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第15話「王子様のおサボり事情」
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「クロード様、本日もこちらにおいででしたか。宰相閣下が執務室でお待ちかねです」
店の隅で石像のように控えていた護衛の一人が恐る恐るクロードに声をかけた。クロードはカウンターで頬杖をつき俺がコーヒーを淹れる姿をうっとりと眺めていたが、その声に心底面倒くさそうな顔をした。
「聞こえないな。私は今レンの淹れる神の雫を味わうのに忙しい」
「しかし急ぎの決済書類が山のように……」
「アランに任せておけ。あいつはそういうのが得意だろう」
アランというのはクロードの兄である現国王陛下の名前だ。実の兄に仕事を押し付ける気満々である。
「国王陛下は本日隣国からの賓客の対応で終日お手が塞がっております。ですからクロード様にお願いしたいと……」
「却下だ」
クロードはぴしゃりと言い放つと護衛の方を見向きもせずに、俺ににこやかに話しかけてきた。
「それよりレン、今日の豆はどこのだい? いつにも増して香りが甘く感じる」
「……南方の新しい農園から取り寄せたものです。少しだけ果実のような酸味があるのが特徴で……」
俺が説明している間も護衛のため息が背後から聞こえてきて、どうにも落ち着かない。
クロードは公の立場を兄である国王にほとんど任せ(本人曰くもともとそのつもりだったらしい)、時間の許す限り、というよりは許されない時間まで無理やり捻出してこの「木漏れ日」で過ごすようになっていた。
情報屋ギルド「天秤の銀匙」のマスターとしての仕事も有能な部下たちに大半を任せ、自分は最終決裁だけするという優雅な御身分らしい。
結果彼は開店から閉店までほとんど店のカウンター席に根を生やしていた。
「クロードさん、少しは仕事をした方がいいんじゃないですか?」
さすがに不憫になって俺がそう言うとクロードは心外だというように眉を寄せた。
「これも立派な仕事さ」
「どこがですか」
「私の存在がこの店の平和と安全を保障している。つまり私は君とこの店を守るという何よりも重要な任務を遂行しているわけだ」
彼は胸を張って言い切った。あまりの言い草に俺は呆れて言葉も出ない。
護衛の男が泣きそうな顔でこちらを見ている。助けを求められても困るのだが。
俺は小さくため息をつくとクロードに向き直った。
「クロードさん。今日ちゃんとお仕事に戻ったら……その、夜あなたの部屋に行っても、いいですよ」
俺は蚊の鳴くような声でそう囁いた。顔が熱くて彼の顔をまともに見られない。
昨夜城に招かれ彼の部屋で一緒に過ごしたことを思い出す。もちろんただお茶を飲んでいただけだが、それでも俺にとっては一大イベントだった。
俺の言葉を聞いた瞬間、クロードはぴたりと動きを止めた。
そして次の瞬間には椅子から立ち上がり護衛の肩を力強く掴んでいた。
「行くぞ! 今すぐ城に戻る! 宰相を待たせるな!」
「は、はい!?」
あまりの変わり身の速さに護衛の方が戸惑っている。
クロードは風のような速さで身支度を整えると店の出口で振り返り、俺に輝くような笑顔を向けた。
「では、レン! 今夜待っているよ!」
バタンとドアが閉まり店には再び静寂が戻った。
俺はカウンターに突っ伏し真っ赤になった顔を両手で覆った。
どうしてあんなことを言ってしまったのだろう。自分の口から出た言葉なのに恥ずかしくて死にそうだ。
だが、あのクロードを動かすにはこれくらいの餌をぶら下げるしかないことも俺は最近学習しつつあった。
彼の愛情表現は相変わらず大げさで気障で俺を振り回す。
でもその愛情が今は心の底から嬉しいと感じられるようになっていた。
その日の夜、約束通り城のクロードの部屋を訪れると彼は全ての仕事を完璧に終わらせ、子犬のようにそわそわしながら俺を待っていた。
そして俺の淹れた夜のコーヒーを飲みながら幸せそうに微笑むのだ。
「やはり君のそばが一番だ」と。
俺たちの甘く香ばしい日々はこんな風に少しずつ少しずつ、深みを増していくのだった。
店の隅で石像のように控えていた護衛の一人が恐る恐るクロードに声をかけた。クロードはカウンターで頬杖をつき俺がコーヒーを淹れる姿をうっとりと眺めていたが、その声に心底面倒くさそうな顔をした。
「聞こえないな。私は今レンの淹れる神の雫を味わうのに忙しい」
「しかし急ぎの決済書類が山のように……」
「アランに任せておけ。あいつはそういうのが得意だろう」
アランというのはクロードの兄である現国王陛下の名前だ。実の兄に仕事を押し付ける気満々である。
「国王陛下は本日隣国からの賓客の対応で終日お手が塞がっております。ですからクロード様にお願いしたいと……」
「却下だ」
クロードはぴしゃりと言い放つと護衛の方を見向きもせずに、俺ににこやかに話しかけてきた。
「それよりレン、今日の豆はどこのだい? いつにも増して香りが甘く感じる」
「……南方の新しい農園から取り寄せたものです。少しだけ果実のような酸味があるのが特徴で……」
俺が説明している間も護衛のため息が背後から聞こえてきて、どうにも落ち着かない。
クロードは公の立場を兄である国王にほとんど任せ(本人曰くもともとそのつもりだったらしい)、時間の許す限り、というよりは許されない時間まで無理やり捻出してこの「木漏れ日」で過ごすようになっていた。
情報屋ギルド「天秤の銀匙」のマスターとしての仕事も有能な部下たちに大半を任せ、自分は最終決裁だけするという優雅な御身分らしい。
結果彼は開店から閉店までほとんど店のカウンター席に根を生やしていた。
「クロードさん、少しは仕事をした方がいいんじゃないですか?」
さすがに不憫になって俺がそう言うとクロードは心外だというように眉を寄せた。
「これも立派な仕事さ」
「どこがですか」
「私の存在がこの店の平和と安全を保障している。つまり私は君とこの店を守るという何よりも重要な任務を遂行しているわけだ」
彼は胸を張って言い切った。あまりの言い草に俺は呆れて言葉も出ない。
護衛の男が泣きそうな顔でこちらを見ている。助けを求められても困るのだが。
俺は小さくため息をつくとクロードに向き直った。
「クロードさん。今日ちゃんとお仕事に戻ったら……その、夜あなたの部屋に行っても、いいですよ」
俺は蚊の鳴くような声でそう囁いた。顔が熱くて彼の顔をまともに見られない。
昨夜城に招かれ彼の部屋で一緒に過ごしたことを思い出す。もちろんただお茶を飲んでいただけだが、それでも俺にとっては一大イベントだった。
俺の言葉を聞いた瞬間、クロードはぴたりと動きを止めた。
そして次の瞬間には椅子から立ち上がり護衛の肩を力強く掴んでいた。
「行くぞ! 今すぐ城に戻る! 宰相を待たせるな!」
「は、はい!?」
あまりの変わり身の速さに護衛の方が戸惑っている。
クロードは風のような速さで身支度を整えると店の出口で振り返り、俺に輝くような笑顔を向けた。
「では、レン! 今夜待っているよ!」
バタンとドアが閉まり店には再び静寂が戻った。
俺はカウンターに突っ伏し真っ赤になった顔を両手で覆った。
どうしてあんなことを言ってしまったのだろう。自分の口から出た言葉なのに恥ずかしくて死にそうだ。
だが、あのクロードを動かすにはこれくらいの餌をぶら下げるしかないことも俺は最近学習しつつあった。
彼の愛情表現は相変わらず大げさで気障で俺を振り回す。
でもその愛情が今は心の底から嬉しいと感じられるようになっていた。
その日の夜、約束通り城のクロードの部屋を訪れると彼は全ての仕事を完璧に終わらせ、子犬のようにそわそわしながら俺を待っていた。
そして俺の淹れた夜のコーヒーを飲みながら幸せそうに微笑むのだ。
「やはり君のそばが一番だ」と。
俺たちの甘く香ばしい日々はこんな風に少しずつ少しずつ、深みを増していくのだった。
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