最強のオメガ勇者ですが、規格外のアルファ魔王に捕まって極上の溺愛魔力供給を受けています。〜絶対に屈しないはずが〜

水凪しおん

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第1話「玉座の間の決戦」

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 冷たい石畳を蹴るたびに、足裏から伝わる衝撃が膝へと抜けていく。
 レオは呼吸を整え、長く続いた回廊の最後にある巨大な扉を見上げた。
 肺が焼けつくような感覚がある。ここまで来るのに斬り伏せた魔物の数は数え切れない。愛用の聖剣は、持ち主の覇気に呼応するように青白い光を帯びていたが、レオ自身の体力は限界に近づきつつあった。
 それでも、足は止められない。
 この扉の向こうに、人類を脅かし続ける元凶がいる。
 魔王ベリアル。
 その名を口にするだけで、歴戦の騎士たちさえ震え上がると言われる絶対的な支配者。
 レオは汗で額に張り付いた金色の髪を乱雑にかき上げ、乾いた唇を舌で湿らせた。

 「……ここで終わらせる」

 誰に聞かせるわけでもなく、つぶやく。その声は自分自身を鼓舞するための儀式のようなものだ。

 (俺がやらなければならない。この身がどうなろうと、故郷で待つ人々のため、荒廃した大地で祈る人々のために、魔王の首を持ち帰る。それが勇者として選ばれた俺の、逃れられない使命なのだから)

 レオは大きく息を吸い込み、全身の筋肉をバネのように収縮させた。
 次の瞬間、轟音と共に巨大な扉が弾け飛ぶ。
 舞い上がる粉塵を切り裂いて、レオは玉座の間へと飛び込んだ。

***

 そこは、異様な静寂に包まれていた。
 外の喧噪が嘘のように、広大な空間は静まり返っている。高い天井にはステンドグラスがはめ込まれ、差し込む月光が血のように赤いじゅうたんをまだらに照らしていた。
 空気の密度が違う。
 肌にまとわりつくような、重く、濃密な魔力の奔流。
 その中心、部屋の最奥にある豪華な玉座に、影が一つあった。

 「……よく来たな、人の子よ」

 地響きのような、それでいて不気味なほど艶のある低い声が鼓膜を震わせる。
 レオは剣を構えたまま、その影を睨みつけた。
 影がゆっくりと立ち上がる。
 その瞬間、レオの背筋に氷塊を滑り込ませたような悪寒が走った。
 デカい。
 情報としては知っていた。魔王が人外の巨躯を持っていることも、その威圧感が常軌を逸していることも。だが、実物を目の前にした時の絶望感は、言葉や文字で伝えられる範囲を軽く超えている。
 3メートル近い身長。隆起した筋肉の鎧。額から伸びるねじれた角は、まるで王冠のように威厳を放っている。
 見下ろされるだけで、心臓を直接握り潰されるような圧迫感があった。
 レオは身長170センチほどだ。人間の中では小柄な部類ではないし、鍛え上げた肉体には自信がある。だが、この怪物を前にすると、自分がまるで子供のようにちっぽけな存在に思えてしまう。

 「貴様が、魔王ベリアルか」

 声が震えないように腹に力を込める。
 魔王は愉快そうに口元を歪めた。その瞳は鮮血のような真紅で、レオの全身を舐めるように観察している。

 「いかにも。ここまで辿り着いた褒美だ。名はなんと言う?」

 「勇者レオ。貴様の首を貰いに来た男だ」

 名乗りと共に、レオは床を蹴った。
 会話など不要だ。隙を見せれば一瞬で喉笛を食いちぎられる。先手必勝。全身全霊の魔力を込めた一撃を、初手から叩き込む。
 気迫と共に放たれた聖剣が光の尾を引き、魔王の胸元へと迫る。
 速い。我ながら会心の一撃だった。音速を超えた刃は、確実に魔王の心臓を捉えていたはずだ。
 しかし。

 「……軽いな」

 硬質な音が響き渡り、レオの手首に痺れが走った。
 聖剣の刃を受け止めたのは、魔王の指先だった。
 たった一本の指。それも、爪の表面で、レオの渾身の一撃を受け流したのだ。

 「なっ……」

 「速さは悪くない。だが、重みが足りない」

 魔王が軽く腕を振るう。
 それだけの動作で暴風が発生した。レオの体は枯れ葉のように吹き飛ばされ、石柱に背中を打ち付ける。
 肺から空気が強制的に排出され、視界が明滅する。
 痛い。背骨が折れたかもしれない。だが、休んでいる暇はない。レオは激痛を意志の力でねじ伏せ、即座に受け身を取って着地した。
 力の差は歴然としている。
 まともに打ち合えば負ける。ならば、スピードで攪乱し、関節の隙間や目のように柔らかい部分を狙うしかない。
 レオは再び走り出した。
 壁を走り、柱を蹴り、三次元的な動きで魔王に肉薄する。
 斬る。避ける。また斬る。
 魔王の攻撃は大振りだが、その一撃一撃が即死級の威力を持っている。床が砕け、破片が弾丸のように飛び交う中、レオは必死に剣を振るった。
 何十合、何百合と打ち合っただろうか。
 不意に、レオの体の奥底で、何かがプツリと切れる音がした。

 「……ッ」

 最初は、目眩かと思った。
 足元がふらつき、視界がぐにゃりと歪む。
 次に来たのは、内側から爆発するような熱だ。
 心臓が早鐘を打ち、血液が沸騰したかのように全身を駆け巡る。

 (なんだ……毒か? いつの間に……)

 違う。これは毒ではない。もっと根本的で、抗いようのない身体の変調。
 甘く、痺れるような感覚が下腹部に集中し、そこから得体の知れない衝動が脳髄へと這い上がってくる。

 「はっ、ぁ……う……」

 剣を取り落としそうになるのを必死で堪えるが、膝から力が抜けていく。
 立っていられない。
 目の前の魔王が、二重三重にブレて見える。
 そして、鼻腔をくすぐる匂いに気づいた。
 強烈な、それでいてどこか安心感を覚えるような、森の奥深くにある大木と、夜の冷気を混ぜ合わせたような香り。
 それは魔王から発せられていた。

 (いい匂い……だなんて、何を……)

 思考が霞む。
 これまで戦場で何度も嗅いできた血や鉄の臭いとは違う。もっと原始的な部分を刺激する香り。
 それを吸い込むたびに、体の奥が疼き、熱く濡れていくのがわかる。

 「……ほう?」

 頭上から、魔王の興味深そうな声が降ってきた。
 レオはガタガタと震える膝をつき、肩で息をしながら魔王を見上げた。

 「はあ……はあ……く、そ……」

 視線が定まらない。
 魔王の真紅の瞳が、今は恐ろしい敵のものではなく、何か別の、もっと魅惑的な輝きに見えてしまう。

 「貴様……まさか、オメガか?」

 その言葉を聞いた瞬間、レオの全身の血が凍りついた。
 バレた。
 今まで必死に隠し通してきた秘密。
 最強の勇者が、庇護されるべき存在とされるオメガであるなど、あってはならないことだった。だからこそ、膨大な魔力でフェロモンを強引に抑え込み、抑制剤を飲み続け、ベータとして振る舞ってきたのだ。
 だが、その無理が祟ったのか、あるいは目の前の存在が強大すぎたのか。
 魔王ベリアルという規格外のアルファを前に、レオの本能は完全に理性のタガを外してしまったのだ。

 「ち、が……う……俺は……」

 否定しようと口を開くが、そこから漏れたのは情けない吐息だった。

 「ふむ。珍しいこともあるものだ。これほどの魔力を持ちながら、いまだ番も持たず、ヒートすら迎えていなかったとはな」

 魔王が一歩、また一歩と近づいてくる。
 そのたびに、魔王から放たれる圧倒的なアルファのフェロモンが濃くなり、レオの理性を浸食していく。
 逃げなければ。殺される。
 いや、殺されるよりももっと恐ろしいことが起こる予感がする。
 だが、体は言うことを聞かない。それどころか、近づいてくる魔王に対して、無意識に求愛するかのように潤んだ瞳を向けてしまっている。

 「……っ」

 レオは自分の唇を噛み切るほどの強さで噛み締め、痛覚で正気を繋ぎ止めた。
 震える手で聖剣を握り直し、切っ先を魔王に向ける。

 「寄るな……。近寄ったら、斬る……」

 「威勢だけは一人前だが、その足では立てまい」

 魔王は嘲笑うでもなく、ただ事実を述べた。
 そして、レオの間合いなど存在しないかのように、無造作に踏み込んでくる。

 「やめろ」

 レオは剣を振るった。
 だが、その剣筋はひどく鈍く、魔王に届くことさえなかった。
 カラン、と乾いた音がして、聖剣が床に転がる。
 次の瞬間、レオの体はふわりと宙に浮いていた。
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