1 / 8
探偵たちに明日はない
探偵たちに明日はない 第1話
しおりを挟む
二〇二四年七月六日。窓から差し込む陽の光が、大きなガラス窓を通り抜けて部屋の中を明るく照らし出していた。壁一面に飾られた絵画には光が当たり、鮮やかな色彩を放っている。テーブルには白いテーブルクロス、天井には豪華なシャンデリアが輝き、その光が窓から差し込む陽光と混ざり合って部屋を明るくしていた。テーブルの上に置かれた花瓶には色とりどりの花が生けられ、芳しい香りが漂っている。ここは、「セレスティアル・ドリーマー」のレストランである。
友香理の事件が解決したところで、スタッフたちの手が少し空いたのか、レストランが再開になった。
明日の夜は港に着く予定。
陽希が、旅の終わりにたくさん食べたいというので、理人も付き合いでやってきた。陽希はエッグベネディクトやスモークサーモンが特に気に入ったらしく、皿に山盛りにしていて、笑ってしまった。ドングリを口に詰め込んだリスのように、頬をぱんぱんにして食べている。理人はといえばチーズのクロワッサンを一つ、そして、濃い目の珈琲で充分だ。
珈琲と言えば水樹であり、ふと思い出した。
「水樹には、ここで私たちが食べるということを、連絡したのですよね?」
「うん。返信なかったけどねぇ」
「そうですか。ちょっと気がかりですね」
理人が、はむ、とクロワッサンを食む間、沈黙が流れる。陽希も陽希で、何とも言えない顔をしているので、改めてずっと気になっていたことを質問した。
「どうにも、友香理さんの事件があってから、水樹は様子がおかしかったですよね」
「そうかなぁ? 水樹ちゃん、いつも変わってるじゃん」
「陽希もちょっと妙です。何かを御存じならば、僕にも教えていただきたい」
陽希は僅かに目を見開いて、それからその目を右下に逸らし、五秒ほど口を真一文字に結んだ。
「……私も、無理に聞き出すつもりはありません。逆に、水樹は何があっても決して誰かから、強引に聞き出そうとはしない人ですから。しかし、これからも一緒に仕事をやっていくにあたり、重要なことでしょう?」
「いや、話すよ。俺が知っている範囲だけど」
それからまた五秒の間の後、意を決したように言葉を発する。
「実は、『探偵社アネモネ』の前の所長から聞いたんだけど……」
理人はコーヒーカップを置き、姿勢を正す。ようやく話す気になってくれた陽希に、中途半端な態度は示したくなかった。
「――友香理ちゃん、さ。先日死んだ人。水樹ちゃんの元恋人なんだ」
「え?」
瞬時に、理人の脳裏に一気に疑問が雪崩れ込んだ。ならば、彼女との再会を果たした水樹の態度は、そして彼女の死に際した水樹の態度は、冷静過ぎたのではないか。しかし、その全てを言葉にする前に、一人のメイドが、鶏をつるし上げたような声を上げながら、レストランに飛び込んで来た。大体三十代の、少しふくよかなメイドだった。食事をしていた客のほとんどの視線が、彼女に注がれる。
「お、お客様が、お客様が」
そういうと、とうとうへたり込んでしまった。別の店員が何人か、そのメイドに慌てて駆け寄り、背を撫でたり横に屈んだりして、話を聞いている。陽希は理人と目を見合わせてから、その渦中へ飛び込んだ。
「何かあったんですか」
「お客様のお部屋で、お、お客様が、亡くなっているんです!」
陽希の顔が、さっと青くなるのが分かった。理人も心臓が凍るような、息の詰まるような感覚になった。メイドが伝えた部屋の番号に、更に失神しかける。陽希が支えてくれたので何とか倒れずに済んだが、陽希だけがその部屋に走っていくことになった。
友香理の事件が解決したところで、スタッフたちの手が少し空いたのか、レストランが再開になった。
明日の夜は港に着く予定。
陽希が、旅の終わりにたくさん食べたいというので、理人も付き合いでやってきた。陽希はエッグベネディクトやスモークサーモンが特に気に入ったらしく、皿に山盛りにしていて、笑ってしまった。ドングリを口に詰め込んだリスのように、頬をぱんぱんにして食べている。理人はといえばチーズのクロワッサンを一つ、そして、濃い目の珈琲で充分だ。
珈琲と言えば水樹であり、ふと思い出した。
「水樹には、ここで私たちが食べるということを、連絡したのですよね?」
「うん。返信なかったけどねぇ」
「そうですか。ちょっと気がかりですね」
理人が、はむ、とクロワッサンを食む間、沈黙が流れる。陽希も陽希で、何とも言えない顔をしているので、改めてずっと気になっていたことを質問した。
「どうにも、友香理さんの事件があってから、水樹は様子がおかしかったですよね」
「そうかなぁ? 水樹ちゃん、いつも変わってるじゃん」
「陽希もちょっと妙です。何かを御存じならば、僕にも教えていただきたい」
陽希は僅かに目を見開いて、それからその目を右下に逸らし、五秒ほど口を真一文字に結んだ。
「……私も、無理に聞き出すつもりはありません。逆に、水樹は何があっても決して誰かから、強引に聞き出そうとはしない人ですから。しかし、これからも一緒に仕事をやっていくにあたり、重要なことでしょう?」
「いや、話すよ。俺が知っている範囲だけど」
それからまた五秒の間の後、意を決したように言葉を発する。
「実は、『探偵社アネモネ』の前の所長から聞いたんだけど……」
理人はコーヒーカップを置き、姿勢を正す。ようやく話す気になってくれた陽希に、中途半端な態度は示したくなかった。
「――友香理ちゃん、さ。先日死んだ人。水樹ちゃんの元恋人なんだ」
「え?」
瞬時に、理人の脳裏に一気に疑問が雪崩れ込んだ。ならば、彼女との再会を果たした水樹の態度は、そして彼女の死に際した水樹の態度は、冷静過ぎたのではないか。しかし、その全てを言葉にする前に、一人のメイドが、鶏をつるし上げたような声を上げながら、レストランに飛び込んで来た。大体三十代の、少しふくよかなメイドだった。食事をしていた客のほとんどの視線が、彼女に注がれる。
「お、お客様が、お客様が」
そういうと、とうとうへたり込んでしまった。別の店員が何人か、そのメイドに慌てて駆け寄り、背を撫でたり横に屈んだりして、話を聞いている。陽希は理人と目を見合わせてから、その渦中へ飛び込んだ。
「何かあったんですか」
「お客様のお部屋で、お、お客様が、亡くなっているんです!」
陽希の顔が、さっと青くなるのが分かった。理人も心臓が凍るような、息の詰まるような感覚になった。メイドが伝えた部屋の番号に、更に失神しかける。陽希が支えてくれたので何とか倒れずに済んだが、陽希だけがその部屋に走っていくことになった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております
紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。
二年後にはリリスと交代しなければならない。
そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。
普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
その人事には理由がある
凪子
ミステリー
門倉(かどくら)千春(ちはる)は、この春大学を卒業したばかりの社会人一年生。新卒で入社した会社はインテリアを専門に扱う商社で、研修を終えて配属されたのは人事課だった。
そこには社長の私生児、日野(ひの)多々良(たたら)が所属していた。
社長の息子という気楽な立場のせいか、仕事をさぼりがちな多々良のお守りにうんざりする千春。
そんなある日、人事課長の朝木静から特命が与えられる。
その任務とは、『先輩女性社員にセクハラを受けたという男性社員に関する事実調査』で……!?
しっかり女子×お気楽男子の織りなす、人事系ミステリー!
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる