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第8話「初めて重ねる体温」
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あの夜、俺たちはそれ以上何も話さなかった。
夕食の片付けを終え、それぞれが寝床につく。カイはいつものように奥のベッドへ、俺は手前の簡易的な寝台へ。けれど、眠れるはずもなかった。
目を閉じると、背中から抱きしめた時のカイの体温や、俺の手に重ねられた彼の指の感触が、ありありと蘇ってくる。
心臓が、さっきからずっと、落ち着きなく脈打っていた。
この感情は、なんだろう。
誰かに裏切られることしか知らなかった俺が、誰かを信じたい、そばにいたいと、こんなにも強く願っている。
カイのことをもっと知りたい。彼が抱える孤独に、触れたい。
『俺は、カイのことが……』
そこまで考えた時、ぎ、と寝台の軋む音がした。
暗闇に慣れた目が、カイがベッドから起き上がり、こちらに近づいてくるのを捉える。
心臓が大きく跳ねた。
カイは俺の寝台のそばに立つと、しばらく無言で俺を見下ろしていた。月の光が窓から差し込み、彼のシルエットをぼんやりと浮かび上がらせる。
「……リヒト」
かすれた声で、カイが俺の名を呼んだ。
「眠れないのか」
「……あんたも」
こくり、と彼が頷く気配がした。
沈黙が落ちる。何か言わなければと思うのに、言葉が見つからない。ただ、彼の黒い瞳が、暗闇の中でまっすぐに俺を射抜いているのだけは分かった。
「……お前のそばに、行ってもいいか」
静かな問いかけだった。
拒絶される可能性を恐れるような、祈るような響きがあった。
俺は何も言わず、ただ自分の隣のスペースを空けるように、少しだけ身をずらした。それが、俺の答えだった。
カイはゆっくりと俺の寝台にもぐり込み、すぐ隣に横たわる。簡易的な寝台は、大の男二人が寝るにはあまりにも狭く、互いの身体が嫌でも触れ合った。
カイの腕が、俺の身体にそっと回される。引き寄せられ、彼の胸に顔をうずめる形になった。どくん、どくん、と彼の力強い心臓の音が、耳元で聞こえる。
それは、あの悪夢の夜に感じたのと同じ、安心する音だった。
「……カイ」
「なんだ」
「あんたは、ずっとここにいるのか」
「ああ」
「ずっと、一人で?」
「……ああ」
短い肯定の言葉に、彼のこれまでの孤独が凝縮されているような気がして、胸が締め付けられた。俺は彼の背中に、そっと腕を回す。
「もう、一人じゃない」
俺がそうつぶやくと、抱きしめるカイの腕に、ぐっと力がこもった。
「……リヒト」
名前を呼ばれ、顔を上げる。
間近にあるカイの顔。月の光に照らされた黒い瞳が、熱を帯びて俺を映していた。その瞳に吸い込まれるように、俺は全てを委ねる覚悟を決めた。
どちらからともなく、唇が重なった。
最初は触れるだけの、優しい口づけ。それが次第に深くなり、互いの熱を確かめ合うように、角度を変えて何度も繰り返される。カイの大きな手が、俺の頬を包み、髪を優しく梳いていく。
シャツの隙間から滑り込んできた指が、素肌に触れた瞬間、びくりと身体が震えた。けれど、それは嫌な震えではなかった。むしろ、彼の指が触れた場所から、熱が全身に広がっていくような、甘い痺れだった。
「……嫌なら、言え」
耳元でささやかれたカイの声は、欲の色を帯びて掠れていた。
俺は首を横に振る。そして、彼の首に腕を回し、もっと強く引き寄せた。それが、俺の答えだった。
その夜、俺たちは初めて一つになった。
痛みよりも、身体の奥まで満たされていくような、不思議な感覚が支配した。ぶっきらぼうな彼からは想像もできないほど、その愛撫はどこまでも優しく、俺を気遣うものだった。
何度も名前を呼び合い、互いの身体を貪るように求め合う。暗闇の中で、肌を重ねる音と、俺たちの喘ぎ声だけが響いていた。
失ったもの、奪われたもの。それら全てが、カイが与えてくれる快感と愛情で上書きされていくようだった。
遠のいていく意識の中で、俺はカイの背中を強く掻き抱き、彼の名前を呼び続けた。
この温もりだけが、俺の真実だった。
夕食の片付けを終え、それぞれが寝床につく。カイはいつものように奥のベッドへ、俺は手前の簡易的な寝台へ。けれど、眠れるはずもなかった。
目を閉じると、背中から抱きしめた時のカイの体温や、俺の手に重ねられた彼の指の感触が、ありありと蘇ってくる。
心臓が、さっきからずっと、落ち着きなく脈打っていた。
この感情は、なんだろう。
誰かに裏切られることしか知らなかった俺が、誰かを信じたい、そばにいたいと、こんなにも強く願っている。
カイのことをもっと知りたい。彼が抱える孤独に、触れたい。
『俺は、カイのことが……』
そこまで考えた時、ぎ、と寝台の軋む音がした。
暗闇に慣れた目が、カイがベッドから起き上がり、こちらに近づいてくるのを捉える。
心臓が大きく跳ねた。
カイは俺の寝台のそばに立つと、しばらく無言で俺を見下ろしていた。月の光が窓から差し込み、彼のシルエットをぼんやりと浮かび上がらせる。
「……リヒト」
かすれた声で、カイが俺の名を呼んだ。
「眠れないのか」
「……あんたも」
こくり、と彼が頷く気配がした。
沈黙が落ちる。何か言わなければと思うのに、言葉が見つからない。ただ、彼の黒い瞳が、暗闇の中でまっすぐに俺を射抜いているのだけは分かった。
「……お前のそばに、行ってもいいか」
静かな問いかけだった。
拒絶される可能性を恐れるような、祈るような響きがあった。
俺は何も言わず、ただ自分の隣のスペースを空けるように、少しだけ身をずらした。それが、俺の答えだった。
カイはゆっくりと俺の寝台にもぐり込み、すぐ隣に横たわる。簡易的な寝台は、大の男二人が寝るにはあまりにも狭く、互いの身体が嫌でも触れ合った。
カイの腕が、俺の身体にそっと回される。引き寄せられ、彼の胸に顔をうずめる形になった。どくん、どくん、と彼の力強い心臓の音が、耳元で聞こえる。
それは、あの悪夢の夜に感じたのと同じ、安心する音だった。
「……カイ」
「なんだ」
「あんたは、ずっとここにいるのか」
「ああ」
「ずっと、一人で?」
「……ああ」
短い肯定の言葉に、彼のこれまでの孤独が凝縮されているような気がして、胸が締め付けられた。俺は彼の背中に、そっと腕を回す。
「もう、一人じゃない」
俺がそうつぶやくと、抱きしめるカイの腕に、ぐっと力がこもった。
「……リヒト」
名前を呼ばれ、顔を上げる。
間近にあるカイの顔。月の光に照らされた黒い瞳が、熱を帯びて俺を映していた。その瞳に吸い込まれるように、俺は全てを委ねる覚悟を決めた。
どちらからともなく、唇が重なった。
最初は触れるだけの、優しい口づけ。それが次第に深くなり、互いの熱を確かめ合うように、角度を変えて何度も繰り返される。カイの大きな手が、俺の頬を包み、髪を優しく梳いていく。
シャツの隙間から滑り込んできた指が、素肌に触れた瞬間、びくりと身体が震えた。けれど、それは嫌な震えではなかった。むしろ、彼の指が触れた場所から、熱が全身に広がっていくような、甘い痺れだった。
「……嫌なら、言え」
耳元でささやかれたカイの声は、欲の色を帯びて掠れていた。
俺は首を横に振る。そして、彼の首に腕を回し、もっと強く引き寄せた。それが、俺の答えだった。
その夜、俺たちは初めて一つになった。
痛みよりも、身体の奥まで満たされていくような、不思議な感覚が支配した。ぶっきらぼうな彼からは想像もできないほど、その愛撫はどこまでも優しく、俺を気遣うものだった。
何度も名前を呼び合い、互いの身体を貪るように求め合う。暗闇の中で、肌を重ねる音と、俺たちの喘ぎ声だけが響いていた。
失ったもの、奪われたもの。それら全てが、カイが与えてくれる快感と愛情で上書きされていくようだった。
遠のいていく意識の中で、俺はカイの背中を強く掻き抱き、彼の名前を呼び続けた。
この温もりだけが、俺の真実だった。
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