ダンジョン冒険者にラブコメはいらない(多分)~正体を隠して普通の生活を送る男子高生、実は最近注目の高ランク冒険者だった~

エース皇命

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フロストハウル編

第129話 壁を突き破って吹っ飛ばされる最強の社長

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 講演会が終わったばかりで、多くの人が残っていた体育館。

 そこに突然、壁1面分が吹っ飛ばされるという大惨事が起きた。

 犯人の男は醜かった。
 老人のような白髪しらがに、狂暴な血の色の瞳。俺や楓香ふうかの紅の瞳とは、色合いや彩度がまるで違う。

 同じ人間であることはわかる。だが、その男の放つオーラは禍々まがまがしく、歪んでいた。

なんだ・・・あれは……?」

 これまで多くの異常事態に遭遇してきた西園寺さいおんじでさえも、視界に移る闇超人ヴィランの存在に困惑している。

 体育館の壁を吹き飛ばす。

 そんなことは西園寺や俺にもできる。
 だが、逆に言えば、Sランクほどの実力者である俺たちくらいしか、そんな芸当はできない。

「Sランクの超人・・っていうことですか?」

「まさか、氷室澪奈フロストハウル以外にも存在するとは……」

 俺の質問に西園寺が答える。
 答えにはなってないが、その動揺ぶりはある意味肯定を表していた。

 間違いなく、壁を破壊した男はSランクの実力者である。そして、少なくとも彼は俺たちの知る冒険者ではない。
 ここに来て、ゼロナ以外の隠れSランクが現れるとは。

「フロストハウルというのは……冒険者名ですか?」

 ここで話についてこれていない真悠まゆ姉さんが口を開く。

 超人のことやゼロナのことを知らなければ、この状況は理解できない。真悠姉さんや雷電らいでんは俺たちよりもさらに混乱していることだろう。

 だが、今ここでゼロから説明している暇はない。

「説明は後だ。本波真悠アルテミスは怪我人の治癒を頼む。雷電舞姫ダンシングガールさい君は私と共にあの男の対応をする」

「……わかりました」

 西園寺の指示で我に返ったのか、すぐさま怪我人のところへ駆けつける真悠姉さん。
 そのまま日本最高峰の治癒ヒールを施した。

 天音あまね姉さんと佐藤さとうは引き続き救助活動に集中している。

 そして俺たちは。
 獣のように獰猛な視線を向けてくるノッポの男と対峙した。

「会話はできるか?」

 西園寺が男に語りかける。

 だが、返ってくる言葉はない。
 人間の姿をしているものの、言葉を交わす能力はないということか。それとも、単純に理性を失っているとでもいうのだろうか。

 もしかして、それが彼の超能スキルだったりするのか?

「そうか。冷静に話をしたかったのだが、残念だ」

 瞬間、西園寺のまとうオーラが強くなる。

 一気に放たれる敵意。
 もう西園寺は男を完全に敵とみなした。

 だが、その敵意が男の闘争本能をかき立ててしまったのかもしれない。

 狼のように吠えたかと思うと、そのまま剣も持たずに西園寺に突進する。まばたきの間に積められる間合い。気付けば男は西園寺の胸元にまで迫っていた。

「――私の予測を超えてきたか」

 力任せの拳が放たれる。

 西園寺は実験の観察をしているかのように冷静で、拳の軌道もしっかり見切っていた。だが、西園寺の反応速度よりも、男の拳を振る速度の方が僅かに上回っていたようだ。

 西園寺の胸に命中した、壁を粉砕できる拳。

 さすがのドラゴンウルフでも、衝撃を吸収することはできない。

「社長!」「しゃちょー!」

 俺と雷電がほぼ同時に叫ぶ。

 我らが社長は直線的な軌道で飛ばされたかと思うと、壁を突き破って体育館の外に消えた。無敵の社長が、だ。

「ちょっと黒瀬くろせ……これ、もしかしてヤバい感じ?」

「……だな」

 西園寺はきっとすぐ戻ってくるだろう。
 あの一撃でダウンするわけがない。ダメージの大きさは計り知れないが、あの西園寺龍河りゅうがだ。心配はいらないだろう。

 それに、俺は冒戦での剣騎けんきのセリフを思い出していた。

『西園寺さんは対戦相手から自分の力量以上の攻撃を受けなければならない。それも、ダメージとしてね』

『――自分の力よりも大きな力を防げなかった時、もしくは自分より弱い力だったとしても完全に不意打ちを受けた時……そうして得たダメージで、西園寺さんは強くなる』

 あのダメージはきっと、西園寺をさらに強くしたことだろう。



 ***



 爆発音のような凄まじい音。
 それは教室でメイド喫茶をしている白桃しらももらの耳にも届いていた。

 青木あおきはしばらくメイド喫茶に滞在した後、他のところを回ってくると言ってどこかに行ってしまった。

 メイド喫茶にいる冒険者及び超人は、白桃、椎名しいな、そしておかの3人だ。

「今の音、何?」

「さあ。吹奏楽部の演奏……とか?」

 巨大な音は一時的な恐怖心を煽ったものの、大抵の人間は意図的に作られた音だろうと思い込んでスルーしている。
 それが文化祭であるということの恐ろしいところだった。

 明らかに異常な事態も、文化祭のパフォーマンスか何かだろうという軽い想像であっという間に流される。

 しかし、普段から異常事態を経験している超人は違った。
 特に椎名は警戒した様子で、音の正体を知るはずのない白桃に聞いている。質問された白桃は、真剣な表情を保ちながらも軽口を叩いた。

「何が起こってるかわからないから、とりあえず確認してくるね。白桃さんはそこにいて!」

「え、ちょっと椎名さん――!?」

 白桃が何か言う隙を与えず、椎名が走り出す。

「店が繁盛している状態で、1番人気のメイドにいなくなられては困りますね」

 ここで、メイド喫茶の受付を担当している岡が溜め息をついた。
 彼の言う通り、椎名は誰よりも人気のメイドで、彼女に会うために多くの客が足を運んでいた。男性も女性も関係なく。

「しかし、そろそろ交代の時間ですし、良いとしましょうか。白桃さんは休憩に入っても構いません」

「でも、まだ才斗さいとくんが……」

「彼もそのうち戻ってくるでしょう。1階で弁当販売があっているそうなので、もし良ければ一緒に行きませんか?」

 ――怪しい。

 急な岡からの誘い。

 岡は特に話したこともないような男子だ。
 それでいて、友達と親しげに話すような様子を見たこともない。

 椎名から闇超人ヴィランの疑いがあると聞かされていることもあってか、岡への警戒心はグンと高まっている。
 だが、白桃の中で、これはある意味チャンスでもあった。

 彼女1人で、岡に関する問題を解決できるかもしれない。
 いつも才斗や他の高ランク冒険者に助けれている。頼ってしまっている。

 そのままでは冒険者として成長できないことを、白桃は知っていた。

 いつかは才斗に追いつきたい。
 その想いが、今の彼女を突き動かす。

「……うん、わかった」

 白桃の返事に、岡はほんの少しだけ表情を緩め、反対に白桃自身は表情を引き締めた。
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