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第2章
第1話
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水樹は息を呑んだ。この屋敷の、飴色の廊下の左右の壁は、全面が時計で受け尽くされていたからだ。鳩時計は勿論、カッコウやカエルが時間になると跳び出すもの、美しい桜、金魚が掘られたものもある。
「Vincent Horologeは、自然のリズムとのハーモニーや、複雑な機械式時計の製作に魂を傾けた時計職人でした。緻密な時計を作ることで、時計にお詳しくない方にも知られていたと思います」
先頭をゆっくりと歩きながら、綺羽は足を動かすのと同じ速度で。淡々と語った。
「彼の代表作は、潮の満ち引きを示す機能を持つ海洋時計や、月相表示を備えたアンティーク時計です。この壁に掛けられた時計も全て、彼の作品です」
「船乗りに愛されたそうですね。それだけではなく、精密な技術は、世界中のコレクターから高く評価されていたとか」
理人が、綺羽の抑揚のない声に、オーボエのような声を重ねていく。時計には詳しくなんてないため、熱心にインターネットや書籍を調べていた背中を、水樹は思い出す。だが、どう見てもVincent Horologeに近しい存在でありそうな綺羽に、そして、Vincent Horologeは世界中の人が知っているという口調の綺羽には、敢えてそれを「調べた」とは言わないのが、理人の優しさである。
「Vincent Horologeさんは、享年七十四歳……もう十年も前に亡くなっていらっしゃる。とても、残念です。このような見事な時計を作られる方のお話を、直に御聞かせ頂くチャンスが、もう永遠にないとは」
Vincent Horologeの死の話を出すと、綺羽は、頬に睫毛の影を落として暫し、足を止めて黙り込んだ。
「……本当に、残念です。あの方ほど素晴らしい時計を作ることは、誰にも出来ないでしょう」
実に深刻そうな雰囲気から、水樹たち三人は、黙ってじっと彼女を見つめていた。しかし、綺羽は、それ以上何を言うこともなく、突き当りのドアを開けた。
「このミステリー会そのものが、生前のVincent Horologeの望みでした。どうか、全ての謎を、貴方達が解いてください」
そのドアの向こうには、クリスタルで作られたクリオネと思しきデザインの、見事な掛け時計があった。
そして、その前に、五人の人がいた。
窓際に佇む一人は、鋭い眼差しを持つ三十代半ばの女性だった。彼女の朱色の髪は肩まできれいに切り揃えられている。
「あの方は、見たことがあります。恵比寿(えびす)明美子(めみこ)さんですね。私たちと同じ探偵の」
理人が言うので、水樹も頷いた。明美子は、たびたびテレビなどにも出演しているほどの、有名人だ。続いて、眼球だけ動かして、どんな人が来ているのかを確認する。
その奥に、テーブルに着き、熱心にペンを動かしている三十代の女性がいる。彼女の青みがかった髪は毛先が外向きに跳ね、動きに満ちており、彼女の好奇心旺盛な性格を反映しているかのようだ。
彼女の隣に座っているのは、四十代と思しき落ち着いた風貌の男性で、彼の額にかかる少し白髪混じりの黒髪が、彼の経験の豊かさを物語っている。
その更に向かいに立っているのは、二十代後半の女性。彼女の長い亜麻色の髪は、知的な印象を与える眼鏡の上で軽やかに揺れている。彼女と話しているのは、五十代の堂々とした体格をした男性で、彼の目は、長年の経験からくる深い洞察力が秘められている気がした。
水樹が彼らを一頻り観察し終えたころ、綺羽が胸元に手を添えて、薄いながらも笑みを
浮かべた。
「――大変お待たせ致しました。今回のミステリー会を開催いたします」
「Vincent Horologeは、自然のリズムとのハーモニーや、複雑な機械式時計の製作に魂を傾けた時計職人でした。緻密な時計を作ることで、時計にお詳しくない方にも知られていたと思います」
先頭をゆっくりと歩きながら、綺羽は足を動かすのと同じ速度で。淡々と語った。
「彼の代表作は、潮の満ち引きを示す機能を持つ海洋時計や、月相表示を備えたアンティーク時計です。この壁に掛けられた時計も全て、彼の作品です」
「船乗りに愛されたそうですね。それだけではなく、精密な技術は、世界中のコレクターから高く評価されていたとか」
理人が、綺羽の抑揚のない声に、オーボエのような声を重ねていく。時計には詳しくなんてないため、熱心にインターネットや書籍を調べていた背中を、水樹は思い出す。だが、どう見てもVincent Horologeに近しい存在でありそうな綺羽に、そして、Vincent Horologeは世界中の人が知っているという口調の綺羽には、敢えてそれを「調べた」とは言わないのが、理人の優しさである。
「Vincent Horologeさんは、享年七十四歳……もう十年も前に亡くなっていらっしゃる。とても、残念です。このような見事な時計を作られる方のお話を、直に御聞かせ頂くチャンスが、もう永遠にないとは」
Vincent Horologeの死の話を出すと、綺羽は、頬に睫毛の影を落として暫し、足を止めて黙り込んだ。
「……本当に、残念です。あの方ほど素晴らしい時計を作ることは、誰にも出来ないでしょう」
実に深刻そうな雰囲気から、水樹たち三人は、黙ってじっと彼女を見つめていた。しかし、綺羽は、それ以上何を言うこともなく、突き当りのドアを開けた。
「このミステリー会そのものが、生前のVincent Horologeの望みでした。どうか、全ての謎を、貴方達が解いてください」
そのドアの向こうには、クリスタルで作られたクリオネと思しきデザインの、見事な掛け時計があった。
そして、その前に、五人の人がいた。
窓際に佇む一人は、鋭い眼差しを持つ三十代半ばの女性だった。彼女の朱色の髪は肩まできれいに切り揃えられている。
「あの方は、見たことがあります。恵比寿(えびす)明美子(めみこ)さんですね。私たちと同じ探偵の」
理人が言うので、水樹も頷いた。明美子は、たびたびテレビなどにも出演しているほどの、有名人だ。続いて、眼球だけ動かして、どんな人が来ているのかを確認する。
その奥に、テーブルに着き、熱心にペンを動かしている三十代の女性がいる。彼女の青みがかった髪は毛先が外向きに跳ね、動きに満ちており、彼女の好奇心旺盛な性格を反映しているかのようだ。
彼女の隣に座っているのは、四十代と思しき落ち着いた風貌の男性で、彼の額にかかる少し白髪混じりの黒髪が、彼の経験の豊かさを物語っている。
その更に向かいに立っているのは、二十代後半の女性。彼女の長い亜麻色の髪は、知的な印象を与える眼鏡の上で軽やかに揺れている。彼女と話しているのは、五十代の堂々とした体格をした男性で、彼の目は、長年の経験からくる深い洞察力が秘められている気がした。
水樹が彼らを一頻り観察し終えたころ、綺羽が胸元に手を添えて、薄いながらも笑みを
浮かべた。
「――大変お待たせ致しました。今回のミステリー会を開催いたします」
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