15 / 23
第14話「王子の後悔と届かぬ声」
しおりを挟む
グライフェンに使者を送ると決めてから、アルベルトの心は少しだけ軽くなった。
レオンを呼び戻せば、山積する問題は全て解決する。
彼は本気でそう信じていた。
あの男は、自分に惚れているのだから。
どんなにひどい仕打ちをしようと、自分が頭を下げてやれば、喜んで戻ってくるに違いない。
アルベルトは、レオンの長年の献身を、自分への恋慕だと都合よく解釈していた。
だが、使者の帰りを待つ間にも、王国の状況は悪化の一途をたどっていた。
食料価格の高騰は止まらず、王都の貧民街では餓死者が出始めた。
貴族たちは我先に食料を買い占めに走り、民衆の不満は日に日に高まっていく。
さらに、追い打ちをかけるように、記録的な豪雨が王国を襲った。
治水対策が全く施されていなかった王都の川は、あっという間に氾濫した。
濁流が市街地になだれ込み、多くの家屋が流され、甚大な被害が出た。
聖女リリアの祈りなど、自然の猛威の前では何の効果もなかった。
「聖女様は偽物だ!」
「俺たちの税金を返せ!」
「レオン様を返せ!」
民衆の怒りの矛先は、王家とリリアに向けられた。
王城の前では、連日抗議のデモが行われるようになる。
その中には、かつてレオンを「悪役」と罵っていた者たちも大勢混じっていた。
アルベルトは、城のバルコニーからその光景を眺め、唇を噛み締めていた。
『なぜだ……なぜ、こうなった……』
彼は、自分の治世が輝かしいものになると信じて疑わなかった。
優しく清らかな聖女をそばに置き、民に愛される王になるはずだった。
どこで間違えたのだろうか。
アルベルトの脳裏に、あの日の光景が蘇る。
夜会で、レオンに婚約破棄を突きつけた、あの日のことが。
『殿下、お待ちください。その娘の言葉だけを鵜呑みにするのは危険です』
『この治水計画は、数十年先の未来を見据えたもの。今、実行しなければ、必ずや王国は大きな災禍に見舞われます』
『お願いです、私の言葉を信じてください』
いつも、レオンは正しかった。
彼の言葉は常に冷静で、的確で、この国の未来を案じていた。
だが、自分は彼の忠告に耳を貸さなかった。
リリアの甘い言葉と涙に惑わされ、レオンを嫉妬に狂った悪役だと決めつけた。
彼の瞳の奥にあった、深い絶望と悲しみに気づこうともせずに。
「……俺が、間違っていたのか……」
ぽつりと、アルベルトはつぶやいた。
初めて認めた、自分の過ち。
だが、その代償はあまりにも大きかった。
「アルベルト様……」
背後から、リリアがおずおずと声をかけてくる。
彼女の顔は怯えきっていた。
民衆の怒声が、城の中にまで聞こえてくるのだ。
「……お前のせいだ」
アルベルトは、冷え切った声で言った。
「え……?」
「お前が俺を誑かさなければ! お前のような無能な女を、俺が聖女などと信じなければ、こんなことにはならなかった!」
怒りのままに、彼はリリアを突き飛ばした。
リリアは床に尻もちをつき、信じられないという顔でアルベルトを見上げる。
「ひどい……アルベルト様まで、わたくしを責めるのですか……!」
「黙れ! お前の顔など、もう見たくもない!」
かつて愛を囁いた相手に、アルベルトは憎悪の言葉を浴びせる。
彼は、自分の過ちを認めたくなくて、その責任を全てリリアに押し付けようとしていた。
そんな醜い責任転嫁の真っ最中に、グライフェンへ派遣した使者が、ようやく王城へと帰還した。
アルベルトは、リリアのことなどすっかり忘れ、謁見の間に急いだ。
「どうだった! レオンは、戻ってくると言ったか!」
希望に満ちた問いに、しかし、使者は青ざめた顔で首を横に振った。
そして、信じがたい報告を口にした。
「レオン様は……王都へのお戻りを、きっぱりと拒否されました」
「な……なんだと……?」
「そして……レオン様は、隣国エーデルシュタイン帝国の皇太子殿下と、近々ご結婚される、と……」
アルベルトの頭は、真っ白になった。
レオンが、結婚?
それも、あの強大な帝国の皇太子と?
自分が捨てた男が、自分よりも遥かに優れた男の元へ行ってしまう。
その事実は、アルベルトのちっぽけなプライドを、粉々に打ち砕いた。
後悔、嫉妬、喪失感。
様々な感情が渦巻き、彼はその場に膝から崩れ落ちた。
もう、何もかもが手遅れなのだと、この時、ようやく彼は悟ったのだった。
レオンを呼び戻せば、山積する問題は全て解決する。
彼は本気でそう信じていた。
あの男は、自分に惚れているのだから。
どんなにひどい仕打ちをしようと、自分が頭を下げてやれば、喜んで戻ってくるに違いない。
アルベルトは、レオンの長年の献身を、自分への恋慕だと都合よく解釈していた。
だが、使者の帰りを待つ間にも、王国の状況は悪化の一途をたどっていた。
食料価格の高騰は止まらず、王都の貧民街では餓死者が出始めた。
貴族たちは我先に食料を買い占めに走り、民衆の不満は日に日に高まっていく。
さらに、追い打ちをかけるように、記録的な豪雨が王国を襲った。
治水対策が全く施されていなかった王都の川は、あっという間に氾濫した。
濁流が市街地になだれ込み、多くの家屋が流され、甚大な被害が出た。
聖女リリアの祈りなど、自然の猛威の前では何の効果もなかった。
「聖女様は偽物だ!」
「俺たちの税金を返せ!」
「レオン様を返せ!」
民衆の怒りの矛先は、王家とリリアに向けられた。
王城の前では、連日抗議のデモが行われるようになる。
その中には、かつてレオンを「悪役」と罵っていた者たちも大勢混じっていた。
アルベルトは、城のバルコニーからその光景を眺め、唇を噛み締めていた。
『なぜだ……なぜ、こうなった……』
彼は、自分の治世が輝かしいものになると信じて疑わなかった。
優しく清らかな聖女をそばに置き、民に愛される王になるはずだった。
どこで間違えたのだろうか。
アルベルトの脳裏に、あの日の光景が蘇る。
夜会で、レオンに婚約破棄を突きつけた、あの日のことが。
『殿下、お待ちください。その娘の言葉だけを鵜呑みにするのは危険です』
『この治水計画は、数十年先の未来を見据えたもの。今、実行しなければ、必ずや王国は大きな災禍に見舞われます』
『お願いです、私の言葉を信じてください』
いつも、レオンは正しかった。
彼の言葉は常に冷静で、的確で、この国の未来を案じていた。
だが、自分は彼の忠告に耳を貸さなかった。
リリアの甘い言葉と涙に惑わされ、レオンを嫉妬に狂った悪役だと決めつけた。
彼の瞳の奥にあった、深い絶望と悲しみに気づこうともせずに。
「……俺が、間違っていたのか……」
ぽつりと、アルベルトはつぶやいた。
初めて認めた、自分の過ち。
だが、その代償はあまりにも大きかった。
「アルベルト様……」
背後から、リリアがおずおずと声をかけてくる。
彼女の顔は怯えきっていた。
民衆の怒声が、城の中にまで聞こえてくるのだ。
「……お前のせいだ」
アルベルトは、冷え切った声で言った。
「え……?」
「お前が俺を誑かさなければ! お前のような無能な女を、俺が聖女などと信じなければ、こんなことにはならなかった!」
怒りのままに、彼はリリアを突き飛ばした。
リリアは床に尻もちをつき、信じられないという顔でアルベルトを見上げる。
「ひどい……アルベルト様まで、わたくしを責めるのですか……!」
「黙れ! お前の顔など、もう見たくもない!」
かつて愛を囁いた相手に、アルベルトは憎悪の言葉を浴びせる。
彼は、自分の過ちを認めたくなくて、その責任を全てリリアに押し付けようとしていた。
そんな醜い責任転嫁の真っ最中に、グライフェンへ派遣した使者が、ようやく王城へと帰還した。
アルベルトは、リリアのことなどすっかり忘れ、謁見の間に急いだ。
「どうだった! レオンは、戻ってくると言ったか!」
希望に満ちた問いに、しかし、使者は青ざめた顔で首を横に振った。
そして、信じがたい報告を口にした。
「レオン様は……王都へのお戻りを、きっぱりと拒否されました」
「な……なんだと……?」
「そして……レオン様は、隣国エーデルシュタイン帝国の皇太子殿下と、近々ご結婚される、と……」
アルベルトの頭は、真っ白になった。
レオンが、結婚?
それも、あの強大な帝国の皇太子と?
自分が捨てた男が、自分よりも遥かに優れた男の元へ行ってしまう。
その事実は、アルベルトのちっぽけなプライドを、粉々に打ち砕いた。
後悔、嫉妬、喪失感。
様々な感情が渦巻き、彼はその場に膝から崩れ落ちた。
もう、何もかもが手遅れなのだと、この時、ようやく彼は悟ったのだった。
399
あなたにおすすめの小説
悪役令息(Ω)に転生したので、破滅を避けてスローライフを目指します。だけどなぜか最強騎士団長(α)の運命の番に認定され、溺愛ルートに突入!
水凪しおん
BL
貧乏男爵家の三男リヒトには秘密があった。
それは、自分が乙女ゲームの「悪役令息」であり、現代日本から転生してきたという記憶だ。
家は没落寸前、自身の立場は断罪エンドへまっしぐら。
そんな破滅フラグを回避するため、前世の知識を活かして領地改革に奮闘するリヒトだったが、彼が生まれ持った「Ω」という性は、否応なく運命の渦へと彼を巻き込んでいく。
ある夜会で出会ったのは、氷のように冷徹で、王国最強と謳われる騎士団長のカイ。
誰もが恐れるαの彼に、なぜかリヒトは興味を持たれてしまう。
「関わってはいけない」――そう思えば思うほど、抗いがたいフェロモンと、カイの不器用な優しさがリヒトの心を揺さぶる。
これは、運命に翻弄される悪役令息が、最強騎士団長の激重な愛に包まれ、やがて国をも動かす存在へと成り上がっていく、甘くて刺激的な溺愛ラブストーリー。
虐げられΩは冷酷公爵に買われるが、実は最強の浄化能力者で運命の番でした
水凪しおん
BL
貧しい村で育った隠れオメガのリアム。彼の運命は、冷酷無比と噂される『銀薔薇の公爵』アシュレイと出会ったことで、激しく動き出す。
強大な魔力の呪いに苦しむ公爵にとって、リアムの持つ不思議な『浄化』の力は唯一の希望だった。道具として屋敷に囚われたリアムだったが、氷の仮面に隠された公爵の孤独と優しさに触れるうち、抗いがたい絆が芽生え始める。
「お前は、俺だけのものだ」
これは、身分も性も、運命さえも乗り越えていく、不器用で一途な二人の成り上がりロマンス。惹かれ合う魂が、やがて世界の理をも変える奇跡を紡ぎ出す――。
冷酷なアルファ(氷の将軍)に嫁いだオメガ、実はめちゃくちゃ愛されていた。
水凪しおん
BL
これは、愛を知らなかった二人が、本当の愛を見つけるまでの物語。
国のための「生贄」として、敵国の将軍に嫁いだオメガの王子、ユアン。
彼を待っていたのは、「氷の将軍」と恐れられるアルファ、クロヴィスとの心ない日々だった。
世継ぎを産むための「道具」として扱われ、絶望に暮れるユアン。
しかし、冷たい仮面の下に隠された、不器用な優しさと孤独な瞳。
孤独な夜にかけられた一枚の外套が、凍てついた心を少しずつ溶かし始める。
これは、政略結婚という偽りから始まった、運命の恋。
帝国に渦巻く陰謀に立ち向かう中で、二人は互いを守り、支え合う「共犯者」となる。
偽りの夫婦が、唯一無二の「番」になるまでの軌跡を、どうぞ見届けてください。
『偽物の番』だと捨てられた不憫な第三王子、隣国の冷徹皇帝に拾われて真実の愛を教え込まれる
レイ
BL
「出来損ない」と捨てられた場所は、私の居場所ではありませんでした。
ラングリス王国の第三王子・フィオーレは、王族の証である『聖種の紋様』が現れなかったことで「偽物の番」と罵られ、雪降る国境へと追放される。
死を覚悟した彼の前に現れたのは、隣国アイゼン帝国の「冷徹皇帝」ヴォルフラムだった。
冤罪で追放された悪役令息、北の辺境で幸せを掴む~恐ろしいと噂の銀狼将軍に嫁いだら、極上の溺愛とモフモフなスローライフが始まりました~
水凪しおん
BL
「君は、俺の宝だ」
無実の罪を着せられ、婚約破棄の末に極寒の辺境へ追放された公爵令息ジュリアン。
彼を待ち受けていたのは、「北の食人狼」と恐れられる将軍グリーグとの政略結婚だった。
死を覚悟したジュリアンだったが、出会った将軍は、噂とは真逆の不器用で心優しいアルファで……?
前世の記憶を持つジュリアンは、現代知識と魔法でボロボロの要塞を快適リフォーム!
手作りスープで将軍の胃袋を掴み、特産品開発で街を救い、気づけば冷徹将軍から規格外の溺愛を受けることに。
一方、ジュリアンを捨てた王都では、破滅の足音が近づいていて――。
冤罪追放から始まる、銀狼将軍との幸せいっぱいな溺愛スローライフ、ここに開幕!
【オメガバース/ハッピーエンド/ざまぁあり/子育て/スパダリ】
悪役令息(Ω)に転生した俺、破滅回避のためΩ隠してαを装ってたら、冷徹α第一王子に婚約者にされて溺愛されてます!?
水凪しおん
BL
前世の記憶を持つ俺、リオネルは、BL小説の悪役令息に転生していた。
断罪される運命を回避するため、本来希少なΩである性を隠し、出来損ないのαとして目立たず生きてきた。
しかし、突然、原作のヒーローである冷徹な第一王子アシュレイの婚約者にされてしまう。
これは破滅フラグに違いないと絶望する俺だが、アシュレイの態度は原作とどこか違っていて……?
悪役令息ですが破滅回避で主人公を無視したら、高潔な態度だと勘違いされて聖人認定。なぜか溺愛ルートに入りました
水凪しおん
BL
BL小説『銀の瞳の聖者』の悪役令息ルシアンに転生してしまった俺。
原作通りなら、主人公ノエルをいじめ抜き、最後は断罪されて野垂れ死ぬ運命だ。
「そんなの絶対にお断りだ! 俺は平和に長生きしたい!」
破滅フラグを回避するため、俺は決意した。
主人公ノエルを徹底的に避け、関わらず、空気のように生きることを。
しかし、俺の「無視」や「無関心」は、なぜかノエルにポジティブに変換されていく。
「他の人のように欲望の目で見ないなんて、なんて高潔な方なんだ……!」
いじめっ子を視線だけで追い払えば「影から守ってくれた」、雨の日に「臭いから近寄るな」と上着を投げつければ「不器用な優しさ」!?
全力で嫌われようとすればするほど、主人公からの好感度が爆上がりして、聖人認定されてしまう勘違いラブコメディ!
小心者の悪役令息×健気なポジティブ主人公の、すれ違い溺愛ファンタジー、ここに開幕!
エリートαとして追放されましたが、実は抑制剤で隠されたΩでした。辺境で出会った無骨な農夫は訳あり最強αで、私の運命の番らしいです。
水凪しおん
BL
エリートαとして完璧な人生を歩むはずだった公爵令息アレクシス。しかし、身に覚えのない罪で婚約者である王子から婚約破棄と国外追放を宣告される。すべてを奪われ、魔獣が跋扈する辺境の地に捨てられた彼を待っていたのは、絶望と死の淵だった。
雨に打たれ、泥にまみれたプライドも砕け散ったその時、彼を救ったのは一人の無骨な男、カイ。ぶっきらぼうだが温かいスープを差し出す彼との出会いが、アレクシスの運命を根底から覆していく。
畑を耕し、土に触れる日々の中で、アレクシスは自らの体に隠された大きな秘密と、抗いがたい魂の引力に気づき始める。
――これは、偽りのαとして生きてきた青年が、運命の番と出会い、本当の自分を取り戻す物語。追放から始まる、愛と再生の成り上がりファンタジー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる