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第4話「森の小さな友達と、嫉妬する神獣様」
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体調がすっかり回復した俺は、フェンリルの許可を得て、洞窟の周辺を散策することにした。
新しい食材や、料理のヒントが見つかるかもしれないと思ったからだ。
森の奥へ少しだけ足を踏み入れると、陽光が降り注ぐ、開けた場所に出た。色とりどりの花が咲き乱れ、甘い香りが風に乗って鼻をくすぐる。
「わあ、きれいだな……」
思わず感嘆の声を漏らした、その時だった。
花の蜜を吸っていた小さな何かが、キラキラと光る粉を撒き散らしながら、俺の目の前を横切った。
それは、背中に蝶のような透明な羽を持つ、親指ほどの大きさの小さな人――花の精霊だった。
精霊たちは最初、見慣れない人間である俺をひどく警戒し、花の陰や葉っぱの裏に隠れてしまった。
無理に近づくのはやめようと踵を返しかけた時、俺は懐に入れていた携帯食料の存在を思い出した。散策中に小腹が空いた時のために焼いておいた、木の実のクッキーだ。
俺はクッキーを一枚取り出すと、それを小さく砕き、近くの葉っぱの上にそっと置いた。
「……こわくないよ。よかったら、どうぞ」
優しい声で語りかけ、俺はゆっくりと後ずさる。
甘く香ばしい匂いに誘われたのだろう。やがて、一人の精霊がおずおずと花の陰から姿を現し、クッキーの欠片に近づいてきた。そして、小さなそれを抱えるようにして口に運び、次の瞬間、ぱあっと表情を輝かせた。
その精霊が仲間を呼ぶと、わらわらと他の精霊たちも集まってきて、あっという間に葉っぱの上のクッキーはなくなってしまった。
すっかり打ち解けた精霊たちは、俺の周りを嬉しそうに飛び回り、お礼だと言わんばかりに、甘い蜜を出す珍しい花や、香りの良いキノコが生えている場所を教えてくれた。
「ありがとう!これでまた新しい料理が作れるよ」
精霊たちと笑い合っていた、その時。
背後から、地の底から響くような低い唸り声が聞こえた。
びくりとして振り返ると、そこにはいつの間にかフェンリルが立っており、金色の瞳でじっとこちらを睨みつけている。その瞳には、明らかに「不機嫌」という感情が宿っていた。
俺の周りを飛び回っていた精霊たちは、フェンリルのただならぬ気配に怯え、一目散に散っていってしまった。
「あ……フェンリル様。どうしてここに?」
「……散策が長すぎる」
ぶっきらぼうな答え。だが、彼の視線は俺ではなく、精霊たちが消えていった方を鋭く睨みつけたままだった。どう見ても、機嫌が悪い。
俺が何か言う前に、フェンリルは低い声で命令した。
「俺の許可なく、そいつらと話すな」
「え?でも、彼らは色々なことを教えてくれて…」
「うるさい。言うことを聞け」
それはまるで、お気に入りのおもちゃを他の誰かに取られそうになった子供のような、剥き出しの独占欲だった。
ユキが自分以外の者と親しくしている。楽しそうに笑い合っている。その光景が、フェンリルにはどうしようもなく面白くなかったのだ。言いようのない苛立ちと、胸がざわつくような感覚。彼自身、その感情の正体が何なのか、まだよく分かっていなかった。
「……わかりました。でも、彼らは友達になりたかっただけだと思いますよ」
俺が少しだけむっとしながら言うと、フェンリルはふん、と鼻を鳴らした。
「お前の友達は、俺だけでいい」
そう言って、俺の腕を軽く口で咥えると、ぐいぐいと洞窟の方へ引っ張っていく。まるで「さっさと帰るぞ」とでも言うように。
その強引な様子に、呆気にとられながらも、俺の心は不思議と温かくなっていた。
嫉妬、してくれたんだろうか。
俺が他の誰かと仲良くしているのが、嫌だったんだろうか。
そう思うと、フェンリルの意外な一面に驚きつつも、少しだけ、心がくすぐったくなるのを感じた。子供っぽい独占欲が、なぜだか無性に嬉しかった。
洞窟に戻ると、フェンリルは俺の隣にどさりと身体を横たえ、まるで「どこにも行くな」とでも言うように、俺の腰に自分の頭を乗せてきた。
ずしりとした重みと、毛皮の温かさが伝わってくる。
「フェンリル様は、やきもち焼きですね」
「……やかましい」
耳元で囁くと、彼は拗ねたように呟き、俺の服に顔をぐりぐりと押し付けてきた。その仕草が可愛くて、俺は思わず吹き出してしまう。
この大きくて尊大な神獣様が、俺にだけ見せる、子供のような独占欲。
それは、俺が彼にとって「特別」な存在である証のようで、どうしようもなく、俺の心を甘く満たしていくのだった。
新しい食材や、料理のヒントが見つかるかもしれないと思ったからだ。
森の奥へ少しだけ足を踏み入れると、陽光が降り注ぐ、開けた場所に出た。色とりどりの花が咲き乱れ、甘い香りが風に乗って鼻をくすぐる。
「わあ、きれいだな……」
思わず感嘆の声を漏らした、その時だった。
花の蜜を吸っていた小さな何かが、キラキラと光る粉を撒き散らしながら、俺の目の前を横切った。
それは、背中に蝶のような透明な羽を持つ、親指ほどの大きさの小さな人――花の精霊だった。
精霊たちは最初、見慣れない人間である俺をひどく警戒し、花の陰や葉っぱの裏に隠れてしまった。
無理に近づくのはやめようと踵を返しかけた時、俺は懐に入れていた携帯食料の存在を思い出した。散策中に小腹が空いた時のために焼いておいた、木の実のクッキーだ。
俺はクッキーを一枚取り出すと、それを小さく砕き、近くの葉っぱの上にそっと置いた。
「……こわくないよ。よかったら、どうぞ」
優しい声で語りかけ、俺はゆっくりと後ずさる。
甘く香ばしい匂いに誘われたのだろう。やがて、一人の精霊がおずおずと花の陰から姿を現し、クッキーの欠片に近づいてきた。そして、小さなそれを抱えるようにして口に運び、次の瞬間、ぱあっと表情を輝かせた。
その精霊が仲間を呼ぶと、わらわらと他の精霊たちも集まってきて、あっという間に葉っぱの上のクッキーはなくなってしまった。
すっかり打ち解けた精霊たちは、俺の周りを嬉しそうに飛び回り、お礼だと言わんばかりに、甘い蜜を出す珍しい花や、香りの良いキノコが生えている場所を教えてくれた。
「ありがとう!これでまた新しい料理が作れるよ」
精霊たちと笑い合っていた、その時。
背後から、地の底から響くような低い唸り声が聞こえた。
びくりとして振り返ると、そこにはいつの間にかフェンリルが立っており、金色の瞳でじっとこちらを睨みつけている。その瞳には、明らかに「不機嫌」という感情が宿っていた。
俺の周りを飛び回っていた精霊たちは、フェンリルのただならぬ気配に怯え、一目散に散っていってしまった。
「あ……フェンリル様。どうしてここに?」
「……散策が長すぎる」
ぶっきらぼうな答え。だが、彼の視線は俺ではなく、精霊たちが消えていった方を鋭く睨みつけたままだった。どう見ても、機嫌が悪い。
俺が何か言う前に、フェンリルは低い声で命令した。
「俺の許可なく、そいつらと話すな」
「え?でも、彼らは色々なことを教えてくれて…」
「うるさい。言うことを聞け」
それはまるで、お気に入りのおもちゃを他の誰かに取られそうになった子供のような、剥き出しの独占欲だった。
ユキが自分以外の者と親しくしている。楽しそうに笑い合っている。その光景が、フェンリルにはどうしようもなく面白くなかったのだ。言いようのない苛立ちと、胸がざわつくような感覚。彼自身、その感情の正体が何なのか、まだよく分かっていなかった。
「……わかりました。でも、彼らは友達になりたかっただけだと思いますよ」
俺が少しだけむっとしながら言うと、フェンリルはふん、と鼻を鳴らした。
「お前の友達は、俺だけでいい」
そう言って、俺の腕を軽く口で咥えると、ぐいぐいと洞窟の方へ引っ張っていく。まるで「さっさと帰るぞ」とでも言うように。
その強引な様子に、呆気にとられながらも、俺の心は不思議と温かくなっていた。
嫉妬、してくれたんだろうか。
俺が他の誰かと仲良くしているのが、嫌だったんだろうか。
そう思うと、フェンリルの意外な一面に驚きつつも、少しだけ、心がくすぐったくなるのを感じた。子供っぽい独占欲が、なぜだか無性に嬉しかった。
洞窟に戻ると、フェンリルは俺の隣にどさりと身体を横たえ、まるで「どこにも行くな」とでも言うように、俺の腰に自分の頭を乗せてきた。
ずしりとした重みと、毛皮の温かさが伝わってくる。
「フェンリル様は、やきもち焼きですね」
「……やかましい」
耳元で囁くと、彼は拗ねたように呟き、俺の服に顔をぐりぐりと押し付けてきた。その仕草が可愛くて、俺は思わず吹き出してしまう。
この大きくて尊大な神獣様が、俺にだけ見せる、子供のような独占欲。
それは、俺が彼にとって「特別」な存在である証のようで、どうしようもなく、俺の心を甘く満たしていくのだった。
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