BLゲームの悪役令息に転生!破滅フラグを回避したいのに、同じく転生者のヤンデレ皇太子が「やっと見つけた」と異常な執着で迫って来る。

水凪しおん

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第6話「温室に響く愛の囁き」

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 結局、俺はレオンハルトに半ば強制的に王城の夜会へと連れ出された。

 彼が用意した純白の礼服に身を包み、彼の隣に立つ俺は、誰の目にも「皇太子の寵姫」のように映っただろう。
 向けられる視線の全てが、針のように突き刺さる。

「少し、飲み物を取ってくる」

 レオンハルトが側近と話し始めた隙をついて、俺はそっとその場を離れた。
 少しでもいい。
 一人になりたかった。
 彼の監視の目から、この息苦しい空間から、ほんの少しでも解放されたかった。

 俺は喧騒から逃れるように、夜会のホールを抜け出し、月明かりが差し込む静かな回廊を歩いていた。
 王城には、広大な庭園と、そこに併設されたガラス張りの大温室がある。
 ゲームでは、そこがいくつかの重要な恋愛イベントの舞台となっていたはずだ。

『……あそこなら、静かでいいかもしれない』

 誰にも邪魔されず、頭を冷やすにはうってつけの場所だ。
 俺は微かな花の香りに導かれるように、温室へと足を向けた。

 ガラスの扉を開けると、むわりと湿った空気と、甘い花の香りが俺を包み込む。
 夜の温室は、昼間とは違う幻想的な雰囲気を醸し出していた。
 月光に照らされた珍しい花々が、青白い光を放って静かに咲き誇っている。

 俺は中央にある噴水の縁に腰を下ろし、大きく息を吐いた。
 身体にかけられた監視の魔術が、まるで見えない鎖のように重い。
 レオンハルトの執着は、もはや異常としか言いようがなかった。

 どうして、彼はここまで俺に固執するのか。
 原作の彼は、こんな人間ではなかった。
 クールで、孤高で、誰にも心を開かない。
 そんな彼が、ただ一人のヒロインと出会い、愛を知っていく。
 それが『聖グランヴェル魔導学園の恋詩』の物語だったはずだ。
 なのに、今の彼はまるで、最初から「エリアス」という答えだけを知っているかのように、俺だけを追い求めてくる。

『もう、どうしたらいいんだ……』

 考えれば考えるほど、頭が混乱してくる。
 破滅フラグを回避するために彼から逃げようとすればするほど、逆に彼の独占欲に火をつけ、新たな束縛を生み出してしまう。
 完全な悪循環だ。

 その時、背後でカチャリ、と温室の扉が閉まる音がした。
 振り返る必要もなかった。
 そこにいるのが誰なのか、俺の本能が即座に理解していたからだ。

「こんなところにいたのか、エリアス。探したぞ」

 月光を背に、レオンハルトが立っていた。
 その表情は穏やかだったが、青い瞳の奥には、獲物を見つけた獣のような、ぎらついた光が宿っていた。

「殿下……」

「二人きりの時は、レオンと呼べと言ったはずだ」

 彼はゆっくりと俺に近づいてくる。
 一歩、また一歩と距離が詰められるたびに、俺の心臓は警鐘を鳴らす。
 逃げなければ。
 そう思うのに、足が竦んで動かない。

 俺の目の前で立ち止まったレオンハルトは、そっと俺の頬に手を伸ばした。
 その手つきはひどく優しく、慈しみに満ちている。
 だが、俺は知っている。
 この優しさの裏にある、恐ろしいほどの執着を。

「なぜ逃げるんだ、エリアス。俺は、ただお前を愛しているだけなのに」

「……あなたの愛は、重すぎます」

「重い? これでも、まだ足りないくらいだ。本当は、お前をこの腕の中に閉じ込めて、誰の目にも触れさせたくない」

 狂っている。
 この男は、本気でそう思っている。
 俺は恐怖に耐えきれず、彼の手を振り払った。

「やめてください! 私はあなたの所有物じゃない!」

 その瞬間、レオンハルトの表情から、すっと温度が消えた。
 氷のように冷たい瞳が、俺を射抜く。

「……まだ、わからないのか」

 彼は懐から、小さなガラスの小瓶を取り出した。
 中には、淡い桃色の液体が入っている。
 それを見た途端、俺は全身の血の気が引くのを感じた。

『まさか、あれは……』

 ゲーム知識が、脳内で警告を鳴らす。
 あれは、オメガの発情期(ヒート)を強制的に誘発させる、禁断の秘薬。
 特定のアルファのフェロモンと合わさることで、効果を発揮する代物だ。
 ゲームでは、悪役令息であるエリアスが、ヒロインを陥れるために使おうとして失敗するアイテムだった。
 なぜ、それをレオンハルトが持っているんだ。

「お前が俺から逃げるのなら、もう手荒な真似も仕方ない」

 レオンハルトは小瓶の蓋を開け、その中身を自分の首筋に振りかけた。
 途端に、むせ返るような、濃厚で甘い香りが温室に満ちる。
 それは、レオンハルトのアルファフェロモンと混じり合い、媚薬となって俺の理性を直接揺さぶってきた。

「あ……っ、う……」

 身体の奥から、経験したことのない熱が込み上げてくる。
 思考がぐにゃりと歪み、足元がおぼつかなくなる。
 これが、オメガのヒート。

「エリアス……」

 レオンハルトが、蕩けるように甘い声で俺の名前を呼ぶ。
 朦朧とする意識の中、俺は彼の腕の中に抱きすくめられた。

「ずっと、お前が欲しかった」

 耳元で囁かれた言葉は、ゲームでは決して聞くことのなかった、狂気的な愛の告白だった。
 俺は抗うこともできず、ただ彼の首筋から発せられる甘い香りに意識を絡め取られていく。

「お前は、俺だけのものだ。誰にも渡さない」

 花の香りと彼のフェロモンが混じり合い、俺の理性を完全に麻痺させていく。
 ああ、もう、ダメだ。
 逃げられない。
 ガラス張りの温室に月光が降り注ぐ中、俺は生まれて初めてのヒートに、なすすべもなく身を委ねるしかなかった。
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