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休日と大阪出張編
第32話 存在感を限界まで消した大手企業の社長
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テーマパークで上司と遭遇した。
幸い、まだ西園寺は俺たちの存在に気付いていない。
冒険者の功績が書かれた石碑を、しんみりとした表情で見つめているだけだ。そこからいつもの絶対的強者のオーラは感じない。
「どうします? やっぱりあれ、本人ですよね?」
「会ったことはあるだろ?」
「いえ……実際にお会いしたことはないんです」
楓香は初めて生で見た社長が、思ったり存在感薄くて驚いているらしい。
もちろん、俺たちが普段接している社長は、存在感と威圧感しかない最強の存在なのだが。
――話しかけるべきだよな……。
西園寺は俺には甘い。
割と生意気なことを言ってきた覚えがあるが、それも全て受け入れられ、優遇されている。
正直、こんなところで話しかけたくはないし、向こうも話しかけられたくはないだろう。ここは気付かなかった、ということで素通りするのがいいのかもしれないな。
「あれ、もしかして西園寺龍河じゃないか!?」
ここで、予期せぬ――いや、十分予測できた悲劇が起きた。
冒険者マニアの大輔が西園寺の存在に気付いてしまったのだ。
声を抑えていたつもりなのはなんとなくわかったが、静かな冒険者記念館ではどうしても響いてしまう。
大輔の興奮を抑えきれない声で、西園寺が振り返る。
しっかり目が合ってしまった。
これは言い逃れできない。
「才君……く、黒瀬……どうしてここに?」
なんか才君って呼ばれたような。
「才斗、なんでドラゴンウルフが貴様のことを……」
「気のせいだろ」
楓香とトミーが上手くフォローしてくれることを願おう。
「こんにちは、西園寺さん。中島です。お久しぶりですね」
トミーが機転を利かせ、西園寺に握手を要求する。
嘘を言っているわけじゃない。
2人には面識がある。というか、一度西園寺が中島を【ウルフパック】にスカウトしたこともある。今の状況からわかるように、フリーが好きという理由で断ってはいるのだが。
「ああ、1年ぶりだったか?」
「あれ以来なので、それくらいですかね」
西園寺はトミーと会話することで、今の状況を把握する。
ちらっと大輔を見たことを考えると、俺と楓香が冒険者であるという事実を伏せた方がいいと察したらしい。
「西園寺さんって、思ってたより小柄な方なんですね。巨大で威圧感むき出しのモンスターみたいな方かと思ってました」
楓香が小声で俺に囁く。
多分、西園寺にも聞こえてる。
冒険者としてのランクが上がると、同時に聴力や視力が上がったりするからな。
「たまに来られるんですか? 冒険者ワールド」
「記念館にはよく来ている」
「そうなんですね」
困ったような顔でトミーが俺を見てきた。
話題がない。
助けて。
そんなところだろう。
トミーはフリーの冒険者なだけあって、コミュニケーション能力が高く、親しみやすい性格の持ち主だが、西園寺相手ではやりにくいか。
だが、助けてほしいのはこっちの方だ。
ここで西園寺と知り合いのように言葉を交わせば、大輔にいろいろ勘ぐられてしまう。
「あ、そうだ。大輔君、西園寺さんの休日を邪魔するわけにはいかないから、外にトレカを買いにいかない?」
「いいですね、それ! お金なくてまだ1枚も買ったことないんで、1枚くらいは自分で買ってみたかったんすよ!」
トミーがウキウキの大輔を記念館の外に連れ出す。
もう大輔は俺や楓香のことなど頭にない。
2人がいなくなり、俺と楓香、西園寺だけになった。周囲に人はいない。テーマパークで厳粛な雰囲気の記念館に来るような人はそもそも少ないからな。
今の西園寺に威厳はない。
穏やかな表情をした、ただの一般人のようだ。
「少し私の思い出話を聞いてくれるか?」
***
とんでもない美女だ、と山口は思った。
大阪の喫茶店。
――雰囲気が誰かに似てるような……。
これまで出会ってきた女性の中でも上位を争うだけの美貌。
しかし、山口はスミレという人物にどこか既視感を覚えていた。顔立ちが自分の知っている何者かの組み合わせによく似ている。
「山口剣騎……」
喫茶店に入ったスミレは、青木の隣に座っている山口の存在に気付くと、思わず名前を呟いてしまう。
Sランク冒険者である青木は、そんな小さな呟きも聞き逃さない。
「そうやで、スミレさん。今日は友達連れてくる言うとったやろ」
幸せそうな顔をしながら、青木が言う。
そのまま自分の隣——山口とは反対側の方の隣に座るように促した。
カウンター席なため、3人が横並びになる。
山口は青木の彼女であるという美女の顔を、何度もちらちらと確認していた。
「なんや剣騎ぃ、おれに超可愛い彼女ができたから羨ましい思っとるんちゃうか~」
「……」
山口は黙っていた。
もちろん、青木の指摘が図星だったからではない。
スミレという女性を見た時、最初に感じたのは外見への称賛。
しかし、その後は謎の違和感が彼を襲っていた。
――どこかで会ったことがある? それとも――ッ!
「――才斗だっ!」
「どないしたん? 急に叫んで」
「いや……なんでもないよ」
この時、山口はこの違和感と謎の既視感の正体に気付いた。
スミレという女性は、黒瀬才斗に顔立ちがよく似ている、ということに。
幸い、まだ西園寺は俺たちの存在に気付いていない。
冒険者の功績が書かれた石碑を、しんみりとした表情で見つめているだけだ。そこからいつもの絶対的強者のオーラは感じない。
「どうします? やっぱりあれ、本人ですよね?」
「会ったことはあるだろ?」
「いえ……実際にお会いしたことはないんです」
楓香は初めて生で見た社長が、思ったり存在感薄くて驚いているらしい。
もちろん、俺たちが普段接している社長は、存在感と威圧感しかない最強の存在なのだが。
――話しかけるべきだよな……。
西園寺は俺には甘い。
割と生意気なことを言ってきた覚えがあるが、それも全て受け入れられ、優遇されている。
正直、こんなところで話しかけたくはないし、向こうも話しかけられたくはないだろう。ここは気付かなかった、ということで素通りするのがいいのかもしれないな。
「あれ、もしかして西園寺龍河じゃないか!?」
ここで、予期せぬ――いや、十分予測できた悲劇が起きた。
冒険者マニアの大輔が西園寺の存在に気付いてしまったのだ。
声を抑えていたつもりなのはなんとなくわかったが、静かな冒険者記念館ではどうしても響いてしまう。
大輔の興奮を抑えきれない声で、西園寺が振り返る。
しっかり目が合ってしまった。
これは言い逃れできない。
「才君……く、黒瀬……どうしてここに?」
なんか才君って呼ばれたような。
「才斗、なんでドラゴンウルフが貴様のことを……」
「気のせいだろ」
楓香とトミーが上手くフォローしてくれることを願おう。
「こんにちは、西園寺さん。中島です。お久しぶりですね」
トミーが機転を利かせ、西園寺に握手を要求する。
嘘を言っているわけじゃない。
2人には面識がある。というか、一度西園寺が中島を【ウルフパック】にスカウトしたこともある。今の状況からわかるように、フリーが好きという理由で断ってはいるのだが。
「ああ、1年ぶりだったか?」
「あれ以来なので、それくらいですかね」
西園寺はトミーと会話することで、今の状況を把握する。
ちらっと大輔を見たことを考えると、俺と楓香が冒険者であるという事実を伏せた方がいいと察したらしい。
「西園寺さんって、思ってたより小柄な方なんですね。巨大で威圧感むき出しのモンスターみたいな方かと思ってました」
楓香が小声で俺に囁く。
多分、西園寺にも聞こえてる。
冒険者としてのランクが上がると、同時に聴力や視力が上がったりするからな。
「たまに来られるんですか? 冒険者ワールド」
「記念館にはよく来ている」
「そうなんですね」
困ったような顔でトミーが俺を見てきた。
話題がない。
助けて。
そんなところだろう。
トミーはフリーの冒険者なだけあって、コミュニケーション能力が高く、親しみやすい性格の持ち主だが、西園寺相手ではやりにくいか。
だが、助けてほしいのはこっちの方だ。
ここで西園寺と知り合いのように言葉を交わせば、大輔にいろいろ勘ぐられてしまう。
「あ、そうだ。大輔君、西園寺さんの休日を邪魔するわけにはいかないから、外にトレカを買いにいかない?」
「いいですね、それ! お金なくてまだ1枚も買ったことないんで、1枚くらいは自分で買ってみたかったんすよ!」
トミーがウキウキの大輔を記念館の外に連れ出す。
もう大輔は俺や楓香のことなど頭にない。
2人がいなくなり、俺と楓香、西園寺だけになった。周囲に人はいない。テーマパークで厳粛な雰囲気の記念館に来るような人はそもそも少ないからな。
今の西園寺に威厳はない。
穏やかな表情をした、ただの一般人のようだ。
「少し私の思い出話を聞いてくれるか?」
***
とんでもない美女だ、と山口は思った。
大阪の喫茶店。
――雰囲気が誰かに似てるような……。
これまで出会ってきた女性の中でも上位を争うだけの美貌。
しかし、山口はスミレという人物にどこか既視感を覚えていた。顔立ちが自分の知っている何者かの組み合わせによく似ている。
「山口剣騎……」
喫茶店に入ったスミレは、青木の隣に座っている山口の存在に気付くと、思わず名前を呟いてしまう。
Sランク冒険者である青木は、そんな小さな呟きも聞き逃さない。
「そうやで、スミレさん。今日は友達連れてくる言うとったやろ」
幸せそうな顔をしながら、青木が言う。
そのまま自分の隣——山口とは反対側の方の隣に座るように促した。
カウンター席なため、3人が横並びになる。
山口は青木の彼女であるという美女の顔を、何度もちらちらと確認していた。
「なんや剣騎ぃ、おれに超可愛い彼女ができたから羨ましい思っとるんちゃうか~」
「……」
山口は黙っていた。
もちろん、青木の指摘が図星だったからではない。
スミレという女性を見た時、最初に感じたのは外見への称賛。
しかし、その後は謎の違和感が彼を襲っていた。
――どこかで会ったことがある? それとも――ッ!
「――才斗だっ!」
「どないしたん? 急に叫んで」
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この時、山口はこの違和感と謎の既視感の正体に気付いた。
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