28 / 30
番外編2「皇帝陛下のヤキモチと初めての喧嘩」
しおりを挟む
俺、ルシアンは皇妃になってから一つ困ったことがあった。
それは夫である皇帝陛下アシュレイが、とんでもないヤキモチ妬きだということだ。
皇太子時代もその片鱗はあったが、皇帝になってからはさらにひどくなった。
「ルシアン、先ほどの財務大臣。君の顔をじろじろと見ていただろう。不敬だ。左遷させよう」
「待て待て待て! あれは老眼で資料が見えにくかっただけだ!」
「ほう。ではあの近衛騎士団の第三部隊隊長はどうだ。君が廊下を歩いているだけで顔を赤らめていたぞ。けしからん。辺境の地に飛ばしてやる」
「やめろ! あれはただの新人で、俺の顔を見て緊張していただけだ!」
毎日がこの調子だ。
俺に少しでも好意的な視線を向ける男がいれば、即座に社会的に抹殺しようとする。
俺はそれを止めるのに必死だった。
「いい加減にしろ、アシュレイ! 俺はお前だけのものだ! 少しは信用したらどうだ!」
「信用しているさ。君のことは誰よりも。だが周りの雄どもが信用ならん」
彼は真顔でそう言うのだからタチが悪い。
俺はもうほとほと呆れ果てていた。
そんなある日、俺たちの間で初めての本格的な喧嘩が勃発した。
原因はやはりアシュレイのヤキモチだった。
その日、王宮では隣国から和平の使節団を迎えていた。
その使節団の中に、学園時代の友人であるカインがいたのだ。
彼は家の騎士爵を継ぎ、今では立派な外交官として活躍していた。
「久しぶりだな、ルシアン!」
「カイン! 元気だったか!」
俺たちは再会を喜び、昔話に花を咲かせた。
学園時代の思い出話。
お互いの近況報告。
ただそれだけの、健全な会話だった。
だがそれを遠くから見ていたアシュレイの心中は、穏やかではなかったらしい。
宴が終わった後、寝室に戻った俺を待っていたのは、絶対零度のオーラを放つ夫の姿だった。
「……ずいぶんと楽しそうだったな」
またか。
俺はうんざりしながらため息をついた。
「友人と久しぶりに会ったんだ。話が弾んで何が悪い」
「友人、だと? 私にはそうは見えなかったがな。あいつは昔から君に気がある。あんな無防備に笑いかけて……。君は少し警戒心がなさすぎるんじゃないか?」
そのねちっこい言い方に、俺の堪忍袋の緒がぷつりと切れた。
「……もう、うんざりだ!」
俺は声を荒らげた。
「お前のそのくだらないヤキモチには、もう付き合いきれない! 俺はお前の所有物じゃないんだぞ!」
「……何だと?」
アシュレイの顔色が変わる。
「俺にだって友人くらいいる! 誰と話そうが俺の自由だろう! いちいちお前の許可を取らなきゃいけないのか!?」
「……ルシアン。言葉がすぎるぞ」
「うるさい! 今夜はお前の顔なんて見たくない! 別の部屋で寝る!」
俺はそう吐き捨てると、寝室を飛び出した。
後ろでアシュレイが何かを叫んでいたが、聞こえないふりをした。
そのまま客間に駆け込み、内側から鍵をかける。
一人になると急に涙が溢れてきた。
なんであんな酷いことを言ってしまったんだろう。
だが俺だって我慢の限界だったのだ。
その夜、俺は一人で広いベッドで眠った。
隣に彼の温もりがない夜は、ひどく寒く感じられた。
翌朝、俺は重い体で目を覚ました。
昨日の喧嘩のことが頭から離れない。
謝らなければ。
だが素直に謝るのも癪だった。
そんな葛藤を抱えながら部屋を出ると、ドアの前でアシュレイが立っていた。
彼はまるで一睡もしていないかのように、ひどい顔をしていた。
「……ルシアン」
「……なんだ」
気まずい沈黙が流れる。
先に口を開いたのはアシュレイだった。
「……昨日は、すまなかった」
彼は深々と頭を下げた。
「君の言う通りだ。私のヤキモチは度を越していた。君を信じていなかったわけじゃない。ただ……」
彼は言葉を詰まらせた。
「……ただ君を失うのが怖いんだ。百年彷徨った私にとって、君は唯一の光だ。その光を誰かに奪われるくらいなら……私はきっと、また壊れてしまう」
その弱々しい告白に、俺の心は締め付けられた。
そうだ。
彼はただ俺を愛しているだけなのだ。
その表現方法が少しだけ不器用で、歪んでいるだけで。
「……俺の方こそ、ごめん」
俺も素直に頭を下げた。
「酷いこと言った。お前がどれだけ俺を大事に思ってくれてるか、わかってるのに」
「……ルシアン」
「……だからもう、あんな顔するなよ」
俺は彼のやつれた頬を両手で包んだ。
「俺はどこにも行かない。ずっとお前のそばにいる。だから安心しろ」
俺の言葉に、アシュレイは子供のようにこくこくと頷いた。
そして彼は俺を壊れ物を扱うかのように、優しく抱きしめた。
「……もう二度と君を疑ったりしない。約束する」
「……ああ。俺ももう、お前を一人で悩ませたりしない」
俺たちはそうやって仲直りをした。
初めての本気の喧嘩。
雨降って地固まる、というけれど。
俺たちの絆は、この喧嘩を通してさらに強くなったような気がした。
まあ彼のヤキモチが完全に治ったわけではないけれど。
それは彼が俺を愛してくれている証拠。
そう思えば、少しだけ可愛く見えなくも……ない、かもしれない。
俺は彼の腕の中で、こっそりと微笑んだ。
それは夫である皇帝陛下アシュレイが、とんでもないヤキモチ妬きだということだ。
皇太子時代もその片鱗はあったが、皇帝になってからはさらにひどくなった。
「ルシアン、先ほどの財務大臣。君の顔をじろじろと見ていただろう。不敬だ。左遷させよう」
「待て待て待て! あれは老眼で資料が見えにくかっただけだ!」
「ほう。ではあの近衛騎士団の第三部隊隊長はどうだ。君が廊下を歩いているだけで顔を赤らめていたぞ。けしからん。辺境の地に飛ばしてやる」
「やめろ! あれはただの新人で、俺の顔を見て緊張していただけだ!」
毎日がこの調子だ。
俺に少しでも好意的な視線を向ける男がいれば、即座に社会的に抹殺しようとする。
俺はそれを止めるのに必死だった。
「いい加減にしろ、アシュレイ! 俺はお前だけのものだ! 少しは信用したらどうだ!」
「信用しているさ。君のことは誰よりも。だが周りの雄どもが信用ならん」
彼は真顔でそう言うのだからタチが悪い。
俺はもうほとほと呆れ果てていた。
そんなある日、俺たちの間で初めての本格的な喧嘩が勃発した。
原因はやはりアシュレイのヤキモチだった。
その日、王宮では隣国から和平の使節団を迎えていた。
その使節団の中に、学園時代の友人であるカインがいたのだ。
彼は家の騎士爵を継ぎ、今では立派な外交官として活躍していた。
「久しぶりだな、ルシアン!」
「カイン! 元気だったか!」
俺たちは再会を喜び、昔話に花を咲かせた。
学園時代の思い出話。
お互いの近況報告。
ただそれだけの、健全な会話だった。
だがそれを遠くから見ていたアシュレイの心中は、穏やかではなかったらしい。
宴が終わった後、寝室に戻った俺を待っていたのは、絶対零度のオーラを放つ夫の姿だった。
「……ずいぶんと楽しそうだったな」
またか。
俺はうんざりしながらため息をついた。
「友人と久しぶりに会ったんだ。話が弾んで何が悪い」
「友人、だと? 私にはそうは見えなかったがな。あいつは昔から君に気がある。あんな無防備に笑いかけて……。君は少し警戒心がなさすぎるんじゃないか?」
そのねちっこい言い方に、俺の堪忍袋の緒がぷつりと切れた。
「……もう、うんざりだ!」
俺は声を荒らげた。
「お前のそのくだらないヤキモチには、もう付き合いきれない! 俺はお前の所有物じゃないんだぞ!」
「……何だと?」
アシュレイの顔色が変わる。
「俺にだって友人くらいいる! 誰と話そうが俺の自由だろう! いちいちお前の許可を取らなきゃいけないのか!?」
「……ルシアン。言葉がすぎるぞ」
「うるさい! 今夜はお前の顔なんて見たくない! 別の部屋で寝る!」
俺はそう吐き捨てると、寝室を飛び出した。
後ろでアシュレイが何かを叫んでいたが、聞こえないふりをした。
そのまま客間に駆け込み、内側から鍵をかける。
一人になると急に涙が溢れてきた。
なんであんな酷いことを言ってしまったんだろう。
だが俺だって我慢の限界だったのだ。
その夜、俺は一人で広いベッドで眠った。
隣に彼の温もりがない夜は、ひどく寒く感じられた。
翌朝、俺は重い体で目を覚ました。
昨日の喧嘩のことが頭から離れない。
謝らなければ。
だが素直に謝るのも癪だった。
そんな葛藤を抱えながら部屋を出ると、ドアの前でアシュレイが立っていた。
彼はまるで一睡もしていないかのように、ひどい顔をしていた。
「……ルシアン」
「……なんだ」
気まずい沈黙が流れる。
先に口を開いたのはアシュレイだった。
「……昨日は、すまなかった」
彼は深々と頭を下げた。
「君の言う通りだ。私のヤキモチは度を越していた。君を信じていなかったわけじゃない。ただ……」
彼は言葉を詰まらせた。
「……ただ君を失うのが怖いんだ。百年彷徨った私にとって、君は唯一の光だ。その光を誰かに奪われるくらいなら……私はきっと、また壊れてしまう」
その弱々しい告白に、俺の心は締め付けられた。
そうだ。
彼はただ俺を愛しているだけなのだ。
その表現方法が少しだけ不器用で、歪んでいるだけで。
「……俺の方こそ、ごめん」
俺も素直に頭を下げた。
「酷いこと言った。お前がどれだけ俺を大事に思ってくれてるか、わかってるのに」
「……ルシアン」
「……だからもう、あんな顔するなよ」
俺は彼のやつれた頬を両手で包んだ。
「俺はどこにも行かない。ずっとお前のそばにいる。だから安心しろ」
俺の言葉に、アシュレイは子供のようにこくこくと頷いた。
そして彼は俺を壊れ物を扱うかのように、優しく抱きしめた。
「……もう二度と君を疑ったりしない。約束する」
「……ああ。俺ももう、お前を一人で悩ませたりしない」
俺たちはそうやって仲直りをした。
初めての本気の喧嘩。
雨降って地固まる、というけれど。
俺たちの絆は、この喧嘩を通してさらに強くなったような気がした。
まあ彼のヤキモチが完全に治ったわけではないけれど。
それは彼が俺を愛してくれている証拠。
そう思えば、少しだけ可愛く見えなくも……ない、かもしれない。
俺は彼の腕の中で、こっそりと微笑んだ。
37
あなたにおすすめの小説
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
妹を救うためにヒロインを口説いたら、王子に求愛されました。
藤原遊
BL
乙女ゲームの悪役令息に転生したアラン。
妹リリィが「悪役令嬢として断罪される」未来を変えるため、
彼は決意する――ヒロインを先に口説けば、妹は破滅しない、と。
だがその“奇行”を見ていた王太子シリウスが、
なぜかアラン本人に興味を持ち始める。
「君は、なぜそこまで必死なんだ?」
「妹のためです!」
……噛み合わないはずの会話が、少しずつ心を動かしていく。
妹は完璧令嬢、でも内心は隠れ腐女子。
ヒロインは巻き込まれて腐女子覚醒。
そして王子と悪役令息は、誰も知らない“仮面の恋”へ――。
断罪回避から始まる勘違い転生BL×宮廷ラブストーリー。
誰も不幸にならない、偽りと真実のハッピーエンド。
オメガだと隠して魔王討伐隊に入ったら、最強アルファ達に溺愛されています
水凪しおん
BL
前世は、どこにでもいる普通の大学生だった。車に轢かれ、次に目覚めた時、俺はミルクティー色の髪を持つ少年『サナ』として、剣と魔法の異世界にいた。
そこで知らされたのは、衝撃の事実。この世界には男女の他に『アルファ』『ベータ』『オメガ』という第二の性が存在し、俺はその中で最も希少で、男性でありながら子を宿すことができる『オメガ』だという。
アルファに守られ、番になるのが幸せ? そんな決められた道は歩きたくない。俺は、俺自身の力で生きていく。そう決意し、平凡な『ベータ』と身分を偽った俺の前に現れたのは、太陽のように眩しい聖騎士カイル。彼は俺のささやかな機転を「稀代の戦術眼」と絶賛し、半ば強引に魔王討伐隊へと引き入れた。
しかし、そこは最強のアルファたちの巣窟だった!
リーダーのカイルに加え、皮肉屋の天才魔法使いリアム、寡黙な獣人暗殺者ジン。三人の強烈なアルファフェロモンに日々当てられ、俺の身体は甘く疼き始める。
隠し通したい秘密と、抗いがたい本能。偽りのベータとして、俺はこの英雄たちの中で生き残れるのか?
これは運命に抗う一人のオメガが、本当の居場所と愛を見つけるまでの物語。
悪役令息(Ω)に転生した俺、破滅回避のためΩ隠してαを装ってたら、冷徹α第一王子に婚約者にされて溺愛されてます!?
水凪しおん
BL
前世の記憶を持つ俺、リオネルは、BL小説の悪役令息に転生していた。
断罪される運命を回避するため、本来希少なΩである性を隠し、出来損ないのαとして目立たず生きてきた。
しかし、突然、原作のヒーローである冷徹な第一王子アシュレイの婚約者にされてしまう。
これは破滅フラグに違いないと絶望する俺だが、アシュレイの態度は原作とどこか違っていて……?
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
親に虐げられてきたβが、Ωと偽ってαと婚約してしまった話
さるやま
BL
◆瑞希(受け)語り
□アキ(攻め)語り
攻め→→→→←←受け
眞鍋秋人(攻め)
優秀なα。真鍋家の次期当主。本質は狡くて狡猾だが、それを上手く隠して好青年を演じている。瑞希にはアキさんと呼ばれている。
高宮瑞希(受け)
Ωと偽っている平凡なβ。幼少期の経験からか自己肯定感が低く、自分に自信がない。自己犠牲的。
有栖蕾
花の精のように美しいと名高い美少年のΩ。アキさんの元婚約者(と言っても、正式な婚約関係になく、幼少期の口約束程度)であり、アキさんのことをまだ好いている。瑞希のことを秋人の婚約者として紹介され、許せない相手になった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる