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私はアイドル

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「私と似ている人がいるんですね。」
作り笑いをしながらそう言ってみても、なぜか苦しい。

一気に飲み干したビールはもうぬるくなり始めていて苦みが増す。
背伸びをしてみたけれど、まだビールの美味しさが分からないらしい。
この空間に、私だけが場違いな気がしてしまう。



こんなにも大人を疑う私は、ろくな人に出会ってこなかったから。

嘘ばかり言う社長に、悪口や嘘ばかり書き込まれる掲示板、時に心ない言葉をかけるファン。

笑顔で話しかけるくせに、裏では悪口を言う仲間や、職場の人たち。

私を産まなければ、貧乏な思いをしなかった母親。

こうやって、美味しいものを与えておいてどん底に私をつき落とそうとする。


食事を終えてお礼を言うと、市ヶ谷係長は「飲みなおさない?」と問う。

(これ以上、私に何を求めるの・・・?体?)

「すみません・・・門限があって・・・」

時刻は、夜9時で走るほどではないが、ここからの距離を考えると急がなくてはならない。

こんな時に、門限というのはとても都合がいい。
今までも、悪い大人たちからこのような理由で逃れることができていた。

『俺が、もっとテレビに出られるようにしてあげるからさ・・・』

『俺のコネでもっと売れるようにしてあげるからさ・・・』

今思い出すだけでも、吐き気がする。

それでも、市ヶ谷係長となら・・・と考えてしまう自分がいるのも確か。

信用してはいないけれど、信じたいと思う。少しだけ・・・


「門限・・・?家厳しいの?」

と目を丸くする。

25歳で門限10時はどう考えても違和感があったようだ。
この後、『予定がある』とでもいうべきでだったかもしれないが、これは真実だ。

「今、ルームシェアと言うか学生寮みたいなところに住んでいて、10時までに帰らなくちゃ行けないんです。」

(私、アイドルですって言っても、ああそうなんだ・・・で返されそうだけどね。)

「そうなんだ。送ってくよ」

彼が寮の前まできたらそれこそ大問題のため私は拒否すると、タクシー代を渡そうとする。

それも断った私に微笑んで前髪を優しく撫でた。

父親以外の男に髪を触れられたことに戸惑いながらも、身体中が熱い。

「また、ご飯おごらせて」

当然のように連絡先を交換してしまったが、好きだった女に似ている女を、またご飯に誘うおうとする理由が分からない。

それなのに、また誘って欲しいと思う私がいる。

前髪を優しく撫でた時、私のことを愛おしそうに見つめた。

きっとその女と私を重ねているのかもしれない。

それは嫌なのに、その視線を独占できたことが嬉しかった。

(ずるい・・・)



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