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私はアイドル

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「そういえば、どうして今までアルバイトだったの?」
唐突な質問に、思わず言葉をつまらせる。

「その・・・家がお店をやっているのでそれを手伝っていて・・・人手が足りたので、これからはフルタイムで働きたくて・・・」
妥当で、言い逃れのできる答えを言ってみる。

「それよりも、市ヶ谷係長は、体調大丈夫ですか?最近、とても具合が悪そうで心配です。」

「ちょっと色々あってね・・・」

その色々が、「女」だとすぐに憶測してしまう私は、心の狭い女だろうか。

聞いたら、怒られるかもしれないのに、知りたくてたまらない。
多くを語らない男が、私に対してどこまで話をしてくれるのだろうと欲が出る。

「彼女さんとか・・・」

ぽつりと呟いた私に市ヶ谷係長は、私の瞳を覗き込む。
そのキリッとした目元と、眼差しの色っぽさを私は直視できずに、素面ではいられなくてビールを口に含む。

「彼女とかそういうのじゃないよ・・・俺が一方的に好きだっただけ。」

こんなにも完璧な男を振った女とは一体どんな人なのだろうか。

是非ともその顔を拝みたい。
その女は、最高に美人なのだろう。

それとも、許されぬ恋だったのだろうか。

不倫とか、死別とか・・・深入りしてはいけない内容だったのかもしれない。

「変なこと聞いてすみません。」

「ううん。桐山さんはその・・・彼氏とかいるの?」

「いないです。いるように見えますか?」

銀フレームのメガネのズレを直しながら問う。

「見えるよ。可愛いから」

(ほう、そう来たか・・・さすがモテる男はスマートにこんなことを言うんだね・・・勉強になります。)

回答に困っていると「ごめん、セクハラだね。気をつけなきゃ・・・俺もおっさんだし」

おっさんという言葉がまるで似合わないので私は全力否定をして首を振った。

「俺さ、ぶっちゃけるとこの会社の女性社員と二人っきりで食事をしたことがないんだ・・・」

その言葉に、私は思わずまた「え?」と返してしまう。

それは少しでも、期待をしてもいいのだろうか。

恋の駆け引きなど、まるで持って知らない私はその言葉だけで舞い上がってしまう。

そして、「気になる」「意識する」が「好き」だという感情に変化していくのが分かった。

「誘ったのは君が初めて・・・迷惑な話かもしれないけれど、君を見ているとその人(女)のことを思い出すんだ。喋り方も、笑った顔も、ふとした仕草もよく似ていて・・・だから、つい・・・」

そう言われた瞬間に、思わず私の顔が引きつってしまう。

市ヶ谷係長の片思いをしている女と同じ笑顔だと言われてしまえば、どう笑っていいか分からない。

12歳から培ってきたアイドルスマイルは誰にも負けないはずなのに、突然自分の笑顔が嫌いになる。

(了解、納得。だよね~。私に興味があったわけではなくて、その女に私が似ていただけなのね・・・)

「遊び」と「本気」の線引きも、本音と建前の違いも分からない私は一気に現実に引き寄せられる。

近くなったと思った。

同じフィールドに立てたと思ったその背中が、また遠く霞んでいく。

貧乏人の私とは住む世界が違う。

吸い込んでいる空気も違う。

こうやって、私の感情を揺さぶることを楽しんでいるだけ。

『お前になんて微塵も興味はないけれど、暇だからかまってやってるだけ。』

そんな心の声が聞こえた気がした。
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