帝王アラタの再転生

たまゆき

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1章

第6話 巴の決断、アラタの覚悟

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どこか遠くで鐘が鳴っていた。

混乱と動揺に満ちた役所の空気の中で、ただ一人、少女はじっと立ち尽くしていた。

―董卓。

巴は唇を噛み締めた。

彼の名を口にしただけで、脳裏には血煙の中に浮かぶ、歴史に名を残した梟雄《きょうゆう》の姿が蘇る。
力と暴力で全てを支配し、民を苦しめ、最後は己の養子に裏切られて滅びた傲慢な男。

その董卓が、今この世界に転生している。
それも英雄として。

「……そんな、馬鹿な……」

呆然と呟いたその声は、慌ただしく走る役人たちの足音にかき消された。

華国は、確かに広大な人口を誇る国だ。だが、この世界では火薬も核も、鉄すらまともに加工できる技術もない。
平和ボケした彼らが、今のジパングの軍を凌駕するなど、誰もがあり得ないと信じていた。
それが、たった一人の英雄の登場で、全てが崩れるとは――。

「……信長様……」

ぽつりと呟き、巴は目を伏せた。
この街の守備戦力のほとんどは、北の境界線防衛に割かれている。
北方では、アレキサンダーの軍が猛威を振るい、こちらもいつ敗戦するか分からぬ状況だ。

そこに、南から董卓率いる三万の狂兵。
既に南関所は攻められている可能性が高い。
そしてこの街は――聖天堂という転生者の要所を抱えている。

巴は、ようやく思考を振り切るように顔を上げた。瞳に、静かな覚悟が宿る。

「戦える者でここで迎え討ちます。伝令を出して、信長様へ救援要請を。
非戦闘員は北へ退避を。南の村々にも避難命令を。可能な限りの速さで!」

その命令は静かで、震えていたが、明確だった。

役人たちは一瞬、少女の声に呑まれ、そして理解する。
この子は――覚悟を決めたのだ。

誰かが静かに敬礼をする。
他の者たちも続くように頭を下げ、すぐに行動に移った。

その場に居たアラタは、ただ黙って巴を見ていた。

「……大したもんじゃのう」

彼女の小さな背中が、ひどく大きく見えた。
己の命を顧みず、多くの命を守ろうとする覚悟。それが幼い少女の中にあるとは思わなかった。

「ちょっとすまんがの、お嬢ちゃん。ここから南の関所までは、どれぐらいじゃ?」

「馬を乗り継いで……2日くらい」

「ふむ、ならば……関所が破られたら、逃げる者たちは間に合わんのう」

その言葉に、巴は顔を上げ、アラタを睨む。
その瞳には怒りと、何より自分でも理解している現実への悔しさが滲んでいた。

「おっと、意地悪な言い方になったかの。言いたいことはこうじゃ」

アラタは片手を腰に当てて、笑った。

「わしに任せてみんか? この世界でわしのスキルが通用するかは分からんが、試す価値はあるじゃろ」

巴は目を見開いた。

「アラタ……あなた、戦闘スキル持ってたの?」

「いや、それがの。戦えるかどうか、わしにも分からん。
ただ、最近妙なスキルを手に入れてな。どうやら身体の底から力が湧いてくるような感覚がある。これは――戦の匂いがするんじゃ」

その言葉に、周囲の役人たちは目を見張った。
どう見ても少年にしか見えぬその身体に、そんな力があるなど誰が信じるか。

だが、巴だけは違った。彼の目を見て、それが真実だと分かった。

「……なら、私も行くわ」

「ほほう。お嬢ちゃんも命知らずじゃのう」

「治療スキルを持ってる。負傷者を助けるには、前線にいるしかないもの」

アラタはしばし黙って、ふいに笑った。

「その気概、嫌いではない。だが約束じゃ。お嬢ちゃんは民の治療と誘導に専念すること。戦いは、わしが引き受ける」

巴は、ほんの一瞬だけ唇を噛んでから、深く頷いた。

「……分かった」

「それで、何人連れていくつもり?」

アラタは軽く肩をすくめた。

「言ったじゃろ? 行くのは、わし一人じゃよ」

役所の空気が一変した。沈黙が訪れる。

「な、何を言ってるの!? 君一人でどうやって――」

「年配者とはそういうもんじゃよ。わし一人で敵軍の足を止める。それで避難が間に合うなら、命一つなら安いもんじゃろ?」

その笑顔は、少年の顔をした“英雄”そのものだった。

巴は目を伏せ、そしてもう一度顔を上げた。

「分かった。……でも、絶対に、死なないで。治療してもらう為にも、生きて戻ってきて」

アラタは、小さく笑った。

「期待してくれてええよ。――わしはな、この世界に来た理由がある気がするんじゃ」

そして、二人は南へと向かって走り出した。
風が吹く。聖天堂の上空に雲が流れ、ただ静かに時が進む。

災厄の軍勢が迫る中、小さな街の英雄たちが、決意を胸に立ち上がろうとしていた。
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