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第4話「放課後の逃避行」
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放課後の生徒会室は、紙とインクの匂いが充満していた。
文化祭の予算案、各部活からの要望書、学校側への提出書類。積み上がった書類の山を前に、凪は一人で格闘していた。
他の役員たちは、「塾があるから」「家の用事で」と早々に帰ってしまったらしい。要領のいいやつらだ。結局、面倒な仕事は全て、断れない性格の凪に押し付けられる構造になっている。
「……終わらない」
凪が絶望的な声でつぶやき、机に突っ伏した。
そこへ、ガチャリとドアが開いた。
「よう、残業か? ブラック企業だな、ここは」
俺が顔を出すと、凪がバッと顔を上げた。
「桐島くん!? どうしてここに」
「忘れ物取りに来たついでだ。そしたら明かりがついてたからな」
もちろん嘘だ。教室からあいつがまだ出てきていないのを見て、気になって様子を見に来ただけだ。
俺は部屋に入ると、近くの椅子を引き寄せて座った。
「手伝ってやるよ。どれだ?」
「え、でも……これは生徒会の仕事だし、部外者の桐島くんに……」
「いいから寄越せ。俺は字を書くのは嫌いじゃねえんだ」
俺は半ば強引に、凪の手元から書類の束を奪い取った。
単純な集計作業や清書なら、俺にだってできる。意外そうな顔をする凪を尻目に、俺はペンを走らせ始めた。
静かな部屋に、ペン先が紙を擦る音だけが響く。
不思議と心地よい沈黙だった。
一時間ほど集中して作業を進めると、書類の山は目に見えて減っていった。
「す、すごいです……桐島くん、計算早いんですね」
凪が目を丸くしている。
「実家の手伝いで帳簿つけてるからな。これくらい朝飯前だ」
俺の実家は定食屋だ。仕入れや売上の管理は、幼い頃から見様見真似で覚えた。
「意外です……」
「よく言われる。ヤンキーは計算もできねえと思われてるからな」
最後の書類を片付けると、窓の外はすっかり暗くなっていた。
凪が大きく伸びをする。
「終わった……! ありがとうございます、本当に助かりました」
「いいってことよ。腹減ったな」
「あ、何か奢らせてください! お礼に」
凪が目を輝かせて提案してくる。断るのも野暮だと思い、俺は頷いた。
校門を出て、少し歩いたところにあるコンビニ。
俺たちは肉まんとあんまんを買って、店の前の駐車場で食べた。
行儀が悪いと怒られそうだが、今の時間なら教師もいないだろう。
「熱っ……ふふ、美味しい」
あんまんを頬張る凪の顔は、幼い子供のようだった。学校での張り詰めた表情が嘘のように溶けている。
俺は肉まんをかじりながら、そんなあいつを横目で見ていた。
もっと、こんな顔を見せてほしいと思った。
その時、道路の向こうからバイクのエキゾースト音が近づいてきた。
数台のバイクが爆音を立てて通り過ぎようとし、ふとスピードを落とした。
「お、レンじゃん! 何してんだよ、こんなとこで」
地元の不良仲間たちだ。他校の連中も混じっている。
凪が強張ったのが分かった。手にしたあんまんを落としそうになりながら、俺の背後に隠れるように身を寄せる。
「よう。飯食ってるだけだ」
俺は片手を上げて応えた。
「珍しいな、レンが誰かとつるんでんの。そいつ誰? 新しい女?」
ヘルメットを被った一人が、からかうような口調で言った。
俺は凪を背中で庇い、睨みを利かせた。
「俺のツレだ。男だよ。あと、これから用事あるから先行ってろ」
低い声で告げると、連中は空気を感じ取ったのか、「へーい、お邪魔虫は退散しますよーだ」と軽口を叩いて、再びエンジンをふかして去っていった。
バイクの音が遠ざかると、凪が恐る恐る顔を出した。
「……怖かった」
「悪かったな、柄の悪い連中で」
「ううん、桐島くんが守ってくれたから」
凪は俺の袖を掴んだまま、安堵のため息をついた。
「『ツレ』って……友達って意味ですか?」
「まあ、そんなとこだ。都合のいい解釈しとけ」
俺は少し照れくさくなって、顔を背けた。
本当は「友達」以上の独占欲が芽生え始めていることを、俺自身もまだ認めたくなかったのだ。
夜風が吹く。
俺たちは肩を並べて駅までの道を歩いた。
少しだけ、二人の距離が縮まった気がした。それが物理的な距離だけではないことを、互いの匂いが静かに語っていた。
文化祭の予算案、各部活からの要望書、学校側への提出書類。積み上がった書類の山を前に、凪は一人で格闘していた。
他の役員たちは、「塾があるから」「家の用事で」と早々に帰ってしまったらしい。要領のいいやつらだ。結局、面倒な仕事は全て、断れない性格の凪に押し付けられる構造になっている。
「……終わらない」
凪が絶望的な声でつぶやき、机に突っ伏した。
そこへ、ガチャリとドアが開いた。
「よう、残業か? ブラック企業だな、ここは」
俺が顔を出すと、凪がバッと顔を上げた。
「桐島くん!? どうしてここに」
「忘れ物取りに来たついでだ。そしたら明かりがついてたからな」
もちろん嘘だ。教室からあいつがまだ出てきていないのを見て、気になって様子を見に来ただけだ。
俺は部屋に入ると、近くの椅子を引き寄せて座った。
「手伝ってやるよ。どれだ?」
「え、でも……これは生徒会の仕事だし、部外者の桐島くんに……」
「いいから寄越せ。俺は字を書くのは嫌いじゃねえんだ」
俺は半ば強引に、凪の手元から書類の束を奪い取った。
単純な集計作業や清書なら、俺にだってできる。意外そうな顔をする凪を尻目に、俺はペンを走らせ始めた。
静かな部屋に、ペン先が紙を擦る音だけが響く。
不思議と心地よい沈黙だった。
一時間ほど集中して作業を進めると、書類の山は目に見えて減っていった。
「す、すごいです……桐島くん、計算早いんですね」
凪が目を丸くしている。
「実家の手伝いで帳簿つけてるからな。これくらい朝飯前だ」
俺の実家は定食屋だ。仕入れや売上の管理は、幼い頃から見様見真似で覚えた。
「意外です……」
「よく言われる。ヤンキーは計算もできねえと思われてるからな」
最後の書類を片付けると、窓の外はすっかり暗くなっていた。
凪が大きく伸びをする。
「終わった……! ありがとうございます、本当に助かりました」
「いいってことよ。腹減ったな」
「あ、何か奢らせてください! お礼に」
凪が目を輝かせて提案してくる。断るのも野暮だと思い、俺は頷いた。
校門を出て、少し歩いたところにあるコンビニ。
俺たちは肉まんとあんまんを買って、店の前の駐車場で食べた。
行儀が悪いと怒られそうだが、今の時間なら教師もいないだろう。
「熱っ……ふふ、美味しい」
あんまんを頬張る凪の顔は、幼い子供のようだった。学校での張り詰めた表情が嘘のように溶けている。
俺は肉まんをかじりながら、そんなあいつを横目で見ていた。
もっと、こんな顔を見せてほしいと思った。
その時、道路の向こうからバイクのエキゾースト音が近づいてきた。
数台のバイクが爆音を立てて通り過ぎようとし、ふとスピードを落とした。
「お、レンじゃん! 何してんだよ、こんなとこで」
地元の不良仲間たちだ。他校の連中も混じっている。
凪が強張ったのが分かった。手にしたあんまんを落としそうになりながら、俺の背後に隠れるように身を寄せる。
「よう。飯食ってるだけだ」
俺は片手を上げて応えた。
「珍しいな、レンが誰かとつるんでんの。そいつ誰? 新しい女?」
ヘルメットを被った一人が、からかうような口調で言った。
俺は凪を背中で庇い、睨みを利かせた。
「俺のツレだ。男だよ。あと、これから用事あるから先行ってろ」
低い声で告げると、連中は空気を感じ取ったのか、「へーい、お邪魔虫は退散しますよーだ」と軽口を叩いて、再びエンジンをふかして去っていった。
バイクの音が遠ざかると、凪が恐る恐る顔を出した。
「……怖かった」
「悪かったな、柄の悪い連中で」
「ううん、桐島くんが守ってくれたから」
凪は俺の袖を掴んだまま、安堵のため息をついた。
「『ツレ』って……友達って意味ですか?」
「まあ、そんなとこだ。都合のいい解釈しとけ」
俺は少し照れくさくなって、顔を背けた。
本当は「友達」以上の独占欲が芽生え始めていることを、俺自身もまだ認めたくなかったのだ。
夜風が吹く。
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