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第1話「雨と泥、そしてかつての光」
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石造りの壁から染み出した冷気が、薄汚れた毛布を通り越して肌を刺す。
カビと湿った埃の匂いが鼻をつき、骨の髄まで凍りつくような底冷えがリアンの細い体を震わせた。
早朝の寒さは、王都の最下層にあるこの安宿には容赦なく降り注いでいた。狭い窓の隙間からは、今日も鉛色の空が覗いている。
リアンは小さく身震いをして、肺の奥から吐き出される白い息を見つめた。
指先はかじかんで感覚がない。吐く息だけでなく、まつ毛に結露した水滴すら凍りそうなほどの冷たさだ。それでも、今日を生き抜くためには体を動かさなければならなかった。
軋むベッドから体を起こし、唯一の私物である擦り切れた鞄を確認する。中に入っているのは、数枚の銅貨と、親の形見である小さなペンダントだけだ。
かつて伯爵家の三男として生まれた自分が、20歳になってこんな場所で朝を迎えているとは、幼い頃には想像もしなかったことだ。
魔力を持たない「無能」として家を追い出され、持っていたのは動物に好かれるという地味な特技だけ。
それでもリアンは、自分がベータとして生まれたことを幸運だと思っていた。もしオメガだったら、こんなふうに一人で生きていくことすら許されなかっただろうから。
顔を洗い、冷たい水で無理やり目を覚ます。鏡に映るのは、栄養不足で少し痩せた頬と、色素の薄い茶色の髪、そして少し垂れた目元の平凡な青年だ。
どこにでもいる、目立たない存在。それが今のリアンだった。
***
宿を出て、リアンは泥水と泥濘の饐えた匂いが混じるぬかるんだ裏通りを歩き始めた。
向かう先は、王都の端にある魔獣専門の厩舎だ。危険な魔獣を一時的に預かるその場所は、常に人手不足で、身元の怪しいリアンでも雇ってくれていた。
仕事は過酷だ。気性の荒い魔獣の世話は命がけで、いつ噛み殺されてもおかしくない。
けれど、彼にとってその場所は不思議と居心地が良かった。
厩舎に到着すると、鼻をつく獣の臭いと藁の匂いが混ざり合った空気が漂ってくる。
「おはよう、みんな」
リアンがそっと声をかけながら奥へと進むと、鉄格子の中で唸り声を上げていた巨大な猪型の魔獣が、ぴたりと動きを止めた。
赤く充血した目がリアンを捉える。他の従業員なら威嚇して暴れ回るところだが、彼が近づくと、魔獣は鼻を鳴らして甘えるように柵に体を擦り付けた。
「お腹が空いたのか? 今、ご飯を持ってくるからな」
リアンは慣れた手つきで餌を用意し、魔獣の口元へ運ぶ。
彼には魔力がない代わりに、なぜか生き物全般に好かれる体質があった。どんなに凶暴な魔獣でも、リアンのそばでは借りてきた猫のように大人しくなるのだ。
それは「テイマー」としての才能なのかもしれないが、魔力を持たないテイマーなど誰も必要としていない。ただの「動物懐柔係」として、日銭を稼ぐ毎日だった。
作業に没頭していると、突然、厩舎の入り口が騒がしくなった。
怒鳴り声と、何かが壊れるような音。
リアンが驚いて顔を上げると、見知らぬ屈強な男たちが数人、土足で踏み込んでくるところだった。
「おい! ここの経営者はどこだ!」
男の一人が叫ぶ。従業員たちは怯えて縮こまっている。
リアンが恐る恐る前に出ようとしたその時、奥の事務室から真っ青な顔をした雇い主が飛び出してきた。
「ま、待ってくれ! 金なら来週には……!」
「来週だと? もう三ヶ月も待ったんだよ! この土地と建物は差し押さえだ。中の魔獣も全部売り払う!」
怒号が飛び交う中、リアンは呆然と立ち尽くしていた。
この厩舎が借金まみれだったなんて知らなかった。
男たちは手当たり次第に魔獣の入った檻を開けようとし、驚いた魔獣たちが暴れだす。
「やめてください! 乱暴にしたら怪我をします!」
リアンは思わず駆け寄って、男の手を止めようとした。
しかし、男は鬱陶しそうに彼を突き飛ばした。
「邪魔だ、この野郎!」
泥だらけの床に無様に転がる。痛みが走ったが、それ以上に胸を締め付けたのは、これからどうすればいいのかという絶望感だった。
雇い主は裏口から逃げ出し、厩舎は一瞬にして修羅場と化した。
結局、リアンたち従業員はその場で解雇を言い渡された。未払いの給料も支払われないまま、着の身着のままで放り出されたのだ。
***
午後になり、王都の空は予報通りに泣き出した。
冷たい雨が石畳を濡らし、行き交う人々の傘を叩く。
リアンは当てもなく大通りを歩いていた。濡れた服が重く、体温を奪っていく。
今夜泊まる宿代すらない。お腹も空いた。
軒下で雨宿りをしていると、ショーウィンドウの向こうに飾られた温かいパンや、暖炉の火が見えた。
自分とは違う世界。
ガラスに映る自分は、泥にまみれ、惨めそのものだった。
(……もう、疲れたな)
ふと、そんな言葉が頭をよぎる。
誰からも必要とされず、ただ生きるために働き、それすらも奪われる。
いっそ、このままどこか遠くへ消えてしまいたい。そんな弱気な考えが浮かんでは消える。
その時だった。
雨音を切り裂くように、重厚な馬蹄の音が近づいてきた。
水たまりを跳ね飛ばしながら走ってきたのは、王家の紋章が入った黒塗りの馬車だ。
四頭立ての立派な馬が牽引し、周囲の馬車が慌てて道を空ける。
リアンは縮こまるようにして壁に張り付いた。あんな高貴な馬車に関わったら、泥が跳ねたというだけで罪に問われるかもしれない。
通り過ぎるのを待とうと目を伏せた瞬間、馬車が彼の目の前で急停車した。
いななきと共に、馬たちが足を止める。
御者が何かを叫ぶよりも早く、客室の扉が乱暴に開かれた。
「……おい」
低く、地を這うような声が聞こえた。
その声には、周囲の空気を一瞬で凍りつかせるような威圧感があった。
リアンはびくりと肩を震わせ、恐る恐る顔を上げた。
そこに立っていたのは、雨に濡れることも厭わずに馬車から降りてきた、長身の青年だった。
夜の闇を溶かしたような漆黒の髪。冷徹さを湛えたアイスブルーの瞳。
身にまとっているのは、王国の最高戦力である魔導騎士団の純白の制服だ。金色の刺繍が施されたマントが、雨風に煽られてはためいている。
その姿はあまりにも美しく、そして恐ろしかった。
アルヴィン・エルハルト。
王国最強の騎士にして、魔導騎士団の団長。
そして、リアンが10年前に別れた、幼馴染だった。
彼の心臓が早鐘を打つ。
なぜ、彼がここに。まさか自分に気づいたのか。
いや、そんなはずはない。今の自分は薄汚れたただの浮浪者同然だ。エリート中のエリートである彼が、目を留めるはずがない。
リアンは本能的に逃げようとした。踵を返して路地裏へ走ろうとする。
だが、それよりも早く、アルヴィンの手がリアンの腕を掴んだ。
「っ!」
鉄の万力のような力だった。痛みはないが、絶対に逃さないという意志が伝わってくる。
引き寄せられ、至近距離でその瞳と視線が絡み合う。
「リアン……やはり、お前か」
名前を呼ばれた瞬間、リアンの頭の中が真っ白になった。
覚えていた。
10年間、一度も会っていなかったのに。家を追い出され、変わり果てた自分のことを。
アルヴィンの体から、圧倒的なプレッシャーが放たれている。
それはアルファ特有のフェロモンだ。雨の匂いに混じって、鋭い氷のような、それでいて燃えるような香りがリアンの鼻腔を刺激する。
ベータであるはずの彼ですら、膝が震えるほどの威圧感だった。
「あ、アルヴィン様……。人違い、です……放して……」
震える声で否定するが、アルヴィンの目は決して逸らされなかった。
その瞳の奥に渦巻いているのは、怒りなのか、蔑みなのか、リアンには判別がつかなかった。ただひたすらに、捕食者に睨まれた小動物のように竦み上がるしかない。
「人違いなものか」
アルヴィンは低い声でつぶやくと、リアンの全身をじろりと舐めるように見た。
雨に濡れた髪、泥だらけの服、擦り切れた靴。そして、寒さで青ざめた唇。
一瞬、アルヴィンの眉間に深いしわが刻まれた。彼の脳裏にフラッシュバックしたのは、10年前、泥だらけになりながらも太陽のように笑いかけてくれた、幼いリアンの眩しい笑顔だった。あの温もりが欲しくて、狂おしいほどに探し求めていた。それなのに、目の前にいる彼は今にも消え入りそうに凍えている。
彼は無言のまま、自分のマントを脱ぐと、それを乱暴にリアンの頭から被せた。
「え……?」
視界が白に覆われる。高級な生地の感触と、アルヴィンの体温、そしてあの強烈な香りがリアンを包み込む。
「乗れ」
「へ?」
「馬車に乗れと言っている。このままここで凍死したいのか」
「で、でも、俺はこんなに汚れてて……」
「関係ない。乗れ」
有無を言わせぬ命令だった。
抵抗する間もなく、リアンは半ば抱えられるようにして馬車の中へと押し込まれた。
重厚な扉が閉められると、雨音が遠くなり、代わりに車内の静寂と緊張感がリアンを襲った。
向かいの席に座ったアルヴィンは、腕を組んでリアンをじっと見つめている。
その視線から逃げる場所は、どこにもなかった。
カビと湿った埃の匂いが鼻をつき、骨の髄まで凍りつくような底冷えがリアンの細い体を震わせた。
早朝の寒さは、王都の最下層にあるこの安宿には容赦なく降り注いでいた。狭い窓の隙間からは、今日も鉛色の空が覗いている。
リアンは小さく身震いをして、肺の奥から吐き出される白い息を見つめた。
指先はかじかんで感覚がない。吐く息だけでなく、まつ毛に結露した水滴すら凍りそうなほどの冷たさだ。それでも、今日を生き抜くためには体を動かさなければならなかった。
軋むベッドから体を起こし、唯一の私物である擦り切れた鞄を確認する。中に入っているのは、数枚の銅貨と、親の形見である小さなペンダントだけだ。
かつて伯爵家の三男として生まれた自分が、20歳になってこんな場所で朝を迎えているとは、幼い頃には想像もしなかったことだ。
魔力を持たない「無能」として家を追い出され、持っていたのは動物に好かれるという地味な特技だけ。
それでもリアンは、自分がベータとして生まれたことを幸運だと思っていた。もしオメガだったら、こんなふうに一人で生きていくことすら許されなかっただろうから。
顔を洗い、冷たい水で無理やり目を覚ます。鏡に映るのは、栄養不足で少し痩せた頬と、色素の薄い茶色の髪、そして少し垂れた目元の平凡な青年だ。
どこにでもいる、目立たない存在。それが今のリアンだった。
***
宿を出て、リアンは泥水と泥濘の饐えた匂いが混じるぬかるんだ裏通りを歩き始めた。
向かう先は、王都の端にある魔獣専門の厩舎だ。危険な魔獣を一時的に預かるその場所は、常に人手不足で、身元の怪しいリアンでも雇ってくれていた。
仕事は過酷だ。気性の荒い魔獣の世話は命がけで、いつ噛み殺されてもおかしくない。
けれど、彼にとってその場所は不思議と居心地が良かった。
厩舎に到着すると、鼻をつく獣の臭いと藁の匂いが混ざり合った空気が漂ってくる。
「おはよう、みんな」
リアンがそっと声をかけながら奥へと進むと、鉄格子の中で唸り声を上げていた巨大な猪型の魔獣が、ぴたりと動きを止めた。
赤く充血した目がリアンを捉える。他の従業員なら威嚇して暴れ回るところだが、彼が近づくと、魔獣は鼻を鳴らして甘えるように柵に体を擦り付けた。
「お腹が空いたのか? 今、ご飯を持ってくるからな」
リアンは慣れた手つきで餌を用意し、魔獣の口元へ運ぶ。
彼には魔力がない代わりに、なぜか生き物全般に好かれる体質があった。どんなに凶暴な魔獣でも、リアンのそばでは借りてきた猫のように大人しくなるのだ。
それは「テイマー」としての才能なのかもしれないが、魔力を持たないテイマーなど誰も必要としていない。ただの「動物懐柔係」として、日銭を稼ぐ毎日だった。
作業に没頭していると、突然、厩舎の入り口が騒がしくなった。
怒鳴り声と、何かが壊れるような音。
リアンが驚いて顔を上げると、見知らぬ屈強な男たちが数人、土足で踏み込んでくるところだった。
「おい! ここの経営者はどこだ!」
男の一人が叫ぶ。従業員たちは怯えて縮こまっている。
リアンが恐る恐る前に出ようとしたその時、奥の事務室から真っ青な顔をした雇い主が飛び出してきた。
「ま、待ってくれ! 金なら来週には……!」
「来週だと? もう三ヶ月も待ったんだよ! この土地と建物は差し押さえだ。中の魔獣も全部売り払う!」
怒号が飛び交う中、リアンは呆然と立ち尽くしていた。
この厩舎が借金まみれだったなんて知らなかった。
男たちは手当たり次第に魔獣の入った檻を開けようとし、驚いた魔獣たちが暴れだす。
「やめてください! 乱暴にしたら怪我をします!」
リアンは思わず駆け寄って、男の手を止めようとした。
しかし、男は鬱陶しそうに彼を突き飛ばした。
「邪魔だ、この野郎!」
泥だらけの床に無様に転がる。痛みが走ったが、それ以上に胸を締め付けたのは、これからどうすればいいのかという絶望感だった。
雇い主は裏口から逃げ出し、厩舎は一瞬にして修羅場と化した。
結局、リアンたち従業員はその場で解雇を言い渡された。未払いの給料も支払われないまま、着の身着のままで放り出されたのだ。
***
午後になり、王都の空は予報通りに泣き出した。
冷たい雨が石畳を濡らし、行き交う人々の傘を叩く。
リアンは当てもなく大通りを歩いていた。濡れた服が重く、体温を奪っていく。
今夜泊まる宿代すらない。お腹も空いた。
軒下で雨宿りをしていると、ショーウィンドウの向こうに飾られた温かいパンや、暖炉の火が見えた。
自分とは違う世界。
ガラスに映る自分は、泥にまみれ、惨めそのものだった。
(……もう、疲れたな)
ふと、そんな言葉が頭をよぎる。
誰からも必要とされず、ただ生きるために働き、それすらも奪われる。
いっそ、このままどこか遠くへ消えてしまいたい。そんな弱気な考えが浮かんでは消える。
その時だった。
雨音を切り裂くように、重厚な馬蹄の音が近づいてきた。
水たまりを跳ね飛ばしながら走ってきたのは、王家の紋章が入った黒塗りの馬車だ。
四頭立ての立派な馬が牽引し、周囲の馬車が慌てて道を空ける。
リアンは縮こまるようにして壁に張り付いた。あんな高貴な馬車に関わったら、泥が跳ねたというだけで罪に問われるかもしれない。
通り過ぎるのを待とうと目を伏せた瞬間、馬車が彼の目の前で急停車した。
いななきと共に、馬たちが足を止める。
御者が何かを叫ぶよりも早く、客室の扉が乱暴に開かれた。
「……おい」
低く、地を這うような声が聞こえた。
その声には、周囲の空気を一瞬で凍りつかせるような威圧感があった。
リアンはびくりと肩を震わせ、恐る恐る顔を上げた。
そこに立っていたのは、雨に濡れることも厭わずに馬車から降りてきた、長身の青年だった。
夜の闇を溶かしたような漆黒の髪。冷徹さを湛えたアイスブルーの瞳。
身にまとっているのは、王国の最高戦力である魔導騎士団の純白の制服だ。金色の刺繍が施されたマントが、雨風に煽られてはためいている。
その姿はあまりにも美しく、そして恐ろしかった。
アルヴィン・エルハルト。
王国最強の騎士にして、魔導騎士団の団長。
そして、リアンが10年前に別れた、幼馴染だった。
彼の心臓が早鐘を打つ。
なぜ、彼がここに。まさか自分に気づいたのか。
いや、そんなはずはない。今の自分は薄汚れたただの浮浪者同然だ。エリート中のエリートである彼が、目を留めるはずがない。
リアンは本能的に逃げようとした。踵を返して路地裏へ走ろうとする。
だが、それよりも早く、アルヴィンの手がリアンの腕を掴んだ。
「っ!」
鉄の万力のような力だった。痛みはないが、絶対に逃さないという意志が伝わってくる。
引き寄せられ、至近距離でその瞳と視線が絡み合う。
「リアン……やはり、お前か」
名前を呼ばれた瞬間、リアンの頭の中が真っ白になった。
覚えていた。
10年間、一度も会っていなかったのに。家を追い出され、変わり果てた自分のことを。
アルヴィンの体から、圧倒的なプレッシャーが放たれている。
それはアルファ特有のフェロモンだ。雨の匂いに混じって、鋭い氷のような、それでいて燃えるような香りがリアンの鼻腔を刺激する。
ベータであるはずの彼ですら、膝が震えるほどの威圧感だった。
「あ、アルヴィン様……。人違い、です……放して……」
震える声で否定するが、アルヴィンの目は決して逸らされなかった。
その瞳の奥に渦巻いているのは、怒りなのか、蔑みなのか、リアンには判別がつかなかった。ただひたすらに、捕食者に睨まれた小動物のように竦み上がるしかない。
「人違いなものか」
アルヴィンは低い声でつぶやくと、リアンの全身をじろりと舐めるように見た。
雨に濡れた髪、泥だらけの服、擦り切れた靴。そして、寒さで青ざめた唇。
一瞬、アルヴィンの眉間に深いしわが刻まれた。彼の脳裏にフラッシュバックしたのは、10年前、泥だらけになりながらも太陽のように笑いかけてくれた、幼いリアンの眩しい笑顔だった。あの温もりが欲しくて、狂おしいほどに探し求めていた。それなのに、目の前にいる彼は今にも消え入りそうに凍えている。
彼は無言のまま、自分のマントを脱ぐと、それを乱暴にリアンの頭から被せた。
「え……?」
視界が白に覆われる。高級な生地の感触と、アルヴィンの体温、そしてあの強烈な香りがリアンを包み込む。
「乗れ」
「へ?」
「馬車に乗れと言っている。このままここで凍死したいのか」
「で、でも、俺はこんなに汚れてて……」
「関係ない。乗れ」
有無を言わせぬ命令だった。
抵抗する間もなく、リアンは半ば抱えられるようにして馬車の中へと押し込まれた。
重厚な扉が閉められると、雨音が遠くなり、代わりに車内の静寂と緊張感がリアンを襲った。
向かいの席に座ったアルヴィンは、腕を組んでリアンをじっと見つめている。
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