生贄として理不尽に捨てられた俺、ユニークスキル【天啓のレシピ】で孤独な神獣様の胃袋を掴んだら、番としてめちゃくちゃ溺愛されることになりました

水凪しおん

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第2話「神獣様専用シェフ、始めました」

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 神獣フェンリルの住処は、山の奥深くにある、苔むした巨大な洞窟だった。
 あの夜、俺はフェンリルに促されるまま、彼の後についてこの洞窟までやってきた。それ以来、奇妙な共同生活が続いている。

 生贄のはずが、気づけば俺の役割は「神獣様専用シェフ」になっていた。
 フェンリルは相変わらず言葉数が少なく、尊大で無愛想な態度を崩さない。俺が何か話しかけても、興味がなさそうに鼻を鳴らすか、気まぐれに一言二言、低い声で返すだけだ。

 けれど、食事の時間だけは違った。
 俺が料理を始めると、洞窟の入り口付近で寝そべっていた巨大な体がもぞもぞと動き出す。そして、俺の周りを落ち着きなくうろうろと歩き回ったり、少し離れた場所から調理の様子をじっと観察したり。
 そのそわそわした様子は、まるで「ごはんはまだか」と催促する大きな子供のようで、思わず頬が緩んでしまう。

 この生活にも、少しずつ慣れてきた。
 あれほど恐ろしかったフェンリルの存在も、今では隣にいるのが当たり前になりつつある。彼が俺を害するつもりがないことは、この数日で十分に理解できた。

 食材は、はじめこそ祭壇にあったお供え物で何とかしていたが、それもすぐに底をついた。
 どうしたものかと思案していた翌朝、俺が目を覚ますと、洞窟の入り口に巨大な猪がどさりと置かれていた。血抜きなどの処理は一切されていない、獲れたてそのままだ。

「うわっ!?な、何ですかこれ…」

 俺の悲鳴に、奥で寝ていたフェンリルが億劫そうに片目を開ける。

「食料だ。それで何か作れ」
「いや、作れって言われても…!」

 これが、彼なりの食料調達らしい。あまりにもワイルドすぎるやり方に頭を抱えたが、文句を言っても始まらない。
 幸い、俺には【天啓のレシピ】がある。

『猪肉の適切な処理方法』『猪肉の燻製の作り方』『骨を使った濃厚スープ』…。
 脳内に次々と流れ込んでくる情報を頼りに、俺は人生(二度目だけど)で初めて、巨大な猪の解体という大仕事に挑んだ。

 慣れない作業に悪戦苦闘しながらも、数日かけて猪肉は保存のきく燻製や干し肉に加工され、骨からは極上のスープが取れた。
 出来上がったばかりの燻製を厚切りにして、軽く炙ってフェンリルの前に差し出す。彼はくんくんと匂いを嗅いだ後、大きな口でがぶりとそれに食らいついた。

 もぐもぐと力強く咀嚼し、ごくりと飲み込む。
 その瞬間、彼の背後で揺れていた、太く立派な尻尾が、ぱた、ぱたと楽しげに地面を打ち始めた。
 言葉はない。表情もほとんど変わらない。
 けれど、その尻尾の動きが、何よりも雄弁に「美味い」と語っていた。

 それからも、フェンリルは定期的に獲物を狩ってきては、無言で俺の前に差し出した。
 新鮮な川魚、瑞々しい果物をつけた枝、時には巨大な蜂の巣ごと蜂蜜を持ってくることもあった。

 俺はその度に【天啓のレシピ】を駆使して、新しい料理に挑戦した。魚は香りの良い葉で包んで蒸し焼きに。果物はタルトに。蜂蜜は甘いパンケーキに使った。
 美味しいものを食べた時の、フェンリルのささやかな反応を見つけるのが、いつしか俺の楽しみになっていた。
 満足げに喉を鳴らす音、食事の後に俺の手に鼻先をすり寄せてくる仕草、そして、感情がだだ漏れな尻尾の動き。
 それらは、どんな言葉よりも嬉しい褒め言葉だった。

 生贄として、孤独に死ぬはずだった俺。
 それが今では、三食昼寝付き、安全な寝床も保証されている。目の前には、俺の作った料理を世界で一番美味しそうに食べてくれる、たった一人の(一匹の)ための食卓がある。
 この関係が、何と呼ばれるものなのかは分からない。
 けれど、料理を作れる喜びと、それを「美味しい」と待っていてくれる存在がいる温かさを、俺は今、静かに、そして確かに噛みしめていた。

 ある晴れた日の午後。
 俺は洞窟の外で、木の実をすり潰して生地を作っていた。今日のデザートは、森の恵みをふんだんに使ったクッキーだ。

「ユキ」

 不意に、背後から低い声で名前を呼ばれた。
 振り返ると、フェンリルがいつの間にか俺のすぐそばに座り込み、こちらをじっと見つめている。

「どうしたんですか、フェンリル様」
「……それは、あの時の菓子か」
「え?ああ、はい。一番最初に作ったやつです。また食べたくなったかなって」

 そう言うと、フェンリルはふい、と顔を背けた。
 だが、彼の大きな耳がぴこりと動いたのを、俺は見逃さなかった。

「……別に。食いたくなどない」
「そうですか?じゃあ、今日の分は全部俺が食べちゃおうかな」

 わざと意地悪く言うと、フェンリルはばっと勢いよくこちらを振り返り、唸るような低い声を出した。

「俺のだ」
「ふふ、冗談ですよ。ちゃんとフェンリル様の分も、たくさん作りますから」

 その言葉に、フェンリルの尻尾が、またゆっくりと揺れ始める。
 ああ、本当に、この神様は分かりやすい。
 尊大で、無愛想で、言葉足らず。でも、その内側には、不器用で、少しだけ寂しがり屋な素顔が隠れている。

 そんな彼のために料理を作るこの生活が、俺はもう、すっかり気に入ってしまっていた。
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