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第5話「逃亡計画と甘い罠」
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レオンハルトによる中庭での公開告白事件から数日。
俺、エリアス・フォン・アルドリングは、完全に学園の有名人となっていた。
どこへ行っても、「皇太子殿下に寵愛される悪役令息」として、好奇と嫉妬の視線に晒される。
ヒロインのリナ・ベルに至っては、廊下ですれ違う度に、殺意のこもった目で見られる始末だ。
理不尽だ。
俺は何もしていないのに。
『もう限界だ……。一刻も早く、この状況から逃げ出さなければ』
そして、俺に絶好のチャンスが巡ってきた。
今週末、隣国との国交を記念した夜会が王城で開かれる。
学園の生徒も、一定以上の爵位を持つ者は参加が義務付けられていた。
当然、レオンハルトも皇太子として出席する。
だが、彼は主催者側だ。
きっと多忙で、俺一人にかまっていられる時間はないはず。
夜会の喧騒に紛れて、誰か適当な貴族令息と親しくなり、「エリアスにはレオンハルト以外にも親しい相手がいる」という既成事実を作る。
そうすれば、レオンハルトの独占欲も少しは薄れるかもしれない。
我ながら完璧な作戦だ。
問題は、どうやってレオンハルトの監視を掻い潜って、夜会で自由に行動するか、だが……。
「エリアス様、夜会で着用される衣装が届いております」
執事のセバスが、巨大な箱を俺の部屋に運び込んできた。
中に入っていたのは、王家御用達のデザイナーが仕立てたという、目も眩むような豪華絢爛な礼服だった。
白を基調とし、銀糸で緻密な刺繍が施されている。
間違いなく、レオンハルトが用意させたものだろう。
ご丁寧に、彼の瞳の色と同じ青い宝石が胸元にあしらわれていた。
『こんなもん着ていけるか!』
まるで「こいつは俺の所有物です」と主張しているようなデザインだ。
俺は決意した。
この夜会、欠席しよう。
「セバス、急に体調が悪くなった。夜会は欠席すると、父上に伝えてくれ」
「しかし、エリアス様……」
「いいから、頼む」
仮病を使うのは気が引けるが、背に腹は代えられない。
俺はベッドに潜り込み、完璧な病人になりきった。
これでレオンハルトも諦めるだろう。
しかし、俺の考えはあまりにも甘かった。
夜会が始まる少し前、静まり返った自室の扉が、ノックもなしに開かれた。
「……誰だ」
不審に思って顔を上げると、そこに立っていたのは、夜会用の豪奢な軍服に身を包んだレオンハルトその人だった。
「レ、レオンハルト殿下!? なぜここに……夜会は……」
「お前が来ないから、迎えに来た」
彼はこともなげにそう言うと、ずかずかと部屋に入ってきて、俺が寝ているベッドの縁に腰掛けた。
まずい。
非常にまずい。
「体調が悪いと聞いたが、顔色は悪くないな」
「いえ、その、熱が……」
「そうか」
レオンハルトは俺の嘘を意にも介さず、すっと手を伸ばしてきた。
そして、その冷たい手のひらが、俺の額に触れる。
びくりと、身体が跳ねた。
「……確かに、少し熱いな。だが、これは病の熱ではない」
彼の青い瞳が、じっと俺を見据える。
その瞳の奥には、俺の嘘を全て見透かしたような、冷たい光が宿っていた。
「エリアス。俺から逃げられるとでも思ったか?」
地を這うような低い声。
空気が一瞬で凍り付く。
俺は恐怖で声も出せず、ただ彼を見つめ返すことしかできなかった。
「お前がどこにいようと、俺にはわかる。お前が何を考えているかも、手に取るようにわかるんだ」
彼はそう言うと、俺の額から手を離し、今度は俺の頬を優しく撫でた。
その仕草は愛情に満ちているはずなのに、俺にはまるで、檻の中の小動物をいたぶる捕食者のそれにしか見えなかった。
「さあ、着替えるんだ。皆がお前を待っている」
「嫌だ、行きたくない……!」
俺は思わず、本音を漏らしてしまった。
すると、レオンハルトは初めて、心底傷ついたような顔をした。
「……なぜだ。なぜ、そんなに俺を拒むんだ、エリアス」
「それは……」
「俺は、お前が望むものなら何でも与えてやれる。金も、地位も、名誉も。この国の全てだってお前のものだ。それでも、不満か?」
違う、そうじゃない。
俺が欲しいのは、そんなものじゃない。
俺が欲しいのは、ただの平穏な日常だ。
あんたに脅かされることのない、普通の生活なんだ。
だが、そんな言葉が彼に届くはずもなかった。
レオンハルトは悲しげな表情から一転、ぞっとするほど美しい笑みを浮かべた。
「仕方ないな。お前がそんなに駄々をこねるのなら、少しだけお仕置きが必要か」
彼はそう言うと、俺の胸元にそっと手を触れた。
その瞬間、彼の指先から放たれた微弱な魔力が、俺の身体に刻まれた術式に触れるのを感じた。
「なっ、これは……!?」
「お前にかけた、ささやかなお守りだ。これで、お前がどこにいても俺にはわかるし、俺の許可なく、お前は誰にも触れさせることはできない」
監視の魔術。
そして、一種の貞操帯のような守護魔法。
いつの間に、こんなものを。
思い当たる節は、馬車の中で抱き寄せられた時か、中庭で髪を撫でられた時か。
「さあ、選べ。大人しく俺と夜会へ行くか。それとも、このままこの部屋で、二人きりで『お仕置き』の続きをするか」
それは、選択肢のようでいて、全く選択肢になっていなかった。
どちらを選んでも、待っているのは地獄だけ。
俺は、わなわなと震える唇で、かろうじて言葉を紡ぎ出した。
「……行きます。夜会へ、行きますから」
それを聞くと、レオンハルトは満足げに頷き、俺の頬を優しく叩いた。
「いい子だ、エリアス」
その甘い声は、悪魔の囁きのように、俺の耳にこびりついて離れなかった。
俺のささやかな逃亡計画は、彼の仕掛けた甘い罠によって、無残にも打ち砕かれたのだった。
俺、エリアス・フォン・アルドリングは、完全に学園の有名人となっていた。
どこへ行っても、「皇太子殿下に寵愛される悪役令息」として、好奇と嫉妬の視線に晒される。
ヒロインのリナ・ベルに至っては、廊下ですれ違う度に、殺意のこもった目で見られる始末だ。
理不尽だ。
俺は何もしていないのに。
『もう限界だ……。一刻も早く、この状況から逃げ出さなければ』
そして、俺に絶好のチャンスが巡ってきた。
今週末、隣国との国交を記念した夜会が王城で開かれる。
学園の生徒も、一定以上の爵位を持つ者は参加が義務付けられていた。
当然、レオンハルトも皇太子として出席する。
だが、彼は主催者側だ。
きっと多忙で、俺一人にかまっていられる時間はないはず。
夜会の喧騒に紛れて、誰か適当な貴族令息と親しくなり、「エリアスにはレオンハルト以外にも親しい相手がいる」という既成事実を作る。
そうすれば、レオンハルトの独占欲も少しは薄れるかもしれない。
我ながら完璧な作戦だ。
問題は、どうやってレオンハルトの監視を掻い潜って、夜会で自由に行動するか、だが……。
「エリアス様、夜会で着用される衣装が届いております」
執事のセバスが、巨大な箱を俺の部屋に運び込んできた。
中に入っていたのは、王家御用達のデザイナーが仕立てたという、目も眩むような豪華絢爛な礼服だった。
白を基調とし、銀糸で緻密な刺繍が施されている。
間違いなく、レオンハルトが用意させたものだろう。
ご丁寧に、彼の瞳の色と同じ青い宝石が胸元にあしらわれていた。
『こんなもん着ていけるか!』
まるで「こいつは俺の所有物です」と主張しているようなデザインだ。
俺は決意した。
この夜会、欠席しよう。
「セバス、急に体調が悪くなった。夜会は欠席すると、父上に伝えてくれ」
「しかし、エリアス様……」
「いいから、頼む」
仮病を使うのは気が引けるが、背に腹は代えられない。
俺はベッドに潜り込み、完璧な病人になりきった。
これでレオンハルトも諦めるだろう。
しかし、俺の考えはあまりにも甘かった。
夜会が始まる少し前、静まり返った自室の扉が、ノックもなしに開かれた。
「……誰だ」
不審に思って顔を上げると、そこに立っていたのは、夜会用の豪奢な軍服に身を包んだレオンハルトその人だった。
「レ、レオンハルト殿下!? なぜここに……夜会は……」
「お前が来ないから、迎えに来た」
彼はこともなげにそう言うと、ずかずかと部屋に入ってきて、俺が寝ているベッドの縁に腰掛けた。
まずい。
非常にまずい。
「体調が悪いと聞いたが、顔色は悪くないな」
「いえ、その、熱が……」
「そうか」
レオンハルトは俺の嘘を意にも介さず、すっと手を伸ばしてきた。
そして、その冷たい手のひらが、俺の額に触れる。
びくりと、身体が跳ねた。
「……確かに、少し熱いな。だが、これは病の熱ではない」
彼の青い瞳が、じっと俺を見据える。
その瞳の奥には、俺の嘘を全て見透かしたような、冷たい光が宿っていた。
「エリアス。俺から逃げられるとでも思ったか?」
地を這うような低い声。
空気が一瞬で凍り付く。
俺は恐怖で声も出せず、ただ彼を見つめ返すことしかできなかった。
「お前がどこにいようと、俺にはわかる。お前が何を考えているかも、手に取るようにわかるんだ」
彼はそう言うと、俺の額から手を離し、今度は俺の頬を優しく撫でた。
その仕草は愛情に満ちているはずなのに、俺にはまるで、檻の中の小動物をいたぶる捕食者のそれにしか見えなかった。
「さあ、着替えるんだ。皆がお前を待っている」
「嫌だ、行きたくない……!」
俺は思わず、本音を漏らしてしまった。
すると、レオンハルトは初めて、心底傷ついたような顔をした。
「……なぜだ。なぜ、そんなに俺を拒むんだ、エリアス」
「それは……」
「俺は、お前が望むものなら何でも与えてやれる。金も、地位も、名誉も。この国の全てだってお前のものだ。それでも、不満か?」
違う、そうじゃない。
俺が欲しいのは、そんなものじゃない。
俺が欲しいのは、ただの平穏な日常だ。
あんたに脅かされることのない、普通の生活なんだ。
だが、そんな言葉が彼に届くはずもなかった。
レオンハルトは悲しげな表情から一転、ぞっとするほど美しい笑みを浮かべた。
「仕方ないな。お前がそんなに駄々をこねるのなら、少しだけお仕置きが必要か」
彼はそう言うと、俺の胸元にそっと手を触れた。
その瞬間、彼の指先から放たれた微弱な魔力が、俺の身体に刻まれた術式に触れるのを感じた。
「なっ、これは……!?」
「お前にかけた、ささやかなお守りだ。これで、お前がどこにいても俺にはわかるし、俺の許可なく、お前は誰にも触れさせることはできない」
監視の魔術。
そして、一種の貞操帯のような守護魔法。
いつの間に、こんなものを。
思い当たる節は、馬車の中で抱き寄せられた時か、中庭で髪を撫でられた時か。
「さあ、選べ。大人しく俺と夜会へ行くか。それとも、このままこの部屋で、二人きりで『お仕置き』の続きをするか」
それは、選択肢のようでいて、全く選択肢になっていなかった。
どちらを選んでも、待っているのは地獄だけ。
俺は、わなわなと震える唇で、かろうじて言葉を紡ぎ出した。
「……行きます。夜会へ、行きますから」
それを聞くと、レオンハルトは満足げに頷き、俺の頬を優しく叩いた。
「いい子だ、エリアス」
その甘い声は、悪魔の囁きのように、俺の耳にこびりついて離れなかった。
俺のささやかな逃亡計画は、彼の仕掛けた甘い罠によって、無残にも打ち砕かれたのだった。
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