処刑されたくない悪役宰相、破滅フラグ回避のため孤独なラスボス竜を懐柔したら番として溺愛される

水凪しおん

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第4話「初めて見せた焦燥」

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 翌日から俺とダリウスは「嘆きの森」へと足を踏み入れた。
 俺の記憶にあるゲームの知識と、彼が肌で感じる魔力の流れを頼りに、呪いの中心部を目指す。
 森の中は瘴気のせいで昼間でも薄暗く、不気味な静寂に包まれていた。
 時折、木々の間から異形の魔物が姿を現すが、それらは全てダリウスが指先一つで放つ黒い雷に打たれ、塵と化していく。
 その圧倒的な力は、味方であるはずの俺でさえ背筋が寒くなるほどだった。

「すごいな。これが魔竜公の力か」

 俺が思わずつぶやくと、前を歩いていたダリウスがわずかに振り返った。

「……つまらん感想だな」

 相変わらず素っ気ない返事だが、以前のような刺々しさは少しだけ薄れている気がした。
 順調に進んでいるように思えた。
 だが森の奥深く、呪いの中心地である古い祭壇跡にたどり着いた時、俺たちの前に”それ”は現れた。

「グルルルル……」

 低い唸り声と共に、木々の間から姿を現したのは巨大な多頭の魔獣だった。
 体長は十メートルを超え、蛇のような首が三本、それぞれから毒々しい色の瘴気を吐き出している。

「なんだ、こいつは……?」

 俺の背筋に冷たい汗が伝う。
 ゲームにこんな魔物はいなかったはずだ。
 これは俺の知らないイレギュラーだ。
 ダリウスが即座に俺の前に立ち、庇うように低い姿勢をとる。

「ヒュドラか。古代種の生き残りとは厄介な……。宰相、下がっていろ」

 彼の声には初めて焦りの色が滲んでいた。
 ダリウスが黒い雷を放つがヒュドラは素早い動きでそれをかわし、逆に口から強力な酸のブレスを吐き出す。
 ダリウスが魔力障壁で防ぐが、障壁がジリジリと音を立てて削られていく。
 戦いは拮抗していた。
 だがヒュドラの狙いは明らかに、ダリウスではなくその後ろにいる非力な俺だった。
 三本の首のうち一本が、巧みにダリウスの攻撃をすり抜け、俺に向かって牙を剥いた。

「しまっ……!」

 護身用の短剣を抜くが間に合わない。
 巨大な顎が俺の視界を覆い尽くす。
 ああ、ここまでか。
 過労死した挙句に異世界で魔物に食われて死ぬなんて、どんなブラックジョークだ。
 死を覚悟した、その時だった。

「――させるかッ!!」

 今まで聞いたこともないダリウスの絶叫が、森に響き渡った。
 次の瞬間、凄まじい魔力が彼から放たれる。
 それは黒い雷などという生易しいものではない。
 世界そのものを塗りつぶすかのような、純粋な破壊の奔流だった。
 ヒュドラは悲鳴を上げる間もなくその黒い奔流に飲み込まれ、跡形もなく消滅した。
 静寂が戻る。
 俺はあまりの出来事にその場でへたり込んでいた。
 魔力の余波で、左腕に深い切り傷ができている。

「……大丈夫か」

 気づけばダリウスが俺の目の前に膝をついていた。
 彼は俺の腕の傷に目を留めると、その赤い瞳を苦痛に歪ませた。

「すまない、俺の力が足りなかったばかりに……」

「いや、助かった。ありがとう」

 俺が礼を言うと、彼は何も言わずに俺をふわりと横抱きにした。
 いわゆる、お姫様抱っこというやつだ。

「え、ちょっ、自分で歩ける!」

「黙れ。傷に障る」

 有無を言わさぬ力強さで、彼は俺を抱えたまま城へと歩き始めた。
 その横顔は常の無表情が嘘のような、焦りと怒りが混じり合った複雑な色を浮かべていた。

「なぜ、無茶をした」

 静かに咎めるような声だった。

「お前のような人間が、こんな場所に来るべきではなかった」

「君を一人にはしておけなかったからな」

 俺がそう答えるとダリウスは目を見開いて俺を見た。
 そして何かを堪えるように唇をきつく結び、再び前を向いてしまう。
 彼の腕の中は意外なほど温かかった。
 俺を抱きしめる力強さに、彼の不器用な優しさと俺を失うことへの恐怖のようなものを感じ、俺の心臓がトクンと小さく鳴った。
 これは計画のため。
 そう自分に言い聞かせながらも、俺は彼の胸にそっと頭を預けていた。
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