8 / 16
第7話「この温もりの名前は」
しおりを挟む
小屋に戻っても、俺たちの間には重い沈黙が流れていた。
カイはいつも通り暖炉に火をくべ、俺は夕食の準備を始めたが、互いに何を話していいのか分からなかった。
湖畔で見た、あのカイの姿が脳裏に焼き付いて離れない。
彼は一体誰なのか。なぜ、あんな力を持っているのか。聞きたいことは山ほどあるのに、言葉が出てこなかった。彼が何かを隠しているのなら、それを暴くことが、今のこの穏やかな関係を壊してしまうのではないかと怖かった。
夕食のシチューを、無言で口に運ぶ。いつもなら美味しいと感じるはずの味が、今日だけはよく分からなかった。
「リヒト」
沈黙を破ったのは、カイの方だった。
「今日のことは……」
「何も、聞かない」
俺は、彼の言葉を遮るように言った。
カイが驚いたように、俺の顔を見る。
「あんたに、何か事情があるんだろう。それを、無理に話せとは言わない。あんたが話したくないのなら、俺は聞かない」
それは、俺の本心だった。
カイの正体が何であれ、彼が俺を救い、居場所を与えてくれた事実に変わりはない。俺にとって彼は、ただのカイだ。それだけで、十分だった。
「……ただ、一つだけ」
俺は、スプーンを置いて、まっすぐにカイの目を見つめた。
「あんたは、何で俺を助けたんだ? 罪人だと知っていただろうに」
気まぐれだ、と彼は言った。でも、それだけじゃないはずだ。あの夜、悪夢にうなされる俺を抱きしめてくれた温もりは、気まぐれなんかじゃない。
カイはしばらくの間、黙り込んでいた。暖炉の火が、彼の整った横顔を赤く照らしている。やがて、彼は意を決したように、静かに口を開いた。
「……お前が、必死に国のために尽くしてきたことを、知っていたからだ」
「え……?」
思いがけない言葉に、目を見開く。
「俺は、時々街に下りて情報を集めている。お前の噂も聞いていた。誰よりも実直で、民からの人望も厚い騎士がいる、と。そんなお前が、聖女をたぶらかすなど、あり得んと思った」
だから、追放されたお前がこの森に来た時、放ってはおけなかったのだと、彼は言った。
「お前の知らないところで、ずっとお前のことを見ていた。ただの騎士として、民のために剣を振るう姿を。その姿が、権力に溺れる弟や、私利私欲にまみれた貴族たちよりも、ずっと気高く見えた。だから、お前が陥れられたと知った時、いてもたってもいられなかったんだ」
「それに……」
カイは少しだけ言い淀み、視線を逸らした。
「初めてお前を見た時……他人事には、思えなかった」
その声には、どこか寂しげな響きが混じっていた。彼もまた、何かを背負い、孤独の中にいるのかもしれない。そう思ったら、胸がちくりと痛んだ。
気づけば、俺は立ち上がり、カイの隣に回り込んでいた。
そして、ためらうことなく、彼の身体を背後からそっと抱きしめた。
「っ、リヒト……!?」
カイの身体が、驚きで硬直するのが分かった。
「礼を、言わせてくれ」
俺は彼の肩に顔をうずめ、つぶやいた。
「カイ。俺を助けてくれて、ありがとう。ここにいさせてくれて、ありがとう」
言葉にするのは、少し照れくさかった。けれど、今、伝えなければいけないと思った。
俺の腕の中で、カイの身体から力が抜けていく。彼は何も言わなかったが、俺の腕に、そっと自分の手を重ねてきた。その手が、少しだけ震えているような気がした。
しばらく、そうしていた。
暖炉の火がぱちぱちと爆ぜる音だけが、静かな部屋に響いている。
カイの背中は広くて、温かかった。
この温もりを知ってしまったら、もう一人ではいられない。
この心地よさに名前があるのなら、それはきっと……。
俺は、重ねられたカイの手に、自分の指をそっと絡めた。
カイが、それに強く応えてくれる。
言葉はなくても、心が通じ合ったような気がした。
この静かで優しい夜が、ずっと続けばいいのに。心から、そう願っていた。
カイはいつも通り暖炉に火をくべ、俺は夕食の準備を始めたが、互いに何を話していいのか分からなかった。
湖畔で見た、あのカイの姿が脳裏に焼き付いて離れない。
彼は一体誰なのか。なぜ、あんな力を持っているのか。聞きたいことは山ほどあるのに、言葉が出てこなかった。彼が何かを隠しているのなら、それを暴くことが、今のこの穏やかな関係を壊してしまうのではないかと怖かった。
夕食のシチューを、無言で口に運ぶ。いつもなら美味しいと感じるはずの味が、今日だけはよく分からなかった。
「リヒト」
沈黙を破ったのは、カイの方だった。
「今日のことは……」
「何も、聞かない」
俺は、彼の言葉を遮るように言った。
カイが驚いたように、俺の顔を見る。
「あんたに、何か事情があるんだろう。それを、無理に話せとは言わない。あんたが話したくないのなら、俺は聞かない」
それは、俺の本心だった。
カイの正体が何であれ、彼が俺を救い、居場所を与えてくれた事実に変わりはない。俺にとって彼は、ただのカイだ。それだけで、十分だった。
「……ただ、一つだけ」
俺は、スプーンを置いて、まっすぐにカイの目を見つめた。
「あんたは、何で俺を助けたんだ? 罪人だと知っていただろうに」
気まぐれだ、と彼は言った。でも、それだけじゃないはずだ。あの夜、悪夢にうなされる俺を抱きしめてくれた温もりは、気まぐれなんかじゃない。
カイはしばらくの間、黙り込んでいた。暖炉の火が、彼の整った横顔を赤く照らしている。やがて、彼は意を決したように、静かに口を開いた。
「……お前が、必死に国のために尽くしてきたことを、知っていたからだ」
「え……?」
思いがけない言葉に、目を見開く。
「俺は、時々街に下りて情報を集めている。お前の噂も聞いていた。誰よりも実直で、民からの人望も厚い騎士がいる、と。そんなお前が、聖女をたぶらかすなど、あり得んと思った」
だから、追放されたお前がこの森に来た時、放ってはおけなかったのだと、彼は言った。
「お前の知らないところで、ずっとお前のことを見ていた。ただの騎士として、民のために剣を振るう姿を。その姿が、権力に溺れる弟や、私利私欲にまみれた貴族たちよりも、ずっと気高く見えた。だから、お前が陥れられたと知った時、いてもたってもいられなかったんだ」
「それに……」
カイは少しだけ言い淀み、視線を逸らした。
「初めてお前を見た時……他人事には、思えなかった」
その声には、どこか寂しげな響きが混じっていた。彼もまた、何かを背負い、孤独の中にいるのかもしれない。そう思ったら、胸がちくりと痛んだ。
気づけば、俺は立ち上がり、カイの隣に回り込んでいた。
そして、ためらうことなく、彼の身体を背後からそっと抱きしめた。
「っ、リヒト……!?」
カイの身体が、驚きで硬直するのが分かった。
「礼を、言わせてくれ」
俺は彼の肩に顔をうずめ、つぶやいた。
「カイ。俺を助けてくれて、ありがとう。ここにいさせてくれて、ありがとう」
言葉にするのは、少し照れくさかった。けれど、今、伝えなければいけないと思った。
俺の腕の中で、カイの身体から力が抜けていく。彼は何も言わなかったが、俺の腕に、そっと自分の手を重ねてきた。その手が、少しだけ震えているような気がした。
しばらく、そうしていた。
暖炉の火がぱちぱちと爆ぜる音だけが、静かな部屋に響いている。
カイの背中は広くて、温かかった。
この温もりを知ってしまったら、もう一人ではいられない。
この心地よさに名前があるのなら、それはきっと……。
俺は、重ねられたカイの手に、自分の指をそっと絡めた。
カイが、それに強く応えてくれる。
言葉はなくても、心が通じ合ったような気がした。
この静かで優しい夜が、ずっと続けばいいのに。心から、そう願っていた。
94
あなたにおすすめの小説
【土壌改良】で死の荒野がSランク農園に!食べただけでレベルアップする野菜で、世界最強ギルド設立
黒崎隼人
ファンタジー
「え? これ、ただのトマトですよ?」
「いいえ、それは食べただけで魔力が全回復する『神の果実』です!」
ブラック企業で働き詰めだった青年は、異世界の名門貴族の三男・ノアとして転生する。
しかし、授かったスキルは【土壌改良】という地味なもの。
「攻撃魔法も使えない役立たず」と罵られ、魔物すら寄り付かない死の荒野へ追放されてしまう。
だが、彼らは知らなかった。
ノアのスキルは、現代の農業知識と合わせることで、荒れ果てた土地を「Sランク食材」が溢れる楽園に変えるチート能力だったことを!
伝説の魔獣(もふもふ)をキュウリ一本で手懐け、行き倒れた天才エルフを極上スープで救い出し、気づけば荒野には巨大な「農業ギルド」が誕生していた。
これは、本人がただ美味しい野菜を作ってのんびり暮らしたいだけなのに、周囲からは「世界を救う大賢者」と崇められてしまう、無自覚・最強の農業ファンタジー!
自己肯定感低めの不幸な義弟が完璧な義兄と大揉めに揉める話
あと
BL
「こんな僕をお兄ちゃんは嫌ってるだろうな」
トップ俳優な完璧超人の義理の兄×不幸な自己肯定感低めのネガティブ義理の弟です。
お金ない受けが追い詰められて変なアルバイトしようとしたら、攻めと再会して……?みたいな話です。
攻めがヤンデレ気味で、受けがマジで卑屈なので苦手な人はブラウザバックで。
兄弟は親が離婚してるため、苗字が違います。
攻め:水瀬真広
受け:神崎彼方
⚠️作者は芸能界にもお葬式ににもエアプなので、気にしないでください。
途中でモブおじが出てきます。
義理とはいえ兄弟なので、地雷の人はブラウザバックで。
初投稿です。
初投稿がちょっと人を選ぶ作品なので不安です。
ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
内容も時々サイレント修正するかもです。
定期的にタグ整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。
婚約破棄された令息の華麗なる逆転劇 ~偽りの番に捨てられたΩは、氷血公爵に愛される~
なの
BL
希少な治癒能力と、大地に生命を呼び戻す「恵みの魔法」を持つ公爵家のΩ令息、エリアス・フォン・ラティス。
傾きかけた家を救うため、彼は大国アルビオンの第二王子、ジークフリート殿下(α)との「政略的な番契約」を受け入れた。
家のため、領民のため、そして――
少しでも自分を必要としてくれる人がいるのなら、それでいいと信じて。
だが、運命の番だと信じていた相手は、彼の想いを最初から踏みにじっていた。
「Ωの魔力さえ手に入れば、あんな奴はもう要らない」
その冷たい声が、彼の世界を壊した。
すべてを失い、偽りの罪を着せられ追放されたエリアスがたどり着いたのは、隣国ルミナスの地。
そこで出会ったのは、「氷血公爵」と呼ばれる孤高のα、アレクシス・ヴァン・レイヴンだった。
人を寄せつけないほど冷ややかな瞳の奥に、誰よりも深い孤独を抱えた男。
アレクシスは、心に傷を抱えながらも懸命に生きようとするエリアスに惹かれ、次第にその凍てついた心を溶かしていく。
失われた誇りを取り戻すため、そして真実の愛を掴むため。
今、令息の華麗なる逆転劇が始まる。
聖女召喚の巻き添えで喚ばれた「オマケ」の男子高校生ですが、魔王様の「抱き枕」として重宝されています
八百屋 成美
BL
聖女召喚に巻き込まれて異世界に来た主人公。聖女は優遇されるが、魔力のない主人公は城から追い出され、魔の森へ捨てられる。
そこで出会ったのは、強大な魔力ゆえに不眠症に悩む魔王。なぜか主人公の「匂い」や「体温」だけが魔王を安眠させることができると判明し、魔王城で「生きた抱き枕」として飼われることになる。
そばかす糸目はのんびりしたい
楢山幕府
BL
由緒ある名家の末っ子として生まれたユージン。
母親が後妻で、眉目秀麗な直系の遺伝を受け継がなかったことから、一族からは空気として扱われていた。
ただ一人、溺愛してくる老いた父親を除いて。
ユージンは、のんびりするのが好きだった。
いつでも、のんびりしたいと思っている。
でも何故か忙しい。
ひとたび出張へ出れば、冒険者に囲まれる始末。
いつになったら、のんびりできるのか。もう開き直って、のんびりしていいのか。
果たして、そばかす糸目はのんびりできるのか。
懐かれ体質が好きな方向けです。
αからΩになった俺が幸せを掴むまで
なの
BL
柴田海、本名大嶋海里、21歳、今はオメガ、職業……オメガの出張風俗店勤務。
10年前、父が亡くなって新しいお義父さんと義兄貴ができた。
義兄貴は俺に優しくて、俺は大好きだった。
アルファと言われていた俺だったがある日熱を出してしまった。
義兄貴に看病されるうちにヒートのような症状が…
義兄貴と一線を超えてしまって逃げ出した。そんな海里は生きていくためにオメガの出張風俗店で働くようになった。
そんな海里が本当の幸せを掴むまで…
婚約者の王子様に愛人がいるらしいが、ペットを探すのに忙しいので放っておいてくれ。
フジミサヤ
BL
「君を愛することはできない」
可愛らしい平民の愛人を膝の上に抱え上げたこの国の第二王子サミュエルに宣言され、王子の婚約者だった公爵令息ノア・オルコットは、傷心のあまり学園を飛び出してしまった……というのが学園の生徒たちの認識である。
だがノアの本当の目的は、行方不明の自分のペット(魔王の側近だったらしい)の捜索だった。通りすがりの魔族に道を尋ねて目的地へ向かう途中、ノアは完璧な変装をしていたにも関わらず、何故かノアを追ってきたらしい王子サミュエルに捕まってしまう。
◇拙作「僕が勇者に殺された件。」に出てきたノアの話ですが、一応単体でも読めます。
◇テキトー設定。細かいツッコミはご容赦ください。見切り発車なので不定期更新となります。
殿下に婚約終了と言われたので城を出ようとしたら、何かおかしいんですが!?
krm
BL
「俺達の婚約は今日で終わりにする」
突然の婚約終了宣言。心がぐしゃぐしゃになった僕は、荷物を抱えて城を出る決意をした。
なのに、何故か殿下が追いかけてきて――いやいやいや、どういうこと!?
全力すれ違いラブコメファンタジーBL!
支部の企画投稿用に書いたショートショートです。前後編二話完結です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる