14 / 23
第13話「傾き始めた王国、愚者の焦り」
しおりを挟む
俺が辺境の地で運命の番と出会い、新たな人生を歩み出していた頃。
俺を追放したクローネンベルク王国では、静かに、しかし確実に、崩壊への歯車が回り始めていた。
「アルベルト様! 北方からの食糧輸入が、完全に停止したとの報告が!」
「なんだと!? どういうことだ!」
王城の執務室で、アルベルト王子は宰相からの報告に苛立ちを隠せないでいた。
レオン――俺が主導していた、北方の寒冷地からの安価な食糧輸入ルート。
それは、王国の食糧事情を安定させるための生命線の一つだった。
俺がいなくなったことで、その交渉ルートはあっけなく途絶え、王都の食料品価格は日を追うごとに高騰し始めていた。
「ヴァイスハイト公爵に何とかさせろ! あれは、もともと彼らの管轄だったはずだ!」
「それが……公爵閣下は、レオン様の追放以来、すっかり気力をなくされてしまい、政務をほとんど顧みておられない状況でして……」
アルベルトの理不尽な命令に、宰相は困り果てたように答える。
俺の父、ヴァイスハイト公爵は、冷徹な男だった。
だが、彼なりに俺の才能は評価していた。
俺を追放したことは、公爵家にとっても、そして王国にとっても、大きな損失だったのだ。
そのことに、彼は今更ながら気づいたのだろう。
「ちっ、使えん奴らめ!」
アルベルトは机を強く叩いた。
彼の焦りは、それだけではなかった。
「リリア、例の治水工事の件はどうなっている?」
彼は隣に侍らせている聖女リリアに尋ねた。
桜色の髪をした可憐な少女は、びくりと肩を震わせる。
「そ、それは……わたくしが毎日、川のほとりで祈りを捧げておりますから、きっと女神様が氾濫を止めてくださるはずですわ……」
「祈りだと!? そんなもので、来たる雨季の増水を防げるものか!」
かつては「リリアの祈りさえあれば大丈夫だ」などと言っていた男が、今では怒声を上げている。
これも、俺が計画していた事業だった。
大規模な堤防の建設と、計画的な森林伐採による保水力の向上。
その複雑な計画書を、リリアは理解できず、アルベルトも興味を示さなかった。
結果、計画は頓挫し、ただ聖女が祈るだけという、非科学的な対策でお茶を濁しているのが現状だった。
専門家たちは、このままでは王都が大規模な水害に見舞われるのは必至だと警鐘を鳴らしていた。
「そもそも、なぜこうも次から次へと問題が起こるのだ! レオンがいた頃は、こんなことにはならなかった!」
アルベルトは、ついに口にしてはならない名前を叫んだ。
その場の誰もが、同じことを思っていた。
レオン・フォン・ヴァイスハイト。
あの傲慢で、常に人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべていた銀髪の公爵令息。
彼がどれほど有能で、国の隅々まで気を配り、問題を未然に防いでいたか。
国中の誰もが、彼がいなくなって初めて、その存在の大きさに気づいたのだ。
「アルベルト様……」
リリアが不安そうに王子の袖を引く。
彼女の聖女としてのメッキも、すっかり剥がれかけていた。
彼女がもたらす奇跡とやらが、レオンの功績の横取りだったことは、今や公然の秘密となりつつあった。
民衆からの聖女への信仰も、日に日に薄れてきている。
「うるさい! 何か名案があるわけでもないくせに、黙っていろ!」
アルベルトはリリアの手を荒々しく振り払った。
かつての寵愛が嘘のように、その瞳には苛立ちと侮蔑の色が浮かんでいる。
「……そうだ」
アルベルトは何かに思い至ったように、顔を上げた。
「レオンを呼び戻せばいい。そうだ、あいつを呼び戻し、また以前のように働かせれば、全ては元通りになるはずだ!」
それは、あまりに自己中心的で、愚かな考えだった。
だが、他に打つ手が何もないアルベルトと、彼を取り巻く無能な側近たちにとって、それは唯一の希望の光のように思えた。
「すぐに、追放先のグライフェンへ使者を送る準備をしろ! 丁重に、王都へ戻るよう説得するのだ!」
アルベルトは高らかに命じた。
彼はまだ気づいていない。
自分たちが捨てた駒が、もはや自分たちの手の届かない、遥か遠い場所へ行ってしまおうとしていることに。
そして、一度失った信頼は、二度と取り戻すことなどできないという、単純な事実に。
王国の黄昏は、もうすぐそこまで迫っていた。
俺を追放したクローネンベルク王国では、静かに、しかし確実に、崩壊への歯車が回り始めていた。
「アルベルト様! 北方からの食糧輸入が、完全に停止したとの報告が!」
「なんだと!? どういうことだ!」
王城の執務室で、アルベルト王子は宰相からの報告に苛立ちを隠せないでいた。
レオン――俺が主導していた、北方の寒冷地からの安価な食糧輸入ルート。
それは、王国の食糧事情を安定させるための生命線の一つだった。
俺がいなくなったことで、その交渉ルートはあっけなく途絶え、王都の食料品価格は日を追うごとに高騰し始めていた。
「ヴァイスハイト公爵に何とかさせろ! あれは、もともと彼らの管轄だったはずだ!」
「それが……公爵閣下は、レオン様の追放以来、すっかり気力をなくされてしまい、政務をほとんど顧みておられない状況でして……」
アルベルトの理不尽な命令に、宰相は困り果てたように答える。
俺の父、ヴァイスハイト公爵は、冷徹な男だった。
だが、彼なりに俺の才能は評価していた。
俺を追放したことは、公爵家にとっても、そして王国にとっても、大きな損失だったのだ。
そのことに、彼は今更ながら気づいたのだろう。
「ちっ、使えん奴らめ!」
アルベルトは机を強く叩いた。
彼の焦りは、それだけではなかった。
「リリア、例の治水工事の件はどうなっている?」
彼は隣に侍らせている聖女リリアに尋ねた。
桜色の髪をした可憐な少女は、びくりと肩を震わせる。
「そ、それは……わたくしが毎日、川のほとりで祈りを捧げておりますから、きっと女神様が氾濫を止めてくださるはずですわ……」
「祈りだと!? そんなもので、来たる雨季の増水を防げるものか!」
かつては「リリアの祈りさえあれば大丈夫だ」などと言っていた男が、今では怒声を上げている。
これも、俺が計画していた事業だった。
大規模な堤防の建設と、計画的な森林伐採による保水力の向上。
その複雑な計画書を、リリアは理解できず、アルベルトも興味を示さなかった。
結果、計画は頓挫し、ただ聖女が祈るだけという、非科学的な対策でお茶を濁しているのが現状だった。
専門家たちは、このままでは王都が大規模な水害に見舞われるのは必至だと警鐘を鳴らしていた。
「そもそも、なぜこうも次から次へと問題が起こるのだ! レオンがいた頃は、こんなことにはならなかった!」
アルベルトは、ついに口にしてはならない名前を叫んだ。
その場の誰もが、同じことを思っていた。
レオン・フォン・ヴァイスハイト。
あの傲慢で、常に人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべていた銀髪の公爵令息。
彼がどれほど有能で、国の隅々まで気を配り、問題を未然に防いでいたか。
国中の誰もが、彼がいなくなって初めて、その存在の大きさに気づいたのだ。
「アルベルト様……」
リリアが不安そうに王子の袖を引く。
彼女の聖女としてのメッキも、すっかり剥がれかけていた。
彼女がもたらす奇跡とやらが、レオンの功績の横取りだったことは、今や公然の秘密となりつつあった。
民衆からの聖女への信仰も、日に日に薄れてきている。
「うるさい! 何か名案があるわけでもないくせに、黙っていろ!」
アルベルトはリリアの手を荒々しく振り払った。
かつての寵愛が嘘のように、その瞳には苛立ちと侮蔑の色が浮かんでいる。
「……そうだ」
アルベルトは何かに思い至ったように、顔を上げた。
「レオンを呼び戻せばいい。そうだ、あいつを呼び戻し、また以前のように働かせれば、全ては元通りになるはずだ!」
それは、あまりに自己中心的で、愚かな考えだった。
だが、他に打つ手が何もないアルベルトと、彼を取り巻く無能な側近たちにとって、それは唯一の希望の光のように思えた。
「すぐに、追放先のグライフェンへ使者を送る準備をしろ! 丁重に、王都へ戻るよう説得するのだ!」
アルベルトは高らかに命じた。
彼はまだ気づいていない。
自分たちが捨てた駒が、もはや自分たちの手の届かない、遥か遠い場所へ行ってしまおうとしていることに。
そして、一度失った信頼は、二度と取り戻すことなどできないという、単純な事実に。
王国の黄昏は、もうすぐそこまで迫っていた。
380
あなたにおすすめの小説
悪役令息(Ω)に転生したので、破滅を避けてスローライフを目指します。だけどなぜか最強騎士団長(α)の運命の番に認定され、溺愛ルートに突入!
水凪しおん
BL
貧乏男爵家の三男リヒトには秘密があった。
それは、自分が乙女ゲームの「悪役令息」であり、現代日本から転生してきたという記憶だ。
家は没落寸前、自身の立場は断罪エンドへまっしぐら。
そんな破滅フラグを回避するため、前世の知識を活かして領地改革に奮闘するリヒトだったが、彼が生まれ持った「Ω」という性は、否応なく運命の渦へと彼を巻き込んでいく。
ある夜会で出会ったのは、氷のように冷徹で、王国最強と謳われる騎士団長のカイ。
誰もが恐れるαの彼に、なぜかリヒトは興味を持たれてしまう。
「関わってはいけない」――そう思えば思うほど、抗いがたいフェロモンと、カイの不器用な優しさがリヒトの心を揺さぶる。
これは、運命に翻弄される悪役令息が、最強騎士団長の激重な愛に包まれ、やがて国をも動かす存在へと成り上がっていく、甘くて刺激的な溺愛ラブストーリー。
虐げられΩは冷酷公爵に買われるが、実は最強の浄化能力者で運命の番でした
水凪しおん
BL
貧しい村で育った隠れオメガのリアム。彼の運命は、冷酷無比と噂される『銀薔薇の公爵』アシュレイと出会ったことで、激しく動き出す。
強大な魔力の呪いに苦しむ公爵にとって、リアムの持つ不思議な『浄化』の力は唯一の希望だった。道具として屋敷に囚われたリアムだったが、氷の仮面に隠された公爵の孤独と優しさに触れるうち、抗いがたい絆が芽生え始める。
「お前は、俺だけのものだ」
これは、身分も性も、運命さえも乗り越えていく、不器用で一途な二人の成り上がりロマンス。惹かれ合う魂が、やがて世界の理をも変える奇跡を紡ぎ出す――。
冷酷なアルファ(氷の将軍)に嫁いだオメガ、実はめちゃくちゃ愛されていた。
水凪しおん
BL
これは、愛を知らなかった二人が、本当の愛を見つけるまでの物語。
国のための「生贄」として、敵国の将軍に嫁いだオメガの王子、ユアン。
彼を待っていたのは、「氷の将軍」と恐れられるアルファ、クロヴィスとの心ない日々だった。
世継ぎを産むための「道具」として扱われ、絶望に暮れるユアン。
しかし、冷たい仮面の下に隠された、不器用な優しさと孤独な瞳。
孤独な夜にかけられた一枚の外套が、凍てついた心を少しずつ溶かし始める。
これは、政略結婚という偽りから始まった、運命の恋。
帝国に渦巻く陰謀に立ち向かう中で、二人は互いを守り、支え合う「共犯者」となる。
偽りの夫婦が、唯一無二の「番」になるまでの軌跡を、どうぞ見届けてください。
『偽物の番』だと捨てられた不憫な第三王子、隣国の冷徹皇帝に拾われて真実の愛を教え込まれる
レイ
BL
「出来損ない」と捨てられた場所は、私の居場所ではありませんでした。
ラングリス王国の第三王子・フィオーレは、王族の証である『聖種の紋様』が現れなかったことで「偽物の番」と罵られ、雪降る国境へと追放される。
死を覚悟した彼の前に現れたのは、隣国アイゼン帝国の「冷徹皇帝」ヴォルフラムだった。
冤罪で追放された悪役令息、北の辺境で幸せを掴む~恐ろしいと噂の銀狼将軍に嫁いだら、極上の溺愛とモフモフなスローライフが始まりました~
水凪しおん
BL
「君は、俺の宝だ」
無実の罪を着せられ、婚約破棄の末に極寒の辺境へ追放された公爵令息ジュリアン。
彼を待ち受けていたのは、「北の食人狼」と恐れられる将軍グリーグとの政略結婚だった。
死を覚悟したジュリアンだったが、出会った将軍は、噂とは真逆の不器用で心優しいアルファで……?
前世の記憶を持つジュリアンは、現代知識と魔法でボロボロの要塞を快適リフォーム!
手作りスープで将軍の胃袋を掴み、特産品開発で街を救い、気づけば冷徹将軍から規格外の溺愛を受けることに。
一方、ジュリアンを捨てた王都では、破滅の足音が近づいていて――。
冤罪追放から始まる、銀狼将軍との幸せいっぱいな溺愛スローライフ、ここに開幕!
【オメガバース/ハッピーエンド/ざまぁあり/子育て/スパダリ】
悪役令息(Ω)に転生した俺、破滅回避のためΩ隠してαを装ってたら、冷徹α第一王子に婚約者にされて溺愛されてます!?
水凪しおん
BL
前世の記憶を持つ俺、リオネルは、BL小説の悪役令息に転生していた。
断罪される運命を回避するため、本来希少なΩである性を隠し、出来損ないのαとして目立たず生きてきた。
しかし、突然、原作のヒーローである冷徹な第一王子アシュレイの婚約者にされてしまう。
これは破滅フラグに違いないと絶望する俺だが、アシュレイの態度は原作とどこか違っていて……?
悪役令息ですが破滅回避で主人公を無視したら、高潔な態度だと勘違いされて聖人認定。なぜか溺愛ルートに入りました
水凪しおん
BL
BL小説『銀の瞳の聖者』の悪役令息ルシアンに転生してしまった俺。
原作通りなら、主人公ノエルをいじめ抜き、最後は断罪されて野垂れ死ぬ運命だ。
「そんなの絶対にお断りだ! 俺は平和に長生きしたい!」
破滅フラグを回避するため、俺は決意した。
主人公ノエルを徹底的に避け、関わらず、空気のように生きることを。
しかし、俺の「無視」や「無関心」は、なぜかノエルにポジティブに変換されていく。
「他の人のように欲望の目で見ないなんて、なんて高潔な方なんだ……!」
いじめっ子を視線だけで追い払えば「影から守ってくれた」、雨の日に「臭いから近寄るな」と上着を投げつければ「不器用な優しさ」!?
全力で嫌われようとすればするほど、主人公からの好感度が爆上がりして、聖人認定されてしまう勘違いラブコメディ!
小心者の悪役令息×健気なポジティブ主人公の、すれ違い溺愛ファンタジー、ここに開幕!
エリートαとして追放されましたが、実は抑制剤で隠されたΩでした。辺境で出会った無骨な農夫は訳あり最強αで、私の運命の番らしいです。
水凪しおん
BL
エリートαとして完璧な人生を歩むはずだった公爵令息アレクシス。しかし、身に覚えのない罪で婚約者である王子から婚約破棄と国外追放を宣告される。すべてを奪われ、魔獣が跋扈する辺境の地に捨てられた彼を待っていたのは、絶望と死の淵だった。
雨に打たれ、泥にまみれたプライドも砕け散ったその時、彼を救ったのは一人の無骨な男、カイ。ぶっきらぼうだが温かいスープを差し出す彼との出会いが、アレクシスの運命を根底から覆していく。
畑を耕し、土に触れる日々の中で、アレクシスは自らの体に隠された大きな秘密と、抗いがたい魂の引力に気づき始める。
――これは、偽りのαとして生きてきた青年が、運命の番と出会い、本当の自分を取り戻す物語。追放から始まる、愛と再生の成り上がりファンタジー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる