負けヒロインがダンジョンに落ちてたので連れ帰ってみることにした

睡眠が足りない人

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逃亡姫は負けヒロイン

八話

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 ルヴァン宅 朝 アリエス視点

 ブンッ、ブンッ。

 「んぅっ、……何の音でしょうか?」

 聴き慣れない音が耳に入り、私は目を覚ましました。
 身体を起こし周りを見回すといつもと違う部屋で一瞬戸惑いましたが、私は迷宮でルヴァンさんに命を救われここでお世話になることを思い出し、すぐ平静に戻ります。
 
 「音は裏庭の方からですかね」

 先程から断続的に耳に届いている何かが振われている音。
 耳を澄ませてみると裏庭の方からしていることが分かり、私は立ち上がって窓の外を覗いてみることにしました。

  「ふっ、ふっ」

 ルヴァンさんが訓練用と思われる、刃の潰れた剣を素振りしています。
 一振り一振り全く体感がブレることなく、同じ軌跡をなぞっている。剣聖と呼ばれた希《のぞみ》さんと同じ型の素振りでしたが、彼女の素振りを見た時程の芸術的な綺麗さは感じませんでした。
 ですが、何故か私はその素振りから目が離せません。食いいるように彼の一挙手一投足を観察し続けました。
 私が数えて約五百回。
 ルヴァンさんは素振りを終え、タオルで汗を拭きながらこちらを向き申し訳なさそうな顔になります。

 「悪い、起こしちまったか?」

「音が聞こえて目が覚めたのは確かですけど、いつもはこれくらいに起きているので問題ありませんよ」

「そうか、なら良かった。飯は魔法の訓練をしたら出すから少し待っていてくれ。『火球《ブォリィス》』、『光球《フォトス》』、『水球《ヨダス》』、『風球《アネス》』、『闇球《スコス》』『土球《エダス》』」

 ルヴァンさんは全ての属性の初級魔法を発動し、色鮮やかなガラス玉くらいの小さな属性球が彼の手の上をもの凄い速さで回しています。
 それをもう片方の手で同じことをすると、突然両方の手から一つずつ属性魔法が飛び出し、ぶつかり合い相殺され消滅しました。
 それを繰り返し、全ての属性球を消滅させると彼はもう一度魔法を発動し同じことを繰り返します。
 
 「…凄い」

 私は彼の魔法操作技術に思わず感嘆の声を上げました。
 初級魔法といえど全属性の魔法を同時発動するのは困難で、例えると本来ないはずの六本目の指を生やして、それぞれ違う動きをさせているような状態です。
 片手でさえ困難なことを両手でなんて、さらにそこから相反する属性だけを動かしてぶつける。
 こんなことが出来るのは賢者である花音様一人しか私は知りません。
 それほど彼の技術は卓越しています。

「…戦闘中は四属性しか出来ないし、中級魔法だと二種類ずつが限界だけどな」

 苦笑いを浮かべながら「訓練が大道芸くらいにしか使えねぇよ」ルヴァンさんは良い五回繰り返したところで、止めてしまいました。
 もう少し見ていたかったのですが、残念です。

 「待たせたな。さぁ、飯にしようぜ」

 そう言って彼は、大粒の汗を木に掛けていたタオルで拭きながら玄関の方へ入って行きました。



 「パンと水だけだが、許してくれよ?今日の昼からはちゃんと屋台で買ってくるから、豪華になるはずだ」

 テーブルの上に、白パンが二つ乗った皿と水の入ったコップを置きながら、ルヴァンさんは戯けたように笑います。

「全然気にしなくて大丈夫です。これだけでも私は十分なので」

  私は、ルヴァンさんの厚意に甘えて匿ってもらっている状態です。朝食後を用意してもらえるだけ充分なのですからこれ以上贅沢なんて言えません。

 「まぁ、姫様がそう言っても俺が食いたいから買ってくるんだけどな」

 優しい人、あの人と同じくらいに。
 私は快活に笑う彼の姿とあの人の姿を重ねズキリと胸に痛みが走ります。
 こうして、あの人と笑い合いたかった。
 決して私は振り向いてもらえないと、一緒にいられないとしても。
 何かの奇跡で私の婚約者になって欲しかった。
 けれど、現実は非情で。
 私の婚約者になったのは黒い噂の絶えない、オークのような見た目をしたオクカティア公爵家次男 ゲースァ•オクカティア。
 公爵家と王族の結びつきを強くし、国を安定するために必要なことだとは分かっています。
 けれど、あの夢のような時間を知った私はそう簡単に割り切ることが出来ず、家を飛び出しました。
 自由を勝ち取れる程の強さを得るため……………いいえ、今冷静に考えてみると違いますね。私は死に場所を求めていたのでしょう。
 あの人のいない世界に価値などないから。
 全てに絶望した私は自暴自棄になっていたのです。
 あの人と会う前のように。
 そんな、私を助けてくれたルヴァンさんと彼を重ねてしまうのは仕方のないことなのでしょう。

 「ありがとうございます」

 私は痛む胸から目を逸らし微笑むと、白パンを一切れ口に入れます。
 それは本来甘いはずなのに、私には何の味も感じられませんでした。
 
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