虐げられΩの僕は、貢物として冷酷非情な氷血皇帝に嫁いだはずが、どうやら万に一つの「運命の番」だったらしく、過保護に溺愛されています

水凪しおん

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第6話:癒えない傷跡

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 その日、カイロスはリエルのために新しくあつらえられた衣装を届けさせるため、彼の部屋を訪れた。本能が「番の様子を見ろ」とやかましく急かすのを、公務のついでだと理性に言い聞かせて。

 部屋に入ると、リエルはちょうど侍女に手伝われながら着替えをしている最中だった。薄いシャツを脱ぎ、その華奢な背中があらわになった瞬間、カイロスの足が縫い付けられたように止まった。

 雪のように白い肌に、無数の線が走っていた。
 それは、古く、そして新しい、おびただしい数の傷跡。鞭で打たれたような痕、何かで殴られたような痣の痕、火傷のような引きつれた皮膚。その一つ一つが、リエルがこれまで受けてきた虐待の歴史を雄弁に物語っていた。

「な……」
 カイロスの喉から、かすれた声が漏れた。
 侍女は皇帝の突然の来訪と、その表情の異変に気づき、慌ててリエルの背中を隠そうと新しいシャツを手に取る。リエル自身も、カイロスの視線に気づいて、びくりと体を震わせた。恥ずかしいものを見られた、とでも言うように、慌てて背を丸める。

 その仕草が、カイロスの心の最後のタガを外した。
 腹の底から、マグマのような激情がせり上がってくる。
 それは、今まで感じたことのない種類の、猛烈な怒りだった。政敵に向ける冷たい怒りではない。裏切り者に向ける無慈悲な怒りでもない。
 ただひたすらに熱く、全てを焼き尽くさんばかりの、純粋な激怒。

 誰だ。
 誰が、俺の番にこんなことをした。
 ルナリアの王か。兄か。姉か。それとも、そこにいる全ての人間か。

「……下がれ」
 カイロスが絞り出した声は、恐ろしいほどに低く、静かだった。しかし、その声に含まれた殺気は、部屋の空気を一瞬で凍りつかせた。侍女は顔面蒼白になり、這うようにして部屋から出ていく。

 部屋には、カイロスとリエルの二人だけが残された。
 リエルは恐怖で体を固くし、震えている。カイロスが怒っている。その怒りが自分に向けられているのだと、きっと勘違いしているのだろう。
 違う。お前に怒っているのではない。
 お前を傷つけた、全ての者たちに怒っているのだ。

 カイロスはゆっくりとリエルに近づくと、その傷だらけの背中に、そっと指先で触れた。リエルの体がびくりと跳ねる。
「……痛むか」
 問いかけながら、自分の声が震えていることに気づいた。
 リエルはか細い声で「い、いえ……もう、古い傷ですから」と答える。その健気さが、さらにカイロスの胸を締め付けた。

 こんなになるまで、どれほどの苦痛に耐えてきたのだ。どれほど孤独だったのだ。
 誰もこの傷に気づかなかったのか。いや、気づいていながら、見て見ぬふりをしてきたのか。
 ルナリアの連中の顔が、一人一人脳裏に浮かぶ。貢物としてリエルを差し出した時の、あの侮蔑に満ちた顔。

 許さない。
 絶対に、許さない。

 カイロスは、リエルの肩を優しく掴んで自分の方へと振り向かせた。リエルの青い瞳は恐怖と混乱で揺れている。
「もう二度と、誰にもお前を傷つけさせはしない」
 それは、誓いだった。
 皇帝としてではなく、一人のαとして、愛しい番にかける、魂からの誓い。

 リエルは、カイロスの言葉の意味が分からず、ただ呆然と彼を見つめていた。自分のために、誰かがこんなにも怒ってくれるなんて、想像したこともなかったからだ。
 カイロスは、リエルの涙に濡れた頬をそっと親指で拭うと、そのか細い体を衝動的に抱きしめていた。
 温かい。壊れてしまいそうなほど、か弱くて、温かい。
 この温もりを、俺が守るのだ。何に変えても。

 癒えない傷跡は、カイロスの中に消えない怒りの炎を灯した。そしてそれは、二人の関係を新たな段階へと進ませる、確かなきっかけとなったのだった。
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