追放された聖騎士は、辺境の森で謎の男に溺愛される~俺を陥れた聖女と王子は、国が滅ぶ寸前になって戻ってこいと言い出したがもう遅い~

水凪しおん

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第7話「この温もりの名前は」

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 小屋に戻っても、俺たちの間には重い沈黙が流れていた。
 カイはいつも通り暖炉に火をくべ、俺は夕食の準備を始めたが、互いに何を話していいのか分からなかった。
 湖畔で見た、あのカイの姿が脳裏に焼き付いて離れない。
 彼は一体誰なのか。なぜ、あんな力を持っているのか。聞きたいことは山ほどあるのに、言葉が出てこなかった。彼が何かを隠しているのなら、それを暴くことが、今のこの穏やかな関係を壊してしまうのではないかと怖かった。

 夕食のシチューを、無言で口に運ぶ。いつもなら美味しいと感じるはずの味が、今日だけはよく分からなかった。
「リヒト」
 沈黙を破ったのは、カイの方だった。
「今日のことは……」
「何も、聞かない」
 俺は、彼の言葉を遮るように言った。
 カイが驚いたように、俺の顔を見る。
「あんたに、何か事情があるんだろう。それを、無理に話せとは言わない。あんたが話したくないのなら、俺は聞かない」
 それは、俺の本心だった。
 カイの正体が何であれ、彼が俺を救い、居場所を与えてくれた事実に変わりはない。俺にとって彼は、ただのカイだ。それだけで、十分だった。

「……ただ、一つだけ」
 俺は、スプーンを置いて、まっすぐにカイの目を見つめた。
「あんたは、何で俺を助けたんだ? 罪人だと知っていただろうに」
 気まぐれだ、と彼は言った。でも、それだけじゃないはずだ。あの夜、悪夢にうなされる俺を抱きしめてくれた温もりは、気まぐれなんかじゃない。
 カイはしばらくの間、黙り込んでいた。暖炉の火が、彼の整った横顔を赤く照らしている。やがて、彼は意を決したように、静かに口を開いた。

「……お前が、必死に国のために尽くしてきたことを、知っていたからだ」
「え……?」
 思いがけない言葉に、目を見開く。
「俺は、時々街に下りて情報を集めている。お前の噂も聞いていた。誰よりも実直で、民からの人望も厚い騎士がいる、と。そんなお前が、聖女をたぶらかすなど、あり得んと思った」
 だから、追放されたお前がこの森に来た時、放ってはおけなかったのだと、彼は言った。
「お前の知らないところで、ずっとお前のことを見ていた。ただの騎士として、民のために剣を振るう姿を。その姿が、権力に溺れる弟や、私利私欲にまみれた貴族たちよりも、ずっと気高く見えた。だから、お前が陥れられたと知った時、いてもたってもいられなかったんだ」
「それに……」
 カイは少しだけ言い淀み、視線を逸らした。
「初めてお前を見た時……他人事には、思えなかった」
 その声には、どこか寂しげな響きが混じっていた。彼もまた、何かを背負い、孤独の中にいるのかもしれない。そう思ったら、胸がちくりと痛んだ。

 気づけば、俺は立ち上がり、カイの隣に回り込んでいた。
 そして、ためらうことなく、彼の身体を背後からそっと抱きしめた。
「っ、リヒト……!?」
 カイの身体が、驚きで硬直するのが分かった。
「礼を、言わせてくれ」
 俺は彼の肩に顔をうずめ、つぶやいた。
「カイ。俺を助けてくれて、ありがとう。ここにいさせてくれて、ありがとう」
 言葉にするのは、少し照れくさかった。けれど、今、伝えなければいけないと思った。
 俺の腕の中で、カイの身体から力が抜けていく。彼は何も言わなかったが、俺の腕に、そっと自分の手を重ねてきた。その手が、少しだけ震えているような気がした。

 しばらく、そうしていた。
 暖炉の火がぱちぱちと爆ぜる音だけが、静かな部屋に響いている。
 カイの背中は広くて、温かかった。
 この温もりを知ってしまったら、もう一人ではいられない。
 この心地よさに名前があるのなら、それはきっと……。

 俺は、重ねられたカイの手に、自分の指をそっと絡めた。
 カイが、それに強く応えてくれる。
 言葉はなくても、心が通じ合ったような気がした。
 この静かで優しい夜が、ずっと続けばいいのに。心から、そう願っていた。
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