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第8話「王都からの来訪者」
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辺境の地に、冷たい風が吹き始めた頃だった。
僕たちの生活は、相変わらず穏やかだった。冬に備えて薪を集めたり、保存食を作ったり。レオンとクロと一緒に過ごす毎日は、何気ないことの連続でも、幸せに満ちていた。
僕の作る作物の評判はとどまることを知らず、今では行商人を通じて王都の市場にも流通するようになっていたらしい。「辺境の奇跡」とまで呼ばれていると聞いて、少し気恥ずかしくなってしまう。
その日、僕とレオンが畑の手入れをしていると、村の方から複数の馬の蹄の音が聞こえてきた。行商人が来る日ではない。訝しんでいると、村長が慌てた様子で僕たちの小屋へと走ってきた。
「ユキナリくん! 大変だ!」
「村長さん、どうしたんですか、そんなに慌てて」
「王都から、お偉方が見えたんだ! それも、神殿の神官様と、貴族様だ!」
神官と、貴族。その言葉に、僕の心臓が嫌な音を立てた。レオンの表情も、一瞬で険しいものに変わる。
僕たちが村の入り口に向かうと、そこには村の風景にはおよそ不釣り合いな一団がいた。豪奢な刺繍の施された法衣をまとった、いかにも尊大そうな中年の神官。そして、きらびやかな鎧に身を包み、見下すような目で村人たちを眺めている、線の細い金髪の貴族。その後ろには、武装した兵士たちが十数名控えている。
「お前が、この地の作物を育てているというユキナリか」
神官が、僕を値踏みするように睨めつけてきた。その顔には、どこか見覚えがあった。そうだ、僕をこの辺境に追いやった、あの神官だ。名前は確か、アルバンとか言ったか。
「いかにも、私がユキナリですが」
「ふん、神の恵みも知らぬ田舎者めが。その奇跡の作物は、神殿が管理するのが筋というもの。即刻、この土地の権利を我々に明け渡せ」
あまりに一方的で、身勝手な言い分に、僕は言葉を失った。神の恵み? この作物は、僕が【万能農具】のスキルと、汗水流して育てたものだ。
僕が反論しようと口を開くより先に、隣にいた貴族が嘲るような笑みを浮かべた。
「神官様のお言葉が聞こえなかったのか、愚民が。この土地は本日より、このバルドル侯爵家が管理することになった。逆らうというのなら、それ相応の覚悟をしてもらうぞ」
バルドル侯爵。その名を聞いた瞬間、隣に立つレオンの体から、殺気にも似た闘気が立ち上ったのが分かった。
「……バルドル」
レオンが、地を這うような低い声で呟く。その声には、抑えきれないほどの憎悪がこもっていた。
「ん? なんだお前は。見慣れない顔だが……どこかで会ったか?」
バルドル侯爵は、レオンの顔を覗き込み、やがて何かを思い出したように、意地の悪い笑みを浮かべた。
「ああ、思い出した。お前は……レオンハルトじゃないか。濡れ衣を着せられて騎士団を追い出された、哀れな負け犬の。こんな辺境で、落ちぶれていたとはな。実に無様だ」
下劣な言葉に、僕の頭に血が上った。この男が、レオンを陥れた張本人なのだ。許せない。
「黙れ!」
僕が叫ぶと、バルドル侯爵は心底意外だといった顔をした。
「ほう、農夫の癖に口答えするか。身の程をわきまえろ」
バルドル侯爵が合図すると、兵士たちがじりじりと僕たちににじり寄ってきた。抜かれた剣が、鈍い光を放っている。村人たちは恐怖に顔を青くし、後ずさった。
「やめなさい!」
僕はレオンをかばうように、両手を広げて立ちはだかった。
「この畑は、僕が命をかけて作ったものです! 誰にも渡しません!」
「面白い。ならば、その命、ここで散らせてやろうか」
バルドル侯爵が冷酷に言い放ち、兵士たちが一斉に剣を振り上げる。
もうダメだ、と思った瞬間。
僕の体は、強い力で背後へと引き寄せられた。レオンの、広くたくましい背中が、僕の盾になる。
「……ユキナリに、指一本触れさせるものか」
レオンは、腰に差していた古びた剣を、ゆっくりと抜き放った。それは、いつも薪割りに使っている、刃こぼれすらした剣だ。だが、それを構えたレオンの姿は、僕が今まで見たどんな時よりも大きく、頼もしく見えた。
「まだやる気か、元騎士団長殿。多勢に無勢という言葉も知らんらしい」
バルドル侯爵が、腹を抱えて笑う。
確かに、相手は十数人の武装した兵士。対する僕たちは、レオンと僕だけ。クロは危険を察知して、僕の足元で低くうなっている。どう考えても、勝ち目はない。
それでも、レオンは揺らがなかった。彼の瞳は、かつての騎士団長だった頃の、鋭い輝きを取り戻していた。
「一人で相手にするとは言っていない」
レオンがそう呟くと、口笛を高く、鋭く響かせた。
それは、反撃の狼煙だった。
森の木々の間から、茂みの中から、次々と屈強な男たちが姿を現し、あっという間に兵士たちを取り囲んだ。その数は、兵士たちを遥かに上回る。誰もが歴戦の強者であることを思わせる、鋭い眼光をしていた。
「なっ……なんなんだ、こいつらは!?」
バルドル侯爵が、狼狽の声を上げる。
レオンは、そんな彼に冷たい視線を向け、静かに告げた。
「俺の、かつての部下たちだ。俺を信じ、共にこの辺境で暮らしてきた、信頼できる仲間たちだ」
状況は、一瞬にして逆転した。
不穏な空気が、張り詰める。辺境の小さな村で、今、静かな戦いの火蓋が切られようとしていた。僕たちの穏やかな日常は、王都から来た侵略者によって、無残にも打ち砕かれようとしていたのだ。
僕たちの生活は、相変わらず穏やかだった。冬に備えて薪を集めたり、保存食を作ったり。レオンとクロと一緒に過ごす毎日は、何気ないことの連続でも、幸せに満ちていた。
僕の作る作物の評判はとどまることを知らず、今では行商人を通じて王都の市場にも流通するようになっていたらしい。「辺境の奇跡」とまで呼ばれていると聞いて、少し気恥ずかしくなってしまう。
その日、僕とレオンが畑の手入れをしていると、村の方から複数の馬の蹄の音が聞こえてきた。行商人が来る日ではない。訝しんでいると、村長が慌てた様子で僕たちの小屋へと走ってきた。
「ユキナリくん! 大変だ!」
「村長さん、どうしたんですか、そんなに慌てて」
「王都から、お偉方が見えたんだ! それも、神殿の神官様と、貴族様だ!」
神官と、貴族。その言葉に、僕の心臓が嫌な音を立てた。レオンの表情も、一瞬で険しいものに変わる。
僕たちが村の入り口に向かうと、そこには村の風景にはおよそ不釣り合いな一団がいた。豪奢な刺繍の施された法衣をまとった、いかにも尊大そうな中年の神官。そして、きらびやかな鎧に身を包み、見下すような目で村人たちを眺めている、線の細い金髪の貴族。その後ろには、武装した兵士たちが十数名控えている。
「お前が、この地の作物を育てているというユキナリか」
神官が、僕を値踏みするように睨めつけてきた。その顔には、どこか見覚えがあった。そうだ、僕をこの辺境に追いやった、あの神官だ。名前は確か、アルバンとか言ったか。
「いかにも、私がユキナリですが」
「ふん、神の恵みも知らぬ田舎者めが。その奇跡の作物は、神殿が管理するのが筋というもの。即刻、この土地の権利を我々に明け渡せ」
あまりに一方的で、身勝手な言い分に、僕は言葉を失った。神の恵み? この作物は、僕が【万能農具】のスキルと、汗水流して育てたものだ。
僕が反論しようと口を開くより先に、隣にいた貴族が嘲るような笑みを浮かべた。
「神官様のお言葉が聞こえなかったのか、愚民が。この土地は本日より、このバルドル侯爵家が管理することになった。逆らうというのなら、それ相応の覚悟をしてもらうぞ」
バルドル侯爵。その名を聞いた瞬間、隣に立つレオンの体から、殺気にも似た闘気が立ち上ったのが分かった。
「……バルドル」
レオンが、地を這うような低い声で呟く。その声には、抑えきれないほどの憎悪がこもっていた。
「ん? なんだお前は。見慣れない顔だが……どこかで会ったか?」
バルドル侯爵は、レオンの顔を覗き込み、やがて何かを思い出したように、意地の悪い笑みを浮かべた。
「ああ、思い出した。お前は……レオンハルトじゃないか。濡れ衣を着せられて騎士団を追い出された、哀れな負け犬の。こんな辺境で、落ちぶれていたとはな。実に無様だ」
下劣な言葉に、僕の頭に血が上った。この男が、レオンを陥れた張本人なのだ。許せない。
「黙れ!」
僕が叫ぶと、バルドル侯爵は心底意外だといった顔をした。
「ほう、農夫の癖に口答えするか。身の程をわきまえろ」
バルドル侯爵が合図すると、兵士たちがじりじりと僕たちににじり寄ってきた。抜かれた剣が、鈍い光を放っている。村人たちは恐怖に顔を青くし、後ずさった。
「やめなさい!」
僕はレオンをかばうように、両手を広げて立ちはだかった。
「この畑は、僕が命をかけて作ったものです! 誰にも渡しません!」
「面白い。ならば、その命、ここで散らせてやろうか」
バルドル侯爵が冷酷に言い放ち、兵士たちが一斉に剣を振り上げる。
もうダメだ、と思った瞬間。
僕の体は、強い力で背後へと引き寄せられた。レオンの、広くたくましい背中が、僕の盾になる。
「……ユキナリに、指一本触れさせるものか」
レオンは、腰に差していた古びた剣を、ゆっくりと抜き放った。それは、いつも薪割りに使っている、刃こぼれすらした剣だ。だが、それを構えたレオンの姿は、僕が今まで見たどんな時よりも大きく、頼もしく見えた。
「まだやる気か、元騎士団長殿。多勢に無勢という言葉も知らんらしい」
バルドル侯爵が、腹を抱えて笑う。
確かに、相手は十数人の武装した兵士。対する僕たちは、レオンと僕だけ。クロは危険を察知して、僕の足元で低くうなっている。どう考えても、勝ち目はない。
それでも、レオンは揺らがなかった。彼の瞳は、かつての騎士団長だった頃の、鋭い輝きを取り戻していた。
「一人で相手にするとは言っていない」
レオンがそう呟くと、口笛を高く、鋭く響かせた。
それは、反撃の狼煙だった。
森の木々の間から、茂みの中から、次々と屈強な男たちが姿を現し、あっという間に兵士たちを取り囲んだ。その数は、兵士たちを遥かに上回る。誰もが歴戦の強者であることを思わせる、鋭い眼光をしていた。
「なっ……なんなんだ、こいつらは!?」
バルドル侯爵が、狼狽の声を上げる。
レオンは、そんな彼に冷たい視線を向け、静かに告げた。
「俺の、かつての部下たちだ。俺を信じ、共にこの辺境で暮らしてきた、信頼できる仲間たちだ」
状況は、一瞬にして逆転した。
不穏な空気が、張り詰める。辺境の小さな村で、今、静かな戦いの火蓋が切られようとしていた。僕たちの穏やかな日常は、王都から来た侵略者によって、無残にも打ち砕かれようとしていたのだ。
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