神殿で「役立たず」と虐げられていた聖子の力は、実はあらゆる奇跡を紡ぐ伝説の至宝。一途な狼の王様に攫われ、運命の番としてひたすら溺愛される

水凪しおん

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第6話 心通わす時間

 ユンの力が伝説の『聖創の衣』を生み出す至宝であると知れ渡ると、国中の雰囲気が変わった。
 誰もがユンを「未来の族長の番」として、そして「国を救う聖なる方」として、尊敬と親しみを込めて接するようになった。
 神殿での冷たい仕打ちに慣れていたユンにとって、その温かさは少し気恥ずかしく、けれど心地良いものだった。

 特に、ガロウの側近である熊獣人のブルクや、世話係の兎獣人リリィは、積極的にユンとの交流を深めようとしてくれた。

「ユン殿! 今日はわしと腕相撲などどうだ! いやいや、ユン殿のその繊細な指を傷つけては、ガロウに殺されるな! わはは!」

 豪快に笑うブルクは、ユンを弟のように可愛がってくれた。
 彼から聞くガロウの子供時代の話は、いつもむすっとしている次期族長の意外な一面を教えてくれる。

 リリィは、ユンに獣人の国の文化や暮らしについて、根気よく教えてくれた。
 彼女との他愛ないお喋りの時間は、ユンにとって安らぎのひとときだった。

「ユン様が来てくださってから、ガロウ様は少し表情が柔らかくなられたんですよ。ずっと、運命の番に会える日を心待ちにしておられましたから」

 そんな言葉を聞くたびに、ユンの頬は自然と熱くなった。

 ガロウ自身もまた、ユンとの距離を縮めようと努力していた。相変わらず口数は少ないが、その行動は雄弁だった。

 ある日はユンを連れて国の外れにある見晴らしの良い丘へ連れて行ってくれた。
 眼下に広がる豊かな自然と、活気ある国の営み。ガロウは何も言わず、ただユンの隣に座り、同じ景色を眺めていた。
 だが、その横顔はとても穏やかで、ユンはこの人といると心が安らぐのを感じた。

「ここは、俺が気に入っている場所だ。お前に、見せたかった」

 ぽつりと呟かれた言葉に、胸が温かくなる。
 言葉ではなく、行動で示される愛情。それは、お世辞や上辺だけの賞賛よりも、ずっと深くユンの心に沁み渡っていった。

 森へ散歩に出かけた時は、ユンが歩きやすいようにと、さりげなく木の枝を払い、足場の悪い場所では黙って手を差し伸べてくれた。
 そのごつごつとした大きな手は、ユンを攫った時と同じ手なのに、今はとても頼もしく感じられる。

 共に食事をする時間も、ユンにとっては大切なものになっていた。
 ガロウはユンが美味しそうに食べる姿を、ただじっと、愛おしそうに見つめている。
 その視線に気づいて顔を上げると、気まずそうに目を逸らす。そんな不器用な姿が、ユンには可愛らしくさえ思えた。

 少しずつ、少しずつ、氷が溶けるようにユンの心は解れていった。
 神殿で固く閉ざしていた心の扉が、獣人の国の人々の温かさと、ガロウの真っ直ぐな愛情によって、ゆっくりと開かれていく。

 ある晩、ユンは月の光が差し込む部屋の窓辺で、一人、糸を紡いでいた。
 以前のように、虚しさや孤独を感じることはもうない。この糸が、この国の人々の役に立つ。そう思えるだけで、力が湧いてくるようだった。

 ふと気配を感じて振り返ると、いつの間にかガロウが部屋の入り口に立っていた。

「……眠れないのか」
「あ、ガロウさん。ええと、少しだけ」

 ガロウは黙って部屋に入ってくると、ユンの隣に腰を下ろした。
 そして、ユンが紡ぐ銀色の糸を、その金色の瞳でじっと見つめている。

「綺麗な糸だ」
「……ありがとうございます」
「この糸が、俺とお前を繋いでくれた」

 その言葉は、まるで愛の告白のようにユンの耳に響いた。
 ユンは顔を赤らめ、俯いてしまう。そんなユンを見て、ガロウは少し困ったように眉を寄せたが、やがて意を決したように口を開いた。

「ユン。……嫌か? 俺の番になるのは」

 それは、ユンを攫ってきて以来、初めて聞かれた彼の意思を問う言葉だった。
 ユンは驚いて顔を上げた。ガロウの瞳が、不安げに揺れている。
 強引で、絶対的な自信に満ちているように見えたこの人が、自分と同じように不安を感じている。その事実に、ユンの胸がきゅっと締め付けられた。

 ユンは、小さく首を横に振った。

「嫌じゃ、ないです。むしろ……嬉しい、と、思います」

 途切れ途切れに、それでも正直な気持ちを伝えると、ガロウの表情がぱっと輝いた。
 安堵と喜びがないまぜになったような顔で、彼はそっとユンの手を握った。

「そうか……」

 たった一言。けれど、その声は歓喜に震えていた。
 握られた手から伝わってくる熱が、ユンの心まで温めていく。この人のそばにいたい。心からそう思えた。
 固く閉ざされていた心が、完全に開かれた瞬間だった。

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