浮かべる青髪の美少女。
ハッとしたセレナが、オスカーと桐生の模擬戦に再び目を向ける。
正確な剣を打ち合う二人。
しかし、桐生の本来の目的はこれからだった。
(オスカー、すまない。今から応用編に入らせてもらうよ)
「――ッ」
急に攻撃の速度と動きが変わる。
(なるほど。これが狙いか)
オスカーは表情を変えないまま、後ろに下がって距離を取った。
一方的に上げられたペースに対し、冷静に調整する時間を稼ぐためだ。オスカーといえども、剣聖の急な積極攻撃に対して瞬時に対応できるわけではない。
これは剣術の勝負。
この真剣勝負に神能を使うなど、オスカーにとってあり得ないことだ。正々堂々、己の剣技だけで戦わなくてはならない。
闘技場の空気も変化した。
つまらない基本の打ち合いに飽きていた生徒にも、興奮の色が見え始める。
桐生はロペス派の真骨頂である安定感で、オスカーを少しずつ後退させていった。圧倒的に桐生の方が優勢である。
オスカーの剣捌きは巧みであるが、鋭い一撃を防ぎきれずにかすり傷をもらってしまう。
「オスカー!!」
セレナが叫んだ。
見たことがない。
(オスカーが、追い詰められてる? 魔王セトにも引けを取らない、圧倒的な力があるのに?)
オスカーの最大の武器である神能を使わない、という勝負ではあるものの、彼女の中ではすっかり英雄的存在となっているオスカーが一方的に蹂躙されようとしている光景を前に、言葉を失う。
しかし――。
「オスカー様、てかげんしてるです」
「――えっ?」
頬をぷくっと膨らませながら、拗ねたようにクルリンが言った。
「オスカーは右利きだよ」
そこに加えられるグレイソンの補足説明。
説明にしては大雑把だが、この一言で全てが伝わった。
オスカーは今、左手で剣を握っている。どうしても剣の動きにばかり目が行くものなので、セレナは見落としていた。
それに、元剣聖との勝負で利き手を使わずに戦闘するなど、誰が想像したか。
当然、多くの生徒はオスカーとさほど関わり合いがあるわけでもなく、普段の生活で彼に注目しているわけでもない。オスカーの利き手が右手であることなど知るわけがない。
しかし、セレナはずっと彼の隣にいた。彼女が最もオスカーと近い生徒であることは疑いようのない事実だ。
セレナは悔しさのあまり唇を噛み締めた。
(クルリンと……グレイソン君に……負けた?)
拳を震わせながら顔をミクリンに向ける。
その表情は、神に縋るようなものだった。
「ミクリンは……気づかなかったでしょ?」
「最初から気づいていましたよ」
「――ッ……そんな……」
ガクッと。
膝から崩れる絶世の美少女。
気づけなかった自分を責めるように、頭を抱える。
「むぅ。セレナっちもまだまだなのです。オスカー様はあたちたちと戦うときは必ず左手で戦うのです」
顎をくいっと上げ、腰に手を当てて勝ち誇った笑みを浮かべるクルリン。
今回だけは、地面に膝をつくセレナを見下ろす形となった。
「ちなみに、オスカーが後退しているのも意図的なことだよ。相手からの攻撃を流す技術があるのに、わざと正面から受けて、自然に追い詰められている演出をしてるんだ。勿論、マスター・桐生の剣術も圧巻だけどね」
セレナの心臓に、何かが刺さっていく。
杭を次々と打ち込まれているかのような、悪夢のような感覚を味わっていた。
特にグレイソンは強力な好敵手だ。
以前から注目していたとはいえ、こんなところで負けてしまったことに、不覚を取ったと対抗心を燃やす。
「どうしたんだい?」
「いや、別に何も気にしてないけど?」
――絶対に何か気にしてる。
そうグレイソンは思ったが、今はそれどころではない。オスカーが目の前で戦っているのだ。
一瞬一瞬を見逃さないよう、灰色の瞳に焼きつけていく。
「オスカー君のことは心配しなくても大丈夫ですよ」
「別に心配してないし、むしろ優勢だって見抜いてたし……」
「むぅ、今嘘ついた!」
慈悲深いミクリンからの声掛けに対し、唇を尖らせながら強がるセレナだが、そこにクルリンの純粋な指摘が刺さる。
「三人とも! オスカーが動くよ」
グレイソンの注目はずっとオスカーにあった。
美少女三人の揉め合いなど、どうでもいいのだ。
そして彼は気づいた。
オスカーの黄金色に輝く瞳がより一層光を増し、見世物の準備を始めたことに。
「ほんの少しだけ、オスカーの本気が見れるかもしれないね」
***
オスカーの友人らが各々この模擬戦を見守る中。
一見桐生が優勢に見えてしまう場面で、オスカーの実力に気づいた者が彼ら以外に五人いた。
(あの戦い方は確実に利き手のものではないな。まさか、剣聖との戦闘で自分にハンデを負わせるとは)
ひとりは銀縁の眼鏡をかけた少年、葉加瀬オラケル。
知恵の女神アーテを信仰する彼が得た神能、〈分析眼〉により、戦闘の際の動きを分析することができるのだ。
剣術にさほど詳しくない彼がオスカーの動きを見抜けたのも、その神能があるおかげだった。
(西園寺オスカー、ちょっと気になるかも)
そして二人目は桃色の巻き髪が印象的な少女、杠葉リィ。
あまり友人と関わることがなく、常にマイペースに学園生活を送っているが、その目は節穴ではなかったようだ。
(勇者祭でその力が見られる、というわけか)
誰よりも遠い位置からオスカーの戦いを見物していた長髪の少年、神道ビズミも、愚者でない生徒の中のひとりだ。
授業中にも関わらず、彼はオスカーの思惑を考察すると、満足したかのように〈闘技場ネオ〉を後にした。
これに気づく生徒はいなかった。
(……ッ……)
五人の中で、唯一絶句していたのは、東雲ルビー。
剣術に秀でている彼女だからこそわかる。
あの少年の剣術の実力は、自分よりも遥かに高い、ということが。
構えを見ただけでわかった。
今までは実力がバレないようにしていたのか、ちらっと目にしたところで何とも思わなかった構えだ。
しかし、今回の構えはまさに理想だった。
剣術を極めんと志す者は、まずあそこの領域に到達しなくてはならない。彼と同じルーテン派を使うルビーにとっては、尚更だ。
そして、桐生が一気に実力を引き出したことも、オスカーがあえて力を分散せず、受け止めていることも、ルビーはその栗色の瞳ではっきりと確認した。
(あれだ……あれが、兄上に勝つための、強い剣!)
瞠目し、自分の剣を握り締め、肩を震わせる少年。
他の四人と違い、彼は素直だった。
オスカーの剣術の美しさに惚れ、そこにある可能性を見出した。
(彼に――西園寺くんに教われば、おれは――ッ!)
その少年とは、天王寺エイダンの弟、天王寺テオだった。
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