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第9話 闘技場での戦い
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「ずいぶんと盛り上がってるみたいだな」アキラは眼下に広がる戦場を見て、にやにやしながら言った。「実はこっそりチケットを取ってたんだ」
アキラとシエナは、杖術の訓練を終えた後、街の円形闘技場に訪れていた。
アキラは街に闘技場があることを知っていたので、この日を楽しみに待っていた。
シエナは戦闘を見るのが楽しみというよりかは、アキラと二人きりでこの場所にこれたことが何よりも嬉しかった。まるでデートみたいじゃないか。
「楽しみ」シエナがゆっくりと手をアキラの腕に動かす。
アキラは急にシエナに触れられてびくっとしたが、そのまま続けた。「今回の見どころはドラゴンだ。一流の剣士である『ドラゴンキラー』だって登場するぞ」
「ドラゴンキラー?」
「有名なエンターテイナーで、俺も彼のファンだよ。シエナにも早く見てほしいねー」アキラは待ちきれないようだ。
「お待たせしました! スペイゴール最高の戦いが、いよいよ始まります! こちらは、本日の司会を務めさせていただく、『マジックボーイ』です! よろしく!」
観客の大歓声が巻き起こった。
人間やエルフ、ドワーフにサテュロス、ヴァンパイアもいる。
マジックボーイと名乗った者がどこにいるのか、観客席からは見えないが、かなりの声量だ。巨大な闘技場に響き渡っている。
「始まったぞー!」
そしてここにも、戦いに熱狂している一人の青年がいた。
「さてさて、本日はですね、なんと、スペシャルゲストの方々にきてもらっています!」マジックボーイが叫ぶ。「彼らが我々の闘技場に姿を見せてくれるなんてまさに奇跡! 杖士たちです!」
さらなる大歓声がアキラとシエナの耳を攻撃した。
「杖士だって?」アキラは歓声に負けないよう声を張り上げる。「ここに?」
「神聖な杖士がこの戦いに参加してもいいの?」シエナも驚いていた。
ちなみに、シエナの手はまだアキラの腕においてある。
水しぶきという謎の演出があると、それぞれ違う色のマントを羽織った三人の杖士がフィールドに登場した。
「おいおい! ちょっと待て!」アキラが叫ぶ。「クリスたちじゃないか!」
しかし周囲の歓声が大きすぎてフィールドには届かない。
「どういう展開なの?」シエナもわかりやすく困惑している。
クリスとランランとジャックの三人は、早速剣士と戦い始めた。
「なんでこうなったんだ?」アキラは羨ましそうだ。「俺も戦いたいなー」
「だめでしょ」シエナが微笑む。「ここに座ってて」
アキラは隣に最高峰の美女が座っているというのに、戦いたくて仕方がないらしい。立ち上がったままだ。
フィールドでは、ランランが素早い杖さばきで剣士を倒していく。
「うわ、流石だ」アキラがつぶやいた。
「んー」シエナは不満のようだ。「いいから、座ってよ」
アキラはしぶしぶベンチに座った。「シエナは戦いたくないのか?」
「私はいいかな……ほら……アキラの隣でこうして座ってたら――」
「すげー」アキラはクリスの身体能力の高さに感心していた。「あんな回転技はできないなー」
シエナはランランと話したときのことを思い出した。あれからアジトに戻っている間もたくさん会話をしていたのだ。ランランは、アキラほど鈍感な男はいない、とバカにするように言っていた。彼女が言っていたことが痛いほどわかる。
「シエナ、ジャックを見て!」
ジャックはすみっこの方でできるだけ目立たないように戦っている。得意な魔術を使い、相手をマインドコントロールして思うがままに操っていた。
「マインドコントロールかー」アキラはまたも感心した表情を見せている。「シエナはできたりする?」
「ううん。できるものならやってみたいよ」
「だよなー」
シエナは、できるならアキラをマインドコントロールしてみたいんだけど、とは言わなかった。穏やかそうに見えるシエナにも、ヤンデレな一面があるようだ。
剣士たちはあっという間に倒され、次の刺客が登場した。
「ダークウルフとオークの兵士たちです!」
しかし、最強の戦闘能力を誇る三人は、衝撃の速さで敵を瞬殺した。
観客もこれには言葉も出ない。むしろ、これが一流の杖士の力か……と、恐怖さえ感じている。
「たまらないなー。俺もフィールドに――」
「だめ」シエナがアキラを引っ張る。「大人しくして」
シエナの言い方が妙にセクシーだったせいか、アキラはしばらく静かにしていた。
これは、もしや? シエナはシエナで、少し味を占めたらしい。
「こんなの楽勝ね!」
戦闘フィールドでは、三人が無双していた。
「けっこう楽しいぞ!」クリスも言う。
ジャックは相変わらずすみっこの方にいたが、少しずつ楽しくなってきているようだった。
「いよいよ今回のメイン、ドラゴンキラーの登場です!」
「おっ、やっときたか!」
「楽しみ!」
「……」
鉄格子でできた門が、不気味な音を立てながら開いた。演出なのか、煙までただよっている。
門から出てきた『ドラゴンキラー』は、身長おそよ二メートルもの大男で、ガードが固そうな厚い鎧を身に着けていた。
客席から歓声の渦が巻き起こる。
「なかなか手強そうな相手だな」クリスが言った。「戦いがいがありそうだ」
「おー! きたきた! これが俺の推しなんだよ!」
観客席では、アキラが興奮した様子で熱くなっている。ドラゴンキラーを見るためにここまできたので、当然かといえば当然だが。
「鎧でお顔が見えないけど」とシエナ。
「それがいいんだよ! 興味をそそられないか?」
「私は顔がわかった方が安心できるな」
「確かに、シエナは顔がきれいだもんな」
「な――ちょっ、ちょっと」
「世の中の秩序みたいなもんだろ」アキラが笑った。
シエナの美しさは誰もが認めていることだ。しかし、よく考えてみればアキラが本人にそれを言及したのは、これが初めてなのかもしれない。
おかげで、シエナは気絶しかけた。
「おいおい! 見てくれ!」アキラが叫ぶ。「俺たちの仲間三人でも、ドラゴンキラーは倒せないらしい」
アキラが言ったように、最強であるはず三人は追い込まれていた。
「どういうこと? こいつ、強すぎよ!」ランランはドラゴンキラーがただ者でないことをはっきりと感じ取った。
ドラゴンキラーの武器は強力な白く発光する剣で、魔力を宿す杖とクロスしても、まったく動じることなどなかった。前代未聞だ。
さらに、ドラゴンキラーの剣術は優れていて、高身長でリーチが長い分、攻撃範囲も大きい。鎧で体は保護されているので、そこまで防御を意識する必要もないというわけだ。
「僕たちとの相性はよくないみたいだな」クリスがつぶやく。
そうしていると、高速の突きがクリスの肩に直撃した。あまりの痛さにクリスがうめく。
悲鳴を上げている観客もいた。
「クリス!」
リーダーの負傷を心配したランランは、その一瞬の隙を突かれてしまった。「痛い!」
剣で思いきり殴られたのだ。ランランは脳震盪を起こした。
ジャックは二人のやられ方を見て、接近戦は危険だと判断した。適度にドラゴンキラーと距離を取る。
さすがに公の場で黒魔術を使うのはよくないと考え、強風を呼び出してドラゴンキラーにぶつけた。これまでの戦闘で、この強風に耐えられた者は誰ひとりとしていない。
しかし、ドラゴンキラーには鎧の重みも加わっているので、微動だにしなかった。少しずつジャックとの距離を詰めている。
「やばいんじゃないか?」
アキラは、仲間がやられるのを見ていることしかできない無力感に襲われていた。
「やっぱり、助けに行った方が――」
「大丈夫……たぶん」そうは言ったものの、シエナもかなり心配している。「これはエンターテイメントだから、本当に殺されたりしないはずだけど――」
「それはわからないぞ」アキラが首を横に振った。「基本は死なないようになっているらしいが、傷が深すぎて命を落としてしまうこともあるらしい」
「それじゃあ、三人は死ぬの?」
「……いや……そうはさせない」
アキラは観客席から高く跳び上がり、美しい放物線を描いてフィールドに着地した。
どよめきの声が上がる。急な展開に驚いている観客もいるが、ほとんどの観客が、待ってました!と言わんばかりに喜んでいた。
「アキラ!」クリスが叫ぶ。「ここで、何してるんだ?」
「助けにきたんだよ!」
そう言って杖を呼び出し、いつもの構えを行った――右足を前に出した状態で、右腕をそのまま前に突き出す。杖の先端は攻撃の対象に向ける構えだ。
観客は彼のあまりにかっこよすぎる登場と、美しすぎる杖の構え方に大歓声を上げた。
シエナという美女にいたっては、目が完全にハートになっていたらしい。
「こっちだ!」アキラが声を張り上げる。
ドラゴンキラーはすぐに反応して、ジャックに近寄るのをやめた。
アキラの方を振り向き、すぐに剣を構える。ドラゴンキラーの構えは剣先を上に向けるスタイルだ。
「俺の仲間三人をボコボコにしてくれるとは、大した腕だ」アキラが挑発するように言った。「だが、致命的な弱点があるようだな!」
アキラとドラゴンキラーの武器が衝突した。
二人とも武器での戦闘は互角なので、お互いに様子を見ながら戦っている。
シエナも黙って見ていられなくなり、フィールドに降りた。そして気を失ってるランランを抱え、クリスのところへと向かう。
「大丈夫?」
「僕は肩をやられた程度だ」クリスが答えた。「だけど、しばらく戦えなさそうだな」
クリスだって、アキラと一緒に戦いたかった。しかし、肩の傷から出血まで起こしていて、杖や弓矢を握ることさえ難しそうだ。
ジャックはエネルギー切れ状態だった。ぼーとしていて眠そうだ。
「まずはクリスの出血を止めた方がよさそう」シエナが言った。
「いや、アキラの加勢に行ってくれ」クリスは苦しそうだ。「僕なんかよりアキラを……」
「アキラは大丈夫。調子よさそうだったから」
クリスもとうとう気絶した。
一方で、アキラとドラゴンキラーの戦いもクライマックスを迎えていた。
アキラは弱点を見抜く技術にも優れている。相手のリーチが長い分、より接近戦に持ち込み、腕の内側まで入り込むことができれば、勝てる。そう確信していた。
ドラゴンキラーもそのことはわかっているのか、アキラをなるべく近くにこさせないようにしていた。
「やるな」アキラはまだ余裕の表情だ。「どこで訓練を受けた?」
予想通り、ドラゴンキラーは答えない。しかし、少しだけ動揺が見えた。
今だ!
アキラはドラゴンキラーの頭上を前方宙返りで飛び越え、一瞬で相手の腕を切りつけた。
ドラゴンキラーの体勢が崩れる。それを確認した上で、さらに腹に蹴りを入れた。
「うわっ、かった!」アキラが思わず叫ぶ。
しかし、ドラゴンキラーは蹴り飛ばされて壁に激突した。
観客の歓声が、円形闘技場の中で爆発し、アキラコールが始まる。
「アキラ! アキラ! アキラ!」
アキラの名前をたまたま知っていた観客が広めたのだろう。
戦いが終わると、アキラはすぐに仲間たちのもとに駆けつけた。「大丈夫か!?」
「安心して。すぐに治療してもらうから」シエナが言った。
「ふぅ」
これで一件落着と言いたいところだが、アキラはすぐに周囲を見渡した。「ドラゴンキラーは?」
さっきまで壁に激突して動けなくなっていたはずなのに、もう消えている。
「しまった! サインもらいそこねた!」
アキラの、ある意味で苦痛の叫びが、闘技場に響いていた。
★ ★ ★
~作者のコメント~
いやー、今回は神回でしたね!
アキラは名前の通り、日本人の容姿をしているので(もちろん、作中の世界に日本はありませんが)、私たちは感情移入しやすいキャラでもありますよね。
最後はシリアスな展開から一気にコメディーっぽくはなりましたが、それも面白いと思ってくださったら嬉しいです。
いつも読んでくださり、ありがとうございます!!
アキラとシエナは、杖術の訓練を終えた後、街の円形闘技場に訪れていた。
アキラは街に闘技場があることを知っていたので、この日を楽しみに待っていた。
シエナは戦闘を見るのが楽しみというよりかは、アキラと二人きりでこの場所にこれたことが何よりも嬉しかった。まるでデートみたいじゃないか。
「楽しみ」シエナがゆっくりと手をアキラの腕に動かす。
アキラは急にシエナに触れられてびくっとしたが、そのまま続けた。「今回の見どころはドラゴンだ。一流の剣士である『ドラゴンキラー』だって登場するぞ」
「ドラゴンキラー?」
「有名なエンターテイナーで、俺も彼のファンだよ。シエナにも早く見てほしいねー」アキラは待ちきれないようだ。
「お待たせしました! スペイゴール最高の戦いが、いよいよ始まります! こちらは、本日の司会を務めさせていただく、『マジックボーイ』です! よろしく!」
観客の大歓声が巻き起こった。
人間やエルフ、ドワーフにサテュロス、ヴァンパイアもいる。
マジックボーイと名乗った者がどこにいるのか、観客席からは見えないが、かなりの声量だ。巨大な闘技場に響き渡っている。
「始まったぞー!」
そしてここにも、戦いに熱狂している一人の青年がいた。
「さてさて、本日はですね、なんと、スペシャルゲストの方々にきてもらっています!」マジックボーイが叫ぶ。「彼らが我々の闘技場に姿を見せてくれるなんてまさに奇跡! 杖士たちです!」
さらなる大歓声がアキラとシエナの耳を攻撃した。
「杖士だって?」アキラは歓声に負けないよう声を張り上げる。「ここに?」
「神聖な杖士がこの戦いに参加してもいいの?」シエナも驚いていた。
ちなみに、シエナの手はまだアキラの腕においてある。
水しぶきという謎の演出があると、それぞれ違う色のマントを羽織った三人の杖士がフィールドに登場した。
「おいおい! ちょっと待て!」アキラが叫ぶ。「クリスたちじゃないか!」
しかし周囲の歓声が大きすぎてフィールドには届かない。
「どういう展開なの?」シエナもわかりやすく困惑している。
クリスとランランとジャックの三人は、早速剣士と戦い始めた。
「なんでこうなったんだ?」アキラは羨ましそうだ。「俺も戦いたいなー」
「だめでしょ」シエナが微笑む。「ここに座ってて」
アキラは隣に最高峰の美女が座っているというのに、戦いたくて仕方がないらしい。立ち上がったままだ。
フィールドでは、ランランが素早い杖さばきで剣士を倒していく。
「うわ、流石だ」アキラがつぶやいた。
「んー」シエナは不満のようだ。「いいから、座ってよ」
アキラはしぶしぶベンチに座った。「シエナは戦いたくないのか?」
「私はいいかな……ほら……アキラの隣でこうして座ってたら――」
「すげー」アキラはクリスの身体能力の高さに感心していた。「あんな回転技はできないなー」
シエナはランランと話したときのことを思い出した。あれからアジトに戻っている間もたくさん会話をしていたのだ。ランランは、アキラほど鈍感な男はいない、とバカにするように言っていた。彼女が言っていたことが痛いほどわかる。
「シエナ、ジャックを見て!」
ジャックはすみっこの方でできるだけ目立たないように戦っている。得意な魔術を使い、相手をマインドコントロールして思うがままに操っていた。
「マインドコントロールかー」アキラはまたも感心した表情を見せている。「シエナはできたりする?」
「ううん。できるものならやってみたいよ」
「だよなー」
シエナは、できるならアキラをマインドコントロールしてみたいんだけど、とは言わなかった。穏やかそうに見えるシエナにも、ヤンデレな一面があるようだ。
剣士たちはあっという間に倒され、次の刺客が登場した。
「ダークウルフとオークの兵士たちです!」
しかし、最強の戦闘能力を誇る三人は、衝撃の速さで敵を瞬殺した。
観客もこれには言葉も出ない。むしろ、これが一流の杖士の力か……と、恐怖さえ感じている。
「たまらないなー。俺もフィールドに――」
「だめ」シエナがアキラを引っ張る。「大人しくして」
シエナの言い方が妙にセクシーだったせいか、アキラはしばらく静かにしていた。
これは、もしや? シエナはシエナで、少し味を占めたらしい。
「こんなの楽勝ね!」
戦闘フィールドでは、三人が無双していた。
「けっこう楽しいぞ!」クリスも言う。
ジャックは相変わらずすみっこの方にいたが、少しずつ楽しくなってきているようだった。
「いよいよ今回のメイン、ドラゴンキラーの登場です!」
「おっ、やっときたか!」
「楽しみ!」
「……」
鉄格子でできた門が、不気味な音を立てながら開いた。演出なのか、煙までただよっている。
門から出てきた『ドラゴンキラー』は、身長おそよ二メートルもの大男で、ガードが固そうな厚い鎧を身に着けていた。
客席から歓声の渦が巻き起こる。
「なかなか手強そうな相手だな」クリスが言った。「戦いがいがありそうだ」
「おー! きたきた! これが俺の推しなんだよ!」
観客席では、アキラが興奮した様子で熱くなっている。ドラゴンキラーを見るためにここまできたので、当然かといえば当然だが。
「鎧でお顔が見えないけど」とシエナ。
「それがいいんだよ! 興味をそそられないか?」
「私は顔がわかった方が安心できるな」
「確かに、シエナは顔がきれいだもんな」
「な――ちょっ、ちょっと」
「世の中の秩序みたいなもんだろ」アキラが笑った。
シエナの美しさは誰もが認めていることだ。しかし、よく考えてみればアキラが本人にそれを言及したのは、これが初めてなのかもしれない。
おかげで、シエナは気絶しかけた。
「おいおい! 見てくれ!」アキラが叫ぶ。「俺たちの仲間三人でも、ドラゴンキラーは倒せないらしい」
アキラが言ったように、最強であるはず三人は追い込まれていた。
「どういうこと? こいつ、強すぎよ!」ランランはドラゴンキラーがただ者でないことをはっきりと感じ取った。
ドラゴンキラーの武器は強力な白く発光する剣で、魔力を宿す杖とクロスしても、まったく動じることなどなかった。前代未聞だ。
さらに、ドラゴンキラーの剣術は優れていて、高身長でリーチが長い分、攻撃範囲も大きい。鎧で体は保護されているので、そこまで防御を意識する必要もないというわけだ。
「僕たちとの相性はよくないみたいだな」クリスがつぶやく。
そうしていると、高速の突きがクリスの肩に直撃した。あまりの痛さにクリスがうめく。
悲鳴を上げている観客もいた。
「クリス!」
リーダーの負傷を心配したランランは、その一瞬の隙を突かれてしまった。「痛い!」
剣で思いきり殴られたのだ。ランランは脳震盪を起こした。
ジャックは二人のやられ方を見て、接近戦は危険だと判断した。適度にドラゴンキラーと距離を取る。
さすがに公の場で黒魔術を使うのはよくないと考え、強風を呼び出してドラゴンキラーにぶつけた。これまでの戦闘で、この強風に耐えられた者は誰ひとりとしていない。
しかし、ドラゴンキラーには鎧の重みも加わっているので、微動だにしなかった。少しずつジャックとの距離を詰めている。
「やばいんじゃないか?」
アキラは、仲間がやられるのを見ていることしかできない無力感に襲われていた。
「やっぱり、助けに行った方が――」
「大丈夫……たぶん」そうは言ったものの、シエナもかなり心配している。「これはエンターテイメントだから、本当に殺されたりしないはずだけど――」
「それはわからないぞ」アキラが首を横に振った。「基本は死なないようになっているらしいが、傷が深すぎて命を落としてしまうこともあるらしい」
「それじゃあ、三人は死ぬの?」
「……いや……そうはさせない」
アキラは観客席から高く跳び上がり、美しい放物線を描いてフィールドに着地した。
どよめきの声が上がる。急な展開に驚いている観客もいるが、ほとんどの観客が、待ってました!と言わんばかりに喜んでいた。
「アキラ!」クリスが叫ぶ。「ここで、何してるんだ?」
「助けにきたんだよ!」
そう言って杖を呼び出し、いつもの構えを行った――右足を前に出した状態で、右腕をそのまま前に突き出す。杖の先端は攻撃の対象に向ける構えだ。
観客は彼のあまりにかっこよすぎる登場と、美しすぎる杖の構え方に大歓声を上げた。
シエナという美女にいたっては、目が完全にハートになっていたらしい。
「こっちだ!」アキラが声を張り上げる。
ドラゴンキラーはすぐに反応して、ジャックに近寄るのをやめた。
アキラの方を振り向き、すぐに剣を構える。ドラゴンキラーの構えは剣先を上に向けるスタイルだ。
「俺の仲間三人をボコボコにしてくれるとは、大した腕だ」アキラが挑発するように言った。「だが、致命的な弱点があるようだな!」
アキラとドラゴンキラーの武器が衝突した。
二人とも武器での戦闘は互角なので、お互いに様子を見ながら戦っている。
シエナも黙って見ていられなくなり、フィールドに降りた。そして気を失ってるランランを抱え、クリスのところへと向かう。
「大丈夫?」
「僕は肩をやられた程度だ」クリスが答えた。「だけど、しばらく戦えなさそうだな」
クリスだって、アキラと一緒に戦いたかった。しかし、肩の傷から出血まで起こしていて、杖や弓矢を握ることさえ難しそうだ。
ジャックはエネルギー切れ状態だった。ぼーとしていて眠そうだ。
「まずはクリスの出血を止めた方がよさそう」シエナが言った。
「いや、アキラの加勢に行ってくれ」クリスは苦しそうだ。「僕なんかよりアキラを……」
「アキラは大丈夫。調子よさそうだったから」
クリスもとうとう気絶した。
一方で、アキラとドラゴンキラーの戦いもクライマックスを迎えていた。
アキラは弱点を見抜く技術にも優れている。相手のリーチが長い分、より接近戦に持ち込み、腕の内側まで入り込むことができれば、勝てる。そう確信していた。
ドラゴンキラーもそのことはわかっているのか、アキラをなるべく近くにこさせないようにしていた。
「やるな」アキラはまだ余裕の表情だ。「どこで訓練を受けた?」
予想通り、ドラゴンキラーは答えない。しかし、少しだけ動揺が見えた。
今だ!
アキラはドラゴンキラーの頭上を前方宙返りで飛び越え、一瞬で相手の腕を切りつけた。
ドラゴンキラーの体勢が崩れる。それを確認した上で、さらに腹に蹴りを入れた。
「うわっ、かった!」アキラが思わず叫ぶ。
しかし、ドラゴンキラーは蹴り飛ばされて壁に激突した。
観客の歓声が、円形闘技場の中で爆発し、アキラコールが始まる。
「アキラ! アキラ! アキラ!」
アキラの名前をたまたま知っていた観客が広めたのだろう。
戦いが終わると、アキラはすぐに仲間たちのもとに駆けつけた。「大丈夫か!?」
「安心して。すぐに治療してもらうから」シエナが言った。
「ふぅ」
これで一件落着と言いたいところだが、アキラはすぐに周囲を見渡した。「ドラゴンキラーは?」
さっきまで壁に激突して動けなくなっていたはずなのに、もう消えている。
「しまった! サインもらいそこねた!」
アキラの、ある意味で苦痛の叫びが、闘技場に響いていた。
★ ★ ★
~作者のコメント~
いやー、今回は神回でしたね!
アキラは名前の通り、日本人の容姿をしているので(もちろん、作中の世界に日本はありませんが)、私たちは感情移入しやすいキャラでもありますよね。
最後はシリアスな展開から一気にコメディーっぽくはなりましたが、それも面白いと思ってくださったら嬉しいです。
いつも読んでくださり、ありがとうございます!!
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リーシェが精製する日用品や調味料は、辺境の暮らしを豊かにし、貧しい領民たちに笑顔を取り戻させました。いつの間にか、彼女の錬金術に心酔した領民や、可愛らしい魔獣たちが集まり始めます。
そして、彼女の才能に気づいたのは、この地を治める「孤高の美男辺境伯」ディーンでした。
彼は、かつて公爵の地位と引き換えに呪いを受けた不遇な英雄。リーシェの錬金術が、その呪いを解く唯一の鍵だと知るや否や、彼女を熱烈に保護し、やがて溺愛し始めます。
「君の錬金術は、この世界で最も尊い。君こそが、私にとっての『生命線』だ」
一方、リーシェを追放した王都は、優秀な錬金術師を失ったことで、ポーション不足と疫病で徐々に衰退。助けを求めて使者が辺境伯領にやってきますが、時すでに遅し。
「我が妻は、あなた方の命を救うためだけに錬金術を施すほど暇ではない」
これは、追放された錬金術師が、自らの知識とスキルで辺境を豊かにし、愛する人と家族を築き、最終的に世界を救う、スローライフ×成り上がり×溺愛の長編物語。
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