最強のオメガ勇者ですが、規格外のアルファ魔王に捕まって極上の溺愛魔力供給を受けています。〜絶対に屈しないはずが〜

水凪しおん

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第2話「捕食者の檻」

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 視界が激しく回転し、平衡感覚が失われる。
 何が起きたのかを理解するのに数秒を要した。
 レオは、魔王の腕の中にいた。
 いや、「腕の中」という表現は正しくないかもしれない。魔王の片腕だけで、レオの胴体は完全に抱え込まれていた。まるで子供が大木にしがみつくような、あるいは猛獣が小動物を捕獲したような構図だ。
 背中に触れる魔王の腕は、岩のように硬く、それでいて高熱を発していた。
 服の上からでも伝わってくるその体温に、レオの暴走した本能が歓喜の声を上げる。

 (もっと触れていたい。この熱に包まれたい)

 そんな思考が、自分の意思とは無関係に脳内を支配しようとする。

 「離せ……」

 レオは残った力を振り絞って暴れた。
 魔王の腕を叩き、蹴りを入れる。
 だが、魔王は痛痒すら感じていない様子だった。むしろ、腕の中で小動物が暴れるのを楽しんでいるかのように、喉の奥で低く笑う。

 「おとなしくしろ。暴れれば、その小さな骨が砕けるぞ」

 耳元で囁かれた声に、背筋がゾクリと震えた。
 その声に含まれるのは、明確な「支配」の響きだった。
 逆らえない。逆らってはいけない。
 アルファの頂点に立つ者からの命令は、ヒート中のオメガにとって絶対的な強制力を持つ。

 「う……あ……」

 レオの抵抗が弱まったのを感じて、魔王は満足げに鼻を鳴らした。
 そして、抱え込んだレオの首筋に、ゆっくりと顔を近づける。
 鼻先が肌を掠める感触。

 「んっ……」

 思わず声が漏れた。
 魔王が、レオの匂いを嗅いでいるのだ。

 「……ほう。蜜のような、甘い香りだ。長年抑圧されていた反動か、極めて純度が高い」

 「嗅ぐな……。俺は、餌じゃ……」

 「餌ではない。そうだな……強いて言うなら、極上の果実か」

 魔王の巨大な手が、レオの腰から背中を撫で上げた。
 その手は驚くほど大きく、レオの肩幅など余裕で覆い尽くしてしまう。
 ごつごつとした指の腹が、強張った背中の筋肉を揉みほぐすように動くたび、熱い電流が全身を駆け抜けた。
 恥辱と快楽が入り混じった涙が、目尻からこぼれ落ちる。

 「くっ……殺せ……いっそ、殺してくれ……」

 勇者として、これ以上の屈辱はない。
 宿敵である魔王の腕の中で、あろうことか発情し、嬲られているのだ。
 いっそひと思いに首をへし折ってくれれば、どれほど楽だろうか。
 だが、魔王にそのつもりは毛頭ないようだった。

 「殺しはしない。余の『魔力供給源』として飼ってやる」

 「魔力……供給……?」

 聞き慣れない言葉に、レオは霞む意識の中で問い返す。
 魔王はニヤリと笑い、レオの身体をさらに強く抱き寄せた。

 「我が種族にとって、オメガの魔力は最上の糧となる。特にお前のように強大な力を持つオメガはな。殺して終わらせるには、あまりに惜しい」

 魔王は踵を返し、玉座の間を出て歩き始めた。
 その歩幅は大きく、揺れも少ない。まるで揺り籠に乗せられているような錯覚すら覚える。

 「どこへ……連れて行く……」

 「余の寝室だ。歓迎しよう、我が勇者よ。今宵からそこが、お前の新しい戦場となる」

 「ふざけるな……俺は、絶対に……屈しな……」

 抗議の言葉は、最後まで続かなかった。
 ヒートによる高熱と、魔王から浴びせられる濃密なフェロモンによって、レオの意識は急速に闇へと沈んでいく。
 最後に見たのは、勝利を確信した魔王の、傲慢で美しい横顔だった。

 (ああ、ちくしょう……)

 悔しさが胸を焦がすが、それ以上に、この腕の中にいることへの安堵感がどうしようもなく込み上げてくる自分が、何よりも許せなかった。
 レオの意識は途絶え、力なく魔王の腕の中に崩れ落ちた。

***

 魔王ベリアルは、腕の中で気を失った小さな勇者を見下ろした。
 金色の髪が汗に濡れて張り付き、苦しげに紅潮した頬は、先ほどまでの鬼神のような戦いぶりとは別人のように愛らしい。

 「……愛い奴だ」

 ベリアルは太い指で、レオの頬をそっと撫でた。
 その肌は滑らかで、それでいて戦士特有の弾力がある。
 長きにわたる退屈な戦争の中で、これほど心を躍らせる「獲物」に出会えるとは思わなかった。
 ただ殺すだけのつもりだった。
 人間など、脆弱で愚かな生き物だと思っていた。
 だが、この勇者は違う。
 あの小さな体で、魔王である自分に牙を剥き、傷一つつけられずとも一歩も引かなかった。その魂の輝きは、ベリアルが知るどの魔族よりも強烈だった。
 そして、その強靭な魂を包む肉体が、まさかこれほど甘美なオメガのものであろうとは。
 運命というものを信じないベリアルだが、今回ばかりは魔界の神に感謝してもいいかもしれない。

 「さて、まずはゆっくりと休むがいい。たっぷりと可愛がってやるからな」

 ベリアルは城の奥深く、最も守りの堅い自室へと向かった。
 廊下ですれ違う部下たちが、主の腕にある人間に驚き、平伏して道を譲る。
 誰も、何も言わない。
 魔王が何を考え、何を持ち帰ろうと、それは絶対の理だからだ。
 ベリアルは愛しげに勇者を抱え直し、夜の闇へと消えていった。
 これから始まる、二人だけの長い夜の幕開けだった。
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