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第10話「深まる絆と新たな誓い」
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フィンの功績は、もはや辺境の一砦に留まるものではなくなっていた。彼の考案した兵站管理システムと衛生管理法はゼイドの報告によって王都にも伝わり、国王からも高い評価を受けることになる。
平民出身の後天性オメガが、軍のあり方を根底から覆すほどの改革を行った。そのニュースは貴族社会に大きな衝撃を与えた。以前フィンを侮辱した者たちは、今や彼の名前を聞くだけで震え上がる始末だった。
フィン自身はそんな周囲の変化に戸惑いながらも、自分のやるべきことを淡々とこなしていた。彼の目的は出世でも名誉でもない。ただ、愛する人の隣に立ち、彼の力になること。それだけだった。
そんな穏やかな日々が続くある日、フィンの身体に異変が起きた。
きっかけは、些細なことだった。朝食の匂いを嗅いだ瞬間、急に吐き気が込み上げてきたのだ。それからというもの特定の匂いが駄目になったり、急に眠気に襲われたり、今まで好きだったものが食べられなくなったりした。
『なんだろう……疲れているのかな』
フィンは、慣れない軍務の疲れだろうと軽く考えていた。しかしその症状は日を追うごとに顕著になっていく。
異変に最初に気づいたのは、やはりゼイドだった。
「フィン、最近顔色が優れないな。それに、食事の量も減っている。どこか悪いのか?」
執務室で、ゼイドは心配そうにフィンの顔を覗き込んだ。彼の瑠璃色の瞳には、隠しようのない不安が浮かんでいる。
「いえ、大丈夫です。少し、疲れが出ただけかと」
「駄目だ。すぐに侍医を呼ぶ」
ゼイドはフィンの返事を待たずに侍医を呼びつけた。診察の結果、侍医が告げた言葉にフィンとゼイドは絶句した。
「……ご懐妊、三ヶ月といったところでしょうな。おめでとうございます、団長閣下、フィン様」
懐妊。
その言葉が、フィンの頭の中で反響する。お腹に新しい命が宿っている。ゼイドとの、子供が。
フィンは恐る恐る自分の下腹部に手を当てた。まだ平坦なそこに、自分と愛する人の血を分けた命が息づいている。その事実に胸が震えるほどの感動と、同時に途方もない不安が押し寄せてきた。
オメガの男性が妊娠できることは、知識としては知っていた。だがまさか自分が、こんなにも早く……。
隣を見ると、ゼイドが見たこともないような表情で固まっていた。驚き、歓喜、そして畏怖。様々な感情が入り混じった顔で、彼はフィンの腹部と顔を何度も見比べている。
「……本当か?本当に、俺と、お前の……?」
「……はい」
フィンが小さく頷くと、ゼイドはゆっくりとフィンの前に跪き、そのお腹にそっと耳を当てた。そして壊れ物に触れるかのように、優しくその手を重ねる。
「……俺は、父親に……」
その瞬間、ゼイドの瞳から一筋の涙が零れ落ちた。あの冷酷無慈悲な氷の鬼神が、泣いている。フィンはその光景に胸を打たれ、自分もまた涙が溢れてくるのを止められなかった。
ゼイドは立ち上がると、フィンの身体を優しく、しかし力強く抱きしめた。
「ありがとう、フィン……!ありがとう……!俺に、最高の宝物をくれた……!」
その日からゼイドの過保護ぶりは、もはや神の領域に達した。フィンは全ての軍務を解かれ、部屋で絶対安静を命じられる。歩くことさえ、ゼイドは許そうとしなかった。常に抱きかかえられて移動する日々に、フィンは嬉しいやら恥ずかしいやらで顔を赤らめるばかりだった。
食事はフィンが食べたいと言ったものを、国中から取り寄せた。少しでもフィンの眉間にしわが寄れば、世界の終わりかのように狼狽する。その姿は騎士団の兵士たちの間で、新たな伝説として語り継がれることになった。
幸せだった。前世では決して手に入れられなかった、温かい家庭。愛する人との子供。これ以上ないほどの幸福に、フィンは満たされていた。
だがフィンの心には、一つだけ懸念があった。自分たちは、まだ正式な番ではない。もちろん魂の結びつきは誰よりも強い。だが貴族社会において、平民で後天性オメガの自分が何の儀式もなしに英雄の子供を産むことは、様々な憶測や軋轢を生むだろう。生まれてくる子供のためにも、それは避けたかった。
そのことを、フィンは勇気を出してゼイドに打ち明けた。
「ゼイド様。俺たちの……その、正式な婚姻の儀は……」
するとゼイドは心外だというように、しかしどこか嬉しそうに目を細めた。
「当たり前だろう。お前を、俺の唯一の妻として、この国の誰よりも盛大に祝福させてくれ」
彼はそう言うと、どこからか小さな箱を取り出した。その中に入っていたのは彼の瞳と同じ、美しい瑠璃色の宝石がはめ込まれたシンプルな銀の指輪だった。
「フィン・アーチャー。俺の唯一の番。俺の光。俺と、生まれてくる俺たちの子供と共に、永遠の時を歩んでほしい。俺と、結婚してくれ」
真摯な言葉と共に、ゼイドはフィンの左手の薬指にそっと指輪をはめた。サイズは、驚くほどぴったりだった。
溢れ出す涙で視界が滲む中、フィンは人生で一番幸せな声で、こう答えた。
「はい……喜んで」
二人の絆は新たな命の誕生と共に、永遠の誓いによってさらに強く結ばれることとなった。
平民出身の後天性オメガが、軍のあり方を根底から覆すほどの改革を行った。そのニュースは貴族社会に大きな衝撃を与えた。以前フィンを侮辱した者たちは、今や彼の名前を聞くだけで震え上がる始末だった。
フィン自身はそんな周囲の変化に戸惑いながらも、自分のやるべきことを淡々とこなしていた。彼の目的は出世でも名誉でもない。ただ、愛する人の隣に立ち、彼の力になること。それだけだった。
そんな穏やかな日々が続くある日、フィンの身体に異変が起きた。
きっかけは、些細なことだった。朝食の匂いを嗅いだ瞬間、急に吐き気が込み上げてきたのだ。それからというもの特定の匂いが駄目になったり、急に眠気に襲われたり、今まで好きだったものが食べられなくなったりした。
『なんだろう……疲れているのかな』
フィンは、慣れない軍務の疲れだろうと軽く考えていた。しかしその症状は日を追うごとに顕著になっていく。
異変に最初に気づいたのは、やはりゼイドだった。
「フィン、最近顔色が優れないな。それに、食事の量も減っている。どこか悪いのか?」
執務室で、ゼイドは心配そうにフィンの顔を覗き込んだ。彼の瑠璃色の瞳には、隠しようのない不安が浮かんでいる。
「いえ、大丈夫です。少し、疲れが出ただけかと」
「駄目だ。すぐに侍医を呼ぶ」
ゼイドはフィンの返事を待たずに侍医を呼びつけた。診察の結果、侍医が告げた言葉にフィンとゼイドは絶句した。
「……ご懐妊、三ヶ月といったところでしょうな。おめでとうございます、団長閣下、フィン様」
懐妊。
その言葉が、フィンの頭の中で反響する。お腹に新しい命が宿っている。ゼイドとの、子供が。
フィンは恐る恐る自分の下腹部に手を当てた。まだ平坦なそこに、自分と愛する人の血を分けた命が息づいている。その事実に胸が震えるほどの感動と、同時に途方もない不安が押し寄せてきた。
オメガの男性が妊娠できることは、知識としては知っていた。だがまさか自分が、こんなにも早く……。
隣を見ると、ゼイドが見たこともないような表情で固まっていた。驚き、歓喜、そして畏怖。様々な感情が入り混じった顔で、彼はフィンの腹部と顔を何度も見比べている。
「……本当か?本当に、俺と、お前の……?」
「……はい」
フィンが小さく頷くと、ゼイドはゆっくりとフィンの前に跪き、そのお腹にそっと耳を当てた。そして壊れ物に触れるかのように、優しくその手を重ねる。
「……俺は、父親に……」
その瞬間、ゼイドの瞳から一筋の涙が零れ落ちた。あの冷酷無慈悲な氷の鬼神が、泣いている。フィンはその光景に胸を打たれ、自分もまた涙が溢れてくるのを止められなかった。
ゼイドは立ち上がると、フィンの身体を優しく、しかし力強く抱きしめた。
「ありがとう、フィン……!ありがとう……!俺に、最高の宝物をくれた……!」
その日からゼイドの過保護ぶりは、もはや神の領域に達した。フィンは全ての軍務を解かれ、部屋で絶対安静を命じられる。歩くことさえ、ゼイドは許そうとしなかった。常に抱きかかえられて移動する日々に、フィンは嬉しいやら恥ずかしいやらで顔を赤らめるばかりだった。
食事はフィンが食べたいと言ったものを、国中から取り寄せた。少しでもフィンの眉間にしわが寄れば、世界の終わりかのように狼狽する。その姿は騎士団の兵士たちの間で、新たな伝説として語り継がれることになった。
幸せだった。前世では決して手に入れられなかった、温かい家庭。愛する人との子供。これ以上ないほどの幸福に、フィンは満たされていた。
だがフィンの心には、一つだけ懸念があった。自分たちは、まだ正式な番ではない。もちろん魂の結びつきは誰よりも強い。だが貴族社会において、平民で後天性オメガの自分が何の儀式もなしに英雄の子供を産むことは、様々な憶測や軋轢を生むだろう。生まれてくる子供のためにも、それは避けたかった。
そのことを、フィンは勇気を出してゼイドに打ち明けた。
「ゼイド様。俺たちの……その、正式な婚姻の儀は……」
するとゼイドは心外だというように、しかしどこか嬉しそうに目を細めた。
「当たり前だろう。お前を、俺の唯一の妻として、この国の誰よりも盛大に祝福させてくれ」
彼はそう言うと、どこからか小さな箱を取り出した。その中に入っていたのは彼の瞳と同じ、美しい瑠璃色の宝石がはめ込まれたシンプルな銀の指輪だった。
「フィン・アーチャー。俺の唯一の番。俺の光。俺と、生まれてくる俺たちの子供と共に、永遠の時を歩んでほしい。俺と、結婚してくれ」
真摯な言葉と共に、ゼイドはフィンの左手の薬指にそっと指輪をはめた。サイズは、驚くほどぴったりだった。
溢れ出す涙で視界が滲む中、フィンは人生で一番幸せな声で、こう答えた。
「はい……喜んで」
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