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第12話「氷の鬼神が父になる日」
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季節は巡り、フィンの臨月は冬の始まりと共に訪れた。あれほど盛大だった婚姻の儀も、今では遠い昔のことのように感じられる。フィンの生活は、穏やかで満ち足りたものだった。
ゼイドは国の英雄という立場も忘れ、ほとんどの時間をフィンのそばで過ごした。大きくなったお腹をさすりながら、まだ見ぬ我が子に話しかけるのが彼の日課になっていた。
「早く会いたいな。お前は、フィンに似て美しいだろうか。それとも、俺に似て腕白だろうか」
その姿は冷酷な鬼神ではなく、ただの子の誕生を心待ちにする一人の父親の顔だった。その優しい表情を見るたびに、フィンの心は温かい愛情で満たされた。
そして、その日は突然やってきた。
夜中、フィンの腹部に今までにない強い痛みが走った。
「う……っ!」
隣で眠っていたゼイドは、フィンの小さな呻き声に瞬時に目を覚ました。
「フィン!?どうした!?」
「陣痛……みたいです……」
その一言で、ゼイドの顔から血の気が引いた。あれほど戦場では冷静沈着な彼が、見たこともないほど狼狽している。
「い、医者を!そうだ、侍医を呼ばなければ!湯の用意は!?清潔な布は!?」
右往左往するゼイドの姿に、フィンは痛みの中で思わず苦笑してしまった。
「ゼイド様、落ち着いてください。俺は、大丈夫ですから」
「だが!」
「あなたは、そばにいて、手を握っていてくれますか?」
フィンの言葉にゼイドははっと我に返ると、力強く頷いた。彼はフィンの手を固く握りしめ、その額に浮かぶ汗を拭う。その手は不安で冷たくなっていたが、フィンにとっては、何よりも心強い支えだった。
出産は、難産だった。男性の体での出産は、やはり母体への負担が大きい。何度も意識が遠のきそうになりながら、フィンは必死に痛みに耐えた。
ゼイドは、その間ずっとフィンの手を握りしめ、励ましの言葉をかけ続けた。
「フィン、頑張れ!俺がついている!お前ならできる!」
彼の必死な声が、フィンの心を支える。この人のために、この人の子を無事にこの世に送り出してあげたい。その一心で、フィンは最後の力を振り絞った。
長い、長い闘いの末、朝日が昇り始める頃。
産室に、赤ん坊の元気な産声が響き渡った。
「おぎゃあ、おぎゃあ!」
その声を聞いた瞬間、フィンの目からは安堵の涙が溢れ出した。隣で、ゼイドが息を呑む気配がする。
産婆が綺麗に拭かれた赤ん坊を、フィンの胸元へ連れてきた。小さな、小さな温かい命。恐る恐るその顔を覗き込むと、そこには銀色の髪と、閉じた瞼の下に確かな存在を主張する父親譲りの面影があった。
「男の子でございます。とてもお元気な若君です」
「アルファ……」
フィンが呟くと、ずっと黙っていたゼイドが震える声で言った。
「……フィン。よく、頑張ってくれた……」
彼の頬にも、涙が伝っていた。ゼイドは恐る恐る赤ん坊の小さな手に、自分の指を差し出す。すると赤ん坊は、その小さな手でゼイドの指をきゅっと握りしめた。
その瞬間、ゼイドの表情が驚きから今までに見たこともないほどの深い愛情へと変わっていく。彼はフィンの額と、そして赤ちゃんの小さな額に代わる代わる優しい口づけを落とした。
「俺の、家族……」
その呟きは、誰に言うでもない彼の心からの声だった。
赤ん坊は、アレンと名付けられた。銀の髪はゼイドに、そして数日後に開いた瞳の色は、フィンと同じ穏やかな茶色をしていた。
アレンの誕生は、国中から祝福された。氷の鬼神に後継者が生まれた。その事実はヴァルモニカ家だけでなく、国全体にとっても喜ばしいニュースだった。
子育てはフィンにとって新たな挑戦だったが、そこには常にゼイドがいた。夜泣きにうろたえ、おむつ替えに悪戦苦闘し、初めて「ぱぱ」と呼ばれた日には感極まって執務室で男泣きした。
そんなゼイドの姿は、もはや「氷の鬼神」の面影など微塵もないただの親バカだった。
フィンは、そんなゼイドとすくすくと育つアレンの姿を、この上ない幸福感で見守っていた。
過労死した社畜だった自分が、異世界で国の英雄の番になり子供まで授かるなんて。人生とは、本当に不思議なものだ。
スローライフとは程遠い、波乱万丈で、けれどこの上なく幸せな日々。
フィンは腕の中で眠るアレンの柔らかな頬にキスをすると、隣で自分たちを愛おしそうに見つめるゼイドに微笑みかけた。
俺の居場所は、ここだ。
氷の鬼神は、ただ一人の番と、その子供にだけ蕩けるような愛を注ぎ続ける。彼らの物語は、まだ始まったばかりだ。
ゼイドは国の英雄という立場も忘れ、ほとんどの時間をフィンのそばで過ごした。大きくなったお腹をさすりながら、まだ見ぬ我が子に話しかけるのが彼の日課になっていた。
「早く会いたいな。お前は、フィンに似て美しいだろうか。それとも、俺に似て腕白だろうか」
その姿は冷酷な鬼神ではなく、ただの子の誕生を心待ちにする一人の父親の顔だった。その優しい表情を見るたびに、フィンの心は温かい愛情で満たされた。
そして、その日は突然やってきた。
夜中、フィンの腹部に今までにない強い痛みが走った。
「う……っ!」
隣で眠っていたゼイドは、フィンの小さな呻き声に瞬時に目を覚ました。
「フィン!?どうした!?」
「陣痛……みたいです……」
その一言で、ゼイドの顔から血の気が引いた。あれほど戦場では冷静沈着な彼が、見たこともないほど狼狽している。
「い、医者を!そうだ、侍医を呼ばなければ!湯の用意は!?清潔な布は!?」
右往左往するゼイドの姿に、フィンは痛みの中で思わず苦笑してしまった。
「ゼイド様、落ち着いてください。俺は、大丈夫ですから」
「だが!」
「あなたは、そばにいて、手を握っていてくれますか?」
フィンの言葉にゼイドははっと我に返ると、力強く頷いた。彼はフィンの手を固く握りしめ、その額に浮かぶ汗を拭う。その手は不安で冷たくなっていたが、フィンにとっては、何よりも心強い支えだった。
出産は、難産だった。男性の体での出産は、やはり母体への負担が大きい。何度も意識が遠のきそうになりながら、フィンは必死に痛みに耐えた。
ゼイドは、その間ずっとフィンの手を握りしめ、励ましの言葉をかけ続けた。
「フィン、頑張れ!俺がついている!お前ならできる!」
彼の必死な声が、フィンの心を支える。この人のために、この人の子を無事にこの世に送り出してあげたい。その一心で、フィンは最後の力を振り絞った。
長い、長い闘いの末、朝日が昇り始める頃。
産室に、赤ん坊の元気な産声が響き渡った。
「おぎゃあ、おぎゃあ!」
その声を聞いた瞬間、フィンの目からは安堵の涙が溢れ出した。隣で、ゼイドが息を呑む気配がする。
産婆が綺麗に拭かれた赤ん坊を、フィンの胸元へ連れてきた。小さな、小さな温かい命。恐る恐るその顔を覗き込むと、そこには銀色の髪と、閉じた瞼の下に確かな存在を主張する父親譲りの面影があった。
「男の子でございます。とてもお元気な若君です」
「アルファ……」
フィンが呟くと、ずっと黙っていたゼイドが震える声で言った。
「……フィン。よく、頑張ってくれた……」
彼の頬にも、涙が伝っていた。ゼイドは恐る恐る赤ん坊の小さな手に、自分の指を差し出す。すると赤ん坊は、その小さな手でゼイドの指をきゅっと握りしめた。
その瞬間、ゼイドの表情が驚きから今までに見たこともないほどの深い愛情へと変わっていく。彼はフィンの額と、そして赤ちゃんの小さな額に代わる代わる優しい口づけを落とした。
「俺の、家族……」
その呟きは、誰に言うでもない彼の心からの声だった。
赤ん坊は、アレンと名付けられた。銀の髪はゼイドに、そして数日後に開いた瞳の色は、フィンと同じ穏やかな茶色をしていた。
アレンの誕生は、国中から祝福された。氷の鬼神に後継者が生まれた。その事実はヴァルモニカ家だけでなく、国全体にとっても喜ばしいニュースだった。
子育てはフィンにとって新たな挑戦だったが、そこには常にゼイドがいた。夜泣きにうろたえ、おむつ替えに悪戦苦闘し、初めて「ぱぱ」と呼ばれた日には感極まって執務室で男泣きした。
そんなゼイドの姿は、もはや「氷の鬼神」の面影など微塵もないただの親バカだった。
フィンは、そんなゼイドとすくすくと育つアレンの姿を、この上ない幸福感で見守っていた。
過労死した社畜だった自分が、異世界で国の英雄の番になり子供まで授かるなんて。人生とは、本当に不思議なものだ。
スローライフとは程遠い、波乱万丈で、けれどこの上なく幸せな日々。
フィンは腕の中で眠るアレンの柔らかな頬にキスをすると、隣で自分たちを愛おしそうに見つめるゼイドに微笑みかけた。
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