8 / 17
逃亡姫は負けヒロイン
八話
しおりを挟む
ルヴァン宅 朝 アリエス視点
ブンッ、ブンッ。
「んぅっ、……何の音でしょうか?」
聴き慣れない音が耳に入り、私は目を覚ましました。
身体を起こし周りを見回すといつもと違う部屋で一瞬戸惑いましたが、私は迷宮でルヴァンさんに命を救われここでお世話になることを思い出し、すぐ平静に戻ります。
「音は裏庭の方からですかね」
先程から断続的に耳に届いている何かが振われている音。
耳を澄ませてみると裏庭の方からしていることが分かり、私は立ち上がって窓の外を覗いてみることにしました。
「ふっ、ふっ」
ルヴァンさんが訓練用と思われる、刃の潰れた剣を素振りしています。
一振り一振り全く体感がブレることなく、同じ軌跡をなぞっている。剣聖と呼ばれた希《のぞみ》さんと同じ型の素振りでしたが、彼女の素振りを見た時程の芸術的な綺麗さは感じませんでした。
ですが、何故か私はその素振りから目が離せません。食いいるように彼の一挙手一投足を観察し続けました。
私が数えて約五百回。
ルヴァンさんは素振りを終え、タオルで汗を拭きながらこちらを向き申し訳なさそうな顔になります。
「悪い、起こしちまったか?」
「音が聞こえて目が覚めたのは確かですけど、いつもはこれくらいに起きているので問題ありませんよ」
「そうか、なら良かった。飯は魔法の訓練をしたら出すから少し待っていてくれ。『火球《ブォリィス》』、『光球《フォトス》』、『水球《ヨダス》』、『風球《アネス》』、『闇球《スコス》』『土球《エダス》』」
ルヴァンさんは全ての属性の初級魔法を発動し、色鮮やかなガラス玉くらいの小さな属性球が彼の手の上をもの凄い速さで回しています。
それをもう片方の手で同じことをすると、突然両方の手から一つずつ属性魔法が飛び出し、ぶつかり合い相殺され消滅しました。
それを繰り返し、全ての属性球を消滅させると彼はもう一度魔法を発動し同じことを繰り返します。
「…凄い」
私は彼の魔法操作技術に思わず感嘆の声を上げました。
初級魔法といえど全属性の魔法を同時発動するのは困難で、例えると本来ないはずの六本目の指を生やして、それぞれ違う動きをさせているような状態です。
片手でさえ困難なことを両手でなんて、さらにそこから相反する属性だけを動かしてぶつける。
こんなことが出来るのは賢者である花音様一人しか私は知りません。
それほど彼の技術は卓越しています。
「…戦闘中は四属性しか出来ないし、中級魔法だと二種類ずつが限界だけどな」
苦笑いを浮かべながら「訓練が大道芸くらいにしか使えねぇよ」ルヴァンさんは良い五回繰り返したところで、止めてしまいました。
もう少し見ていたかったのですが、残念です。
「待たせたな。さぁ、飯にしようぜ」
そう言って彼は、大粒の汗を木に掛けていたタオルで拭きながら玄関の方へ入って行きました。
◇
「パンと水だけだが、許してくれよ?今日の昼からはちゃんと屋台で買ってくるから、豪華になるはずだ」
テーブルの上に、白パンが二つ乗った皿と水の入ったコップを置きながら、ルヴァンさんは戯けたように笑います。
「全然気にしなくて大丈夫です。これだけでも私は十分なので」
私は、ルヴァンさんの厚意に甘えて匿ってもらっている状態です。朝食後を用意してもらえるだけ充分なのですからこれ以上贅沢なんて言えません。
「まぁ、姫様がそう言っても俺が食いたいから買ってくるんだけどな」
優しい人、あの人と同じくらいに。
私は快活に笑う彼の姿とあの人の姿を重ねズキリと胸に痛みが走ります。
こうして、あの人と笑い合いたかった。
決して私は振り向いてもらえないと、一緒にいられないとしても。
何かの奇跡で私の婚約者になって欲しかった。
けれど、現実は非情で。
私の婚約者になったのは黒い噂の絶えない、オークのような見た目をしたオクカティア公爵家次男 ゲースァ•オクカティア。
公爵家と王族の結びつきを強くし、国を安定するために必要なことだとは分かっています。
けれど、あの夢のような時間を知った私はそう簡単に割り切ることが出来ず、家を飛び出しました。
自由を勝ち取れる程の強さを得るため……………いいえ、今冷静に考えてみると違いますね。私は死に場所を求めていたのでしょう。
あの人のいない世界に価値などないから。
全てに絶望した私は自暴自棄になっていたのです。
あの人と会う前のように。
そんな、私を助けてくれたルヴァンさんと彼を重ねてしまうのは仕方のないことなのでしょう。
「ありがとうございます」
私は痛む胸から目を逸らし微笑むと、白パンを一切れ口に入れます。
それは本来甘いはずなのに、私には何の味も感じられませんでした。
ブンッ、ブンッ。
「んぅっ、……何の音でしょうか?」
聴き慣れない音が耳に入り、私は目を覚ましました。
身体を起こし周りを見回すといつもと違う部屋で一瞬戸惑いましたが、私は迷宮でルヴァンさんに命を救われここでお世話になることを思い出し、すぐ平静に戻ります。
「音は裏庭の方からですかね」
先程から断続的に耳に届いている何かが振われている音。
耳を澄ませてみると裏庭の方からしていることが分かり、私は立ち上がって窓の外を覗いてみることにしました。
「ふっ、ふっ」
ルヴァンさんが訓練用と思われる、刃の潰れた剣を素振りしています。
一振り一振り全く体感がブレることなく、同じ軌跡をなぞっている。剣聖と呼ばれた希《のぞみ》さんと同じ型の素振りでしたが、彼女の素振りを見た時程の芸術的な綺麗さは感じませんでした。
ですが、何故か私はその素振りから目が離せません。食いいるように彼の一挙手一投足を観察し続けました。
私が数えて約五百回。
ルヴァンさんは素振りを終え、タオルで汗を拭きながらこちらを向き申し訳なさそうな顔になります。
「悪い、起こしちまったか?」
「音が聞こえて目が覚めたのは確かですけど、いつもはこれくらいに起きているので問題ありませんよ」
「そうか、なら良かった。飯は魔法の訓練をしたら出すから少し待っていてくれ。『火球《ブォリィス》』、『光球《フォトス》』、『水球《ヨダス》』、『風球《アネス》』、『闇球《スコス》』『土球《エダス》』」
ルヴァンさんは全ての属性の初級魔法を発動し、色鮮やかなガラス玉くらいの小さな属性球が彼の手の上をもの凄い速さで回しています。
それをもう片方の手で同じことをすると、突然両方の手から一つずつ属性魔法が飛び出し、ぶつかり合い相殺され消滅しました。
それを繰り返し、全ての属性球を消滅させると彼はもう一度魔法を発動し同じことを繰り返します。
「…凄い」
私は彼の魔法操作技術に思わず感嘆の声を上げました。
初級魔法といえど全属性の魔法を同時発動するのは困難で、例えると本来ないはずの六本目の指を生やして、それぞれ違う動きをさせているような状態です。
片手でさえ困難なことを両手でなんて、さらにそこから相反する属性だけを動かしてぶつける。
こんなことが出来るのは賢者である花音様一人しか私は知りません。
それほど彼の技術は卓越しています。
「…戦闘中は四属性しか出来ないし、中級魔法だと二種類ずつが限界だけどな」
苦笑いを浮かべながら「訓練が大道芸くらいにしか使えねぇよ」ルヴァンさんは良い五回繰り返したところで、止めてしまいました。
もう少し見ていたかったのですが、残念です。
「待たせたな。さぁ、飯にしようぜ」
そう言って彼は、大粒の汗を木に掛けていたタオルで拭きながら玄関の方へ入って行きました。
◇
「パンと水だけだが、許してくれよ?今日の昼からはちゃんと屋台で買ってくるから、豪華になるはずだ」
テーブルの上に、白パンが二つ乗った皿と水の入ったコップを置きながら、ルヴァンさんは戯けたように笑います。
「全然気にしなくて大丈夫です。これだけでも私は十分なので」
私は、ルヴァンさんの厚意に甘えて匿ってもらっている状態です。朝食後を用意してもらえるだけ充分なのですからこれ以上贅沢なんて言えません。
「まぁ、姫様がそう言っても俺が食いたいから買ってくるんだけどな」
優しい人、あの人と同じくらいに。
私は快活に笑う彼の姿とあの人の姿を重ねズキリと胸に痛みが走ります。
こうして、あの人と笑い合いたかった。
決して私は振り向いてもらえないと、一緒にいられないとしても。
何かの奇跡で私の婚約者になって欲しかった。
けれど、現実は非情で。
私の婚約者になったのは黒い噂の絶えない、オークのような見た目をしたオクカティア公爵家次男 ゲースァ•オクカティア。
公爵家と王族の結びつきを強くし、国を安定するために必要なことだとは分かっています。
けれど、あの夢のような時間を知った私はそう簡単に割り切ることが出来ず、家を飛び出しました。
自由を勝ち取れる程の強さを得るため……………いいえ、今冷静に考えてみると違いますね。私は死に場所を求めていたのでしょう。
あの人のいない世界に価値などないから。
全てに絶望した私は自暴自棄になっていたのです。
あの人と会う前のように。
そんな、私を助けてくれたルヴァンさんと彼を重ねてしまうのは仕方のないことなのでしょう。
「ありがとうございます」
私は痛む胸から目を逸らし微笑むと、白パンを一切れ口に入れます。
それは本来甘いはずなのに、私には何の味も感じられませんでした。
10
あなたにおすすめの小説
異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました
雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。
気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。
剣も魔法も使えないユウにできるのは、
子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。
……のはずが、なぜか料理や家事といった
日常のことだけが、やたらとうまくいく。
無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。
個性豊かな子供たちに囲まれて、
ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。
やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、
孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。
戦わない、争わない。
ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。
ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、
やさしい異世界孤児院ファンタジー。
おばさんは、ひっそり暮らしたい
波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。
たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。
さて、生きるには働かなければならない。
「仕方がない、ご飯屋にするか」
栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。
「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」
意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。
騎士サイド追加しました。2023/05/23
番外編を不定期ですが始めました。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。
琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。
ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!!
スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。
ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!?
氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。
このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
3歳で捨てられた件
玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。
それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。
キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。
ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる
街風
ファンタジー
「お前を追放する!」
ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。
しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる