15 / 140
上司としての責務編
第15話 メインヒロインは決まっているという確定演出
しおりを挟む
常人の徒歩で5分程度の距離を、僅か30秒で走る。
冒険者になれば、通常の身体能力が格段に向上する。
それは、進化を重ねればさらに跳ね上がっていくということ。Aランクともなればここまでだし、Sランクまで到達すればさらに速く走れるはずだ。
――まずは楓香をベッドに寝かせるか。
家に帰るとすぐに楓香を寝室に運ぶ。
昨日寝てもらった俺の部屋のベッドだ。
汗もすっかり引いて、ただ寝ているのと何も変わらないように見える。
「大丈夫そうだな」
「……ん……ごにゃごにゃ……」
寝言でここまではっきりとごにゃごにゃ言う奴は初めて見た。
人が寝ている姿を見るのがそんなに多かったわけではないが。
近くで見ておかなくても深刻な事態にはならないと判断し、楓香が起きた時のための食事を作ることにする。
回復を施してもらった後は消化にいいものを食べた方がいいらしい。これは冒険者としての常識だ。
冷凍のうどんがあるから、それを食べさせておこう。
少なくとも今日までは楓香の面倒を見てやる必要がある。
「才斗……くん……」
また寝言だろうか。
「わたしは才斗くんを……って、おはようございます」
「起きたか……」
正直なところ、ぐっすり眠っていてほしかった。
だが、意識が回復したということなのでひと安心だな。
「いやー、体が気持ちいいです。わたし、どれくらい寝てました?」
「3日だ」
「え! そんなに!? ていうか、あの襲ってきた冒険者は――」
「悪い。3日っていうのは嘘だ。まだ奇襲があってからそんなにたってない」
「才斗くんも冗談とか言うんですね。ギャップ感じちゃいます」
こいつにとって、普段の俺は冗談も言えないような堅物、ということだろうか。そうだとしたらショックだ。
「今こうしてわたしが元気いっぱいなのは、才斗くんがあの冒険者を倒してくれたからですよね?」
「残念だが、野放し状態だ」
「もしかして……わたしを守るために逃がしたんですか……?」
こういう時、どう言ってやるのが正解なのかわからない。
自分のせいで敵を逃したという罪悪感や責任感を押し付けてしまうことにもなりかねないからだ。
「いや、あの冒険者は強かった。あのまま戦っても決着はつかなかっただろうな」
「むぅー、才斗くん、気遣ってくれてます?」
「そう見えるか?」
「やっぱり才斗くんって優しいんですね。惚れ直しちゃいました」
俺は自分が優しいとは思わない。
思ってはいけない。
楓香はもう大丈夫と言うように、澄んだ笑顔を見せてきた。
「あの……ありがとうございます。わたしを助けてくれて」
「礼を言われるようなことじゃない」
「わたしはずっと、才斗くんに支えられてきました。冒険者ブラックの偉業を聞くと、わたしの胸が熱くなるんです。【ウルフパック】の中ではブラックが才斗くんってことは公表されているので、自分と同い年だってわかるわけじゃないですか」
楓香は思い出話を語るように、穏やかな表情で続ける。
「そんな才斗くんがわたしの目標でした。ていうか、目標です。だからわたしは、才斗くんに感謝しかないんです」
まだベッドに横になっている楓香。
ベッドの隣に立っている俺の右手を取り、手の甲に優しく口付けする。
嫌だとは思わなかった。
「それは良かった」
俺は無機質な表情を変えないまま、小さく呟いた。
***
楓香にはうどんを食べさせ、またしばらく寝てもらうことにした。
多分明日はダンジョンも閉鎖されているはずだ。
明後日にはまた開放されるだろうが、政府も表面的には闇派閥を気にしているという意向を見せたいだろう。
――明日はダンジョンには行けない。
それは確定事項。
だとしたら、あそこにでも行ってくるか。
明日の放課後の予定を決め、1人納得したように頷く。
だが、とりあえずは今日の夜だ。9時から【ウルフパック】の本社ビル、西園寺リバーサイドで幹部の会議がある。
俺にそのことを伝えてきた剣騎の言い方だと、幹部が全員集まることを示唆していたが、実際はどうなんだろうか。
もしそうだとすれば、日本でもトップクラスの冒険者が1ヶ所に集められる、ということ。
もの凄いオーラが会議の間に充満するだろうな。
余っていたうどんを腹に入れると、スーツに変身して時が過ぎるのを待った。
ちなみに、【ウルフパック】から支給されている腕時計には、スーツや制服だけでなく、私服も何パターンか登録されている。
これには何度も助けられてきた。
俺が【ウルフパック】を手放さない理由の1つに、この腕時計があると言っていいだろう。
***
西園寺リバーサイドの前に着いた。
家からは走って20秒の場所にある。
冒険者のための企業が、ダンジョンから遠いはずがない。
ビルは東京の中でもかなり目立つ、巨大で、高く、黄金色のものだ。
反対に、ライバル企業である【バトルホークス】のビルは銀色。
日本の2大冒険者企業であるこの2つは、時に対立し、時に協力しながらその地位を築き上げてきた。
「何を突っ立っている? 会場はここだ。迷う必要などないだろうに」
「一ノ瀬……さん……」
突然背後に現れた強大なオーラの持ち主。
話しかけられるまでまったく気付かなかった。
その人物は、この【ウルフパック】の副社長であり、社長の西園寺龍河に匹敵するほどの冒険者、一ノ瀬信長だった。
冒険者になれば、通常の身体能力が格段に向上する。
それは、進化を重ねればさらに跳ね上がっていくということ。Aランクともなればここまでだし、Sランクまで到達すればさらに速く走れるはずだ。
――まずは楓香をベッドに寝かせるか。
家に帰るとすぐに楓香を寝室に運ぶ。
昨日寝てもらった俺の部屋のベッドだ。
汗もすっかり引いて、ただ寝ているのと何も変わらないように見える。
「大丈夫そうだな」
「……ん……ごにゃごにゃ……」
寝言でここまではっきりとごにゃごにゃ言う奴は初めて見た。
人が寝ている姿を見るのがそんなに多かったわけではないが。
近くで見ておかなくても深刻な事態にはならないと判断し、楓香が起きた時のための食事を作ることにする。
回復を施してもらった後は消化にいいものを食べた方がいいらしい。これは冒険者としての常識だ。
冷凍のうどんがあるから、それを食べさせておこう。
少なくとも今日までは楓香の面倒を見てやる必要がある。
「才斗……くん……」
また寝言だろうか。
「わたしは才斗くんを……って、おはようございます」
「起きたか……」
正直なところ、ぐっすり眠っていてほしかった。
だが、意識が回復したということなのでひと安心だな。
「いやー、体が気持ちいいです。わたし、どれくらい寝てました?」
「3日だ」
「え! そんなに!? ていうか、あの襲ってきた冒険者は――」
「悪い。3日っていうのは嘘だ。まだ奇襲があってからそんなにたってない」
「才斗くんも冗談とか言うんですね。ギャップ感じちゃいます」
こいつにとって、普段の俺は冗談も言えないような堅物、ということだろうか。そうだとしたらショックだ。
「今こうしてわたしが元気いっぱいなのは、才斗くんがあの冒険者を倒してくれたからですよね?」
「残念だが、野放し状態だ」
「もしかして……わたしを守るために逃がしたんですか……?」
こういう時、どう言ってやるのが正解なのかわからない。
自分のせいで敵を逃したという罪悪感や責任感を押し付けてしまうことにもなりかねないからだ。
「いや、あの冒険者は強かった。あのまま戦っても決着はつかなかっただろうな」
「むぅー、才斗くん、気遣ってくれてます?」
「そう見えるか?」
「やっぱり才斗くんって優しいんですね。惚れ直しちゃいました」
俺は自分が優しいとは思わない。
思ってはいけない。
楓香はもう大丈夫と言うように、澄んだ笑顔を見せてきた。
「あの……ありがとうございます。わたしを助けてくれて」
「礼を言われるようなことじゃない」
「わたしはずっと、才斗くんに支えられてきました。冒険者ブラックの偉業を聞くと、わたしの胸が熱くなるんです。【ウルフパック】の中ではブラックが才斗くんってことは公表されているので、自分と同い年だってわかるわけじゃないですか」
楓香は思い出話を語るように、穏やかな表情で続ける。
「そんな才斗くんがわたしの目標でした。ていうか、目標です。だからわたしは、才斗くんに感謝しかないんです」
まだベッドに横になっている楓香。
ベッドの隣に立っている俺の右手を取り、手の甲に優しく口付けする。
嫌だとは思わなかった。
「それは良かった」
俺は無機質な表情を変えないまま、小さく呟いた。
***
楓香にはうどんを食べさせ、またしばらく寝てもらうことにした。
多分明日はダンジョンも閉鎖されているはずだ。
明後日にはまた開放されるだろうが、政府も表面的には闇派閥を気にしているという意向を見せたいだろう。
――明日はダンジョンには行けない。
それは確定事項。
だとしたら、あそこにでも行ってくるか。
明日の放課後の予定を決め、1人納得したように頷く。
だが、とりあえずは今日の夜だ。9時から【ウルフパック】の本社ビル、西園寺リバーサイドで幹部の会議がある。
俺にそのことを伝えてきた剣騎の言い方だと、幹部が全員集まることを示唆していたが、実際はどうなんだろうか。
もしそうだとすれば、日本でもトップクラスの冒険者が1ヶ所に集められる、ということ。
もの凄いオーラが会議の間に充満するだろうな。
余っていたうどんを腹に入れると、スーツに変身して時が過ぎるのを待った。
ちなみに、【ウルフパック】から支給されている腕時計には、スーツや制服だけでなく、私服も何パターンか登録されている。
これには何度も助けられてきた。
俺が【ウルフパック】を手放さない理由の1つに、この腕時計があると言っていいだろう。
***
西園寺リバーサイドの前に着いた。
家からは走って20秒の場所にある。
冒険者のための企業が、ダンジョンから遠いはずがない。
ビルは東京の中でもかなり目立つ、巨大で、高く、黄金色のものだ。
反対に、ライバル企業である【バトルホークス】のビルは銀色。
日本の2大冒険者企業であるこの2つは、時に対立し、時に協力しながらその地位を築き上げてきた。
「何を突っ立っている? 会場はここだ。迷う必要などないだろうに」
「一ノ瀬……さん……」
突然背後に現れた強大なオーラの持ち主。
話しかけられるまでまったく気付かなかった。
その人物は、この【ウルフパック】の副社長であり、社長の西園寺龍河に匹敵するほどの冒険者、一ノ瀬信長だった。
80
あなたにおすすめの小説
最強無敗の少年は影を従え全てを制す
ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。
産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。
カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。
しかし彼の力は生まれながらにして最強。
そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。
隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする
夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】
主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。
そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。
「え?私たち、付き合ってますよね?」
なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。
「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
スキル【キャンセル】で学園無双!~獲得したスキルがあまりにも万能すぎて学園生活も余裕だしランキング攻略も余裕なので【世界の覇王】になります~
椿紅颯
ファンタジー
その転生、キャンセルさせていただきます――!
一般人キャンセル業界の俺は異世界転生をキャンセルした結果、スキル【キャンセル】を貰い、逸般人の仲間入りを果たしてしまう。
高校1年生で一般人の翔渡(しょうと)は、入学して2週間しか経っていないのにもかからず人助けをして命を落としてしまう。
しかしそんな活躍を見ていた女神様により、異世界にて新しい人生を送る権利を授かることができた。
だが、あれやこれやと話を進めていくうちに流れでスキルが付与されてしまい、翔渡(しょうと)が出した要望が遅れてしまったがために剥奪はすることはできず。
しかし要望が優先されるため、女神は急遽、転生する先を異世界からスキルが存在する翔渡が元々住んでいた世界とほぼ全てが同じ世界へ変更することに。
願いが叶い、スキルという未知のものを獲得して嬉しいことばかりではなく、対価として血縁関係が誰一人おらず、世界に翔渡という存在の記憶がないと言われてしまう。
ただの一般人が、逸般人が通う学園島で生活することになり、孤独な学園生活が始まる――と思いきや、赤髪の美少女と出会ったり、黒髪の少女とぶつかったり!?
逸般的な学園生活を送りながら、年相応の悩みを抱えたり……? 意外なスキルの使い方であれやこれやしていく!
第2の人生は、『男』が希少種の世界で
赤金武蔵
ファンタジー
日本の高校生、久我一颯(くがいぶき)は、気が付くと見知らぬ土地で、女山賊たちから貞操を奪われる危機に直面していた。
あと一歩で襲われかけた、その時。白銀の鎧を纏った女騎士・ミューレンに救われる。
ミューレンの話から、この世界は地球ではなく、別の世界だということを知る。
しかも──『男』という存在が、超希少な世界だった。
距離を置きたい女子たちを助けてしまった結果、正体バレして迫られる
歩く魚
恋愛
かつて、命を懸けて誰かを助けた日があった。
だがその記憶は、頭を打った衝撃とともに、綺麗さっぱり失われていた。
それは気にしてない。俺は深入りする気はない。
人間は好きだ。けれど、近づきすぎると嫌いになる。
だがそんな俺に、思いもよらぬ刺客が現れる。
――あの日、俺が助けたのは、できれば関わりたくなかった――距離を置きたい女子たちだったらしい。
男女比1:15の貞操逆転世界で高校生活(婚活)
大寒波
恋愛
日本で生活していた前世の記憶を持つ主人公、七瀬達也が日本によく似た貞操逆転世界に転生し、高校生活を楽しみながら婚活を頑張るお話。
この世界の法律では、男性は二十歳までに5人と結婚をしなければならない。(高校卒業時点は3人)
そんな法律があるなら、もういっそのこと高校在学中に5人と結婚しよう!となるのが今作の主人公である達也だ!
この世界の経済は基本的に女性のみで回っており、男性に求められることといえば子種、遺伝子だ。
前世の影響かはわからないが、日本屈指のHENTAIである達也は運よく遺伝子も最高ランクになった。
顔もイケメン!遺伝子も優秀!貴重な男!…と、驕らずに自分と関わった女性には少しでも幸せな気持ちを分かち合えるように努力しようと決意する。
どうせなら、WIN-WINの関係でありたいよね!
そうして、別居婚が主流なこの世界では珍しいみんなと同居することを、いや。ハーレムを目標に個性豊かなヒロイン達と織り成す学園ラブコメディがいま始まる!
主人公の通う学校では、少し貞操逆転の要素薄いかもです。男女比に寄っています。
外はその限りではありません。
カクヨムでも投稿しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる