1 / 16
第1章
前編
しおりを挟む
二〇二八年十一月一日、秋の柔らかな光が「探偵社アネモネ」の窓から差し込んでいた。窓際に立つと、街路樹が黄金色に輝き、風にそよぐ葉がカサカサと心地よい音を立てている。銀杏並木の先には、古びたレンガ造りの建物が並び、時間の流れに逆らうかのように静かに佇んでいる。
外の空気はひんやりとしていそうだ。ほんのりと湿った土の香りが漂っている。秋の深まりを感じさせるその香りは、心を落ち着かせると同時に、何かしらの冒険を予感させるものだった。空の青が澄みわたり、透明感が増す様子がどこか懐かしさを呼び起こす。
探偵社の中には、三人の若き探偵が集まっていた。外の景色を眺めながら、彼らは次なる事件の気配を感じ取っていた。この街には、まだ解明されるべき謎が無数に存在する。黄昏時の空が橙色に染まり、夜の帳がゆっくりと降り始める様子が、一層その雰囲気を引き立て――
「……そうだったら良いけどなー」
探偵のうちの一人、光岡(みつおか)陽希(はるき)が頭の後ろで両手を組み、口を開いた。彼の後ろからやってきた橘(たちばな)理人(りひと)が、彼に紅茶を出しながら、「こら」と諫める。
「探偵社アネモネ」では、久しく依頼人が来ていなかった。この事態に、当然、所長である海老原(えびはら)水樹(みずき)も危機感を覚えてはいる。しかし、宣伝をしても、結局その分で赤字であろうことは、容易に想像できた。
そもそも、「探偵社アネモネ」には、従業員が三人しかいない。ロシアンブルーのように滑らかな髪をした、海老原水樹。オーボエのような声をした、橘理人。いくつものピアスをつけ、アプリコットジャムの色の髪をした、シャムネコのような顔の光岡陽希。この三人だけで、もう十年ほど事務所を回している。三人とも同じ二十九歳で、十年以上探偵業しかしたことがなく、広告をデザインできるような人物がいないのだ。
「陽希! ずっとソファでごろごろしているなら、何か事務所の宣伝文句でも考えてください。どうせ、そうやってネットサーフィンしているだけでしょう? この間だって、フェイクニュースにまんまと引っかかっていたじゃないですか」
「ふふーん。もう引っかからないもんね。理人ちゃんから、フェイクニュースの見分け方を教わったし! AIで作られた人物には、目の奥に『AI』って消せないマークが入ってるんだって」
どや顔で、スマホの画面を思いきり此方に向けられる。ここまで言い切られると気になったが、そそっかしい陽希の、たった一個の優位な点を誇るような顔を見ると、質問するのも癪だ。
「僕だって、そんなこと知ってます」
「まあまあ、水樹。探偵が暇なんて良いことでしょう?」
理人は穏やかに笑っているが、陽希は欠伸し、水樹は頭を抱えた。
その時である。
青いソファでぐったりしていた陽希が、急に頭を上げて叫んだ。
「お客さんだぁ!」
陽希は耳が良い。ほどなくして、階段を上がって来る軽やかな足音が水樹にも聞こえてきて、事務所のドアが、ぱぁんと開いた。差し込む光が眩しい。
現れたのは、短めの茶髪でスマートフォンを握り締めた女性だった。つい、探偵の性か、水樹は彼女の全身を見てしまう。ベージュのトレンチコートにピンクのニット、ブラックのスキニーパンツ。足元は黒のローファー。
「桜庭(さくらば)汐海(しおり)と申します! 『探偵社アネモネ』は、此方ですか? 私の同級生の麻理香ちゃんを探してください! 消えちゃったんです! 忽然と!」
外の空気はひんやりとしていそうだ。ほんのりと湿った土の香りが漂っている。秋の深まりを感じさせるその香りは、心を落ち着かせると同時に、何かしらの冒険を予感させるものだった。空の青が澄みわたり、透明感が増す様子がどこか懐かしさを呼び起こす。
探偵社の中には、三人の若き探偵が集まっていた。外の景色を眺めながら、彼らは次なる事件の気配を感じ取っていた。この街には、まだ解明されるべき謎が無数に存在する。黄昏時の空が橙色に染まり、夜の帳がゆっくりと降り始める様子が、一層その雰囲気を引き立て――
「……そうだったら良いけどなー」
探偵のうちの一人、光岡(みつおか)陽希(はるき)が頭の後ろで両手を組み、口を開いた。彼の後ろからやってきた橘(たちばな)理人(りひと)が、彼に紅茶を出しながら、「こら」と諫める。
「探偵社アネモネ」では、久しく依頼人が来ていなかった。この事態に、当然、所長である海老原(えびはら)水樹(みずき)も危機感を覚えてはいる。しかし、宣伝をしても、結局その分で赤字であろうことは、容易に想像できた。
そもそも、「探偵社アネモネ」には、従業員が三人しかいない。ロシアンブルーのように滑らかな髪をした、海老原水樹。オーボエのような声をした、橘理人。いくつものピアスをつけ、アプリコットジャムの色の髪をした、シャムネコのような顔の光岡陽希。この三人だけで、もう十年ほど事務所を回している。三人とも同じ二十九歳で、十年以上探偵業しかしたことがなく、広告をデザインできるような人物がいないのだ。
「陽希! ずっとソファでごろごろしているなら、何か事務所の宣伝文句でも考えてください。どうせ、そうやってネットサーフィンしているだけでしょう? この間だって、フェイクニュースにまんまと引っかかっていたじゃないですか」
「ふふーん。もう引っかからないもんね。理人ちゃんから、フェイクニュースの見分け方を教わったし! AIで作られた人物には、目の奥に『AI』って消せないマークが入ってるんだって」
どや顔で、スマホの画面を思いきり此方に向けられる。ここまで言い切られると気になったが、そそっかしい陽希の、たった一個の優位な点を誇るような顔を見ると、質問するのも癪だ。
「僕だって、そんなこと知ってます」
「まあまあ、水樹。探偵が暇なんて良いことでしょう?」
理人は穏やかに笑っているが、陽希は欠伸し、水樹は頭を抱えた。
その時である。
青いソファでぐったりしていた陽希が、急に頭を上げて叫んだ。
「お客さんだぁ!」
陽希は耳が良い。ほどなくして、階段を上がって来る軽やかな足音が水樹にも聞こえてきて、事務所のドアが、ぱぁんと開いた。差し込む光が眩しい。
現れたのは、短めの茶髪でスマートフォンを握り締めた女性だった。つい、探偵の性か、水樹は彼女の全身を見てしまう。ベージュのトレンチコートにピンクのニット、ブラックのスキニーパンツ。足元は黒のローファー。
「桜庭(さくらば)汐海(しおり)と申します! 『探偵社アネモネ』は、此方ですか? 私の同級生の麻理香ちゃんを探してください! 消えちゃったんです! 忽然と!」
0
あなたにおすすめの小説
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
あやかし警察おとり捜査課
紫音みけ🐾書籍発売中
キャラ文芸
※第7回キャラ文芸大賞にて奨励賞を受賞しました。応援してくださった皆様、ありがとうございました。
【あらすじ】
二十三歳にして童顔・低身長で小中学生に見間違われる青年・栗丘みつきは、出世の見込みのない落ちこぼれ警察官。
しかしその小さな身に秘められた身体能力と、この世ならざるもの(=あやかし)を認知する霊視能力を買われた彼は、あやかし退治を主とする部署・特例災害対策室に任命され、あやかしを誘き寄せるための囮捜査に挑む。
反りが合わない年下エリートの相棒と、狐面を被った怪しい上司と共に繰り広げる退魔ファンタジー。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし
かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし
長屋シリーズ一作目。
第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。
頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。
一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。
春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話
登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。
滝川家の人びと
卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。
生きるために走る者は、
傷を負いながらも、歩みを止めない。
戦国という時代の只中で、
彼らは何を失い、
走り続けたのか。
滝川一益と、その郎党。
これは、勝者の物語ではない。
生き延びた者たちの記録である。
セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち
ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。
クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。
それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。
そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決!
その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる