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第12話「銀の騎士、月下に舞う」
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チリン、と澄んだベルの音が響いたその刹那。
ガッシャーン!!
店の窓ガラスが内側からではなく外側から粉々に砕け散った。
何事かとヴォルフたちが驚きに目を見開く中、その砕けた窓から黒い影のような集団が嵐のように店内に雪崩れ込んできた。
彼らは全員漆黒の戦闘服に身を包み、顔の下半分を黒い布で覆っている。その動きは俊敏かつ無駄がなく明らかにただのならず者ではない。プロの戦闘集団だ。
黒い影たちはヴォルフの部下たちに襲いかかった。いや襲いかかったという表現は生ぬるい。それはもはや一方的な蹂躙だった。
ヴォルフの部下たちも裏社会で生きてきた腕利きのはずだ。だが影の集団の前ではまるで赤子のようだった。攻撃はことごとく防がれ、いなされ的確な一撃によって次々と無力化されていく。悲鳴を上げる間もなかった。
あっという間に立っているのはヴォルフ一人になった。彼は目の前で起こった信じられない光景に呆然と立ち尽くしている。
そして店の入り口にゆっくりと一人の男が姿を現した。
雨に濡れた石畳にその男の影が長く伸びる。
雲の切れ間から月明かりが差し込み、その姿を照らし出した。
「――私の『宝物』に手を出すとは、覚悟はできているんだろうな?」
そこに立っていたのはクロードだった。
しかしその雰囲気はいつもの彼とは全く違っていた。
飄々とした人好きのする笑みは消え、その顔には絶対零度の冷徹な表情が浮かんでいる。優雅な貴族服ではなく動きやすさを重視した黒基調の、しかし上質な仕立ての服を身にまとっている。
そして何よりいつもは巧みに隠されていた顔が、今ははっきりと月光に照らされていた。
絹糸のように輝く銀髪、彫刻のように整った美貌。そしてヴォルフを射抜く紫の瞳はもはや人のものではない、冷徹な王者のごとき鋭い光を放っていた。
「く、クロード……!? なぜ、お前がここに……」
俺は腕の痛みをこらえながらカウンターの陰から呆然とつぶやいた。
クロードは俺を一瞥するとその表情をほんのわずかに和らげた。だがすぐにヴォルフへと視線を戻す。その瞳には燃えるような怒りの炎が宿っていた。
「貴様……何者だ……」
ヴォルフが震える声で尋ねる。目の前の男が放つ威圧感は彼がこれまで対峙してきたどんな人間とも異質だった。それは生まれながらにして持つ支配者のオーラ。
クロードはゆっくりとヴォルフに歩み寄る。
「私の名を知る必要はない。お前のような下衆が口にしていい名ではないからな」
その声は店の床を這うように低くそして恐ろしかった。
「だがお前が手を出した相手が誰なのか……それだけは地獄に落ちる前に教えてやろう」
クロードは胸元から一枚の銀貨を取り出すとそれを指で弾いた。
くるくると回転しながら宙を舞う銀貨。そこに刻まれている紋章をヴォルフは見逃さなかった。
天秤とそれを支える剣。
それは王都のあらゆる情報を取り仕切る最強の情報屋ギルド「天秤の銀匙」の紋章。そしてその紋章の使用を許されているのはギルドの頂点に立つマスターただ一人。
素顔を知る者は誰もいないと言われる謎の支配者。
「まさか……お前が、『銀匙』の……!」
ヴォルフの顔が恐怖にひきつった。情報屋ギルドを敵に回すことがどれほど愚かなことか。彼らの手にかかればどんな秘密も暴かれ、どんな組織も内側から崩壊させられる。
だが恐怖はそれだけでは終わらなかった。
クロードの背後に控えていた黒装束の一人が静かに前に進み出てフードを外した。その顔を見てヴォルフは息を呑む。
それは王城を守る近衛騎士団の中でも精鋭中の精鋭で構成される国王直属の特殊部隊の隊長だった。
なぜ王家の人間がここに?
ヴォルフの頭の中に最悪の仮説が浮かび上がる。
「銀の天秤」のマスターの正体については様々な噂があった。その中でも最も信じがたいとされていた噂が一つ。
――その正体はあらゆる権力闘争を嫌い市井に下って自由に生きる、現国王の弟君である、と。
「……そ、そんな……馬鹿な……」
目の前の男が一国の王子。その事実にヴォルフは完全に戦意を喪失した。もはや勝敗は決していた。いやそもそも勝負にすらなっていなかったのだ。
「さて」
クロードは冷たく言い放った。
「お前が犯した罪は二つ。一つは私の愛する店を破壊したこと。そしてもう一つは」
彼は俺の方を向きその瞳に痛ましげな色を浮かべた。
「私のたった一つの宝物を、傷つけたことだ」
その言葉と共にクロードの姿が掻き消えた。
次の瞬間、彼はヴォルフの目の前に立っていた。
そしてその手刀がヴォルフの鳩尾に雷のような速さで叩き込まれた。
声にならない悲鳴を上げ、ヴォルフは糸の切れた人形のように床に崩れ落ちた。
ガッシャーン!!
店の窓ガラスが内側からではなく外側から粉々に砕け散った。
何事かとヴォルフたちが驚きに目を見開く中、その砕けた窓から黒い影のような集団が嵐のように店内に雪崩れ込んできた。
彼らは全員漆黒の戦闘服に身を包み、顔の下半分を黒い布で覆っている。その動きは俊敏かつ無駄がなく明らかにただのならず者ではない。プロの戦闘集団だ。
黒い影たちはヴォルフの部下たちに襲いかかった。いや襲いかかったという表現は生ぬるい。それはもはや一方的な蹂躙だった。
ヴォルフの部下たちも裏社会で生きてきた腕利きのはずだ。だが影の集団の前ではまるで赤子のようだった。攻撃はことごとく防がれ、いなされ的確な一撃によって次々と無力化されていく。悲鳴を上げる間もなかった。
あっという間に立っているのはヴォルフ一人になった。彼は目の前で起こった信じられない光景に呆然と立ち尽くしている。
そして店の入り口にゆっくりと一人の男が姿を現した。
雨に濡れた石畳にその男の影が長く伸びる。
雲の切れ間から月明かりが差し込み、その姿を照らし出した。
「――私の『宝物』に手を出すとは、覚悟はできているんだろうな?」
そこに立っていたのはクロードだった。
しかしその雰囲気はいつもの彼とは全く違っていた。
飄々とした人好きのする笑みは消え、その顔には絶対零度の冷徹な表情が浮かんでいる。優雅な貴族服ではなく動きやすさを重視した黒基調の、しかし上質な仕立ての服を身にまとっている。
そして何よりいつもは巧みに隠されていた顔が、今ははっきりと月光に照らされていた。
絹糸のように輝く銀髪、彫刻のように整った美貌。そしてヴォルフを射抜く紫の瞳はもはや人のものではない、冷徹な王者のごとき鋭い光を放っていた。
「く、クロード……!? なぜ、お前がここに……」
俺は腕の痛みをこらえながらカウンターの陰から呆然とつぶやいた。
クロードは俺を一瞥するとその表情をほんのわずかに和らげた。だがすぐにヴォルフへと視線を戻す。その瞳には燃えるような怒りの炎が宿っていた。
「貴様……何者だ……」
ヴォルフが震える声で尋ねる。目の前の男が放つ威圧感は彼がこれまで対峙してきたどんな人間とも異質だった。それは生まれながらにして持つ支配者のオーラ。
クロードはゆっくりとヴォルフに歩み寄る。
「私の名を知る必要はない。お前のような下衆が口にしていい名ではないからな」
その声は店の床を這うように低くそして恐ろしかった。
「だがお前が手を出した相手が誰なのか……それだけは地獄に落ちる前に教えてやろう」
クロードは胸元から一枚の銀貨を取り出すとそれを指で弾いた。
くるくると回転しながら宙を舞う銀貨。そこに刻まれている紋章をヴォルフは見逃さなかった。
天秤とそれを支える剣。
それは王都のあらゆる情報を取り仕切る最強の情報屋ギルド「天秤の銀匙」の紋章。そしてその紋章の使用を許されているのはギルドの頂点に立つマスターただ一人。
素顔を知る者は誰もいないと言われる謎の支配者。
「まさか……お前が、『銀匙』の……!」
ヴォルフの顔が恐怖にひきつった。情報屋ギルドを敵に回すことがどれほど愚かなことか。彼らの手にかかればどんな秘密も暴かれ、どんな組織も内側から崩壊させられる。
だが恐怖はそれだけでは終わらなかった。
クロードの背後に控えていた黒装束の一人が静かに前に進み出てフードを外した。その顔を見てヴォルフは息を呑む。
それは王城を守る近衛騎士団の中でも精鋭中の精鋭で構成される国王直属の特殊部隊の隊長だった。
なぜ王家の人間がここに?
ヴォルフの頭の中に最悪の仮説が浮かび上がる。
「銀の天秤」のマスターの正体については様々な噂があった。その中でも最も信じがたいとされていた噂が一つ。
――その正体はあらゆる権力闘争を嫌い市井に下って自由に生きる、現国王の弟君である、と。
「……そ、そんな……馬鹿な……」
目の前の男が一国の王子。その事実にヴォルフは完全に戦意を喪失した。もはや勝敗は決していた。いやそもそも勝負にすらなっていなかったのだ。
「さて」
クロードは冷たく言い放った。
「お前が犯した罪は二つ。一つは私の愛する店を破壊したこと。そしてもう一つは」
彼は俺の方を向きその瞳に痛ましげな色を浮かべた。
「私のたった一つの宝物を、傷つけたことだ」
その言葉と共にクロードの姿が掻き消えた。
次の瞬間、彼はヴォルフの目の前に立っていた。
そしてその手刀がヴォルフの鳩尾に雷のような速さで叩き込まれた。
声にならない悲鳴を上げ、ヴォルフは糸の切れた人形のように床に崩れ落ちた。
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