破滅フラグ回避のため皇太子を避けていた悪役令息の俺。だが彼は百回絶望した転生者で、俺を手に入れるためなら手段を選ばないヤンデレだった

水凪しおん

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番外編3「もしも、二人が転生しなかったら」

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(原作ゲーム『聖アストライア魔導学園の恋詩』の世界線)

 ルシアン・フォン・ヴァイスハイトは苛立っていた。
 婚約者であるはずの皇太子アシュレイ・エル・クレスメントが、最近平民出の特待生の女にうつつを抜かしているからだ。
 リリアナ・ブルーム。
 魔力だけは取り柄の、小賢しい女。
 あの女がアシュレイの前に現れてから、すべてが狂い始めた。

「……許せない」

 ルシアンは誰もいない自室で呟いた。
 アシュレイは俺のものだ。
 ヴァイスハイト公爵家の嫡男である、この俺にこそ相応しい。
 あの平民の女なんかに渡してなるものか。

 彼はプライドが高かった。
 そして何よりもアシュレイを愛していた。
 その愛は歪んでいたかもしれない。
 だが純粋な愛だったのだ。

 彼はリリアナに数々の嫌がらせをした。
 教科書を隠したり。
 ドレスを汚したり。
 ありとあらゆる幼稚な手を使って、彼女をアシュレイから引き離そうとした。

 だがそれはすべて逆効果だった。
 嫌がらせを受ければ受けるほど、リリアナは悲劇のヒロインとしてアシュレイの同情を惹きつけた。
 そしてアシュレイのルシアンに対する目は、日に日に冷たくなっていく。

「……なぜ、わかってくれないんだ」

 ルシアンは孤独だった。
 彼の行動を諌めてくれる友人もいない。
 彼の心の痛みを理解してくれる家族もいない。
 彼はただ一人で愛に溺れ、嫉妬に狂っていった。

 そして運命の卒業パーティーの日。
 ルシアンはリリアナを階段から突き落とそうとした。
 本気で殺そうとしたわけではない。
 ただ少し懲らしめてやろうと思っただけだ。
 だがその現場を、アシュレイに目撃されてしまう。

「……何てことをするんだ!」

 アシュレイの軽蔑しきった瞳。
 その瞳がルシアンの心を深く傷つけた。

 そしてパーティーのクライマックス。
 アシュレイは大勢の貴族たちの前で、高らかに宣言した。

「ルシアン・フォン・ヴァイスハイト! 貴様との婚約を、これにて破棄する!」

 世界が終わる音がした。
 ああ、俺は捨てられたのだ。
 愛する人に、見捨てられたのだ。

「そして私は、ここにいるリリアナ・ブルームを私の妃として迎えることを誓う!」

 ホールが祝福の拍手に包まれる。
 その中でルシアンはただ一人立ち尽くしていた。
 彼の美しい顔からすべての感情が抜け落ちていた。

 その後、ヴァイスハイト公爵家は爵位を剥奪され没落した。
 ルシアンはすべてを失った。
 彼は修道院に送られ、そこで静かに一生を終えたという。
 その紫の瞳が、再び輝きを取り戻すことはなかった。

 一方、皇太子アシュレイはリリアナと結ばれ、やがて皇帝となった。
 彼は賢帝として国を見事に治めた。
 誰もが彼らを理想の夫婦だと讃えた。

 だがアシュレイは時々思い出していた。
 自分の記憶の片隅にこびりついて離れない、一人の少年のことを。
 銀色の髪。
 気高い紫の瞳。
 そして最後に自分に向けられた、絶望の表情。

「……どうしているだろうか」

 夜、一人書斎で星空を眺めながら彼は呟く。
 なぜ彼のことが、こんなにも気になるのだろう。
 あれは正しい結末だったはずだ。
 彼は罪を犯した。
 だから罰を受けた。
 ただそれだけのことだ。

 だが胸の奥がちくりと痛む。
 もしあの時、別の選択をしていたら?
 もし彼の孤独に気づいてやることができていたら?
 彼と笑い合える未来があったのだろうか。

 答えは誰にもわからない。
 それは選ばれなかった、もう一つの物語。
 もしもの世界。

 アシュレイは深いため息をつくと、執務に戻った。
 彼の隣にはもう誰もいない。
 完璧な皇帝。
 完璧な夫。
 その仮面の下で彼が何を想っていたのか。
 それを知る者は、誰一人としていなかった。

 これは、もしも二人が転生しなかったらの物語。
 すれ違ったまま決して交わることのなかった、二つの魂の悲しい恋の詩。
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