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第25話 エリザベスの警告
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「エリザベス、僕だ」
ここはイピリア神殿。
クリスは妹に再会するために神殿を訪れていた。対面するのはこれで百年ぶりなので、妹が変わっていないか心配している。
「兄上!」
エリザベスが駆けつけてきた。ずいぶんと興奮している様子だ。
「なぜここがわかったのです?」
エリザベスは美しいエルフだ。褐色の長い髪に、青い目。耳は普通のエルフよりもとがっている。
そんな彼女は、クリスのことが大好きだった。しかし、クリスが杖士になるためにエルフの街を出ていくと、なかなか会うことができなくなったのだ。
「父上から聞いた」クリスが答えた。「実は君に会うために街に戻ったんだけど、君はイピリア神殿だと言われて」
「それより、ユハ帝国から追放されたそうですね? デイブレイクのみなさんは大丈夫ですか?」
「ああ、みんな元気だよ。今はユハ帝国を超える国を作ろうとしているんだ」
エリザベスが微笑む。「それは素晴らしいアイディアですわ。わたしも力になれればいいのだけれど……」
「守護者の呪いか?」クリスは心配した表情だ。「僕も力に――」
「わたしが決めたことです。こうするしかないのです」
「でも――」
「これがわたしの役目なのです」エリザベスの決意は固いようだった。「このスペイゴール大陸を守るためです」
一方、アキラとジャックは危機的状況に追い込まれていた。
「リーサル杖士が九人」
「ああ、ほんと最悪だな。敵の罠にまんまと引っかかったってわけだ」
店内で戦っていた敵を含め、二人は九人ものリーサル杖士と対立している。それぞれ杖を構え、二人を殺そうとしていた。
「なあ、一つ聞いてもいいか?」アキラが大声で言う。「リーサル杖士はこれで全員か?」
体格のいい男がうなずいた。「まずはアキラという男を殺せとのご命令だ」
「命令? リーサル杖士は命令にも掟にも従わないはずだろ?」
「それは昔の話。今ではサハエル議長というお方がいる」
「おいおい、冗談はよせ。あいつ、ただのクソジジイじゃねーか。なんで従う?」
「あの方は俺たちに報酬を約束してくれた。わがままなドラゴンキラーも殺した」
「まじかよ……」
衝撃の展開だった。
ドラゴンキラーを味方につけたかと思われていたサハエル議長だったが、なんとさらに強いリーサル杖士までも味方につけ、ドラゴンキラーは用なしとなっていたのだ。
「ドラゴンキラーは俺が倒すはずだったのに」アキラは悔しそうだ。「いつの間に」
「だからリーサル杖士は嫌いだ。平気で味方を裏切り、残酷な殺しを行う」ジャックの言葉には軽蔑がこもっている。「許さない」
ジャックが勢いよく敵に切りつけた。
男が素早くかわし、杖で応戦する。他の八人はアキラにかかった。
「おい、なんでそんなに俺が好きなんだ?」
アキラも応戦したが、明らかに劣勢だった。敵が多すぎる。
ジャックと戦っている体格のよい男は、なぜか他の連中から距離を取り、ジャックを離れたところまで誘導している。
「すぐれた腕前だが、まだ本気を出していないだろ?」男が聞く。
「お前はそこまでの相手だということだ」
「お前ならその魔力でスペイゴールを支配することができる。どうだ? あんな仲間は見捨てて、俺たちの仲間になりたくないか?」
ジャックが強風を相手に放つ。「それは断る」
「そうか……しかしもしリーサル杖士の道を選べば、お前は最強になれる。リミッターをつける必要なんてない」
「俺がリーサル杖士を誰よりも憎んでいることは知っているはずだ! そんなやつらの仲間になるものか」
「俺様がいいことを教えてやろうか?」男がささやく。「あいつら八人は俺も大嫌いだ。お前もリーサル杖士が憎いんだろ? そしたらここは協力して、やつらを倒し、そして最後は俺たちで決着をつける」
「アキラはどうする?」
「やつは生かしてやってもいい。親友なんだろ? だが、他のやつらは殺せ。そしてスペイゴール最強の戦士として、くだらないリミッターを外して大魔王になれる」
「お前と協力するつもりはない」ジャックがその言葉を強調するかのように、杖を振りかざす。「俺はお前たちが憎い。それだけだ。お前たちを殺すためだけに杖士になった」
「それは違う。お前は自分の実力を無駄にしている。魔術師としての才能は随一だろうが。なぜリミッターを外さない?」
「スペイゴールが滅びるからだ。俺はスペイゴールを守ると誓った」
ジャックとアキラが戦っている裏で、クリスの妹、エリザベスもまた、闘っていた。
「わたしはスペイゴールの守護者として、この大陸の脅威からすべてのものを守ると誓ったのです」
「でも、そのせいで君の自由が奪われているじゃないか?」
「それが契約というもの。兄上、わたしはこのスペイゴール大陸と結婚しました。この大陸は、わたしの夫なのです」
クリスは何がなんでも妹を連れ戻したいようだ。「もうすぐ大きな戦争が起こる。このスペイゴールも想像を超える闇に包まれるんだ」
「それは予言ですね」エリザベスが目を細める。「スペイゴールの書ですか?」
クリスがうなずいた。「予言が現実になるときが近づいてきている」
この美しい神殿にも、闇の恐怖が迫ってきているような気がした。
「だとすれば、なおさらわたしが必要です。兄上はお仲間の心配をしたらどうです?」
「どういう意味だ?」
「不穏な空気が立ち込めています。闇が光を覆い尽くしそうです」
「ジャックか? それともアキラ? 二人に何かあったのか?」
「闇は暗すぎて何も見えません。しかし、わたしたちは危険にさらされているようです。兄上、早く仲間のもとへ!」
クリスの頭の中はジャックたちのことでいっぱいだった。
妹の言っていることが間違いだったことはない。となれば、やはり二人に危険が迫っている。
二人がどこにいるのかはわからない。しかし、まずはアジトまで全速力で帰っていった。
ジャックとリーサル杖士の戦いは盛り上がりに欠けていた。
というのも、二人とも手加減をしながら戦っているからだ。お互い相手を殺すつもりはないらしい。
「お前の強い憎しみがお前を強くする。力を解放し、思うがままに戦え」
「俺は……」ジャックの前までの正義感が、徐々に消えてきている。「本当にスペイゴールを支配できるのか?」
「その通り。お前の魔力ならスペイゴール最強になれる」
ジャックが杖を下ろし、攻撃をやめた。「とりあえず、まずはあの八人を殺す」
闇が少しずつ、スペイゴールをむしばみ始めていた。
★ ★ ★
~作者のコメント~
ダークシリアスな展開となってきました。
アキラのユーモアで帳消しにしたいところですが、アキラもアキラでやばい状況に。
クリスの妹も不思議な人物です。
スペイゴールを愛し、スペイゴールと結婚したエルフ。不思議な力も持っていそう。
最初は緩めでストレスを与えない物語でしたが、最後はちょっとばかりストレスを与えそうです。ですが、ちゃーんと解消させますのでご安心を!!
では、また次回!!
ここはイピリア神殿。
クリスは妹に再会するために神殿を訪れていた。対面するのはこれで百年ぶりなので、妹が変わっていないか心配している。
「兄上!」
エリザベスが駆けつけてきた。ずいぶんと興奮している様子だ。
「なぜここがわかったのです?」
エリザベスは美しいエルフだ。褐色の長い髪に、青い目。耳は普通のエルフよりもとがっている。
そんな彼女は、クリスのことが大好きだった。しかし、クリスが杖士になるためにエルフの街を出ていくと、なかなか会うことができなくなったのだ。
「父上から聞いた」クリスが答えた。「実は君に会うために街に戻ったんだけど、君はイピリア神殿だと言われて」
「それより、ユハ帝国から追放されたそうですね? デイブレイクのみなさんは大丈夫ですか?」
「ああ、みんな元気だよ。今はユハ帝国を超える国を作ろうとしているんだ」
エリザベスが微笑む。「それは素晴らしいアイディアですわ。わたしも力になれればいいのだけれど……」
「守護者の呪いか?」クリスは心配した表情だ。「僕も力に――」
「わたしが決めたことです。こうするしかないのです」
「でも――」
「これがわたしの役目なのです」エリザベスの決意は固いようだった。「このスペイゴール大陸を守るためです」
一方、アキラとジャックは危機的状況に追い込まれていた。
「リーサル杖士が九人」
「ああ、ほんと最悪だな。敵の罠にまんまと引っかかったってわけだ」
店内で戦っていた敵を含め、二人は九人ものリーサル杖士と対立している。それぞれ杖を構え、二人を殺そうとしていた。
「なあ、一つ聞いてもいいか?」アキラが大声で言う。「リーサル杖士はこれで全員か?」
体格のいい男がうなずいた。「まずはアキラという男を殺せとのご命令だ」
「命令? リーサル杖士は命令にも掟にも従わないはずだろ?」
「それは昔の話。今ではサハエル議長というお方がいる」
「おいおい、冗談はよせ。あいつ、ただのクソジジイじゃねーか。なんで従う?」
「あの方は俺たちに報酬を約束してくれた。わがままなドラゴンキラーも殺した」
「まじかよ……」
衝撃の展開だった。
ドラゴンキラーを味方につけたかと思われていたサハエル議長だったが、なんとさらに強いリーサル杖士までも味方につけ、ドラゴンキラーは用なしとなっていたのだ。
「ドラゴンキラーは俺が倒すはずだったのに」アキラは悔しそうだ。「いつの間に」
「だからリーサル杖士は嫌いだ。平気で味方を裏切り、残酷な殺しを行う」ジャックの言葉には軽蔑がこもっている。「許さない」
ジャックが勢いよく敵に切りつけた。
男が素早くかわし、杖で応戦する。他の八人はアキラにかかった。
「おい、なんでそんなに俺が好きなんだ?」
アキラも応戦したが、明らかに劣勢だった。敵が多すぎる。
ジャックと戦っている体格のよい男は、なぜか他の連中から距離を取り、ジャックを離れたところまで誘導している。
「すぐれた腕前だが、まだ本気を出していないだろ?」男が聞く。
「お前はそこまでの相手だということだ」
「お前ならその魔力でスペイゴールを支配することができる。どうだ? あんな仲間は見捨てて、俺たちの仲間になりたくないか?」
ジャックが強風を相手に放つ。「それは断る」
「そうか……しかしもしリーサル杖士の道を選べば、お前は最強になれる。リミッターをつける必要なんてない」
「俺がリーサル杖士を誰よりも憎んでいることは知っているはずだ! そんなやつらの仲間になるものか」
「俺様がいいことを教えてやろうか?」男がささやく。「あいつら八人は俺も大嫌いだ。お前もリーサル杖士が憎いんだろ? そしたらここは協力して、やつらを倒し、そして最後は俺たちで決着をつける」
「アキラはどうする?」
「やつは生かしてやってもいい。親友なんだろ? だが、他のやつらは殺せ。そしてスペイゴール最強の戦士として、くだらないリミッターを外して大魔王になれる」
「お前と協力するつもりはない」ジャックがその言葉を強調するかのように、杖を振りかざす。「俺はお前たちが憎い。それだけだ。お前たちを殺すためだけに杖士になった」
「それは違う。お前は自分の実力を無駄にしている。魔術師としての才能は随一だろうが。なぜリミッターを外さない?」
「スペイゴールが滅びるからだ。俺はスペイゴールを守ると誓った」
ジャックとアキラが戦っている裏で、クリスの妹、エリザベスもまた、闘っていた。
「わたしはスペイゴールの守護者として、この大陸の脅威からすべてのものを守ると誓ったのです」
「でも、そのせいで君の自由が奪われているじゃないか?」
「それが契約というもの。兄上、わたしはこのスペイゴール大陸と結婚しました。この大陸は、わたしの夫なのです」
クリスは何がなんでも妹を連れ戻したいようだ。「もうすぐ大きな戦争が起こる。このスペイゴールも想像を超える闇に包まれるんだ」
「それは予言ですね」エリザベスが目を細める。「スペイゴールの書ですか?」
クリスがうなずいた。「予言が現実になるときが近づいてきている」
この美しい神殿にも、闇の恐怖が迫ってきているような気がした。
「だとすれば、なおさらわたしが必要です。兄上はお仲間の心配をしたらどうです?」
「どういう意味だ?」
「不穏な空気が立ち込めています。闇が光を覆い尽くしそうです」
「ジャックか? それともアキラ? 二人に何かあったのか?」
「闇は暗すぎて何も見えません。しかし、わたしたちは危険にさらされているようです。兄上、早く仲間のもとへ!」
クリスの頭の中はジャックたちのことでいっぱいだった。
妹の言っていることが間違いだったことはない。となれば、やはり二人に危険が迫っている。
二人がどこにいるのかはわからない。しかし、まずはアジトまで全速力で帰っていった。
ジャックとリーサル杖士の戦いは盛り上がりに欠けていた。
というのも、二人とも手加減をしながら戦っているからだ。お互い相手を殺すつもりはないらしい。
「お前の強い憎しみがお前を強くする。力を解放し、思うがままに戦え」
「俺は……」ジャックの前までの正義感が、徐々に消えてきている。「本当にスペイゴールを支配できるのか?」
「その通り。お前の魔力ならスペイゴール最強になれる」
ジャックが杖を下ろし、攻撃をやめた。「とりあえず、まずはあの八人を殺す」
闇が少しずつ、スペイゴールをむしばみ始めていた。
★ ★ ★
~作者のコメント~
ダークシリアスな展開となってきました。
アキラのユーモアで帳消しにしたいところですが、アキラもアキラでやばい状況に。
クリスの妹も不思議な人物です。
スペイゴールを愛し、スペイゴールと結婚したエルフ。不思議な力も持っていそう。
最初は緩めでストレスを与えない物語でしたが、最後はちょっとばかりストレスを与えそうです。ですが、ちゃーんと解消させますのでご安心を!!
では、また次回!!
応援ありがとうございます!
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