希少な『月魄のオメガ』だとバレたら、冷酷無慈悲な最強アルファに囚われ、契約の番として甘く激しく溺愛されています。

水凪しおん

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第12話「黒曜の決意」

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 僕と戒吏さんが、本当の意味で番になってから、数日が過ぎた。
 世界は、何も変わらないはずなのに、僕の目には何もかもが輝いて見えた。
 朝、隣で眠る彼の寝顔を見ること。二人で一緒に朝食をとること。彼が仕事に出かけるのを「いってらっしゃい」と見送ること。
 そんな、ありふれた日常の一つ一つが、たまらなく愛おしくて、幸せだった。

 僕の体調は、驚くほど安定していた。主治医の先生が言うには、「番との精神的な結びつきが、月魄のオメガの体質を最も安定させる」とのことだった。
 戒吏さんは、僕が少しでも顔を曇らせると、地球の裏側からでも飛んで帰ってきそうな勢いで心配するので、僕は努めて笑顔でいるようにした。もちろん、それは無理をしているわけではなく、心からの笑顔だった。

 しかし、僕たちの幸せを快く思わない者たちがいることも、また事実だった。

 その日、戒吏さんは朝から難しい顔で、高遠さんと書斎にこもりきりだった。
 僕がお茶を運んでいくと、部屋の中にはピリピリとした緊張感が漂っている。

「……どうしたんですか、戒吏さん」

 僕が尋ねると、彼は一瞬、僕に心配をかけまいと取り繕ったが、すぐに観念したようにため息をついた。

「……西園寺家と、コンツェルン内の一部の連中が、厄介な動きを見せている」

 高遠さんが、僕にも分かるように補足説明をしてくれた。
「西園寺家は、瑠衣様の一件で戒吏様に恨みを抱いています。そして、皇コンツェルンの中には、次期当主である戒吏様のやり方を快く思わない古参の役員たちがいる。彼らが手を組み、湊様の存在をスキャンダラスに報じ、戒吏様を失脚させようと画策しているようです」

 月魄のオメガ。その希少な存在は、公になれば、僕自身が危険に晒されるだけでなく、皇コンツェルンにとっても大きな混乱を招く。彼らはそこを突いてこようとしているのだ。
 僕のせいで、また、戒吏さんに迷惑がかかってしまう。
 僕が不安そうな顔をしているのに気づいたのか、戒吏さんは僕の肩を優しく抱き寄せた。

「案ずるな、湊。お前は、俺が必ず守る」

 その瞳には、いつもの冷徹な経営者の顔――『黒曜のアルファ』の光が宿っていた。

「高遠。予定を早めるぞ。来週の臨時株主総会で、全てに決着をつける」

「……しかし、戒吏様。それでは準備期間が」

「西園寺の不正融資の件も、古参の役員たちの背任行為の証拠も、すべて揃っている。この時のために布石は打ってきた。……連中には、思い知らせてやらねばなるまい。俺の『宝物』に手を出そうとしたことが、どれほど愚かなことだったのかを」

 彼の声は静かだったが、その奥には、全てを焼き尽くすような激しい怒りが込められていた。
 それは、僕を傷つけようとする者たちへの、絶対的な王者の怒りだった。
 僕は、少しだけ怖かった。でも、それ以上に、僕のために戦おうとしてくれている彼の姿を、誇らしく思った。

 それからの数日間、戒吏さんは目の回るような忙しさだった。帰宅はいつも深夜で、書斎の明かりが朝方まで消えない日もあった。
 僕にできることは、彼の健康を気遣い、温かい食事と、安らげる場所を用意して、彼の帰りを待つことだけ。
 それでも、彼はどんなに疲れていても、僕の顔を見ると、必ず「ただいま、湊」と優しく微笑んでくれるのだった。

 そして、運命の臨時株主総会の日がやってきた。
 僕は、マンションのリビングで、固唾を飲んでニュース速報を見守っていた。
 会場の前には、大勢の報道陣が詰めかけている。

『皇コンツェルンの次期当主、皇戒吏氏のプライベートに関するスキャンダル疑惑が報じられる中、本日、緊急の株主総会が開かれます!』

 アナウンサーが興奮したように伝えている。
 画面に、会場に入っていく戒吏さんの姿が映し出された。
 黒いスーツに身を包んだ彼は、無数のフラッシュを浴びながらも、少しも動じることなく、まっすぐに前を見据えて歩いている。
 その堂々とした姿に、僕は「大丈夫」と、心の中で強く念じた。

 総会は、非公開で行われた。
 何時間経っただろうか。時計の針の音だけが、やけに大きく聞こえる。
 待っている間、雫から電話があった。
『お兄ちゃん、テレビ見たよ! 皇さん、大丈夫かな?』
「大丈夫だよ。あの人は、絶対に負けないから」
 僕は、妹に力強く答えた。それは、自分自身に言い聞かせる言葉でもあった。

 夕暮れ時。
 ニュース速報のテロップが、画面に流れた。

『皇コンツェルン、皇戒吏氏が代表取締役社長に正式就任。反対勢力は一掃か』

 僕は、その文字を何度も何度も読み返した。
 やったんだ。彼は、勝ったんだ。

 その日の夜遅く。
 玄関のドアが開く音がして、僕は慌てて駆け寄った。
 そこに立っていたのは、少し疲れた顔をしながらも、穏やかな笑みを浮かべた戒吏さんだった。

「ただいま、湊」

「おかえりなさい、戒吏さん!」

 僕は、彼の胸に飛び込んだ。
 彼は、そんな僕を力強く抱きしめ返す。

「……全て、終わった。もう、お前を脅かすものは何もない」

 その言葉は、何よりも心強い響きを持っていた。
 彼は、僕のために、たった一人で巨大な敵と戦い、勝利したのだ。
 僕たちの未来を守るために。

「ありがとう、戒吏さん」

 見上げると、彼の金色の瞳が、優しい光をたたえて僕を見下ろしていた。
 彼はゆっくりと顔を近づけ、僕の唇に、そっと口づけた。
 それは、勝利を祝う、甘くて優しいキスだった。
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