捨てられたオメガの参謀、野良犬王子に拾われる。言葉の魔法で選挙に勝ったら、次期国王に溺愛されて逃げられません!

水凪しおん

文字の大きさ
4 / 16

第3話「猛獣使いの憂鬱」

しおりを挟む
 コウガの私邸――というよりはアジトと呼ぶに相応しい、雑然とした古びた洋館に連れ込まれてから三日が経過した。

 そこは野党の選挙対策本部も兼ねており、昼夜を問わず党員やボランティアが出入りしていた。壁には選挙区の地図が貼られ、床にはビラや資料が散乱している。コーヒーとタバコの匂いが充満する空間は、前世の選挙事務所を思い出させ、俺にとっては奇妙に落ち着く場所だった。

「違う、そうじゃない! コウガ、何度言えば分かるんですか!」

 俺の怒声が、事務所の喧噪を一瞬だけ止めた。

 部屋の中央、古びたソファにふんぞり返っているコウガは、不満げに顔をしかめていた。

「何が違う。俺は事実を言っただけだ。現政権はクソだとな」

「だから、『クソ』という言葉を使うなと言っているんです! 公党の党首が汚い言葉を使えば、それだけで支持層、特に無党派層の女性や高齢者が離れていきます」

 俺は頭を抱えた。

 コウガの演説スタイルは、一言で言えば「暴走」だ。

 情熱はある。カリスマ性もある。だが、品性がない。聴衆を煽ることに長けているが、それは熱狂的な信者を生むと同時に、多くのアンチを生み出していた。

「いいですか、選挙は喧嘩じゃありません。共感の獲得競争です。あなたの怒りは正当なものですが、それをそのままぶつけても、人々は『怖い』と感じるだけです。怒りを『憂い』に、破壊衝動を『改革への使命感』に翻訳する必要があるんです」

 俺はホワイトボードに書き殴ったキーワードを指し棒で叩いた。

 コウガは退屈そうにあくびを噛み殺している。この男、本当に話を聞いているのか。

 俺はため息をつき、彼の手元にある原稿を奪い取った。

「次の街頭演説、第一声の原稿を書き直しました。読んでみてください」

「……チッ、細かい男だ」

 コウガは渋々といった様子で原稿を受け取り、目を通し始めた。

 最初は面倒くさそうにしていた彼の目が、行を追うごとに真剣なものへと変わっていく。

 ざわついていた周囲のスタッフたちも、固唾をのんで見守っている。

「……『私は怒っているのではない。悲しんでいるのだ。この国が、才能ある若者を貧困で潰し、声なき者の声を無視し続けていることに。だが、悲しみは力に変えられる』……」

 コウガがポツリポツリと読み上げる。

 その声は、普段の怒鳴り声とは違い、深く、重く、腹の底に響くバリトンだった。

 彼の声質は素晴らしい。マイクを通さなくても遠くまで届く通りの良さと、聞く者の心を揺さぶる倍音が含まれている。ただ、使い方が下手なだけだったのだ。

「……悪くない」

 コウガは顔を上げ、ニヤリと笑った。

「お前の書く言葉は、俺の言いたかったことの芯を食っている。まるで俺の心臓を直接覗いたみたいにな」

「それが俺の仕事ですから。あなたはただ、その原稿に感情を乗せるだけでいい。ただし、怒りではなく、未来への希望を乗せてください」

 俺は眼鏡の位置を直しながら、淡々と言った。

 本当は、彼に認められたことが嬉しくて、心臓が早鐘を打っているのを悟られないように必死だった。

 オメガである俺にとって、アルファからの肯定は強烈な快感となって脳を刺激する。ましてや、それがコウガのような強力なアルファであれば尚更だ。

 俺は密かに服用した抑制剤のパッケージをポケットの中で握りしめた。

 薬の効果で発情は抑えられているが、彼への精神的な依存までは消せない。

「おい、ミナト。顔色が悪いぞ。休め」

 ふいに、コウガの手が俺の額に伸びてきた。

 大きな掌が触れた瞬間、ビクリと身体が跳ねる。

 彼の体温が、皮膚を通して直接流れ込んでくるようだ。

「だ、大丈夫です。ただの寝不足です」

「嘘をつけ。ここに来てから、まともに寝てないだろう。お前は俺の道具だが、壊れたら困る。……それに」

 コウガは顔を近づけ、俺の耳元で囁いた。

「お前から漂う匂いが、甘くなっている。無理をするな」

 心臓が止まるかと思った。

 周囲にはベータのスタッフたちもいる。彼らには分からないだろうが、コウガには俺の体調の変化が筒抜けなのだ。

 恥ずかしさと、気遣われたことへの妙な嬉しさが入り混じり、俺は顔を伏せた。

「……休憩を、とらせてもらいます」

「ああ、そうしろ。俺も少し頭を冷やす」

 俺が逃げるように給湯室へと向かう背中を、コウガの視線がじっと追っているのを背中に感じた。

 猛獣使いになったつもりでいたが、手綱を握られているのは、あるいは俺の方なのかもしれない。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

この世界で、君だけが平民だなんて嘘だろ?

春夜夢
BL
魔導学園で最下層の平民としてひっそり生きていた少年・リオ。 だがある日、最上位貴族の美貌と力を併せ持つ生徒会長・ユリウスに助けられ、 なぜか「俺の世話係になれ」と命じられる。 以来、リオの生活は一変―― 豪華な寮部屋、執事並みの手当、異常なまでの過保護、 さらには「他の男に触られるな」などと謎の制限まで!? 「俺のこと、何だと思ってるんですか……」 「……可愛いと思ってる」 それって、“貴族と平民”の距離感ですか? 不器用な最上級貴族×平民育ちの天才少年 ――鈍感すれ違い×じれじれ甘やかし全開の、王道学園BL、開幕!

不遇聖女様(男)は、国を捨てて闇落ちする覚悟を決めました!

ミクリ21
BL
聖女様(男)は、理不尽な不遇を受けていました。 その不遇は、聖女になった7歳から始まり、現在の15歳まで続きました。 しかし、聖女ラウロはとうとう国を捨てるようです。 何故なら、この世界の成人年齢は15歳だから。 聖女ラウロは、これからは闇落ちをして自由に生きるのだ!!(闇落ちは自称)

王太子殿下は悪役令息のいいなり

一寸光陰
BL
「王太子殿下は公爵令息に誑かされている」 そんな噂が立ち出したのはいつからだろう。 しかし、当の王太子は噂など気にせず公爵令息を溺愛していて…!? スパダリ王太子とまったり令息が周囲の勘違いを自然と解いていきながら、甘々な日々を送る話です。 ハッピーエンドが大好きな私が気ままに書きます。最後まで応援していただけると嬉しいです。 書き終わっているので完結保証です。

僕はただの平民なのに、やたら敵視されています

カシナシ
BL
僕はド田舎出身の定食屋の息子。貴族の学園に特待生枠で通っている。ちょっと光属性の魔法が使えるだけの平凡で善良な平民だ。 平民の肩身は狭いけれど、だんだん周りにも馴染んできた所。 真面目に勉強をしているだけなのに、何故か公爵令嬢に目をつけられてしまったようでーー?

侯爵令息は婚約者の王太子を弟に奪われました。

克全
BL
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。

俺の婚約者は悪役令息ですか?

SEKISUI
BL
結婚まで後1年 女性が好きで何とか婚約破棄したい子爵家のウルフロ一レン ウルフローレンをこよなく愛する婚約者 ウルフローレンを好き好ぎて24時間一緒に居たい そんな婚約者に振り回されるウルフローレンは突っ込みが止まらない

美人なのに醜いと虐げられる転生公爵令息は、婚約破棄と家を捨てて成り上がることを画策しています。

竜鳴躍
BL
ミスティ=エルフィードには前世の記憶がある。 男しかいないこの世界、横暴な王子の婚約者であることには絶望しかない。 家族も屑ばかりで、母親(男)は美しく生まれた息子に嫉妬して、徹底的にその美を隠し、『醜い』子として育てられた。 前世の記憶があるから、本当は自分が誰よりも美しいことは分かっている。 前世の記憶チートで優秀なことも。 だけど、こんな家も婚約者も捨てたいから、僕は知られないように自分を磨く。 愚かで醜い子として婚約破棄されたいから。

処理中です...