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6. 踏み出した一歩の先で
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初夏の光が差し込むグラウンドには、土煙と汗の匂いが漂っていた。
六月に入ってから、ラグビー部の1年生も、いよいよ上級生たちとの合同練習に部分参加することになった。まだフルコンタクトの実戦形式には加われないが、タックルダミーやパス回し、ブレイクダウンの動作確認など、少しずつ”ラグビーらしい”動きに触れ始めていた。
「おい1年! このメニュー終わったらすぐに並べよ!」
主将の田村の太い声がグラウンドに響く。日に焼けた大柄な身体に、泥のついたスパッツとソックス。正真正銘、“戦士”と呼ぶにふさわしい風貌だ。
「お、おう……」
拓海は小さく返事し、隣の裕也に目を向ける。裕也はタオルで顔の汗を拭いながら、珍しく黙っていた。あの裕也が。
「やっぱ、ちょっと緊張してんのか?」
「……当たり前だろ。先輩ら、普通に鬼じゃん……」
まだ実戦には参加していない。だが、練習メニューの激しさやスピード感、声の大きさ。あらゆる面で、自分たちの”中学バレー”や”運動未経験”の世界とは全く違っていた。
「おーい、拓海、裕也!」
仁村先輩が手を振る。相変わらずの肉厚な腕で、軽々とダミーを抱えている。
「お前らも来い! ブレイクダウンの姿勢だけでも覚えとけ!」
「はい!」
駆け寄ると、仁村は地面に手をついたポジションを見せながら、
「ここが基本な。腰を落として、頭を低く! 胸張れ! 背中丸まってんぞ拓海!」
「す、すみません!」
「あ、裕也は……腰はいいが、足幅狭い! 安定しねぇぞ!」
「えっ、マジで?」
細かい指導が次々と飛んでくるが、仁村先輩の教え方はどこか明るい。
「ミスったらどんどん聞けよー。変なクセつける前にな!」
そうして2人が練習に没頭していると、グラウンドの隅で見学していた佐々木先生がゆっくり歩いてきた。
「おう、1年。悪くないな」
「あっ、先生!」
「実戦形式はまだ無理だが、形だけでも入っていけ。コンタクトは危険もある。だが、怖がるな。怖いのはお前らだけじゃない」
その声には、やわらかな笑みが浮かんでいた。
「たった1年や2年で、先輩たちみたいになれるんでしょうか……?」と、思わず拓海が漏らす。
「なれるさ。努力と筋肉は裏切らない」
きっぱりと言い切ったあと、先生はにやりと笑った。
「いいか。筋トレは科学だ。適切な負荷と休息。PFCバランスにも気をつけろ。炭水化物、タンパク質、脂質、それぞれを考えて摂取するんだ。睡眠時間を削るのは愚か者のやることだぞ」
「え、は、はい……」
「食事は量より回数。1日4食が理想だ。水分補給もこまめにしろ。もちろん、学生の本文は勉強だ。成績落とすようなら、俺が叱るぞ」
「な、なんか一気に情報量が……」
「慣れろ。これが俺の愛情だ」
――まるで、ボディビルダーと保健の先生が混ざったような人格だな、と拓海は苦笑する。
ふとグラウンドの中央では、3年生たちがタックル練習をしていた。
泥が跳ね、身体が宙を舞う。ドスン、という鈍い音。倒された側もすぐに起き上がって、次の相手に向かっていく。
「本当に……やるんだな、これを」
「“戦場”だよな、あれ」と裕也がぼそっと呟く。
それを見ていた渡辺副部長が、近くまで歩いてきた。
「お前ら、いいか? 今はまだ見てるだけでいい。でも、遠くないぞ。すぐに追いつくからな」
その目に、何か強い覚悟のようなものを感じた。
背は自分とほとんど変わらない。筋肉の厚みも劇的に違うわけではない。でも、その動き、声、風格。
拓海はふと、思う。
――この人は、きっと”変わってきた”んだ。この部で、努力して、進んできた。
「僕たちも……なれますかね? あんな風に」
「おう。走って、倒れて、また走って。その繰り返しだ。でも、やれば変われる。俺が証明してやる」
渡辺のその言葉が、胸に響いた。
見上げた空は、少しずつ夕焼け色に染まり始めていた。
拓海はもう一度、泥にまみれたグラウンドを見た。
この場所で、自分は――変われるだろうか。
答えはまだわからない。けれど、確かに一歩を踏み出した。
六月に入ってから、ラグビー部の1年生も、いよいよ上級生たちとの合同練習に部分参加することになった。まだフルコンタクトの実戦形式には加われないが、タックルダミーやパス回し、ブレイクダウンの動作確認など、少しずつ”ラグビーらしい”動きに触れ始めていた。
「おい1年! このメニュー終わったらすぐに並べよ!」
主将の田村の太い声がグラウンドに響く。日に焼けた大柄な身体に、泥のついたスパッツとソックス。正真正銘、“戦士”と呼ぶにふさわしい風貌だ。
「お、おう……」
拓海は小さく返事し、隣の裕也に目を向ける。裕也はタオルで顔の汗を拭いながら、珍しく黙っていた。あの裕也が。
「やっぱ、ちょっと緊張してんのか?」
「……当たり前だろ。先輩ら、普通に鬼じゃん……」
まだ実戦には参加していない。だが、練習メニューの激しさやスピード感、声の大きさ。あらゆる面で、自分たちの”中学バレー”や”運動未経験”の世界とは全く違っていた。
「おーい、拓海、裕也!」
仁村先輩が手を振る。相変わらずの肉厚な腕で、軽々とダミーを抱えている。
「お前らも来い! ブレイクダウンの姿勢だけでも覚えとけ!」
「はい!」
駆け寄ると、仁村は地面に手をついたポジションを見せながら、
「ここが基本な。腰を落として、頭を低く! 胸張れ! 背中丸まってんぞ拓海!」
「す、すみません!」
「あ、裕也は……腰はいいが、足幅狭い! 安定しねぇぞ!」
「えっ、マジで?」
細かい指導が次々と飛んでくるが、仁村先輩の教え方はどこか明るい。
「ミスったらどんどん聞けよー。変なクセつける前にな!」
そうして2人が練習に没頭していると、グラウンドの隅で見学していた佐々木先生がゆっくり歩いてきた。
「おう、1年。悪くないな」
「あっ、先生!」
「実戦形式はまだ無理だが、形だけでも入っていけ。コンタクトは危険もある。だが、怖がるな。怖いのはお前らだけじゃない」
その声には、やわらかな笑みが浮かんでいた。
「たった1年や2年で、先輩たちみたいになれるんでしょうか……?」と、思わず拓海が漏らす。
「なれるさ。努力と筋肉は裏切らない」
きっぱりと言い切ったあと、先生はにやりと笑った。
「いいか。筋トレは科学だ。適切な負荷と休息。PFCバランスにも気をつけろ。炭水化物、タンパク質、脂質、それぞれを考えて摂取するんだ。睡眠時間を削るのは愚か者のやることだぞ」
「え、は、はい……」
「食事は量より回数。1日4食が理想だ。水分補給もこまめにしろ。もちろん、学生の本文は勉強だ。成績落とすようなら、俺が叱るぞ」
「な、なんか一気に情報量が……」
「慣れろ。これが俺の愛情だ」
――まるで、ボディビルダーと保健の先生が混ざったような人格だな、と拓海は苦笑する。
ふとグラウンドの中央では、3年生たちがタックル練習をしていた。
泥が跳ね、身体が宙を舞う。ドスン、という鈍い音。倒された側もすぐに起き上がって、次の相手に向かっていく。
「本当に……やるんだな、これを」
「“戦場”だよな、あれ」と裕也がぼそっと呟く。
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「お前ら、いいか? 今はまだ見てるだけでいい。でも、遠くないぞ。すぐに追いつくからな」
その目に、何か強い覚悟のようなものを感じた。
背は自分とほとんど変わらない。筋肉の厚みも劇的に違うわけではない。でも、その動き、声、風格。
拓海はふと、思う。
――この人は、きっと”変わってきた”んだ。この部で、努力して、進んできた。
「僕たちも……なれますかね? あんな風に」
「おう。走って、倒れて、また走って。その繰り返しだ。でも、やれば変われる。俺が証明してやる」
渡辺のその言葉が、胸に響いた。
見上げた空は、少しずつ夕焼け色に染まり始めていた。
拓海はもう一度、泥にまみれたグラウンドを見た。
この場所で、自分は――変われるだろうか。
答えはまだわからない。けれど、確かに一歩を踏み出した。
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