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第3話「不器用な看病と、芽生えた想い」
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その日、俺は朝から身体が鉛のように重かった。
頭が霞がかったようにぼんやりとし、関節の節々が鈍い痛みを訴えている。
どうやら、風邪を引いたらしい。慣れない山での生活と、急な気候の変化に、身体がついてこなかったのだろう。前世では滅多に体調を崩さなかっただけに、自分の不甲斐なさが情けなかった。
なんとか身体を起こそうとしたが、眩暈がして、再び毛皮の寝床に倒れ込んでしまう。
熱があるのか、呼吸がやけに熱い。これでは、とてもじゃないが料理は作れそうになかった。
いつも通り、朝食の時間を察して洞窟の奥からやってきたフェンリルは、ぐったりと寝込んでいる俺の姿を見て、ぴたりと足を止めた。
「おい、どうした。飯はまだか」
ぶっきらぼうな声には、いつもの催促の色が混じっている。
「すみません、フェンリル様……。今日…は、ちょっと…」
掠れた声で返事をするのが精一杯だった。
ぜえぜえと荒い息を繰り返す俺の様子に、フェンリルはようやく異変を察したらしい。大きな顔をぐっと近づけ、俺の額に鼻先を押し当ててきた。
「!…熱いな。病か」
その声には、明らかに動揺の色が滲んでいた。
どうしていいのか分からないのだろう。フェンリルは俺の周りをうろうろと歩き回り、時折、クゥン、と心配そうな鼻を鳴らす。
その姿は、いつもの威厳に満ちた山の主ではなく、ただただ大切なものを案じる、大きな犬そのものだった。
俺が何かを言う前に、フェンリルは洞窟を飛び出していった。
見捨てられたのだろうか、という不安が胸をよぎる。
けれど、しばらくして戻ってきた彼の口には、清水をたっぷりと含んだ、瑞々しい苔が咥えられていた。
彼はそれを、そっと俺の額に乗せてくれる。ひんやりとした感触が心地よく、火照った身体にじんわりと染み渡った。
「……ありがとう、ございます」
お礼を言うと、フェンリルはまた洞窟の外へと駆け出し、今度はどこかで見つけてきたらしい薬草のような葉を何枚も運んできた。
これも【天啓のレシピ】で調べると、解熱作用のある薬草だとすぐに分かった。
言葉にはしない。けれど、彼が俺のために一生懸命になっていることは、痛いほど伝わってきた。
それは、彼ができる精一杯の、不器用な看病だった。
薬草を煎じて飲む気力もなかったので、そのまま口に含んでゆっくりと噛む。苦い味が口の中に広がったが、彼の優しさが心に温かく広がっていくのを感じた。
日が暮れる頃には、熱は少しだけ落ち着いてきた。
それでも身体のだるさは抜けず、俺は朦朧とした意識の中で浅い眠りを繰り返していた。
夢うつつに、すぐそばに温かい気配を感じる。
そっと目を開けると、巨大なフェンリルが俺に寄り添うように身体を丸め、静かに寝息を立てていた。
白い毛皮が、冷えた身体を優しく包み込んでくれる。その指が沈むほどの豊かな毛並みの温もりに、どうしようもなく安心して、涙が零れそうになった。
生贄としてこの山に来た時は、こんな未来を想像できただろうか。
孤独に死ぬはずだった俺を、こうして心配し、看病してくれる存在がいる。それが、恐ろしいとばかり思っていた神獣様だなんて。
熱に浮かされながら、俺はフェンリルの不器用な優しさに、胸の奥がきゅうっと締め付けられるのを感じていた。
それは、感謝や親愛だけでは片付けられない、もっと甘くて、切ない感情。
「……フェンリル様」
眠っている彼の、白い毛皮にそっと指を触れる。柔らかな感触が、心地いい。
ありがとう。
声にはならなかったけれど、きっと伝わっていると信じたかった。
その温もりに安心して再び眠りに落ちた俺は、この尊大で無愛想な神獣が、自分にとって、いつの間にかかけがえのない、大切な存在になりつつあることを、ぼんやりと、けれどはっきりと自覚するのだった。
翌朝、俺が目を覚ますと、熱はすっかり下がっていた。
まだ少し身体は重いが、動けないほどではない。
隣では、フェンリルが安心しきったように穏やかな寝息を立てている。その無防備な寝顔を見ていると、自然と笑みがこぼれた。
早く元気になって、また美味しいごはんを作ってあげよう。
病み上がりの彼のための、滋養たっぷりのスープを。
そう心に誓い、俺は静かに彼の白い毛並みを撫でた。
頭が霞がかったようにぼんやりとし、関節の節々が鈍い痛みを訴えている。
どうやら、風邪を引いたらしい。慣れない山での生活と、急な気候の変化に、身体がついてこなかったのだろう。前世では滅多に体調を崩さなかっただけに、自分の不甲斐なさが情けなかった。
なんとか身体を起こそうとしたが、眩暈がして、再び毛皮の寝床に倒れ込んでしまう。
熱があるのか、呼吸がやけに熱い。これでは、とてもじゃないが料理は作れそうになかった。
いつも通り、朝食の時間を察して洞窟の奥からやってきたフェンリルは、ぐったりと寝込んでいる俺の姿を見て、ぴたりと足を止めた。
「おい、どうした。飯はまだか」
ぶっきらぼうな声には、いつもの催促の色が混じっている。
「すみません、フェンリル様……。今日…は、ちょっと…」
掠れた声で返事をするのが精一杯だった。
ぜえぜえと荒い息を繰り返す俺の様子に、フェンリルはようやく異変を察したらしい。大きな顔をぐっと近づけ、俺の額に鼻先を押し当ててきた。
「!…熱いな。病か」
その声には、明らかに動揺の色が滲んでいた。
どうしていいのか分からないのだろう。フェンリルは俺の周りをうろうろと歩き回り、時折、クゥン、と心配そうな鼻を鳴らす。
その姿は、いつもの威厳に満ちた山の主ではなく、ただただ大切なものを案じる、大きな犬そのものだった。
俺が何かを言う前に、フェンリルは洞窟を飛び出していった。
見捨てられたのだろうか、という不安が胸をよぎる。
けれど、しばらくして戻ってきた彼の口には、清水をたっぷりと含んだ、瑞々しい苔が咥えられていた。
彼はそれを、そっと俺の額に乗せてくれる。ひんやりとした感触が心地よく、火照った身体にじんわりと染み渡った。
「……ありがとう、ございます」
お礼を言うと、フェンリルはまた洞窟の外へと駆け出し、今度はどこかで見つけてきたらしい薬草のような葉を何枚も運んできた。
これも【天啓のレシピ】で調べると、解熱作用のある薬草だとすぐに分かった。
言葉にはしない。けれど、彼が俺のために一生懸命になっていることは、痛いほど伝わってきた。
それは、彼ができる精一杯の、不器用な看病だった。
薬草を煎じて飲む気力もなかったので、そのまま口に含んでゆっくりと噛む。苦い味が口の中に広がったが、彼の優しさが心に温かく広がっていくのを感じた。
日が暮れる頃には、熱は少しだけ落ち着いてきた。
それでも身体のだるさは抜けず、俺は朦朧とした意識の中で浅い眠りを繰り返していた。
夢うつつに、すぐそばに温かい気配を感じる。
そっと目を開けると、巨大なフェンリルが俺に寄り添うように身体を丸め、静かに寝息を立てていた。
白い毛皮が、冷えた身体を優しく包み込んでくれる。その指が沈むほどの豊かな毛並みの温もりに、どうしようもなく安心して、涙が零れそうになった。
生贄としてこの山に来た時は、こんな未来を想像できただろうか。
孤独に死ぬはずだった俺を、こうして心配し、看病してくれる存在がいる。それが、恐ろしいとばかり思っていた神獣様だなんて。
熱に浮かされながら、俺はフェンリルの不器用な優しさに、胸の奥がきゅうっと締め付けられるのを感じていた。
それは、感謝や親愛だけでは片付けられない、もっと甘くて、切ない感情。
「……フェンリル様」
眠っている彼の、白い毛皮にそっと指を触れる。柔らかな感触が、心地いい。
ありがとう。
声にはならなかったけれど、きっと伝わっていると信じたかった。
その温もりに安心して再び眠りに落ちた俺は、この尊大で無愛想な神獣が、自分にとって、いつの間にかかけがえのない、大切な存在になりつつあることを、ぼんやりと、けれどはっきりと自覚するのだった。
翌朝、俺が目を覚ますと、熱はすっかり下がっていた。
まだ少し身体は重いが、動けないほどではない。
隣では、フェンリルが安心しきったように穏やかな寝息を立てている。その無防備な寝顔を見ていると、自然と笑みがこぼれた。
早く元気になって、また美味しいごはんを作ってあげよう。
病み上がりの彼のための、滋養たっぷりのスープを。
そう心に誓い、俺は静かに彼の白い毛並みを撫でた。
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